Deviance World Online 序幕 『Now loading』
私は、森の中を走る。
水晶の残穢が残っている、半日もしないうちにこの大地は魔力を蝕み凍りつきリーコスの大地さながらの地獄を生み出すだろう。
だから、私は走る。
王の意思があり、王の命がある。
まだ、私は死ぬわけにはいかない。
「まだ、死ぬわけにはいかないのだから……!!」
転げ落ちる、体内で蠢く属性が体を蝕んでいる感触がある。
忌まわしい、私の魔力制御能力が低いがばかりに息も絶え絶えであり今この瞬間にも死んでしまいそうだ。
生物であれば必ず無意識的に体内という限定的空間で心象世界を形成している、だがその限定的な心象世界が崩れかかっているらしい。
プトレマイオスならばこの現象を解明できるだろう、だが今は無理だ。
「悔やまれる、私の無力が……」
盟主、最弱であろうか。
私は決して強くない、むしろ弱いだろう。
城を単独で破壊する力はない、都市一つを魔術で崩壊させる実力などない、環境を形成する魔術は持ち得ず、光に迫る速さなどない。
ただ私は王の影として生まれ、王の影として生きた。
「……皮肉なものだな、内在する心象世界だけでなく外展する心象世界すら機能不全に陥っている。今更になって私の、私自身の在り方を疑問に思い始めたか」
我が体躯は、王のもの。
我が心象は、王のもの。
王を失った直後に、それほどまでに揺れ動くとは。
想像だにしていなかった、私の全てを失うことを。
「はぁ、やはり冷静ではないようだ。もとより、冷静であると自認できる状況ではないが」
「へぇ、随分と冷静そうッ!? バカ!! 初手で即死攻撃を出すヤツが何処にいるんだよ!! 俺が相手じゃなきゃ死んでたぞ!! やっぱり、お前も盟主だな!!?」
「……貴様、何者だ?」
「名乗りは身分が低い方が先にするもんだぜ? ベイベー」
次の瞬間に私はもう一度、アーツを放つ。
アーツ名『心奪』、とある拳至が作り上げた技の劣化。
暗技でありながら、確かに敵を殺せるだろう一撃。
その男はその攻撃に反応できるはずもなく、心臓を奪われる。
はず、だった。
「申し訳ありませんが、殺されるわけにもいきません。黒狼も、交渉のために来ているのでしょう? 相手を煽るような真似は止すべきであると理解なさい」
「ちぇ、まぁいいか」
「なるほど、蜃気楼。それに類する魔術……、確かモルガンと言ったか? 随分な腕前だ。この目を、一時ばかりでも欺くとは」
「謙虚な言葉ですね、ヘファイスティオン。奢り無く、その言葉を口にするのは尊敬に値します。故に、どうか話を聞いてはくれませんか? 我々に貴方と敵対する意志はない」
モルガン・ル・フェ、異邦人。
そして現時点で深淵の情報を知っている賢人、いや歴史家や吟遊詩人と称する方が正しいだろうか。
少しは話ができるだろう、少なくともそこにいる男よりは……。
おかしい、私はなぜ『男』としてしか認識できていない?
そうだ、髪色も顔の形状も言葉遣いも瞳の色も肌の曲線や体格の全てが認識できていない。
いや、認識しているはずだ。
私の目の視覚情報を騙すことは不可能に近い、先程の攻撃を失敗したのは一瞬だったことと魔女と囁かれる魔術師が用いる魔術が原因でありそれすらももはや看破している。
「……思考が、逸らされている? なるほど心象世界が関わっているな。それも完全な心象世界では無く、精々スキル程度の出力と見た」
「驚いた……、黒狼のスキルをこの短時間で看破するとは。流石は北方の傭兵、やはりレオトール・リーコスが規格外なのでは無くレオトール・リーコスも規格外だった、というわけですか」
「『伯牙』を知っているのか? 話をしたい、というのは嘘ではないか。一体、何の要件か」
「我々が北方に行く手助けを、対価として比較的安全な旅路と。そして、移動手段を提供しましょう。私とて魔女と言われる魔術師です、貴方の状態を見れば凡そ万全に程遠いことなど理解出来る。どうです? 悪くない提案でしょう、もし良ければこの手を取っていただきたいのですが」
魔女、モルガンは私に向けてそう言い放つ。
等価交換に感じる交渉内容だ、互いに損はなく利潤がある。
だがどうやら策謀は苦手らしい、温和な視線や動きとは裏腹に蜘蛛のような悪意が張られており隠せてなどいない。
「モルガン、まどろっこしいコトは止めだ。それに俺はコイツを利用する気はない、さらに先に処理しなきゃいけねぇ問題もある。これは誇り高き北方の傭兵としての契約だ、俺たちを北方へ連れて行け。その代わり、移動手段を用意してやる」
「契約、か。名を名乗れ、盟約と共に受けても良い」
この男には裏表がない、ある意味で私と同じ存在だ。
本当に、ただ北方へと行きたいだけというのが看破できる。
ただ、問題となるのはやはり。
「では改めまして、だ。プレイヤーネーム、黒狼。追加された称号で語るのならば『不死王』、あるいは肉体の名前を名乗るならばリーコス。総括すれば俺は『不死王』にして『殺せ不の英雄』、『白の盟主』を騙る『黒の盟主』。黒狼・リーコス、それが今の俺の名前にして肩書きだ」
思わず、目を見開く。
見慣れに見慣れた顔がある、バーゲストと名乗った男の姿に見覚えしかない。
レオトールだ、『伯牙』にして『白の盟主』たるレオトール・リーコスの生き写しがそこにいた。
いや生き写しなどではない、纏っている雰囲気や帯びている威圧感だけが違う。
骨格から肌色まですべてが一切の同一であり、私の目をしても他人とは思えない。
アンデッド、その異邦人と聞いていた。
レオトールから確かにそう聞いており、ある意味で彼の対極に生きる存在だと理解していたのだが。
違う、そんな存在ではない。
彼を多少なりとも理解しているからこそ、私にはわかる。
征服王が、我が王が彼を一目すら見ずに盟主の称号を与えたのが理解できてしまう。
対面したからこそ余計に、この男の異常と異端を理解できる。
「ああ、お前ならば許容しよう。契約にして盟約を結んでもかまわない、北方への道案内をしよう」
嗚呼、精神干渉をされていないからこそ理解できた。
大きく異なりながらも、彼もレオトールと同じだ。
彼もまた、この世界に生き続けるべきでない。
人間という種に生まれながら、人間という種を脅かすことを厭わない人類種の癌。
生まれるべきではなかった、イキモノだ。
時系列としては1.5章『魔王のキャロル』が始まる直前ですね。
あと黒狼に即死攻撃が通用しなかった理由は、体内に水晶属性が巣食っているため他属性を無力化していたからです。




