Deviance World Online エピソード6 『やがて皆』
中指を突き立て、ニヤリと笑う。
そして次の言葉を続けようとしたとき、黒狼の体は地面に崩れ落ちた。
力が入らない、黒狼を苛む欠陥がそこにある。
「チッ、糞が。契約はするのか、しねぇのか? 分かり易く言葉で言え、言ってくれ」
「『ーーーーーーー』」
「共通語で喋れって言ってんだろうが」
声色を荒げながら、黒狼は地面に腕を突き立てて。
直後に、全身から再び力が抜けていた。
ロッソは確かに黒狼の肉体を調整した、だがその調整は時間経過で無意味になってしまっている。
別段複雑な事情がある訳ではない、細かく語りだせば切りがないとはいえ理由は単純だ。
体内に残存した水晶属性が、他属性他魔術を侵食し水晶属性に塗り替えている。
その結果、ロッソが施した処置が無意味になっており黒狼はその水晶属性を完全に消し去る必要性が生まれた。
それに加えて、黒狼は保有していた強スキルの殆どを失っている。
例えばHPをMPに変換する『翼ある蛇』や、基礎ステータスほぼ全てを多少なりとも上昇させていた『女神寵愛(闇)』など。
付け加えれば『第一の太陽』も、その機能および内包する権能を喪失している。
流石に呪術スキルの変化までは喪失の対象となり得なかったし、また肉体を得て種族人間となったことで戦闘スタイルを大きく変化させなければならない以上は戦い方の点でいえども問題はない。
ただ通常はフレーバー程度の意味合いしか持ち得ない部分が、こうして黒狼を苦しめている。
三柱分の権能を帯びていた魂だった代物が、今では脆弱な人1人分の機能しか持っていないのだ。
だが肉体は今までの骨子をそのままに規格外の代物へと変貌し、今まで以上に許容範囲が大きくなった。
大きく、なってしまった。
本来ならば、モルガンと同じく肉体と魂の双方の適性を同程度にすることでこの事態を防ぐことができる。
或いはロッソの魔術の様に肉体の過余剰部分に、無意味な術式を埋め込み定着させ一時的に埋めることでそのバグを防げるはずだった。
ただ前者の対応は時間が少なく、また黒狼とレオトールでは余りにも性質が違いすぎたことでできず。
後者は先程の説明の様に、水晶大陸の残存魔力により魔法陣が無力化された。
残る手法は、先の状態と同じ様に神の力を帯びるしかない。
「『ーーーーーーー』」
「……、『精神汚染(深淵)』」
目の前の神が、顔の無い神が何かを宣っている。
黒狼は仕方なく、そのスキルを発動した。
直後、黒狼の体から黒い何かが湧き上がってくる。
ありきたりな表現ならば霧だろう、だがソレは霧などという生優しいものではなく認識しうる限り最悪な代物。
認識理解できない、ある種の高等言語が物質的な形を得たもの。
故にこそ、そのスキルを発動すれば黒狼の魂が汚し犯し乱され。
多少、深淵の言葉を理解できる様になる。
「『ーーーーーーー(如何なる用件で、我が境界に参った)』」
「嗚呼、やっと聞こえるよ……。それで? 何の要件で、か。端的に言おうか? 力を寄越せよ、俺はまだ楽しみたいんだよ」
『混沌たる白亜』、その盟主たる黒狼が誓ったのは。
血の盟約に誓ったのは、この世界を愉しむこと。
それ以上でも以下でもなく、ある種完全なライトプレイヤーであり。
ただ本人の悪性が淡々と存在しているだけ、だ。
「『ーーーーーーー(対価を)』」
「鬼人、俺のチカラを利用しての殺戮遊戯を対価にしよう」
「『ーーーーーーー(遊戯?)』」
「ああ、ゲームだ。お前と村正……、違うな。『魔王』千子村正との勝負だ、俺たちの勝利条件は一つ。千子村正が守るあの村の鬼ども全てを5日間で殺すこと、村正の勝利条件はただ1人でも護ること」
勝っても負けても、その勝負を受けた時点でニャルラトテップの権能を譲ることは確定だ。
そう言葉を続ければ、黒狼はインベントリから一つの紙を取り出す。
その紙を手に取り、黒狼は言葉を続けた。
「悪い提案じゃないだろう? むしろ、お前にとっては有難い提案だ。詳しい事情は知らないが、あの本にここへの行き方を記録してたってことはお前も多少なりとも外に出る意思はあるんだろ? こんな、クソッタレみたいな境界の外によ」
「『ーーーーーーーー(然り)』」
「ならば、逃げたいのなら俺の手を取れ。協力ぐらいは、出来るだろうよ」
「『ーーーーーーーー(……確かに、この愚劣極まる牢獄も白痴足りえる旧支配者も辟易とさせる。動機は然りと存在し、故にこそ十分だろう)』」
だが、そう言葉を神は続ける。
全知全能たり得ぬ神が告げる、万知万能たる神の言葉を。
ただ、厳かに。
「『ーーーーーーー(だが、何故矮小なる人如きの言葉に耳を傾けねばならぬ? 寧ろそのまま放置し眺める方がよほど面白そうだ)』」
言葉が出ない、とは正にこの事だろう。
今、この神はなんて言った?
このまま黒狼を見殺しにする方が、面白そうだと?
その結末を理解できない神ではない、少なくとも黒狼が死ぬだけでは治らずその汚染は四方千里を飲み込むだろう。
何を以てしても破壊できない水晶が、この世界を。
「『ーーーーーーーー(何を驚いている? よもや考えなかった訳ではあるまい、素晴らしい話じゃないか。理解できないほど死に絶え、理解できない絶望が広がる。ククク、さすらば蜘蛛が蘇るやもしれぬ。それは不味いなァ? 星々を喰まれては困る、嗚呼困る困る。だがそれもまた良い、四方千里などに留まらず世界の境界全てが崩壊するだろう。愉快愉快、随分と愉快な話ではないか!!)』」
「えぇ……、マジでぇ?」
「『ーーーーーーーー(それとも、生かす価値ありと示す何かがあるのか?)』」
「ねぇんだよなぁ、其れが。どうしましょうかねぇ、ホント」
黒狼はニャルラトテップを人、ひいては人類に対して比較的友好な存在だと思っていたが存外そういうわけではないらしい。
いや攻撃的でないを友好的であると捉えれば或いは? いずれにせよ、この程度の交渉材料では少しばかり安すぎるということだ。
手持ちの材料を選びながら、黒狼は頭を悩ませる。
はっきり言って無理矢理奪うのは無理だ、不可能ではないが無理だ。
ニャルラトテップ、その神の性質や権能は『窓口』と例えるのが正解だろうか。
より上位の、より大いなる存在の口であり手であり足。
トリックスターとしての側面を併せ持つが、本質的にニャルラトテップは窓口である。
いわゆる、生きている門だ。
だからこそ、戦うのならば最低でも物理的な依り代に入っている時でないと不味い。
そうでなければ最悪、より上位の神性を召喚しかねない。
「(というか、ここがドリームワールドなのが厄介すぎる)」
そう、ここはドリームワールドであり所謂夢幻の世界。
黒狼がかつて地下で拾った魔導書に記されていた術式、そこに刻まれた術式を展開することで侵入した。
ニャルラトテップと邂逅したのは、基本的に偶然と言い換えてもいい。
いや、必然の邂逅ではあったのだが。
「……おーし、質問だ。逆に、何を示せば俺に協力する?」
「『ーーーーーーー(滅びを、破滅を、混沌を。甘露な悪意を、醜悪な善性を、正しき愚かを、間違った賢さを。知性ありしと自称する無数の種族が引き起こす悪意の嘲笑を、ソレを証明しろ)』」
「さっき説明したゲームじゃ、足りえないか?」
「『ーーーーーーーー(不足だ、たかが村の崩壊など飽き飽きだ。あの甘露な闘争を知っていてはその程度の争いごとは味もせん、万物全てが恐怖を叫び凍てつき崩壊した滅びの戦争を知れば。星の終わりなぞで済むはずのない宇宙の崩壊をしればたかが矮小にて弱小たる貴様らの悲鳴ごときで足りえるわけがない。嗚呼、素晴らしい。あの破壊者が壊せなかったのだ、あの贋作者が増やせなかったのだ、観測者が見ることも能わず支配者が手を出せず。なんと素晴らしき戦いか)』」
まるで笑うように、怪物はうごめく。
ある種の思い出し笑いのような、あるいは先日食べた極上の甘露を反芻するかのようにして。
ただただ静かに、混沌的破滅を語る。
静かに、そして雄弁に。
「戦争? いつの?」
「『ーーーーーーーー(言えぬ、伝えられぬ。忌まわしき破壊者め、忌まわしき創造者め。神々たる我らを縛るなど、それほどまでに思い出したくもないか)』」
「破壊者、ギルガメッシュか。もしかして知り合いか? あるいは、敵か?」
「『ーーーーーーーー(あの男の敵たりえるのは残る13のみ、残る全ては塵芥だ。しかしてそうか、お前は知っているのか。あの収集家を、英雄を縛る王を。そうかそうか、なるほど。少し、気が変わった)』」
直後に、金属が擦れあう様な音が聞こえる。
ひたすらに醜悪で、とても聞いては居られないような音だ。
耳を抑える、這いつくばりながらそうしなければならないと確信した。
脳を揺さぶるような、悍ましいだけの声。
それは、神の詠唱であった。
頭痛がする、頭がいたい。
体が拒絶する、何を? 何かを。
理解はできない、理解したくない。
強制的に本心を露出させてくる、あらゆる全ての認識を統一させられる。
つまり、理解したくないと。
「『ーーーーーーーー(契約は成立した、盟約は成立させた。貴様に力を、お前に力を、汝に力をあたえよう。その肉体都合がいい、それに何れ殺しつくすのだろう? あのオニどもを。如何なる理由などなく、必要性もなく。それにあの英雄の王に対しての意趣返しもできようか、あるいは気にも留めんだろうが)』」
「まてまてまてまて、ちょっと急すぎるだろうが!! 俺の楽しむ余地はないのかよ!?」
「『ーーーーーーーー(ただ、五日ばかりの馬鹿騒ぎだ)』」
黒狼の体内に侵入される、スキルの主導権が奪われる感触が存在した。
直後、黒狼が分裂するように勝手に魔術が展開され無数の黒狼が誕生する。
【顔の無い人々】だ、その魔術を強制的に展開させられた。
だが、彼らの制御権限は黒狼にない。
奪われている、この神に。
「『四日目に逢おうか、いや違う。嗚呼、お前ならこうするか? 全員殺すのに5日もいらねぇよ。4日目だけで全員ぶっ殺してやるさ、なぁ? そうしたら最高に面白い結果がでそうじゃねぇか』」
「……うわぁ、俺が喋ってらぁ」
黒い影、ユラユラと揺れる黒い霧。
『顔の無い人々』の本質は増殖ではなく、人々の無意識の代弁。
『顔の無い人間』の本質は特定の個人ではない誰かの模倣から始まったと考えればこの使い方に行き着くのは分かりやすい、そして目の前にいる神は神々の窓口であり代弁者。
つかえない、使いこなせないわけがない。
「『さぁ、目覚める時だぜ?』」
直後に、全身が泥濘をまとったかのように重苦しくなる。
どうにもこうにも、体がうまく動かない。
目覚める時が来たのだ、夢の世界から。
溺れるような感覚を飲み込み、もがくように全身を動かす。
だが何もできない、ただ静かに目覚めが強いられる。
***
そんな、戦争が終わった当日の記憶を思い出した。
今日で四日目、その夕方。
黒狼は捕まったロッソの前に悠々と姿を現しながら、言葉を紡ぐ。
半分以上、呆れを込めて。
「結局、お前の術式は意味を成さなかったよ」
「……嘘、と言いたいけれど性質を鑑みれば仕方のない話ね」
「貴公が、我々に宣戦布告した男だな?」
「まず名乗ってくんない? ほぼ初対面だろ俺たち」
ヘラヘラと笑いながら、黒狼はそういう。
実際に黒狼はランスロットに見覚えがない、はっきり言って初対面だ。
だからこそ、そう告げて。
そのまま、黒狼は水晶剣を取り出す。
「まぁ、別に名乗らなくても良いケド。どうせ、名乗る暇もないだろうしさ?」
「一体、どういう……!?」
魔力が膨張する、黒狼は右手を上げた。
軋む、軋んでいる。
轟くように、どよめく様に、煩いほどに狂気が蔓延しながら。
「さて、そこで錬金術師を拘束していていいのか? 舐めプで降臨描写をしてるけどさ。早くしないと、鬼とはいえ無辜の人間種が死ぬぜ?」
黒狼は、ただ心の底から笑顔を浮かべた。
本番は、ここからだとでもいうように。




