Deviance World Online エピソード6 『遺物』
翌日、というのが正しいだろうか。
私はVRCを被り、睡眠欲求を誤魔化す。
文明の急激な発展は途絶えた、近代から現代への進歩は慢性的な退化を伴った。
星間文明に至ったことで、煌びやかで怠慢的な社会が形成されその裏ではその光に隠された勤勉的な悪意が蔓延している。
私という個人も、その産物だ。
エラーナンバー1089、それが私を証明する名前なのだから。
生まれたのはいつだろうか、おそらく一世紀も前ではないだろう。
だが数年というほど直近でもない、おおよそ20年と少し。
研究者ロッツェ・バレニア・バレンタインが行っていた『賢者の石』プロジェクトの、ある意味副産物として私は生誕した。
記憶に残っているのは清潔に整えられたベットと、変化のない単調な日常、そして薬物投与。
私と同じ格好をした無数の人種の人間がいた、同時に彼らもまたある意味では私だった。
日々の日記は記録でしかない、投与された薬物の種類と数量、その日の変化。
私を世話する人は一週間ごとで変化していった、研究所で目にする人は毎月変化していた。
だがそれでも唯一変化しなかったのは、所長と言われた赤毛の女性。
彼女こそがロッツェ・バレニア・バレンタイン、この天獄のような場所を治める母だ。
「ええ、実験は終了ね。もうこれ以上意味がない、人類の可能性には期待できないわ。『賢者の石』プロジェクトは現在時刻をもって終了する、それで構わないかしら」
「で、ですが!! 数千を超えるデザインベイビーをどうすると!!」
「処理しなさい、殺すのでも生かすのでも自由にして構わないわ。もはや研究価値も実験価値も皆無な存在よ、ソレらは」
その言葉は、その天獄で初めて聞いた彼女の落胆だった。
時間感覚すらない、反響動作のように繰り返される日々を塗り替える言葉だ。
そのあとは、ただ惰性のように日々が過ぎ去り身分が保証されVRCと呼ばれる仮想現実に没入できるゴーグルを与えられ。
私は、ただ慢性的にその世界へ浸っていた。
ある動画を、目にするまでは。
とあるクランと呼ばれる集団が、キャメロットと呼ばれるクランに宣戦布告をした動画を見るまでは。
* * *
「始めるとするか、なぁ?」
一人の男が笑い問いかけている、背後の四人に。
男はこれから始まる未知の世界へ、期待をはせるように。
万感の思いを吐き出すように、言葉を続ける。
「何を?」
黒衣の魔女が問いただす、ソレは純粋な疑問だろうか。
もしくは彼が初めて見せる笑顔がそこにあったからだろうか、いずれにせよ男は笑っていた。
純粋なまでに無垢に悪意に満ちた笑みで、この世界を楽しんでいた。
「この、Deviance World Onlineで。最弱種族から始めるVRMMO奇譚を」
降り注ぐ陽光、曇天が開かれる。
まるで彼らの門出を祝福するかの様に、彼は全てを嘲笑う。
今この場においては、間違いなく彼こそが主役だ。
だからこそ、誰も彼以外に注目しなかった。
注目できなかった、この世界が彼を見ろというようにしているかのように。
だからだれも、彼女の姿を見ることはできなかった。
長い赤髪を細長い糸で縛り上げ房とし、大きな魔女帽子を目深にかぶった女。
見覚えがある、仮想現実空間の技術が発達したからこそその領域内ではもはや完全な偽りの姿を取ることはできない。
何百と彼女の姿を見た、忘れるわけがない。
知っている、私は知っている。
彼女の姿を、彼女の顔を。
見つけなければならない、私は必ず。
探し出して、彼女の目的を知るのだ。
研究者、ロッツェ・バレニア・バレンタイン。
彼女が私を以て、私たちを以て何を達成しようとしているのかを。




