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Deviance World Online 〜最弱種族から成り上がるVRMMO奇譚〜  作者: 黒犬狼藉
一章下編『一切の望みを捨てよ』

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Deviance World Online エピソード6 『顔の無い人々』

 地下に開かれた黄金の劇場、その中での戦いは熾烈を極めると同時に異質さにも包まれていた。

 より分かり易く言うのならば、周囲の魔力濃度が上昇している。

 時間経過と共に、魔力濃度が上昇をし続け今では魔力視認を用いずとも知覚可能なほどにまで魔力濃度が上昇していた。

 この原因は、明白だ。


「レイドボスの保有魔力量って訳か、これ全部。環境を整える必要がなく、攻撃に魔力を圧縮できるからこそのヤベェ話だわ」


 ペルカルド、彼がすべての元凶である。

 基本的にレイドボスは周囲の環境を汚染し続ける存在であり、言い換えるのならば生きる公害でもあるわけだ。

 例えばヒュドラ、あの九頭竜は周囲に猛毒と猛毒属性をまき散らし己の絶対生存圏を作成する。

 だが黒騎士、月光のペルカルドはそうではない。

 彼は元来人間であり、また及ぼす規格の範疇も人間相応である。

 勿論、結界術や闇属性魔術などを用いた行動などもあると言えばあるが基本的には人間の範疇だ。


 そして、その人間の規格でレイドボスになれば当然にも魔力を持て余す。


 その余剰ともいえる魔力を攻撃の際に、アーツやスキルに注ぎ込んで放っている。

 数十や数百ではない、下手をすれば四桁にも届く魔力量。

 周囲の空間に魔力が満ちるのも、不思議であるとはとても言えない。


「けど、ソレで利するのはお前だけじゃねぇ」

「『【戒呪】、あらゆる魔力は俺に隷属する』」


 黒狼が叫び、スキルを発動した。

 空間の魔力が一気に黒狼を包む、魔力とは目的の無いエネルギーである以上スキルなどで動きを与えれば勝手に動くのは道理であり当然。

 そして魔力を縛る『戎呪』であれば、よりその動きは積極性を増す。


 消費されていた魔力が急速に回復する、他のメンバーならいざ知らずこの場面この状況は黒狼にとってボーナスゾーンとも言えるだろう。

 一気に回復した魔力を『翼ある蛇』でHP回復にも充てる、一撃一撃が緩慢であり当たりずらいと言えども余波は十分に受け取っており多少はダメージを負っているのは間違いない。

 もしも、一撃の火力が黒狼を消し飛ばすレベルの値でないのならばこの回復には重要な意味がある。

 だがそれでもなお、魔力は余り黒狼を過剰魔力によって苦しめだした。


「『苦しいってか、まさか。都合がいい、この時を待ってたんだよ』」


 笑みを浮かべる、ナワルなるジャガー(人豹の影)が大きな口を開け笑みを浮かべた。

 テンションは最高潮だ、どう足掻いても勝てない無理難題が相手かと思えばそうでもなかったという感覚。

 あるいは、ジャックポットを目の前にした時のような期待感。

 ソレは、これ以上ない興奮であり不可解と不条理を覆すほどの興奮が黒狼を包み込んで。

 ならば、やることは一つしかない。


「『虚ろなる仮面、嘘たる真』」


 術式を描く、己の気ままと気紛れと共に。

 世界を欺く、世界を夢想する。


 知恵とは脳に宿るモノではない、知識とは脳に貯蓄するモノではない。

 頭蓋の蓋を開けたこともない人間が、叡智を語るという事は酷く滑稽だ。

 その戯言しか詰まっていない脳に、何を語れるという。


「『真実は掻き消え、屏風に虎が居座りつく』」


 スキルが連鎖的に発動してゆく、ぶっつけ本番が黒狼の十八番といえどもここまでの術式を気まぐれで展開できてしまうのはスキルの補助と魔術の性質の兼ね合いがなければ無理だろう。

 発動しているスキルは複数にして無数、だが一際力を発しているのは『呪術』と『深淵』と『闇魔法』と『第一の太陽』と『顔の無い人間(ジェーン・ドゥ)』だ。


 そう、『顔の無い人間(ジョン・ドゥ)』。

 完全な欺瞞、心象世界すらをも用いた絶対的な世界に対する隠匿。

 ソレを成し得るスキルが発動している、一際力を放って。


「『ここは何処だ? 私は誰だ?』」


 ペルカルドが、月光がようやく認識した。

 否、展開されている魔術式がそもそも術式として成立していないことを理解する。

 書かれている文字が、配列が、浸透している魔力がすべて出鱈目だ。

 出鱈目である、そのはずなのに成立している。

 その魔術式は、確かに成立していた。


「心象世界、欺いているのか……ッ!!」

「『嗚呼、その通り我が名こそは。【顔の無い人々(ジェーン・ドゥ)】』」


 さぁ、出鱈目には出鱈目で。

 理不尽には理不尽で、愚かにも愚かに戦おう。


 影が沸騰する、ヒトが生まれる。

 オセロットアンデッド、略してオセロッド。

 屍より生まれた新たな人類、(こくろう)が生み出した新たな人間。

 腐乱した死体のはずのソレら、そのはずの生命体が影から次々に生まれてくる。

 黒狼と同じく、『第一の太陽』を展開した上で無数に生れ落ちる。


「顔がないってことは姿がない、姿がないってことは存在しない。だけど俺は此処にいる、世界は俺を認識しながら認識できない」

「『俺は個にして全、全にして個。この世界に生きる何でもない人間こそが今の俺だ、この世界に値を張る遍く人間の影こそが今の俺だ』」


 応用魔術、或いは対人類特攻魔術。

 黒狼がこの瞬間に成立させた、成立されるべくして成立した魔術。

 その名称を、『顔の無い人々(ジェーン・ドゥ)』という。


 効果は安直で端的、面倒な理解など一切不必要。

 一言で説明するなら、黒狼の無限増殖。

 ゴキブリのように、黒狼が羽織った黒狼(一般人程度の存在)黒狼(生み出したオセロッド)に被せるだけの魔術。


「……ナニアレ? あんな魔術成立していいの?」

「分身系列の魔術は古くから存在します、特にベースとなるスキルの仕様がおおよそ掴めているのでりかいできます。はっきり言って、個人で酷く弱い存在だからこそ無法が罷り通る感じですね」

「運営怒らないのかしら、多分グリッジの類でしょアレ」


 ロッソとモルガンがコソコソ話している横で、無限増殖した黒狼が無作為にペルカルドに向かう。

 黄金の劇場に生まれた、十数に及ぶ『第一の太陽』を展開状態の黒狼。

 ソレが一斉にペルカルドに突撃を行い、殺さんと牙をむいている。


「小細工、世界に対する詐術か。笑止千万、一息ですべてを殺せば……ッ!!?」

「「「「「『一息で、何だって? まさか俺の十八番を忘れたわけじゃねぇだろうな?』」」」」」」


 ペルカルドが剣を薙ごうとして、思わず動きを止める。

 そもそも、此処に存在している全ての黒狼には生存するつもりがない。


 黒狼の戦闘スタイルは一貫している、最初から最後まで『命を捨てて命を奪う』という戦闘スタイルは。


 勿論、それは散々に悩んだ末に出た結論の一つだ。

 近接戦闘に特化したビルドを構築すべきか、魔術戦に重きを置くべきか。

 武器は? 道具は? どんな武装を用いてどうやって戦う?

 それは常に黒狼を悩ませ、惑わせてきた。

 だがよく考えてほしい、ぶっちゃけ現状の戦闘スタイルで困った場面はあっただろうか?

 気分とノリでのこの戦闘スタイルで、ぶつかった壁は何処にある?

 いや、無い。


 なら態々変える必要もない、このまま無限回死んで無限回のダメージを与えるビルドを完成させればいいだけの話だ。


 影から生まれた黒狼が、棍棒を以てペルカルドに襲い掛かる。

 その体が切断され、影飛沫が飛び散り。

 其の合間を縫って黒狼の抜刀術が披露される、無様で拙い抜刀術が。

 当然、カウンターで殺されて。

 だからこそ次に飛来する魔術は躱せまい、放たれた魔術攻撃がペルカルドの白銀鎧を穢す。

 一撃一撃のダメージは微々たるもの、だが余りにも手数が多すぎる。

 対処するために攻撃を行い、攻撃を続ける。

 ソレが、黒狼の思うつぼとは知らずに。


 この魔術の欠点、欠陥は無数にある。

 直感的に理解できる問題点だけでも10はくだらない、理論立てれば100は欠陥と荒を見つけられるだろう。

 現段階でも進化をしたスキル、あるいは上位のパッシブやアクティブスキルなどの使用制限が発生しており黒狼一体でのDPSは大きく下がっている。

 だがソレを些細とするほどの欠陥が、此処に存在していた。


 それは、使用魔力の量だ。


 一体に付き秒間10MPを消費している、現在おおよそ20体を出しているため秒間200MPだ。

 ペルカルドが空間にまき散らした余剰魔力のお陰で、MPが底をつくことは未だないだろうがソレも時間の問題。

 長期戦闘にもつれ込めば、確実にMP切れで敗北する。

 其れは拙い、非常にまずい。

 ただでさえ、薄氷の上の地雷原を戦車でタップダンスしているというのにこの魔術が解除されれば今の現状を例える言葉が見つからない。

 

「うっわぁ、クッソ面白れぇ。なんだこれ、シャブでもやってる感じの視界してるんだけど!?」

「黒狼、ステータスから並列思考補助の項目をオンにした方がいいですよ。というより、視界が重複してる状態でどうやってスキル発動を個別にできているんですか……?」

「お、結構マシになったか? 良くモルガンはこれを制御してんな!!?」

「一応、研究しているので」


 この黒狼たちは、全員黒狼の現在ステータスを参照している。

 唯一例外的に参照されていないのはHPのみ、分身体が魔術を展開すれば黒狼の魔力が減少するというわけだ。


 刻一刻と変動する値を見ながら、黒狼は純粋な思考能力を加速させる。

 一瞬一秒の攻防、黒狼の無差別無鉄砲な攻撃は確かにペルカルドを追いつめ始めた。

 特に有効打となりえるのは、『復讐法典(悪)』だ。


「『【復讐法典(悪)(アヴェスター)】』」


 『復讐法典(悪)(アヴェスター)』の効果は、対象に自分の肉体状態を半強制的に付与すること。

 腕が欠損していれば腕の欠損を、骨が砕けていれば骨の状態を半強制的に付与する。

 その効果が及ぶ範疇に、実力やレベルは関係ない。


 黒狼の実態は今尚骨だ、だからこそ一撃致命の即死技にはなりえない。

 だが一撃致命の必殺技など不必要、黒狼にそんな正当技は似合わないのだ。

 求めるのならば、徹底的な嫌がらせを。


 ペルカルドの攻撃が連続で飛来する、その殆どが的確に魔力による発声器官を潰す攻撃であり発動より先に死んでしまう。

 とはいえ、ペルカルドは万能の神ではない。

 その攻撃、必殺の一撃を放っても必殺になりえないこともある。

 特に無限の遅延と、嫌がらせに特化したような黒狼相手では。


「『深淵法術』、『カオスディストラクション』」


 だから、即死技を放つ。

 ソレもただの即死技じゃない、即死属性とシステムに認められた即死効果を併せ持つ絶対的な即死。

 つまりド級の即死、という訳だ。


 白銀鎧姿のペルカルドを中心に、黒い渦が沸き上がる。

 沸き上がる感触、触れてはいけない認識外の何か。

 外宇宙より飛来した、深淵に封印されてしかるべき属性。

 其れは周囲を汚染する、認識可能な範疇も。

 認識を赦さぬ領域も、全てを塗りつぶして行く。


「『そうきたか、だが分かってんだろ? 【環境適応(深淵)】、俺もどちらかと言えば深淵側だってな』」

「無論、だが汝は深淵の領域に足を踏み入れたことすらない」

「『そういう正論は、俺が羽織っている神様を見て言うんだな』」

「蛮神、異星の神風情何するものぞ」


 スキル『重力魔術』を用い、ペルカルドは半ば転移染みた芸当を見せる。

 深淵の渦にして死煙を、その身に纏いながら。


 不味い、そう認識した瞬間に黒狼は自分の半数を犠牲にすることを決意。

 環境適応を用いて深淵に適応したとはいえ、完全に適応できているとは言い難く。

 またブラフとして強がってみたモノの、この霧を突破するのは黒狼とて不可能。

 多少はマシになるかなー、程度の浅い考えの行動でどうにか対応できるほど生易しい技でもない。

 というより、ペルカルドがスキルを用いて発動する技が生易しいわけがないのだ。

 相手はレイドボス、生物や進化としての位階が違う。


「『お前、一応神に仕える騎士とかそんな感じじゃないの? 他の神とか認めちゃう感じ?』」

「『フォトン・クロス』」

「やっべ、コイツ他人の話を聞かねぇぞ!!」

「戦いの最中に敵とおしゃべりしようとすんじゃねぇ!! 手前は手前で!!」


 目から十字のレーザーが飛び出し、黒狼は慌てて回避をする。

 ただでさえ、さっきの移動だけで一気に総数を削られた。

 今、この状況で余計に減れば黒狼の残りが消えるのも間違いのない話である。


 先までウジャウジャいたゴキブリ……、間違えた。

 さっきまでゴキブリのようにウジャウジャいた黒狼が、一瞬で残り数体となる。

 必至で再生産するが、やはり間に合わない。

 人間のまま、レイドボスに至った存在はやはり格が違う。


 最弱種族とはこの世界で最も繁栄している種族なのだから、その種の中で育ち最も繁栄している種を殺せるに至った個人なのだ。

 その力の規格がオカシイのも、無理はない。

 だがしかし、それにしても。


「少しばかり、強すぎるんじゃねぇか?」


 苦笑いを堪え、村正が接近する。

 深淵の霧、その渦巻く煙をものともせずに。

 むしろ、その煙を白い灰にしながら突き進んでいた。


「妖剣、妖刀の類か」

「だから、何だってんだ?」


 剣を抜く、ペルカルドに勝るとも劣らない剣術。

 否、純粋な剣術では上回っているだろう。


 仮にでも剣聖柳生の弟子が一人、技巧技術に関しては並大抵を凌ぐに決まっている。


 だがそれは剣術の範疇でならば、魔術がかかわるのならば村正は一歩も二歩も劣るだろう。

 故に、そこをモルガンがカバーする。


「『アンチマジック』、深淵の基礎は既にラーニング済みです。正面から崩せずとも、迎え撃つのは容易い」

「あまり舐めんじゃねぇぞ、儂らとて遊びではあるが生半可な気持ちでここに立ってねぇ。成したい事、成したい物があるから手前を踏み躙るんだ。さぁ、とっとと其処を退きやがれ!!!」


 村正の叫び、その言葉と共に村正の一撃がペルカルドに到達する。

 同時に、村正はペルカルドに突き刺さった『阿修羅威』を引き抜くと。

 二刀流となり、ペルカルドの前に立つ。


「いい加減、儂にも花を持たせやがれ」

「ったく、秘策の100や1000はあるんだろうな?」


 黒狼の軽口に、背中で答える村正。

 それだけあるなら、秘策じゃねぇと言いだしそうな雰囲気に思わず笑みを零し。

 黒狼は前線を離れ、回避に専念することを決める。


「だがまぁ、儂には幾千万の経験があるがな」


 傲岸不遜、絶対覇道。

 絶対的自信に満ちたその声は、確かに背を預けられる安心感を伴っていた。

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