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Deviance World Online 〜最弱種族から成り上がるVRMMO奇譚〜  作者: 黒犬狼藉
1.5章『魔王のキャロル』

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Deviance World Online エピソード6 『取り戻す』

 音が響き渡る、重苦しく不快な音。

 絶叫に等しい不協和音が、この体を震わせ続ける。

 ランスロットは立ち上がる、そしてロッソの拘束を解除した。


「へぇ、極悪人を逃がすのか?」

「優先順位が変わった、それだけの話だ」


 端的な答え、次の瞬間に地面から粉塵が巻き上がる。

 ランスロットが移動した、それだけの事実が結果として残っていた。


 黒狼は手を差し出す、ロッソに向けて。

 ロッソは無言で黒狼の手を取った、そのまま立ち上がる。

 黒狼はロッソに引っ張られるようにしながらも、彼女を支えた。


「幾つか聞きたい事があるわ、けれど真っ先に聞きたいのは……。そうね、何でキャメロットを巻き込んだの?」

「半分ぐらい予想外だ、精々雑兵が来るかなって思ってたんだが……。どうやら、探究会も馬鹿じゃなかったか」


 答えになっていない、視線で責めつつロッソは首を振る。

 この男はそういう男だ、最初から真面目な答えなど用意していないし用意していてもそう答える気がない。


 だが、ロッソは内心で言葉を続ける。

 だがそうか、黒狼が盤面を仕切っているように見せて彼とて全てを支配しているわけではない。

 ソレに一目見ればわかる、黒狼は未だに弱っている。

 本来の出力に遠く及ばず、戦闘行動をするために必要な肉体と魂の隙間を埋めることは未だできていない。


「じゃぁ二つ目、この状況の収拾は付けられるのかしら?」

「村正次第、ってところだな。既に賽は投げられた、まぁ運が良ければ俺も村正も強化されるんじゃねぇの?」

「運が悪ければ?」

「俺と村正がこの血盟を抜ける、ぶっちゃけシナリオの大半は俺が描いたモノじゃねぇし」


 そう言いながら、水晶剣をぶんぶんと振り回し。

 黒狼は欠伸をする、状況を解決する気はさほどないようだ。

 あるいは、その状況に何の不満も抱いていないのか。


「まぁ兎も角、モルガンは呆れて協力する気はないらしい。ネロは論外、で? お前はどうするんだ?」

「あら、聞くまでもないでしょう? それとも言葉にしなきゃ伝わらないわけ?」

「言えよ、目的は明白でも手段が分からねぇ以上はどう動くかも予想が出来ねぇ」

「そう、なら秘密にしておこうかしら?」


 ロッソはそれだけ言えば、黒狼から離れていく。

 せっかく助けてやったのに、そうぼやきながらも納得したような顔をしつつ黒狼は背伸びをした。

 別に協力しようが敵となろうが黒狼のプランに関係はない、ただもし彼女が敵対するのなら。


「嗚呼、そうなら少し面白くなりそうだ」


 もっとも、ソレは無いだろう。

 ロッソの目的は知っている、そして彼女の性格も。

 手段が分からないからこそ可能性はあるが、ソレも薄い。

 だからこそ、黒狼は残っている課題を頭の中で整理して。

 魔力を、迸らせる。


* * *


 不味い、思考の中でその言葉だけが反響していた。

 状況が悪い、何もかも。

 すべて手遅れだ、何もかもが手遅れだ。

 認識を改竄されていた、取り組む際の目的を挿げ替えられていた。


 短い時間で、ランスロットはそう認識した。


 もとより此処に来たのはキャメロットの意思ではなく、探究会からの依頼だ。

 魔物が、それもより上位の魔物がコロニーを形成している。

 放置すれば脅威となるだろう、ゆえに殺害せよ。

 少なくともランスロットはそのように依頼を認識していたし、そしてソレは間違ってなどいなかった。

 ただあの男が現れた瞬間から、状況が変化しだした。


「(おかしい、探究会と。いやインフォ教授と連絡が出来ない、ソレに何だ? あの空に浮かんでいる闇は……!! 何らかのイベントの発生? だがそんな情報何処にもなかったぞ!?)」


 動揺、焦りを堪える暇はない。

 ただ今は一刻も早く、現状を打開する必要がある。

 一つ確かなのは、この状況を放置していれば取り返しのつかない状態になるという事。

 即座にガウェインに通知を送り、聖剣を解放する。

 AGI280、ガウェインとて決して遅くはない。

 黒光する鎧が先陣に、土煙を上げながら突き進んで。


「理解した……、貴様はッ!!」


 血に濡れた、地平を見る。

 残虐残酷の限りを尽くされた赤色の田畑を、人の屍が積み上がり謎のオブジェを構築するソレらを。

 鬼たちの屍を、その先に立つ黒い何かを視認し。


「貴公は、」


 肢体が硬直する、動けない動かない。

 神の認識、超常的存在、知覚するだけで成す術なく脳が沸騰する。

 緊張症、動くという命令が脳内で止まりそれより先に進まない。


「『古き猿が1匹、屍を晒に来たか』」


 直後に襲う衝撃、腹部を貫かれる様な衝撃が走り地面に転がる。

 だが今の一撃で発狂状態が解除された、目の前の存在を改めて敵と認識しランスロットは剣を握る。

 聖剣に切れぬ物なし、砕けぬ物なし。

 相手の正体は未だ測りかねる、だが今の一撃からもわかる。


「弱いな、貴公は」

「『?』」


 次の瞬間、ランスロットは剣を投げる。

 虚を突いた一撃、だが鈍重な投擲が当たるわけも。

 鈍重なだけの攻撃が、当たるわけがない。


「『糸鎖操作』」


 鈍重なだけならば、だが。

 伸びた鎖が棒の様にピンと張る、一瞬直後に鎖が巻き取られ孤を描きながら神に迫る。


 ランスロットもまた、かの傭兵に目を焼かれたのだ。

 その勇ましく豪胆で不遜な、戦い方に。


 鎖が震える、音が鳴る。

 神は聖剣を躱し、だからこそ逃れなければならない。

 その鎖の一撃を、その鎖の攻撃を。


「『ふぅむ?』」


 もしも、ここに黒狼がいれば彼は笑いながらこう嘯くだろう。

 だから付け入る隙があるのだキャメロットには、と。


 ヒトの思考、ヒトの視座で神に勝てると考えるその傲慢。

 レイドボスコールが鳴っていない? 目の前にいる存在がレイドボスとしての格たり得ない?

 愚か愚か、全く持って愚か極まる。


 そもそも里一つを軽く壊滅に追いやった化け物が、レイドボスコールを受けられない筈が無いだろう。

 或いは、レイドボス級にすらなり得ない訳がない。


 レイドボスとは即ち、霊長を霊長の座から降ろす存在に対して使われる。

 言い換えれば、霊長を霊長の座から降ろす意思のない存在や霊長に属している存在はレイドボスやレイドボス級の能力を有していたとしてもレイドボスコールが発生しないことが多い。


「『弱いな、ニンゲン』」


 悪辣極まる笑みを浮かべながら、神は笑みを浮かべる。

 体に巻き付く鎖と腹部に刺さった聖剣、黒い影がドクドクと血流の様に溢れ出しているにも関わらず。

 平然と、僅かばかりしか減少していないHPを見せびらかすかの様に。

 神は、両手を広げる。


「『アロンダイト』、力を示せ」


 アロンダイトに魔力が迸る、直後魔力がチェーンソーの如くに震え始め神の肉体を刻む。

 より激しく、黒い血肉が飛び散り始め神を刻んでいる。

 ただ、何れにせよあまりにもHPの減りが遅い。


 聖剣の攻撃、少なくとも邪悪なるモノにはそれだけで特攻を保有できる。

 だがそれでも、だ。

 概念攻撃に至っていない、或いは概念攻撃と比類できない攻撃は神を相手にするには些か役に足らず。

 黒狼見たく、『第一の黒き太陽』の概念攻撃を有していればまだ逆転の目があったが。

 湖の聖剣では、神殺しの刃足り得ない。


「誰が、弱いと?」


 足り得ない、だが負けなどしない。

 騎士の役目は防御であり防衛、未然に防げるのならば最高だがそうできなかった時の最優とは何か。

 即ちそれ以上の被害を、食い止めること。


 最優の騎士、ランスロット。

 最強は王に譲ろう、最高ならば太陽に譲ろう。

 だが、最優の席は誰にも譲りはしない。


「『聖剣、展開』『王国式剣術』貴公が如何なる存在であり、貴公が如何なる信念を掲げ虐殺を行ったのかなど知る由もない。ただ今この目で見て確信した、此処に生きた鬼は善良なる存在であり。そして彼らを虐殺した貴公は如何なる理由を以てしても悪だ」


 ならば、全力を尽くして戦える。

 戦う理由が、そこにある。


 翳すは湖、唯一時ばかりの極光に至らずとも輝けるソレは間違いのない聖剣。

 黒き騎士に及ばずとも、月光の騎士王に至らずとも、陽光の聖剣と成れずとも。

 全力を尽くせ、騎士ならば。

 異邦の人間だとしても、誰かを守りたいなどという気持ちに偽りなどないのだから。


「『悪? 悪か、随分と面白い話だ』」


 神は片手を出す、超越者、外なるモノ、神々の詠唱とはその存在。

 自ら羽織らずとも、勝手に世界が羽織らせて来る。

 より高位の、より上位の詠唱を。


 右手を示し意志を掲示する、それだけで背後に無数の目が溢れ出しグロい何かに変貌する。

 千の貌を持つ神、神々の代弁者にして代行者。

 その本領は黒狼の【顔の無い人々】と同じく、そして其れ以上に凶悪な。

 神の権能の、間借りだ。


 権能の名は『戦争』、あるいは『敵意』にして『曇る心臓』。


 瞳が、眼が増殖し神を覆う。

 ニャルラトテップという個が消え、まったく別種の個に変貌する。

 南米の神、かつての黒狼の協力者でありニャルラトテップの友神。

 ヤヤウキ・テスカトリポカ、或いは『ジャガーマン』に変貌した。


「『混沌が、這い寄る混沌が悪でないわけがない。虐殺者が善なるものでないわけがない、そう宣うのだな?』」


 地面が炸裂する、爆発炸裂音と共に影が迫る。

 縦方向に一回転し、蹴りをランストットに叩き込む。


 ニャルラトテップのその攻撃は、重く鋭く早い。

 ジャガーなるナワルを帯びた黒き神、今よりもはるかに弱い黒狼の体躯に顕現しわずか一分という制限の中で不死の九頭竜(ヒュドラ)相手に大立ち回りをした神の実力。

 今のソレは、あの時の神と比べても遜色なく。

 そしてあの時と違い、時間制限など存在しない。


「うっグッ!!」

「『嗚呼、正しい全くもって。劣等種が叫ぶ善悪や

正義に当てはまれば、混沌など全て悪に決まっている』」

「少し、主語が大きいぞ……? それとも。自分が矮小な卑怯者だと自覚しているからこそ、大声を上げるのか?」

「『良い煽りだ、後学の参考にしよう』」


 ニャルラトテップが嘯く言葉は全て虚言だ、彼或いは彼女にとってその言葉が真実である必要はない。

 ただ混乱させられれば良い、ただ面白くなれば良い。

 道徳倫理一貫性など必要ない、彼にとって彼女にとって面白ければそれで良い。


「神は無能でもなれるのか? 参考にする未来はない」

「『神が死ぬと?』」


 交差する、交錯する、倒錯的に交わり合う。

 鎖をも用いたランスロットの剣に盾、ニャルラトテップの打撃に脚蹴。

 軽いステップから放たれるのは、これ以上なく思い攻撃。

 鈍重堅実な動きから派生するのは、卓越技巧の連鎖。

 キャメロット、円卓、最優を冠する騎士は神を縫い留める。


「……(やはり、軽い。手ごたえが浅い、そして彼の動きも卓越したものではない)」


 違和感、いやコレは弱点だ。

 剣を交え続ければ自ずとわかる、全体的にひどく軽く動きが緩慢。

 黒騎士のようなギミックもなければ、かつて見たジャガーマンほどの速さもない。

 余人ならば対応もできずに地に下されているだろうが、交えられるのならば導き出せる。

 戦闘技能まではオリジナル足りえない、文字通り力だけを羽織っているのみ。


「(ガウェインが来るまで持ちこたえれば、倒すことはできるだろう。そうすればこの事件が解決される……、少なくともこれ以上の被害を止められるだろう)」


 類似のクエストを脳内に浮かべながら、堅実に推測する。

 大抵、この類の事件は主となる存在を切り捨てればクエストは自動失敗となり崩壊する。

 何が起きていたのか、それは後で探究会に情報提供を行い解決すればいいだけの話。

 クエストを受けた存在がいるのならば、其れで解決できる。


「『ふぅむ?』」

「何を考えている?」

「『何かを』」


 軽い言葉のやり取りをしつつも、動きは殺意にまみれている。

 ダメージレースは割合重視ならばランスロットが、純粋な被ダメージ量ならば神がといった具合だ。


 回復を行うか、攻め続けるか。

 思考を巡らせ、軽く息を吐く。

 何れにせよ、大義を掲げ正義を名乗るのならば敗北するわけにはいかないのだ。

調子が戻らない……

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