Deviance World Online エピソード6 『極光』
魔力が渦巻いている、黒狼の火劍がペルカルドの剣と衝突し爆発が生まれる。
唯のぶつかり合いではない、ソレは星辰の衝突そのものだ。
一瞬の衝突が、それだけで振動を放つ。
「『深淵:形なき神』」
「『【魔法陣解読】、術式展開。そこの女神、俺に力を寄越せ』」
ワルプルギスの腕が変化し、スライムのようなナニカに変貌した。
そして黒狼は、空に浮く女神を術式としてとらえ強制的にその力を奪おうとする。
「ソレは無茶ですよ、黒狼。彼女はただの傍観者、貴方は力を得ることはかないません」
「『っぽいな、だが術式は登録できたぜ……?』」
「神の権能を魔術に劣化させる、馬鹿の所業ですが……」
二人の間で、理屈が通じればいい。
黒狼が召喚した『顔の無い黒狼』の全身が、死の女神の溶液で包まれている。
それは即ち死の概念を羽織った存在、いうなれば顔の無い代弁者だ。
彼も笑みを浮かべ、ペルカルドにつかみかかる。
「愚かな、神の領域の力は神の領域であるからこそ成し得るのだッ!! 汝風情が扱えるわけがなかろう!!」
「『生憎とさ、今の俺は月と闇の女神を内に宿し太陽と黒を司る神を羽織ってるんだ。言い換えれば、俺は神の領域にいるんじゃねぇの?』」
暴論とて、世界が認めれば其れは道理になる。
当たり前など、既に消え去っていた。
黒狼が空を舞い、一気に距離を詰める。
陽月の神とでもいうべき存在となった彼は、月湖の騎士と初めて対等に渡り合えた。
死の概念が滲みだし、傍観者たる概念が露わとなる。
「馬鹿な、馬鹿なことを!! 女神よ、大神よ!! 何故、異邦ごときに……!! 何故、木っ端の骨如きに応えるッ!!」
嘆きか、叫びか。
もはやどちらでも良い、ただ騎士の言葉は神々に受け入れられることはないだけだ。
黒狼の刃が迫る、ペルカルドは剣で受ける選択をした。
一瞬の空白、白き熱を放射する黒狼の刀がペルカルドに受け止められる。
そして、ワルプルギスの一撃が当たった。
「貴方の敵は1人ではありませんよ、黒き騎士ッ!!」
「『そして、二人だけでもねぇ』」
「万策尽きた、その次の手って訳だ」
空が、切られる。
絶対的切断、遍く全てを切り裂く刃。
名すらも切り裂く、故に無銘刀無銘。
4度しか振れぬ絶対剣、その最後の一度を使いきり。
そして、ペルカルドを追いつめて行く。
「覚悟しろよ、手前。儂の究極が一刀を使い潰させたんだ、攻略出来かねるなんざ許さねぇぞ」
「勿論、というか何で俺が突破できないなんて甘い思考をしてる?」
「けっ、御大層を吐きやがる」
次の瞬間、位相すらもズレた。
世界が断たれ、ペルカルドの剣の刀身も消失する。
その体躯を切らせなかったのは村正の技量不足か、或いはペルカルドが数枚上手だったからか。
それでいて尚も、致命的な攻撃となりえたのは偏に村正の腕の良さの証左に他ならない。
暗き鎧の内側で目を見開きながら迫る追撃を捉える、今度はモルガンの。
「『闇より現れ、光の側に。我が右腕は現を湾曲させん。【モルゴース】』」
「ほざけッ!! 『暗き闇よ、歪曲せんッッツツツ!!! 【闇】』」
「随分と余力があるようね、モルガン」
「そう言う貴方こそ、随分と面白いモノを」
モルガンの言葉にロッソは行動で返す、空間に存在する塵を操作するという行動で。
相手はレイドボス、小細工は通用しない。
だが小細工を小細工と言わせないレベルにまですれば、通用するに決まっている。
魔力がない、などという言い訳はここらへんで仕舞っておこう。
魔力など溢れている、この世界に。
体内に残る魔力で語らうというのは、些か浅慮に過ぎる話。
そもそも北方の傭兵然り、レオトールですらも体外の魔力操作は当然の技能とした。
であれば、未だ未熟ながらに魔女と噂される人間が出来ぬ道理も無し。
周囲の塵に魔力を混ぜ、一つの錬金術と成す。
作り成すのは剣、刃であり力の象徴。
相手はペルカルド、避けるという行動を前提に成立させる。
「名付けるならば、『砂煙剣』ね」
「随分とネーミングセンスの無い話ですね、私であれば『揺らぐ塵の御剣』などにしますが」
「生憎と残念、私は貴方みたいな大層なお頭は持っていないもの」
ペルカルドは避けられない、モルガンの魔術を相殺した影響で空間自体が軽く捻じれている。
空間魔術、いや。
空間属性と空間属性が衝突し合えば、その結果として一時的に世界がねじ曲がる。
勿論、ソレは一瞬。
だがその一瞬は、命取りになりえるだろう。
『砂煙剣』、そう名付けられた魔術はペルカルドの右腕に当たると同時に分解する。
体を、その鎧ごと無理矢理無茶苦茶に破壊しつくした。
一転攻勢? それこそまさか、それでも致命打には程遠い。
むしろ、ここからが本番だ。
「うむ、故にこそ防がせてもらおうぞ!!」
「ク、そうか。領域の限定化を防いだ……、其の心象擬きでェ……ッッッ!!!」
「『主導権は握らせねぇよ、お前は無力に無意味に死ね』」
「先には向かわせん、必ずだッ!! 盟約が果たされぬ以上は、昏き淵を開くわけには行かんッ!!」
パリンという軽い音と共に、壊れかけで尚も黄金の輝きを魅せる激情がペルカルドの時戻しを防ぐ。
互いに分かっている、黒狼のペースに乗れば敗北すると。
片やレイドボス、片やレイドボスにも成れていない神擬き。
この状況がゆえに拮抗しているだけであり、その均衡は容易く覆るモノ。
一瞬でも手を止める訳にはゆかない、一時でも油断をするわけには行かない。
その点で言えば、互いは対等だった。
「黒狼、分かっておろうな? ココでの敗北を意味することを。貴様が無様に死ねば、無力に無意味に死ぬのは我らであるぞ」
「『馬鹿を言え、俺が勝つ』」
黄金の劇場が崩壊する、同時に空間が限定化されゆく。
死に体でありながら、其れほどの魔力を有しているという事実は驚愕以外の言葉で表すことなど困難不可能極まりない。
だが、しかし、それがどうした。
魔力量での差など、必殺の技で覆せる。
「『纏血』、『再血:毒九頭竜』。黒狼ッ、合わせて!!」
「『お前が合わせろ、お前ならできるだろッ!!』」
「相変わらず無茶苦茶、ですね!!」
黒狼の片腕から魔力が噴出し、ワルプルギスの剣には血液と緑色の魔力が満ちる。
放つは必殺、絶対性すら孕む互いの全霊。
殺すという意思のみが全て、勝つという目的のみが総て。
故にこそ、ペルカルドにできることはない。
単純明快、二人の思いに1人では敵わぬ。
「『さぁ、第一の太陽ここに降臨しろッ!!! コレが俺のありったけだ、コレがなぁ!!!!』」
「獣よ、獣性よ。古き竜の血を孕みて唸れ、これこそが私の全力全霊。『我が体躯よ、白銀の鎧を纏いたまえ。【麗しき銀鎧】』」
準備は整った、神の力を腕より放ち球状に展開する黒狼と。
全身から魔力を露出させ、白銀鎧を纏うワルプルギス。
二人の持ち得る必殺が、此処に炸裂する。
「『漆黒の月より第一の太陽降臨せり、【月光なる黒き太陽】』」
「私の全力を、一時ばかりの勝利を翳せ。『麗しき森熊の一撃』」
炸裂は同時、二方向から重なる攻撃は確かにペルカルドを穿つ。
必殺技、すくなくともそう語るに相応しい攻撃。
確かにその攻撃はペルカルドを穿ち、洞窟の奥へ。
彼を、その洞の奥へと吹き飛ばす。
二人の必殺は、確かに黒騎士へと届いたのだ。
* * *
「………………まだ、否ッ!! まだだ、まだ負けていない……………ッ!!」
黒騎士が纏う、白銀鎧は崩壊を始めた。
残存HPは最早存在していない、旧き英雄がまた一人死に沈む。
明陽と共に、月湖は鏡となる。
だが、だからこそ男は敗北を認めない。
諦め悪く、騎士らしく。
男は、未だ戦いを望む。
「いいや、もうお前の負けだよ。黒騎士、お前のな」
土煙の中、黒狼が姿を現した。
黒狼とて万全ではない、全身に粉塵が付着し瀕死であるのは違いがなかった。
だがそれでも、黒騎士の前に姿をさらし。
そのうえで、水晶の剣を向ける。
「もしかすればお前は今から逆転できる一手を持ってるのかもしれねぇ、だがもはやお前の敗北は塗り替えられない」
ゆっくりと近づいていく、その背後に見える5つの影は黒狼の仲間のモノだろうか。
満身創痍だ、黒狼も黒騎士も。
そして、黒狼の仲間たちも。
「何故、そう言い切れるッ!! 異邦風情が、異世界風情がッ!! 何を知り何を以てその言葉を告げるッッツツ!!」
「言い切れるさ、何も知らねぇし何も知りたかねぇけど。俺が勝ち、お前が負けたっていう事実は覆らねぇ」
勝利宣言、ソレを受けても黒騎士は黒狼を睨む。
負けを認めない、認められない。
いいや、認めてはならない。
負けを認めれば、意味がなくなる。
負けを理解すれば、ここまでの道行きの意味が消え去る。
故に、黒き騎士は認められない。
女神に、月より闇と魔を司る純潔の神に、月女神アルテミスを無理に生かしてまで欲した死の意味が消え去る。
それは、駄目だ。
それだけは駄目だ、駄目なのだ。
「運が悪い、なんて言わせねぇぞ。お前は負けるべくして負けたんだ、この状況こそが何よりの証拠だ」
魔力を収束させる、不格好でも何でも構わない。
この先へ、通すわけには行かない。
道を開けるわけには行かない、この男にだけは。
異邦人たる、この男には。
「そもそも、何で俺らがこのタイミングで挑んだか知ってんのか?」
魔力を、領域を、境界を。
区間を限定化させる、境界を仕切り、魔力密度を上昇させる。
肉体が癒えることはないだろう、もはやHPが消え去っている以上は。
ならば、目の前の存在を排除する一手を。
此れより先へ生かさぬための手段を、方策を、方針を。
それだけの、闇を。
「話を聞いてるのかしらねぇが、温情で解説してやるよ。お前の敗因を、お前が負ける理由たる3つの事実を」
体が崩壊を始めた、それでも。
システムに干渉する、己の死を偽造し欺瞞する。
後一瞬でも構わない、1分など要らない。
この世界を凌駕するだけの力でなくていい、全盛期に翳したあの一撃を。
「一つ、お前が月を翳したこと。月光や月湖なんぞという御大層な名を翳し、己の体に月属性の魔力を浸透させたのが一つ目の敗因だ。地表の下、地下たるここで太陽を翳す俺がいる。しかも時間は夜中、であればここは既に真昼と言っても過言じゃなかった。真昼に夜の力を翳したところで、その力は十全に発揮されない」
再び剣が生まれる、僅かに残った腕が剣を掴み。
無限大にも思えるほどの、自分が消失する際に発生する魔力を収束させる。
生涯を以て、焼き焦がれた一撃を再現するためだけに。
注ぎ続ける、それだけの魔力を。
「二つ、お前が守りたい。或いは守るべき対象であった月女神は俺に肩入れし、その先にあるであろうグランド・アルビオン最大の秘匿物である月の湖はモルガンが既に介入していた。守るべきモノに裏切られてんだ、守り切れるわけがない。」
翳せ、憧憬と憧れに成り立つ。
かつてありし、あの日の王の姿を。
最強無比たる、その一撃を。
「そして三つ、コレが最大だな」
黒騎士は、立ち上がり剣を構える。
黒狼は、構えた水晶剣に魔力を這わせその一撃を齎さんとした。
奇遇にも、どちらも死に体でありながら魔力は存分に存在している。
だからこそ、この戦いの最後はこの一撃で飾られるに決まっていた。
「『我が至剣、ここに在れ』」
「『我が道にソレは有らず』」
詠唱開始は、同時だった。
息も絶え絶えに、今にも死にそうに。
余計な一撃を、無意味な一撃を放たんとする。
その理由すら、思考せず。
「『我が胸にソレは有らず』」
次の一言は、黒狼の方が早かった。
黒狼とて限界だ、だがその限界を無視するように口を滑らせる。
コレが決戦だと、コレが正念場だと分かっているからこそ。
かつて生きた、もはや屍と変わらぬ英雄への手向けとなると理解しているからこそ。
全力で答える、その無意味に。
不意の一撃などではなく、正面から。
「『我が極魔、ここに在れ』」
「『されど、我が名を持って告げる』」
再び同時、同時に詠唱され。
魔法陣が、飛躍的に展開される。
巨大で膨大たる魔法陣が、余りある魔力によって広げられた必殺が。
そこに、広がっている。
「『万象を照らし光り輝く極光、あり得ざる十三よ』」
ソレは、邪悪だ。
黒狼という存在が扱えるわけがない絶対的な輝き、月の祝福を受けた月光。
聖剣を見たからこそ、理解できる。
だが理解したからと言って、使わぬ理由にはなりえない。
邪悪が、正義を翳さぬ理由にはならない。
「『慄きを以て、此処に相見えよ【褪せた月光の聖剣】よ』」
「『今ここに、あり得ざる光を放て。【光り輝け悪虐の聖光】』」
やはり、発動は同時だった。
漆黒の煌めき、黒曜石のような美しさを持った黒き極光は。
黒狼の放つ、煌めきと輝きに包まれた悪意の極光に衝突する。
それは仮想の質量を持った、光線だった。
ぶつかり弾け、互いに互いを殺し合う。
己の絶対性を、正しさを主張し合う様に押しのけながら丁度中央で拮抗する。
永久に変わらぬ永遠は無い、同様に一瞬で過ぎ去る一時もない。
それは一瞬たる永遠でありながら、永久に続く一時だった。
だからこそ、惜しくも結果が生まれる。
「三つ目、お前の相手が俺だった。偶然でも奇跡でも、何でもいい。ただ俺がお前の眼前に立ち阻んだ、それがお前の敗因だ」
半身が消え去る、極光の押し合いは結論。
黒狼の勝利で、終了した。
ドロップした黒き大剣を拾う、そしてインベントリに収納し。
黒狼は背後を見る、徐々に土塊に変化するゾンビ一号を。
あるいは、ワルプルギスを。
「先に行ってろ、俺は話すことがある」




