Deviance World Online ストーリー5『剣に至る』
「知っているぞ、刀使い。名前は確か、柳生だったか?」
「一手、御指南願うさね?」
直後に、二人の刃がぶつかり合う。
純粋な実力ならば、その技に敵う者などいないであろう『剣聖』柳生。
だがしかし、されども。
北方最強、そう囁かれる彼の圧倒的な力には屈するほかない。
柳生の技は、レオトールに届くより先に弾かれる。
一瞬の間、実の狭間の虚。
あるいは、虚に生まれた実。
破壊力を伴う防御、それは既に攻撃である。
受けきれず、姿勢を崩す柳生にむけて次の言葉が届く。
「拙者も協力するでござるよ!!!」
豚忍の声、背後から飛んでくる苦無をレオトールは素手で掴み取る。
そのまま回し蹴り、見事な恵体は見事なまでに吹き飛ばされた。
地面に転がる豚忍を尻目に、レオトールは長く息を吐いた。
「あと、10と幾何かだな。どうだ、待つつもりはないか?」
「何の話、さね?」
「私の友が、あのレイドボスを殺すまでの時間だとも」
信頼か、あるいは確信か。
半分苦笑いでそう告げるレオトールに、柳生は切っ先を向けた。
冗談は聞くに堪えない、そう告げるように。
「冗談は程々にしな、若造」
「その技には目を見張るが、ステータスが足りん。出直してくると言い、剣士」
「そうかい、なら殺すしかないさね。たとえ、無理であっても」
直後、神速の抜刀が放たれた。
スキルではなく技、技術で成立する技術。
ソレは確かにレオトールの、心臓を捉え確かに切り裂かんとする。
最も、その刃が届くことはない。
神速の抜刀、神域の居合、いずれにせよその実力は本物だ。
しかし、否。
だからこそ、レオトールに届くことはない。
極まった技術というのは何れにせよ、事実として同じ結論に至るモノだ。
言い換えれば、極まっているからこそ読みやすい。
「見事な剣技だ、惚れ惚れするほどに」
「口説き文句を言う割に、大人しく受けてくれないのさね?」
「ああ、申し訳ないがその手の技はステータスを超えた一撃を齎す。ステータス差で優位を取り、そして捌けるのならば無視するわけにはいかんとも」
直後に、煌めく二条の剣筋。
交錯する斬撃、疾風怒涛の勢いで振るわれる技の応酬。
巧みな速さと、経験の剛とのぶつかり合い。
一瞬で何十も何百も切り結んだような、其れほどの勢いを纏い。
二人の剣士は、切り合った。
「そうか、お前が柳生か。知っているぞ、村正が言っていたな。最高の、剣士だと」
「あのガキめ、後で説教をしなきゃいかないさね」
「貴様の腕前での説教か、恐ろしい話だ」
そういい捨てた直後、背後を取っていた豚忍へ槍を向ける。
神速の剣術、その領域に付いていけなかった豚忍はレオトールに攻撃を与えるチャンスをうかがっていた。
この一瞬、双方の剣戟が止まったこの瞬間。
そう確信した豚忍は、手に持つ忍刀をレオトールに向け刺し貫こうとしたのだが。
結果として、レオトールが先手を打ち豚忍は槍に晒される結果となる。
「些か実力で劣り過ぎだ、戯け」
「拙者ばかりに気を付けていいのでござるのかね?」
「無論、分かっているぞ」
豚忍へ向けた槍、それによってレオトールの片手は封じられ確かな隙が生じていた。
故に、柳生はその隙を縫ってレオトールへと攻撃を差し込んだのだが。
やはり、それは通用しない。
極まった武術は読みやすい、ソレはレオトールにも当てはまる。
彼が扱う戦闘技術、『集積する』は独学独流でありながらも一種の究極的な地点に立っている。
あるいは、極まっていると言い換えてもいい。
柳生の抜刀術、或いは彼女の新陰流と同じように人生を掛けて完成させた技術技法であるからこそ。
その技術は彼女と遜色ないレベルまで昇華されている、あるいは数多の戦場を駆けたのならば。
総合的な完成度は、上をいく可能性すら見出そう。
ゆえにこそ、彼の技法にも十分な隙は存在し柳生はその隙をついたという事実は成立する。
そしてまた、彼女の攻撃が通用しなかったという事実も。
レオトールの戦闘技法、『集積する』の恐ろしい所は一つの定石で完成しているわけではないという事だ。
究極の術というのは初期条件さえ同じならば、あらゆる経過や結果は同一になる。
だが、なのに、しかし。
彼の場合はそうではない、彼の場合は無限に等しい極まった選択肢がその過程に存在し。
その過程を用いて、異なる結果を導き出す。
文字通り、集積し続けた戦い方を極めたからこそのその結果。
故に彼に対して見出した隙は、隙などではない。
彼に見出した隙というのは、とどのつまり唯の幻想なのだ。
「だが、流石だよ。所詮異邦、所詮剣士だと侮っていたがそれでもそこまでねじ込むか」
インベントリから出された武装、柔らかく硬い鉄の獣肌によって柳生の一撃は防がれた。
衝撃はその見事なまでの体感で受け流され、ダメージは一切発生していない。
ある意味、完全に誘われた形であるといえるだろう。
チィ、と柳生は吐き捨てるように舌打ちし袖の中からドスを投げつける。
勿論その攻撃も、軽く弾かれた。
剣の柄、見事に手に触れない位置でドスを弾き踏み折る。
そして砕けた破片を、豚忍の方へ蹴り捨てた。
「うぉ!? 驚き桃の木山椒の木ぃッ!?」
素っ頓狂な叫び声、だが回避は成され当たることはない。
しかし牽制としては十分な一撃であり、確かにその攻撃は豚忍の動きを鈍らせている。
一挙一動に無駄がなく、神速の抜刀術にして無駄なき剣術を捌きながらプレイヤー最速の妨害を防ぐ。
北方最強、『伯牙』レオトールという名こそ伊達ではない。
「どうした、老体。技の冴えが鈍っているぞ、或いはもう既にスタミナが消えたか?」
「煽るんじゃないよ、若造。それに、この体は良く動くさね」
レオトールの言葉を聞き、柳生は技を放つ。
速度、威力ともに一流。
唯一の不足はダメージのみ、だがソレを無視すればレオトールですら無視できない。
間違いなく最高峰の剣士、最上級の剣術、究極の抜刀術の担い手。
だからこそ、レオトールは回避という手段を取らざるを得ない。
「本当に、嫌になるさね。一体どれ程の経験を、どれ程の場数を踏んだのさね? 所詮あたしの抜刀術は早いだけの代物だけども、純粋剣術で互角。戦いでは一歩二歩も劣るなんざ、予想だにしてなかったよ」
純粋な感嘆に混じった呆れ、柳生という剣士が座す高みから見下げているからこそレオトールという戦士にして傭兵の異端さが浮き彫りになる。
まずまず以て、柳生の攻撃。
その抜刀術を回避している時点で幾何以上におかしな話なのだ、いくらステータス差があり制御できる速さの段階。
あるいは力の段階が違ったとしても、この世界の生物とて人間の臨界を超えることは能わない。
約0.35秒という反応速度の上限を上回る方法など、ヒトが脳信号を受けて生き続ける限りは存在しえない。
そして柳生の抜刀術は、無意識的な反応を基に構築されており彼女ですら剣を抜いたという感覚が間にない技。
柳生という技を行う側が、切ろうと思考した時点で発生が終了している早業である以上。
幾ら受け手のレオトールが早くとも、認識と同時に回避などできないはずなのだ。
音速の抜刀術、神業の抜刀剣。
『剣聖』柳生と呼ばれるに至った理由は即ち、西暦3000年を超えた今尚その剣術を人が振る得る領域にないと判断されたからこそ。
故に彼女は再現性の無い唯一無二の一点物、人間国宝とされている。
そしてそれ以前の段階として、彼女の剣術は一流である。
抜刀術を考慮せずとも、その実力は人間の臨界。
たしかに最速の抜刀術は抜刀術であるがゆえに読み合いの幅も狭く、また回避も不可能でないと言え。
その抜刀術が可能とされる体躯から放たれる技の数々、全てを往なし躱し防御することの難易度は計り知れない。
だからこそ、其れを実現するレオトールという人間に呆れるほかない。
「戦いの最中に親睦を深めるのか? 剣士」
「生憎と今の目的は後続が続くだけの時間稼ぎでね、ただそれならば其方も同じだろう?」
「ああ、違いはない。何ならその首晒して待つという手立てもあるぞ、剣士」
「無茶な注文を」
音速以下、常人同時、或いは人同士の戦いにおいて言葉とはもう一つの武器になりえる。
時に鋭いナイフとなり、時に盾に勝る防御になりえるだろう。
故に戦いの最中での煽り合いは、決して無意味ではない。
だからこそ、剣戟を激しくする。
余分な音を、余計な言葉を省くために。
音という音を、聞かないために。
「隙ありでござるよッ!! って、ギャーーー!?」
「ステータス上の速さで競うのならば、INTを上げるべきだったな」
忠言忠告、そして攻撃。
全身をひねり、声を聴く直前には剣を空に走らせ届ける。
技無し、スキル無しの純粋な剣。
だが柳生と打ち合う速度で放たれる攻撃、幾ら早くとも常識の範疇で収まる豚忍が回避できるかと言えば。
「『緊急離脱』、でござる!!」
攻撃が空を切る、同時にレオトールの視界が一瞬だけブレた。
認識欺瞞、攻撃への絶対回避。
低レベル、低ランクのスキルであってもその効果が低いわけではない。
だからこそレオトールにも通用するし、だからこそレオトールにも対策がある。
「逃がすと思うな、忍」
「うっそぉ!??」
「ばっ、早く振りほどくさね!!?」
「逃がすと、思っているのか?」
認識欺瞞がいかに強くとも、その効果は一瞬であり。
また空間転移でもなんでもない、ステータス依存の高速移動というだけならばレオトールが捉えられぬ道理も無し。
右手の剣を投げながらインベントリに投げ込み、左手でその腕をつかむ。
そのまま右手に魔力を圧縮し、スキルを発動させこぶしを叩き込む。
「『二打不』」
拳が貫通する、内臓を掻き回すように。
様々な臓物が荒れ狂い、血管という血管を破壊した。
そのまま左足を軸にし、右膝で顔面を穿つ。
体はそのまま、其の頭部は三回転し吹き飛びポリゴンとなった。
「またスタミナが尽きてしまったな、ヤレヤレ」
「……まさか、スタミナが尽きた状態で今まで戦って……?」
「ハハ、まさか」
そう呟き、レオトールは空間に手を翳す。
それだけでインベントリから刀が現れ、レオトールの手に収まり。
同時に、威圧感が大きく変化した。
「スタミナも、魔力も尽きているさ」
ある種の絶望、レオトールの時間稼ぎには二重の意味があり。
その時間稼ぎすらなく、対等に打ち合っていたという事実こそが恐怖を呼び覚ます。
武に於ける三つの鍛道、心技体のソレら。
そのすべてが、完成されている戦士。
レオトール・リーコス、輝ける輝くべき一等星。
「手を抜いていたとでも罵るつもりか、まさか私は最初から最後まで全力で戦うさ」
スタミナが尽きた状態ならば、動けぬはずの倦怠感を感じる。
戦うことができないほどの疲弊を、動くことができないほどの苦痛を。
レオトールは感じている、感じているはずだ。
「ソレが、北方という場所の過酷ささね?」
「いいや、私が努力した結末だとも」
自嘲のように笑い、放つ攻撃。
スタミナが切れているはずなのに、その鋭さは未だ剣聖に迫る。
実践の中で得た擦切れるほどの経験により、形作られた一騎当千の力は。
まさしく、積み上げられた山に等しい。
一撃、一撃が重い。
刀でも、剣でも同じく。
只管に重く早い、体が吹き飛ぶような衝撃を技で逃がす。
その直後に、放たれる音速の正拳突きも。
さらに追撃で放たれる右足からの回転蹴りも、左足で地面を踏みしめて放つスキル『激震』の再現技も。
「『剣禅一致』ッ!!」
「なるほど、知らんスキルだな」
魔力操作のみで放つ『八極拳』の模倣、左足を槍に見立て『槍術』を疑似的に発動させ火力を上昇させる。
双剣を手に持っているかと思えば、『八鏡乱舞』というスキルを再現し始め『華蝶風月』につなげる。
受けきれば、次に飛んでくるのは『千本桜・影式』というスキルの模倣。
避ければ『沙羅双樹』というアーツに発展させ、後隙を無視する『超感覚』で『パリィ』につなげられ。
剣士としての戦いの土台ではなく、戦士の土台としての戦いで突き放される。
攻撃の一切合切が、まるで未来を読まれるかのように対策されていた。
「『心眼』、『パリィ』ッ!!?」
「温くなったな、先ほどまでの方が随分脅威だったぞ」
柳生は猛攻に耐え切れず、スキルを用いだした。
もはや体力もスタミナも、余人の比ではないほどに消費しきっていた以上。
それは合理的判断であり、非合理な決断だ。
技を捨てた剣士に、レオトールが劣る理由など無くなる。
攻撃は依然苛烈、一切の衰え無く狂乱がごとき技の数々を放って。
ついに柳生の体が弾かれる、スキルの補助があってもその衝撃を受け流せなくなったのだ。
「はぁ……、はぁ」
天を一瞬睨み、息を整える。
柳生の敗北は確定的であり、それは火を見るよりも明らかである。
近づくレオトール、その手には一本の刀が握られており。
そして、一つのアーツが放たれようとしているのが見て取れた。
起き上がる、柳生。
その顔には、笑みと共に。
己の研鑽を放つ、意志があった。
「まさか、何の成果も無しに逃げれるかさね。一太刀、入れさせてもらうよ」
「最後の壁を恐れたな、その恐れさえなければ貴様は剣に至っていたろうに」
「……なるほど、あたしに足りてなかったのはソレさね」
だけども、そう言葉を続けるように。
彼女は抜き身の剣を納刀する、そしてレオトールを優しい目で睨みつけた。
DWOのプレイヤーの中で、心象世界を開眼する可能性を秘めた人間は現時点で4人いる。
あるいは、その条件を整えた存在と言い換えるべきだろう。
一人は『黄金童女』ネロ、一人は『妖刀工』千子村正、一人は佐々木一刀斎、そして『剣聖』柳生。
権利はあったのだ、彼女も心象に至る権利が。
しかしソレは最早なされない、彼女自身がはるか昔にその権利を捨てているから。
たとえ開けても、本当の意味で開かれることはない。
だからこそ、彼女は『剣聖』であり。
神速の抜刀術、神域の剣術の担い手足りえる。
「終わりとしよう、抜刀『桜花泰然万象捨斬(擬)』」
「そうさね」
一瞬だけ、交差する。
周囲に花弁を咲かせ、塵逝く仮想の桜花。
そのこと如くが吹き荒れる嵐となり斬撃となる、至った存在が振るう技の模倣のアーツ。
ソレであるにも関わらず、依然圧倒的な暴虐を齎す。
だが、抜刀術は。
柳生の抜刀術は、その初動の早さゆえにレオトールの技よりも早く迫った。
神速の抜刀術は、確かにレオトールにあたった。
「まぁ、見事か」
呟きは静かに、静かな音は消えゆくだろう。
飛び去った彼女の首が、地面に付くとともに。
あるいは、新たに迫る騎士の足音と共にだろうか。
なお、佐々木一刀斎に関する補足は本編ではない模様。
という訳で補足です。
佐々木一刀斎は柳生と違う形で剣術を鍛え、至った存在です。
彼女はネロと違う形で心象世界を扱えます、まぁ本質的には扱えてないのかもしれませんが。
ちなみに、柳生の方が技としては出が早いので先手後手問わず一撃で仕留められれば柳生が勝ちます。
3手を超えれば、柳生が負けますね。
レオトールさんが蹂躙してるからって、柳生さんは弱くないんだよっ!!(作者の叫び)




