Deviance World Online エピソード6 『祈り得て』
地面を駆ける、即座に抜刀した。
そのまま地面を蹴り付け、躍り出る。
前にいるのはプレイヤー、『探究会』の面々が完全武装で控えており。
攻撃をしている、であるならばこちらとて遠慮は無用。
「『抜刀』『時雨』」
特殊アーツ、そこから発展し水の刀身が現れる。
一撃は決して軽くない、鋭い液状の一撃は確かな手ごたえとともに探究会のプレイヤーを。
すくなくとも、過剰に暴力を振るっていた彼を切る。
「何用だ、手前」
「グゥッ!! な、なにしやがる!?」
「知らなかったじゃ済まさねぇぞ、この先は儂らが領域。鬼の里、武器を手元に襲い来るのならば其れに応える作法がある」
「喋れて強いレアなモンスターがいるんだから倒すのは、当たり前だろ!!」
怒りよりも、先に手が動いていた。
その侮蔑、その差別を聞き届けるよりも先に。
この世界に差別がない、などというわけがない。
むしろ、その差別の在り方は2000年代のソレよりよほどひどいものだ。
ゲーム世界になればソレは加速する、それは無意識下の悪意そのもの。
「痛てぇ!! 何考えてんだよ、二回も攻撃するなんて!!」
「あまり、怒らせるな。儂はその思考自体を止めはしないが、相応の報復はさせてもらうぞ」
「あ? なんだよ、モンスター風情に本気になってんのか?」
人は無意識のうちに他者を、より具体的には自分と異なる存在を見下す。
多かれ少なかれ、それは万人に通ずる話であり同じくして其れは人の業。
どうあがいても逃れられぬ、絶対的な代物なのだ。
だからこそ、村正は止めはしない。
多数の意見を尊重し、少数の意見を尊重し。
そのうえで、己の意見を意思を貫き通す。
ゆえに、その怒りは本心であり村正の人間らしさでもある。
「なんだよ、そういう奴なら早く言えよ……。オレさ、お前みたいなのが大っ嫌いなんだよ。モブに感情移入する系の人間ってやつ? ほら、アニメとかで泣けるとかいう奴。そんなドーデも良い感情で人様の仕事を邪魔するのって、最低じゃね?」
「道理道徳に反する、儂はそう思うがな。少なくとももろ手を振って、賛同なんざできやしねぇよ」
村正の倫理、否。
村正が得た人間性とは、実質的に後天的に構築されたものだ。
剣聖『柳生』によって育てられ、人間としてのロールを与えられた村正の価値観は柳生の至った人間としての在り方の影響を大きく受けている。
本質的に、ネロや黒狼と同じく精神破綻者である村正は。
けれども、異常者ではなく人間としての体裁を保っている。
「それ以上、こちらに来てみろ。叩き切るぞ、呆け」
「へぇ、こんな風にか?」
DWOのプレイヤーは三種類に分かれる、一つ目は村正のように中立温和派。
基本的に積極的な戦いを好まず、己の活動範囲を作りその中で活動する存在。
次にPvE積極的戦闘派、エネミーを中心とした戦闘行動に高い興味があり広いフィールドを駆けまわり戦うタイプのプレイヤー。
そしてすべての戦闘行為を積極的に行うプレイヤー、この三種類が存在する。
そして、この相手は最後の部類だったらしい。
先に手を、先にプレイヤーに手を出したのが村正だったということもあり躊躇いなく剣を振るう。
(なるほど、構成は近接盾受けを主軸にした盾パリィってところか)
心の中での呟き、いくら怒りを溢れさせても場は冷静な人間が収める。
特に対人ならば、それはなおさら。
刀の二刀持ちを辞め、動きにフェイント。
ディレイを挟む、脳死的に攻撃を連続させては何の成果も得られないだろう。
敵が持つ中盾の動きを理性的に捉えながら、冷静に攻撃するのを意識してゆく。
刀の特徴は鋭さだ、一撃一撃の鋭さこそが刀の特徴でありだからこそ重さは無い。
逆に西洋剣、ロングソードの強みは金属質な重さであり速度を意識しない入れ込むビルド構築ならばその強みは多大になる。
奥歯をかみしめた、鎧に身を包む彼を一手で落とすのはさしも村正でも厳しいところがある。
差し込まれるカウンター、迫る剣先を目線で捉えつつ体を捻った。
「ヘッ、『八極拳』」
「『カウンター』」
誘導、その回避は誘われた。
だからこそ拳の一撃が捩じ込まれ、だから村正は即座にスキルを発動する。
互いに物理かり合う、そして双方共に決定打に欠けていた。
一歩退き、タイミングを測る。
相手はカウンターメイン、対して此方は。
村正は攻めの戦いしかできない、それはどうしようもない気質の問題。
一刀掃討、ソレこそが村正の本懐であり戦い方。
だからこそ、致命打をねじ込めなければ弱くなる。
まさか、その程度の練度でレイドボスを斃せるわけがない。
技ならある、技術技量も。
負ける? 接戦? 競り合い? まさか、そんなもの。
「『兵法・五輪』」
スキルで、バフで補ってやる。
結論極論、基礎ステを伸ばし効果力を当てれば勝てるのだ。
そのまま太刀をインベントリから取り出し、鎧の薄いところを狙う。
差し込まれる攻撃、絶妙な加減で回避不可能な位置。
男は一瞬だけ焦り、即座に判断を切り替える。
回復アイテムの使用、このゲームはHPがゼロになった瞬間に即死するわけではない。
だからこそ、致死量のダメージを与えられても事前に回復を置いておけば。
HPがゼロになった瞬間に回復するようにすれば、どうにかなる。
「『兜割り』っ!!」
「『リジェネ』」
村正の刃が彼の鎧を砕いた、同時に肉を半ば切り裂く。
彼の火力はパーティートップクラスであり、DPSで言えばモルガンに次いで2位。
また一撃の火力であれば、条件を重ねることで黒狼の『第一の太陽』を上回れる。
その男の一撃を正面から叩きつけられ、男は衝撃を甘んじるほかない。
「つ、強えェ……。誰だオマエは、名乗れよ? その実力ならトッププレイヤーだろ?」
「知らないでここに来たのか、手前は」
「……妖刀工か? なら、なるほど。その武器が強さの要因、良いねぇ欲しいぜッ!!」
「他人に名乗らせんだ、手前も名乗るが筋ってもんじゃねぇのか」
もう一本刀を取り出す、目的を達成するために選ぶ手段などない。
何故ここに彼がいて、鬼を殺そうとしていたのか。
その理由を問いたださねば、この戦いを村正が勝ったとは。
黒狼風に言うのならば、勝利条件を満たしたとは言えない。
「俺の名前か? ザクト、探究会所属の木っ端だよ。上から依頼があってここに来ただけだ、ソレ以上はナイナイ」
「へぇ、つまりはこいつらを殺そうとしたのは手前の独断という訳だな」
「あ? 別に現地でモンスターを狩るのは咎められねぇだろ、人間でもねぇし」
理性を抑える必要は無くなった、村正は首を切り飛ばし転がる首を見て。
刀に付いた血飛沫を、数秒後に消えるものと言え振り飛ばす。
淡々と、そして淡々と村正は告げた。
「屑は嫌いだ、儂は」
その瞳には何が映っているのか、或いは何を映すのか。
間違いないのは吐き捨てた言葉は無垢なる本心であり、偽らざる言葉であったことだけだろう。




