Deviance World Online エピソード6 『百識の大迷宮』
私が所属する血盟、キャメロットの集会は明後日となっている。
つまり時間的余裕はあり、その間に陽炎から言い渡されたクエストを熟そうと示された迷宮に赴いた。
グランド・アルビオン、このゲームの主な舞台となっている国家。
その中での最大都市、王都が保有する迷宮は幾つもあるのだが。
今回私が挑むのは、中でも最も難易度が高いとされるダンジョン。
その名も……、
「へぇ~、ここが『アルゴスの大迷宮』かぁ~。まるでテーマパークに来たみたいでテンション上がるなー?」
「アンさん、私をストーカーしてませんか?」
「ん? 誰……、ってましゅまろだっけか。お前も挑むの? はっきり言って無謀だと思うけどな、此処もソコソコ以上の難易度だし」
と、いうわけで奇遇にも私はアンさんと再会した。
驚きの遭遇率だ、少し警戒しながら言葉を掛ければ相変わらずのふざけた様子でそう返す。
これ以上何かを話しても、この人は同じ反応しかしない。
頭でも魂でも理解した私は、軽くため息を吐くと視線を変えた。
豪華絢爛な門、その先には石造りのダンジョンがあり何百何千というプレイヤーが入っているのが見える。
『アルゴスの大迷宮』、別名『百識の大迷宮』。
初心者からトップ層まで深く愛されている、周回型ダンジョン。
物理的空間を無視した様々な大きさのフィールドがありそのフィールド内に存在するボスを倒すことでまた新たなフィールドに到達し、それらが立体的に交錯され何万何千という道筋を作り上げる。
先に進めば進むほど難易度は遥かに上昇し、最終的には必ず負ける。
陽炎さんから渡された紙に書かれていたのは、この迷宮に存在するバックルームに『黒狼』というプレイヤーがいるのではないかということだ。
そのための侵入手段も、同じ紙に書かれていた。
「まず20個のフィールドを突破する……、普通に難易度が高いなぁ……」
ちなみに、この迷宮の最大達成フィールド数は『騎士王』アルトリウスというプレイヤーの53個だ。
それもクランのトッププレイヤー10人で、本気で対策したうえで53個だったらしい。
プレイヤー最強、と言われる人ですら50程度が限界なのだ。
その半分……、近くをクリアしなきゃいけないと考えれば相当に難易度が高そうだ。
「アンさん暇ですか?」
なので、丁度近くにいたソコソコ以上の実力を持っていて強そうな人に声をかける。
アンさんは面倒くさそうに振り返ると、一瞬何かを考えて。
けど考えるのも面倒になったのか、間抜けな顔で返答する。
「丁度今この瞬間にお前から逃げるって言う用事ができたわ、悪ぃ」
直後、信じられない速度で走り出した。
びっくりした、ここまで適当な言い訳は初めて聞く。
あれ程カッコいいことを言っていた人とは思えない、多分この人多重人格者でしょ。
そうじゃなきゃ相当ヤバい、具体的に何がヤバいか説明できないぐらいヤバい。
「って、逃がさないですよ!?」
「じゃ、追いつけたら考えてやるよ。『アップテンポ』っ!!」
直後、彼の速度が一気に上昇する。
追いつけ、ない。
ステータス差が相当に存在するらしい、その上で更にスキルまで使われたら追いつくのは困難極まる……!!
「へいへいへーい!! 追いかけてかねぇのか? ベイベー」
よし、全力で追いかけてやる。
覚悟を決めた私は試運転と全力で叩き潰す意志を込めて、スキルを発動する。
『超越思考加速』、を。
「『超越思考加速』、超越する」
世界が、止まる。
その中で私だけが、唯一普通の速度で動けて。
けれど、だけども。
『嗚呼、頭が痛い』
20秒間も使えない、埒外の力だからこそ頭が破壊される様に痛い。
規格外、ソレを体現するかのような。
絶叫のような、痛みがある。
「一瞬で、終わらせなきゃ」
地面を踏みしめた、直後に体がゆっくりと倒れこみ地面を蹴る。
加速する、加速している、加速した結果に停滞している。
遅くて、遅くて、遅くて、遅くて、遅くて、遅くて。
処理が、頭が。
体が、体躯が、全身が。
早すぎて遅すぎて、遅すぎて早すぎて。
「まぁぁぁぁぁぁぁぁぁじぃぃぃぃぃぃぃぃぃかぁぁぁぁぁぁぁぁあ ! ?」
一秒が十秒に、一文字が十文字に。
一瞬が、十瞬に。
凡人と天才の差のような、絶対的な時流の壁。
私は、そこを飛び越える。
さながら、自分の数十倍もある壁を一飛びで飛び越える鳥のように。
「捕まえた、アンさん」
「『脱兎』」
「さ、させませんよ!!? というかそんなに嫌なんですか……?」
「え、基本的に物事から逃げたくなるでしょ? 普通」
どうにも、この人の普通や感性は私にとって理解しがたいものらしい。
なんだか呆れてしまって、思わず手を放す。
私の行動を不可解に思ってか、彼はチラリとこちらを一瞥する。
そのまま一瞬目を細め、体を軽くはたくと。
私に言葉を投げかけてくる、さっきとは真逆の。
「で、挑むんだろ? いいぜ、手を貸すよ無料でな」
「ありがとうございます、って素直に言えない言い方をしますよね? なんでアンさんはそう言い方をするんですか?」
「俺が、俺らしくするのはそんなに不思議か? クク、別に大した理由はないさ」
カッコつけたように、誤魔化す彼は正直かなり嫌いだ。
自分の思惑も考えも何処か他人事のように話しているその姿は、一生懸命に生きようとしている私を否定しているようで何処か悍ましく疎ましい。
どこかかつての自分を見ているような、実験の渦中にいながら現状に一切の疑問を抱かなかった自分を見ているような。
目的もなく、日々を生きている自分を彼の中に見出して。
嗚呼、そういう風に正面から向き合ってくれない彼は。
正直、かなり嫌いだ。
「私、嫌いです」
「どした? 急に、なんかあったか?」
「そういう風に、何て言うか正面から向き合って話し合おうとしてくれない人。私は、嫌いです」
「誰も彼もがお前の正面に立ってると思うなよ、この世界のどこにも対等な相手何て居やしねぇ。誰かしら自分の思惑があって考えがあって、他人を嫉み僻み。無意識的な意識の渦中に存在する悪意を塊の油のような善意によって塗りつぶしてる、正面から話せって? 随分と青臭いことを言うじゃねぇか。なぁ? 青林檎」
ああ、やっぱり嫌いだ。
そういって理屈の様な戯言で私の言葉を遮り、自分の意図を貫こうとする社会不適合性。
だけども少し憧れもする、絶対に成りたくはない存在だけれども、だからこそ憧れる。
私も彼みたいに、自分の意思を押し通せる様な。
絶対的自己とでもいうべき、自分自身がある人間になれるだろうか?




