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Deviance World Online 〜最弱種族から成り上がるVRMMO奇譚〜  作者: 黒犬狼藉
一章下編『一切の望みを捨てよ』

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Deviance World Online エピソード6 『神の死』

 残る時間は少ない、だがソレを差し置いても行うべきことがあった。

 だからこそ、黒狼は選択する。


「先に行ってろ、俺は話すことがある」

「時間はありません、手短に済ませなさい。さもなくば、貴方の狙い諸共泡沫の泡となり果てます」

「ああ、流石にそこまでは話し合わねぇよ」


 短く返せば、通り過ぎる四つの影。

 ソレを見送りもせず、黒狼はゾンビ一号の。

 ワルプルギスを、無言で抱きしめた。


「初めてだな、こうして正面から会話するのは」

「そう、そうですね。そうかもしれません、はい……」


 一瞬の無言、時間だけは無常に過ぎる。

 一分もない時間、言いたい言葉は無数に出てくる。

 だけども、黒狼の喉からは音でない音しか出てこない。


「一つ、一つだけ聞きたい。お前は楽しかったか? この旅路は、実質一か月にも満たないような旅はさ」


 伺うような声、怯えるような声色。

 表情は読めない、互いに見ようとしない。

 だけども、見ずともわかる。

 いつものように黒狼の顔には感情がなく、ゾンビ一号(ワルプルギス)は笑っている。


「愛する人との旅が、楽しくないわけがないでしょう」


 結局、問いかけるまでもない答えだった。

 分かり切っていた話であり、聞く必要すらない言葉である。

 だけども、黒狼はその言葉を聞きたかった。


「そうか、なら俺はお前を作り。そしてその目的以上の存在として、お前を完成させることが出来たわけだ」

「いいえ、それは違います。私は完成していません、未だ未完成でありそして貴方の盾であり続けることはできなくなりました」


 その言葉が、その思いこそが彼女が完成した証拠だ。

 そう言いたくなる言葉を飲み込み、黒狼は彼女の手から剣を奪う。

 レオトールが、ゾンビ一号へ渡した剣を。


「なんですか?」

「幾ら死体でも、墓はいるだろ? 盛大に弔ってやる、北方流のやり方で」

「やり方は知っているんですか? 黒狼」

「二つ目の墓として、お前の剣を奪うぐらいにはな」


 そうして、土くれに帰ってゆく彼女の姿を見る。

 双方ともに時間がない、これ以上語らう時間など。

 だからこそ、黒狼は彼女の肩から腕を離し。

 そうして、背を向ける。


「二度と会わないだろうな、そんな予感がする。お前はワルプルギスのエンジンとして精神が摩耗するまで稼働し、俺は二度とお前に興味を抱くことなくこの世界を去る」

「はい、私もそんな予感がします」

「だから、命令だ。『死ぬなよ、俺の盾』」

「あの時と同じ、唯魔力を籠めた言葉ですね」


 かつては突き放すために、今は繋がりを保つために。

 唯の命令として、従属者に下すものではなく仲間に伝える言葉として。

 黒狼はそう言い放ち、そこを離れる。


 残ったのは、元々はゴーレムであった器に卸された彼女だけ。

 下半身から土塊に、物言わぬ自然物に変化するその状態を受け入れながら。

 唯歌う様に、詠唱する。


「『私は愛に狂える子兎』」


 それは、心象詠唱。

 己の情景を定義し、映し出す情欲の言葉。

 愛に餓え、愛に焦がれた一人の腐乱死体の詠唱。

 屍と屍の愛物語、それを終わらす最後の詠唱。


 叶うことのない、或いは。

 最初から存在しなかった恋心は、こうして結末を迎えた。


「『貴方は思いを紡がない、私の想いを告げたとしても』」


 それは、心象詠唱そのもの。

 一度の離別、再びの邂逅。

 わずか一時を置いたが故に、己の在り方を再定義した。


 恋など、愛など間違っていたわけではない。

 ただ黒狼は最初からゾンビ一号を道具としてしか見ておらず、だからこそ初めてワルプルギスとなって愛せたのだ。

 自立する道具は、もはや道具ではない。

 嫌悪すべき対象となる、黒狼にとっては。

 だからこそ、道具の領域を曲がり間違えても飛び越えたからこそ。

 黒狼は初めて、愛を向けた。


「『貴方は私を愛さない、けれど貴方は私に名を付けた』」


 その愛の形は、結局友愛にも満たない。

 知的好奇心、そこら辺が限界だろう。

 この世界に究極的なまで、興味がない黒狼にとっては個人に愛だの恋だの抱くわけがない。

 だからこそ愛することはなく、けれども彼の中に確かに彼女の影はあった。


「『貴方こそが我が到達点、もはや過ぎた激情の果てに』」


 二度と思い返さないだろう、その激情を。

 焦がれる様に背を焼き続ける、その思いを。

 認めて欲しい、愛して欲しいと願う己の思いを。


 魔女は、竜にして船となりし魔女はそう思う。

 少なくともそれが彼女にとっての真実であり、彼女にとっての激情ならば。


「『【聖なる炎(ワルプルギス)と魔女の夜(・リコリラジアータ)】』」


 夜は、あける。

 あと、数分もなく。


* * *


 道を進めば、そこには湖があった。

 グランド・アルビオン、最大の秘匿物。

 月湖、ペルカルドが死を以ってしも秘匿したかった場所。

 その前に、一つの立方体がある。


「遅かったですね、黒狼」

「あんまり責めないでくれよ」


 軽口で返し、黒狼はその立方体に触れた。

 準古代兵器『音響装置』、触れれば分かる。

 エクスカリバーと並び立つに相応しい力を感じる、然りと。


「だが、所詮は兵器だ」


 その威圧、その重さを感じながらも。

 黒狼は立方体を、インベントリに仕舞い込んだ。

 威圧的に力を示した準古代兵器は、こうして黒狼の手の内に収まる。


 残るは、一つのクエストの失敗と。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()を受け取る時だ。


「やぁ、初めまして。もしくは先程ぶりか? 女神、アルテミス」

『ようこそ、この世界へ』


 湖の中に月が浮かび上がり、空間の魔力が荒れ狂う。

 次の瞬間、月光に包まれながら水を以て体を形成する一人の女神がそこにいた。

 月より闇と魔を司る純潔の神、アルテミス(Ἄρτεμις)

 黒潰しの騎士の主人にして、月光の支配者。

 大神が1人、月夜の神。


「三つ質問だ」

『構いません、ですが残された時間は少ない。互いにとって、そうでしょう?』

「話が早いねぇ、なら手早く済ませよう」


 次の瞬間、轟音が響いた。

 この地下空間が限界を迎えている、女神アルテミスの死と。

 そして、ワールドエンドの降臨により各地に封じられていたレイドボスが力を取り戻したのだ。


 遠くない時に、この世界は混乱と狂乱に包まれる。

 その事実に確信を抱きながら、黒狼は口を開いた。


「何故、最後に手を貸した。お前は黒騎士の味方、あるいはこの地を守るべき存在だったんじゃないか?」

『闇は往々にして人を蝕むもの、月光は人の瞳を欺き欺瞞を翳すモノです。どちらもを併せ持つ私の姿は、人の心を魅了し狂わせる。すでに狂気に堕ちた彼に、安寧と誇りある死を与えらためにはそうせざるを得なかった』


 神の言葉を聴きながら、黒狼は納得する。

 死にかけの神とて神に違いない、その力が及ぶ範疇は人の身では窺い知れない。

 レイドボスとて、魅了されてしまう理由にはなり得る。


「二つ目だ、ヘラクレスから頼まれた依頼。ゼウスを殺せ、これはどうすれば成せる?」

『深くは、ただ一つ可能性を語るのならば深淵に向かいなさい。その権利と、そして手段を貴方は。いいえ、貴方達は保有出来るでしょう。湖の精霊、黒き神の器、叡智の錬成に境界を切り裂く刄。そして何より、輝かしい黄金の激情。これだけの手段があるのならば、おそらくは深淵という神々の領域に辿り着けるはずです』

「濁したな、俺が聞いてるのはゼウスを殺す方法だ」

『神を外的要因で殺すのは不可能です、自壊により内部から崩れ去るのが限界。深淵に生きる神々ならばともかく、天界にて己が身可愛さで閉じ籠る神など殺す手法は存在し得ません。或いは、この世界を滅ぼせる力を手に入れれば別でしょうが』


 不可能か、あるいはワールドエンドボスになれ。

 可能か不可能かで言えば不可能だろう、世界を星を壊すと言う事は己自身が天体となることと同義。

 だがその目標はあまりにも遠すぎる、最弱として誕生し這い上がってきた黒狼だからこそ距離を理解できる。

 余りにも、遠い。


「手前、随分とまぁ好き勝手を言ってくれるなぁ? ワールドエンド? それが如何程なのかは知らねぇが遠すぎるというのは理解できる。手前が言ってやがるのは不可能を実現しろと言うことに他ならねぇ、それを可能とする奴らがどれ程居やがる?」

「よせ、村正。どちらにせよ、レオトールがワールドエンドになれた時点で道は準備されてる。それに目の前の神は死にかけ、つまりは殺す手段は用意されてるって訳だ。可能不可能って言う言い合いをするなら、すでに答えは出てる」

「そうかい、ならば儂はそれ以上は言わねぇことにするよ」


 明確な指針が示された、死な不の英雄からの依頼を達成するための明確な指針が。

 世界を滅ぼせる力、この世の全てを凌駕するナニカ。

 それさえ手に入れれば、神を殺せる。


「さて、邪魔が入ったな」

『構いません』

「それならありがたい、それじゃ三つ目。あの聖剣は、お前が作ったのか? 月光の聖剣、正義の御剣。聖剣エクスカリバー、それを作ったのはお前か?」

『いいえ、まさか。私は月と闇の女神ではあっても正義と月を司る存在ではありません、むしろそう言う部分ならヴィヴィアン・ル・フェに聞けばよろしいでしょう』


 その言葉に、全員の視線がモルガンに向く。

 モルガン、彼女の肉体は妖精の女王たる『ヴィヴィアン・ル・フェ』そのもの。

 だからこそ、月女神の発言の真意を捉えようと視線を向け。

 だが視線を向けられた当の本人が、一番困惑している。


「私、ですか……。ですか? 間違いでは、あるいは勘違い?」

「え、知らないの?」

「全く、そもそも邂逅したのは一度だけ。さらに付け加えるのならば私は魔術を一つだけ授けられたのみ、貴方も知っている肉体置換の魔術です。それ以外の知識は、一切持ち合わせていません」

『……嗚呼、なるほど。そういうことならばその肉体に刻まれた記録を展開すれば十分な情報が、あるいは彼女が作り上げた記録書庫にアクセスできるでしょう』


 モルガンが魔法を展開した、鑑定系列の魔法。

 だがそのどれもが失敗に終わる、アクセスするための鍵がないと言うことらしい。

 あるいは、近道を許さないのか。


「モルガン、後でにしろ。多分解除は無理なんだろ? 少なくとも、簡単じゃない」

「残念ですが、湖へ。グランド・アルビオンにあるもう一つの地底湖へ向かわなければ、義正をする理由がまた増えました」

「ソイツは行幸、目的への報酬が増えた。やるべきことも粗方見えたし、色々幸運だったな」


 その言葉と共に、黒狼は水晶剣を握る。

 切っ先を女神、アルテミスに向けた。


 完全なる神殺し、ソレは現段階で不可能である。

 ただし目の前で今に死を迎える神を殺すのは、決して不可能ではない。

 女神アルテミスは永きを生き、()()()()()()()()

 もはや、その存在がここに在ることすらもあり得ないと言える。

 黒騎士、月光のペルカルドがその生命存在を己の魔力で染め上げ維持したからこそ今も生きているだけ。

 そして、ソレももはやこれで限界。

 あと一分もしないうちに消えるだろう、その神の止めを刺すのが誰であろうともはや関係もない。


「じゃ、殺せるか死なねぇけど殺すぜ?」

『死にたくない、と喚くのは無意味ですね』


 剣が一瞬煌めき、彼女の体は切断される。

 神とてシステムからは逃れられない、ポリゴン片となりながらその姿が消失し。

 短いアナウンス音、それと共に黒狼に称号と。

 一つの、スキルが与えられる。


「称号『神殺し』にスキル『不死の王』か、『女神寵愛(闇)』が変化したのね」

「音響装置、準古代兵器の調整が済みました。洞窟の状態も酷く悪い、転移魔術で抜けます。少々乱暴な転移になりますが、大丈夫ですね?」

「勿論、手早くここを抜けようか」


 次の瞬間、黒狼たちの体は。

 その前身は光り輝き、地底湖から姿が消える。

 残るは静寂、女神を失った月光の輝き。


 遥か太古、先史時代より存在していたこの領域が崩れさる。

 無情にも、あるいは。


「去らば、月光。去らば月湖、二度と会うこともない神と騎士よ」


 一人の男の、暗躍。

 そして暴虐によって、その封は解かれる。

残るはエンドロウルのみ。

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