Deviance World Online エピソード6 『容赦なく』
意外にも、2人は動かなかった。
ただ静かに剣を突き合わせ、ただ無言を貫いている。
それ以上でも、以下でもない。
重苦しい沈黙はさながら泥濘の様に、全身を覆う緊張感となっている。
ただただ、静かだ。
「なぜ、何故見過ごすのですか!! 君は確かに自分を善良としていなかった、けれど悪意のみの存在ではなかったはずだ!!」
「御託は十分だ、手前はこの先に生きる無辜の鬼を殺そうとしている。ならば、儂は剣を握るぞ」
「……剣を握るのを辞めよう、話せば分かるはずだ」
「ならば、手前から放すべきだ。それが、道理だろうが」
はっきり言おう、村正は現在冷静ではない。
2度か、3度か。
度重なる襲撃、絶対的正義といっても過言ではなかったキャメロットの加担。
久方ぶりの安寧、休息の日々、微温湯に浸っていた村正はその事件で意識を逆撫でされた。
いや、より正確に言うならば堪忍袋の緒をズタズタに切り裂かれたというべきか。
「儂は儂にとって公平な立ち位置を取る、手前が誠意を示せば儂も誠意で返そう」
「申し訳ないが出来ない、君がもし敵でなくても『ウィッチクラフト』は間違いなく敵だろう。彼女が無力化されていない以上は、剣を手放すことは到底不可能だ」
「交渉決裂、か」
次の瞬間、村正は抜刀した。
技なき技、音なき神速。
すなわち、剣技。
鋭い刃はガウェインの首をとらえた、確かに。
回避させないつもりの一撃、柳生の抜刀術の丸写しのような一撃。
強くなったのは黒狼だけではない、村正も確かに強くなっている。
レイドボスとの戦いを乗り越え、磨きがかかっているのだ。
弱いなどとのたまう愚かは、正しく無意味だろう、
「ち、ぃ……」
だが、相手はそれよりも強い。
ガウェイン、円卓三席。
或いは二席か、ランスロットと同格にしてランスロット以上の最大火力を発揮する。
まさしく『剣聖』の一撃でもなければ、まともに食らってくれやしない。
すくなくとも、動作から予測され今のように防がれるのが落ちだ。
聖剣が燃える、ガウェインが戦闘態勢に入ったという証明だ。
灼熱、熱量はそこまででもないが刀身が赤く染まっている。
それは武器自体が魔力を制御し、刀身というわずかな範囲に熱量を押しとどめている証明だ。
触れればひとたまりもない、そんな聖剣を構えガウェインは詠唱する。
「『火よ、我が腕に宿りて力となれ。【火の力】』」
ガウェインのビルドは魔法剣士、ランスロットと違い魔術は苦手ではない。
もちろん練度でいえばモルガンやロッソに遠く及ばず、一発限りの無駄魔術を無意味に愛する黒狼と同程度。
だが、その練度でもガウェインから繰り出されれば無視できない。
剣を振るう、その速度は先ほどよりも早くなっている。
エンチャント系列の魔術、腕に火属性の魔力を流し筋力の強化を施す卓越技巧。
その速度は無視できず、当たれば必死。
いや、そこまでではない。
少し誇張表現となった、訂正しよう。
だが、当たれば村正に大ダメージが入るのは否定しようがない。
「だがその程度か、ガウェイン」
すこし、すこしだけガウェインを甘く見る。
黒騎士、月光のペルカルド然り。
『白牙』、レオトール・リーコス然り。
毒九頭竜、ヒュドラ然り。
当たれば絶死、当たらずとも致命、神を宿した動きで避け続けなければ戦えなかった難敵や最強。
彼らの動きを知っていれば、おのずと緊張は緩んでしまう。
「そうか、君たちは知っているのか。あの白銀の絶望を、彼の戦いを」
同じく、ガウェインはあの戦場を思い返していた。
『白銀の絶望』、掲示板に上がった二つ名は端的にその強さを表している。
レオトール・リーコス、彼の仔細は未だ不明ながら状況証拠として村正やロッソのほか。
ネロやモルガン、あと謎の骨と関係性が深かったのは間違いない。
そして、彼の強さを知っていれば必然的に自分が甘く見られるのも納得できる。
暴力的な強さ、彼に10秒間のリスキルを行われ少なくない人数がこのゲームを去った。
人によればリスポーンしても癒えない永続的なデバフを負った人間もいるらしい、『アイアンウーマン』と呼ばれる二つ名持ちも殺され続け心を折られクランの盟主を譲ったという噂もある。
生きた伝説、はっきり言って運営の差し金ではないかと噂されるほどの実力は。
プレイヤーの心を、確かに折ったのだ。
「嗚呼、知っている。使っている武装、鍛え上げられた武。その全てが、柳生のばーさんと同じ至った人間だ。それと比べりゃ、随分温いんだよ手前はっ!!」
煽り、それを受けてもガウェインは飄々として受け流す。
太陽をまとっていても騎士であることに変わりはない、激情など律せて当然なのだ。
それにこれらが事実である以上、以前文句などない。
ガウェインはその言葉を受け止め、訂正などせずに技で返す。
否定はしない、だが訴える。
お前の思うほど、弱くはないと。
「そういう君こそ少し、緩いぞ?」
太陽の聖剣、輝ける炎。
月光の写し身であり、チャチな言い方をするのならば最強の武器。
その熱量は摂氏六千度を超える、つまりは。
太陽とは、破壊である。
「アーツでも、スキルでもねぇっ!! 流石、なるほどそれが聖剣の本領ってわけか」
反応は、決して遅くない。
問題は受け止められないこと、受け止めさせないこと。
実際に摂氏六千度の熱を内包しているわけではない、ただその熱量は鉄が耐えられる熱さでないこと。
一度触れれば耐久値を大きく削られ、いつか破壊されるだろう。
村正謹製の品といえど、それは同じく。
「話をするつもりがないのならば、力ずくで押通らせてもらおう」
熱量、熱気、目眩む光。
極光足らぬ輝きは、ただ渦巻く力となる。
飲み込む、力をただ全てを。
「殺させねぇ、って言ってんだろうがっ!! この先の村を、鬼どもを襲撃するのなら儂は手前らの敵で居続ける」
ありきたりな宣言、ありきたりな慟哭。
面白味のかけらもない、悲哀の叫び。
それほどまでに、人間臭くなったといえるだろう。
彼という、村正という人間は。
だからこそ、彼が見定めるべき相手は。
ゆえにこそ、彼が見定めるべき存在は。
円卓、キャメロットではない。
***
伝達者、言葉を紡ぐモノ、地の精にして顔の無い千貌の主。
いわゆる、這い寄る混沌。
「『ーーーーーーー』」
ソレは、重々しく言葉を紡ぐ。
神は人の尺度を持ち得ない、それらは正しくスケールが異なる。
視座が違う、神のスケールが其処に在り。
ただ一言、言葉を発するだけで心の臓が震える。
「マジか」
次の瞬間、視界が赤色に染まった。
アバターの毛細血管がブチブチと音を上げて千切れる、情報の処理が追い付いていない。
正気が保てない、理解を及ぼそうとすればするほど認識が狂う。
恐怖、声や音なくただ目の前の神を称賛し崇め奉る事しかできなくなる。
つまりは発狂の蓄積値が、一定レベルを超えた。
「マジかマジかマジかマジかマジかマジか」
反響動作、先ほど行った行動を繰り返すだけの絡繰りブリキ。
本物、という言葉だけで済むはずがない。
好意的でない神と出会うだけで、これほどまでに思考が焼かれる。
仮にでも肉体はレオトールの代物、最上位の素体を用いているはずだ。
だが、そのはずなのにこの領域に踏み込みただ一言を聞いただけで発狂してしまう。
人とは、どれ程に脆いモノか。
「マジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジか」
ゆっくりと右手を上げようと藻掻く、この程度など予想外極まっている程度。
最初から問題だらけの気紛れ計画、問題だらけでもはや問題ですらない。
少しばかり、少し以上に神という存在を舐め腐ってはいたがそれでもだ。
根源的恐怖は感じない、VRCの向こう側でその狂気はとどまっている。
本能が訴える恐怖でないならば、肉体の主導権は黒狼が。
黒前真狼が握っている、そうに決まっているだろう。
「マジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジか」
一歩、踏み出した。
反響動作の中に確かに存在する隙間を縫い、己の意識を明瞭にする。
まるで麻薬を、最近はやっているらしいサイバー麻薬をキメているみたいだ。
だがそんなことなど関係ない、麻薬をやっていようが思考をハッキングされようが。
黒狼は、いいや違う。
黒狼がではない、黒前真狼は。
―――俺は、俺だ。
反響動作は収まらない、決して緩和されない。
今にも脳細胞がブチブチと千切れる音がする、処理できない情報量を飲み込んでいる。
正気度が見る見る減少する、が。
幸運にもダイスの女神は微笑んだようだ、急激にその発狂は収まりを見せた。
最悪の領域に至った、これ以上の悪化は無いだろう。
「マジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジか」
体が動く、常識的に考えて体が自由に動くのは当たり前の話だ。
何を馬鹿なことを言っているのか、体は自由に動くものに決まっている。
脳を律しろ、思考を統制しろ、反響内容を変更させろ。
単純に確認すればいい、三つの要素で思考を構築しろ。
何をしたいのか、何をしているのか、何ができるのか。
いつもやっていることだ、直近の処理条件を定めよう。
意思を示せ、声を上げろ、喉がつぶれるほどに。
隷属たる奴隷、意志の下僕、所詮肉体など容れ物に過ぎない。
容れ物風情の動きなど、律せずして何が人間か。
「マジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジかマジか」
右親指を尽きて、サムズアップする。
駄目だ、行動優先順位を変更しても肉体が出力する以上は肉体の方が有利優位に立っている。
つまり思考を回したとて、発言の許可は発布されない。
行動が其処で制限されている、思考の介在する余暇がなければ肉体が優先権を譲る事は無いだろう。
ならばどうすればいい? 簡単だ、思考を一度強制停止させてやればいい。
パソコンと同じだ、再起動をすればバグっていても大抵治る。
だからリセットするために、その親指を眼球に突き刺す。
ゲームなんだ、部位欠損など取るに足らない損失。
回復が不可能という訳じゃない、ソレに死ねば五体満足で復活する。
一切合切問題なし、完璧な計画だろう。
そんな風に思考を重ね、地面に倒れる。
どうやら指先が眼球を突き抜け脳にまで届いていたらしい、大ダメージが発生し肉体に強制的な麻痺が走っていた。
ビクンビクンと打ち上げられた魚の様に蠢きながら、無理矢理インベントリに入っていたポーションを手に取る。
そのまま眼孔に直接振りかけ、再生する感触を覚えながらゆっくりと立ち上がった。
幾分思考を圧迫していた反響動作が落ち着いている、数十秒もすれば消えるだろう。
確信めいた思いを抱きつつ、黒狼は息を吐く。
これで会話ができるようになった、そう思い反響動作を思考の隅に追いやって。
「共通語で話せよ、バケモノが」
思いっきり、口角を上げながら。
血濡れの親指を内に握り込み、中指を突き立てた。
SAN値チェック 自動失敗
1d100→26 SAN値26の減少
発狂内容 反響動作




