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Deviance World Online 〜最弱種族から成り上がるVRMMO奇譚〜  作者: 黒犬狼藉
1.5章『魔王のキャロル』

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Deviance World Online エピソード6 『時を経て』

 時間は存外、遅く進むものだ。

 だがソレは戦い、戦乱のない時にのみ。

 争いが起これば必然、時は停滞する。


「束の間の平和、嵐の前の静かさにしか感じれねぇ」


 ボソリと呟く村正は、そのままスルメを噛みちぎった。

 背後では盛んに炉が火を上げている、熱気で肌が焼けるほどだ。

 だがソレでも、その火は日に日に衰えている。

 この鍛冶場を閉めるのだ、黒狼と共に旅に出るのだから。


「だが、感傷に浸れる時間は有り難てぇな」


 ゆっくりと手を合わせ、先が尖った葉が付いた植物の枝を放り込む。

 植生が違う以上、正しい形でのソレを行う事はできない。

 だが、意思を込める事はできる。


「短い間だったが、助かった。儂は、俺は永劫忘れる事はないだろう」


 まだまだ炉心は熱く、熱気が篭っている。

 この鍛冶場の火が落ちる事は本来ない、少なくとも村正はその様に作った。

 ただ二つ例外があり、一つはそもそも鍛冶場が壊れた時。

 そして村正本人が意図して、その火を消そうとした時の二つ以外では消えない。


 村正は少しだけ躊躇う、その炎を消すべきかどうか。

 再点火には時間がかかる、魔力的要素も関わっているため薪を放り込んでハイ終わりとはいかない。

 だからこそ一瞬悩み、そして火を潰す事はやめる。

 だがこの工房は閉じるべきだ、確信と共に村正は『錠前』として作り上げた刀を取り出して。

 そのまま封する、封をした。


* * *


 とはいえ、村正の屋敷が無くなるわけでもない。

 久方ぶりに窯から離れた彼は、そのまま欠伸を噛み殺しログインして直ぐでいながら状態異常:二日酔いで倒れるロッソを冷たくみる。

 飲み過ぎだ阿呆、そう良いたくなる口をグッと堪えれば眉間を押さえ首を振り。

 そのまま、屋敷を出た。


 日はすっかり昇っている、健康的な生活を心掛けるのならば少し遅すぎる時間帯だろう。

 首をコキコキと鳴らし、衣装を切り替えれば久し振りに農具を取る。


「王!! 珍しいですね、最近は専ら籠っていましたし」

「はっ、儂が何をしようとも儂の自由だろうが。今は何をしてる? 良ければ手伝うぞ」

「水路の調整ですね、山の熱気で水が熱すぎて……。このままでは稲の調子が、とりあえず村を一週させて冷やそうかと」

「ふぅむ? 車軸の調子はどうだ、前に手入れしてから随分と経つだろう?」


 村正の言葉に大丈夫です、と元気よく返事する鬼。

 ただ、そう続け確認を願い出て村正もその言葉を肯定した。


 掛け替え、代替のない日々だ。

 間違いのない幸せであり、否定できない甘さ。

 泥濘の様に過ぎ去る時間、徐々に本質を絆されている気がして。

 けれども、そんな日々もまた悪くない。


「なるほど、ならばちぃと穴掘りに励むとするか」

「土はアソコに送ってください、最近謎の影が現れるとか言う噂もあって物騒なので土手を作ろうって話になってるんです」

「謎の影、ねぇ? 特異な敵か黒狼の悪戯か。わかった、儂の方でも軽く聞いておくよ」

「申し訳ない、いつもおんぶに抱っこで……」


 頭をかき、申し訳なさげに謝る鬼を手で静止する。

 態々そんなことなど言わなくていい、世の中大体のことは巡り巡るものだ。

 村正はこの村に間借りさせて貰っていると言う部分は変わらず、何の恩返しもしないと言うのは道理も筋も通らない。

 ちょっとした事件を解決しようとするのも、また恩返しの形には違いないのだ。


 片手でステータスを操作し、血盟全員へ情報共有を願い出る。

 思いの外、ロッソからの返事が返ってきた。

 心当たりは無い、なんとも単刀直入な回答であり面白みもない。

 他のメンバーからはまだ何も、おそらく見てすらいないのだろう。

 特にモルガンなどはログアウト表示になっており、おおよそ見られる状況でないのは明らかだ。


「まぁ,望み薄かねぇ?」


 呟きながら農具を握る、もう作業現場には到着していた。

 幾つかのスキルを発動し、ステータスを強化する。

 現実的に考えれば重機が必須の現場だろうが、ステータスを鍛え上げていれば不要になるのも時間の問題。

 村正ほどの実力者ならば、必然その力は異常なものだ。


「『牙崩』」


 斧槍系アーツを発動し、大地を崩す。

 ダメージ数的にいえば精々200前後、アーツ発動を加味すればあまりに乗っていない火力だがそもそも鍬は斧槍ではない。

 非戦闘推奨武器である鍬でこの火力ならば、まぁ悪くないだろう。

 一歩、さらに踏み込み連撃を繋げる。


 レオトール然り、大体の強い人間は超火力を一撃で差し込むことを好みとする。

 故に連撃を前提としたアーツはあまり出てこないが、やはりあるにはあるのだ。

 連続するエフェクトを見ながら、次々に土を削ってゆく。

 とはいえ、幾ら攻撃が連続しようともその火力は決して高くないだろう。


 連続攻撃系アーツが好まれないのには幾つも理由がある、一つは当たることを前提としたアーツが多いことだろうか。

 攻撃は当たらないものだ、それは常識で考えればわかる話。

 人間の反射神経というのは案外馬鹿にならない、某ソウルライクゲームなどをやれば分かるだろうが攻撃の発生を知れば簡単に回避できる。

 VRCを用いたゲームでは特にその項目が顕著であり、固定のモーションや派生しか持ち合わせていないボスなどただのカカシだ。

 だからこそ連続攻撃をヒットさせる前提のアーツは、好まれにくい現状がある。


「王様!! めっちゃ早いですね、アーツって奴ですか?」

「ん? ああ、手前も練習すりゃすぐに使える様になるさ」

「結構頑張ってるんですけど、まだ一つも覚えられなくて……」

「まぁ、努力あるのみだな其処らへんは」


 村正の言葉を聞き、頷き頑張ると気合いを入れ直した少年を温かい目で見ながら改めて握り直す。

 温かい風が頬を撫でた、ステータスがあり個人が重機並みの活躍をできるとはいえ限度限界はある。

 日々は牛歩の如くに過ぎ去り、ソレは確かに幸福なのだ。

 ただ気楽に日々を歩む、これほど幸福なことが他にあるだろうか。


「儂も、すっかり絆されちまったか」


 人の営みと同じく、精神の在り方は変わりゆくものだ。

 妖刀工、一つの究極に至った男は。

 その究極を、直視できなくなっていた。


 一陣の風が吹く、佳い風だ。

 春が過ぎてゆく、生命の息吹を感じる季節で。

 ただ風景に違和感がある、腑抜けた村正では気づくことのない違和感。

 そう、黒い影だ。

 風景の中に溶け込むようにして、その黒い影がうごめいていた。


「本当に、佳い日々だ」


 村正の言葉はゆっくりと、虚空にこだまする。

 不穏な影、陰る世界に一筋のノイズ。

 それが消えると同時に、争いの音が聞こえる。

 戦いだ、争いの剣戟が始まった。


 一瞬で表情を切り替え、村正は刀を手に取る。

 夕暮れには程遠い時間帯、けれどけれども確かに影は差し始めた。


「ちぃ、言った傍からこれかよ」


 鬼に手早く指示を出し、地面をければ空に出た。

 ロッソもその争いに気が付いたのか、こちらへやってくる。


 平穏な日々は終わりだ、今からはいつも通りの戦いが始まる。

 あるいは、黒狼たちの日常が返ってくるのだ。

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