Deviance World Online ストーリー5『紅葉』
崩れ落ちる激情、二度目の崩壊。
夜の最中なのに、夜にて輝く劇場なのに。
それでも、ソレは崩壊する。
「茨か、地獄か、煉獄か。何でもいいさ、或いは何でも構わない」
月光、放たれた暗黒は黒狼の水晶剣とぶつかり弾かれる。
毀れず、ソレは攻撃力を無視し物理現象すら超越した事象を誘発するのだ。
漸く、ようやく戦い方が分かってきた。
戦い方が、理解でき始めた。
ならば、戦える。
「道はある、たとえそこが壁に見えても。やろうと思えば道になる、そうだろう?」
地面から、飛び上がった。
瞬間、ぺルカルドの一撃が黒狼の首を狙い切り裂こうとする。
ソレを、黒狼は紙一重で回避し地面に転がる。
次の瞬間、ぺルカルドの剣が虚空を切った。
徐々に、徐々にだが黒狼はぺルカルドの攻撃パターンを認識し始めた。
今のぺルカルドは、おおよそパターン的に行動している。
基本的には横薙ぎの一閃、地面を滑り加速したのちに闇属性を纏った斬撃の展開。
そこに加え、致命的な攻撃に対しては闇属性を圧縮した時間の逆転。
叩きつけるような攻撃は基本的に行われず、唯一の例外は先ほど放たれた【褪せた月光の聖剣】のみ。
黒狼はその攻撃終了後しか見ていないし、見えていないがおおよそ察している。
ならば、まだ戦えるだろう。
「道などない、唯あるのは昏き星のみ」
「あるって、言ってんだろうが」
魔法攻撃、魔法防御に関しては不明瞭。
だが、不明瞭なら不明瞭なりに対処法はある。
そして、実際のところ魔法に関する相性は非常に良い。
黒狼が最も得意とし、相性が良い属性は闇であり。
またぺルカルドが扱える属性も、やはり闇である。
なればこそ、より鋭敏に認識できる。
避けられるし、戦える。
存分に、戦えるのだ。
この素晴らしき世界は、そういう風に作られている。
鼻腔を擽り、己だけの獣性を覚醒させるように。
確固たる自分を、露出させるように。
「笑わせてくれるなァ!!! お前の研鑽の全ては無意味だったという訳だッ!!!!」
蠢く意思が、体が、全てが言う。
黒狼という、存在を構成するすべてが。
この領域に存在するすべてを凌駕するように、己を誇示しながら。
勝て、と。
叫んで、いるのだ。
モルガンの魔術を利用する、周囲に存在する魔力を味方につける。
無意識的に理解した、感情がこの環境に適応した。
魔力とは、所謂恣意的な存在だ。
周囲の感情に流されやすいくせに、確固たる自我が存在する。
だが同時に、そこに意志は存在しない。
圧倒的な二律背反、だがそれでいい。
下手な理解は、この腕を鈍らせる。
重要なのは、全てを思い通りにできる可能性のみ。
獣だ、喉元を食いちぎる獣となれ。
あるいは骸、生に執着する獣性を宿す頭蓋。
正気のまま狂うか、狂っているのに正気なのか、正気に見える狂気か。
なんであれ、一切合切語るまでもなく。
「モルガンッ!!」
「もちろん」
いささか、火力は不足している。
手数はない、火力は不足、充足にはほど遠い。
だがどうにかできる、どうにかするのが黒狼の役目だ。
モルガンが応え、次の瞬間に空間転移が発生する。
当然黒狼は、その動きを観測していない。
だが直感で動く、直感で動けてしまう。
テンションがブチ上がってるんだから、動けないわけがない。
背後を、ぺルカルドの背後に強制的に転移する。
勢いを止めず、剣を叩きつけて。
ぺルカルドに、突き刺す。
「『抜刀』、『撃鉄斬散』っ!!!」
「『インパクトスラッシュ』!!!」
当然ぺルカルドは対応するだろう、だから対応させない。
黒狼の攻撃力よりも、村正の攻撃の方がよほど厄介だ。
火力やレベルが違う、また刀の性能を出し切れる以上は村正の攻撃の方が刺さるに違いない。
もちろんコンマ一秒程度のズレは存在する、だが神速で動けはしないぺルカルドは一方しか受けきれない。
ならばやはり優先するべきは、村正の攻撃だ。
正面からの一撃を剣で受け、背後から到来する衝撃を受ける。
前に傾倒するぺルカルドに、次はロッソの魔術が発生した。
全身を植物で覆われる、動きが止まる。
もはや動けない、いや動かさせない。
ロッソは全力でも拘束するだろう、ぺルカルドを。
「うむ、良いな!! 余にも出番を寄越すのだ!!」
「一昨日きやがれ、馬鹿女郎!!」
「ハッ!! 死なねぇのなら存分にしろ!!」
瞬間、黒狼の背中を蹴り飛びぺルカルドに燃え盛るフランベルジュ。
その、剣を突き立て燃やす。
踊り狂うぺルカルドを背後にし、Vサインを出すネロの頭を小突いた村正は剣を投げながらインベントリに放り込み。
腰に下げていた鍛冶道具を手に取れば、そのままぺルカルドの剣に叩き据えた。
鍛冶系統のスキル、パッシブでもアクティブでも発生するスキル。
名称は『刀匠の腕』、効果は鍛冶仕事による品質補正。
それは品質の向上だけでなく、劣化も可能である。
ぺルカルドが吠えた、直後にロッソの魔術は侵食され無力化される。
無力化、されてしまうだろう。
だからこそ次の手を用意する、用意している。
その拘束の、さらにその先を。
「やっぱり、理性で認識してないわよね? 腐り落ちてるんじゃないの? その眼球」
嘲笑う様に告げられた言葉、次の瞬間にぺルカルドの動きが異様に変化する。
右腕が、否。
その装甲の隙間から植物が生えだした、先ほどの拘束の時に仕込まれたのだ。
寄生植物、その改造品を。
即座の判断、腕を衝撃で破壊し魔力によって神経を偽装する。
筋肉の反応のみをスキルで認識し、腕を疑似的に動かすように変化させた。
時間の反転は行われない、反応のみで動いてるようにしか見えないぺルカルドはこの攻撃を反転させなかった。
「笑止、『旋盤』」
いや、するまでもなかった。
スキルの発動、直後に暗黒の刃が吹き荒れ周囲を切り裂く。
雪崩のように襲い掛かる刃の海、回避は不可能か? 否。
死中に活を見出せ、必ず刃は防げるはずだ。
モルガンが即座に防衛系統の魔術を発動し、黒狼は『暴走』を使用し敢えて死ぬ。
ロッソは壁を作り、簡易シェルターを形成し。
村正は気合で、斬撃に刃を重ねる。
ネロ? もう既にモルガンに守られている。
斬撃、その奥から昏い眼孔を光らせ襲い掛かって来るペルカルド。
勝てない、そう思わせるには十分な実力で。
だが、それでもやはり勝ち越せない。
もしも相手が正義、もしくは勝利、或いは正当性を掲げるのならばペルカルドに敗北はあり得ない。
だが、最初から黒狼たちは我欲のみで生きている。
敗北してもかまわないという感覚で、敗北を赦されない舞台に立っている。
いわゆるゲームなのだから、全てを無駄にしてもかまわないと考えている。
ならば、負ける道理はないに決まっている。
砕けた刃を、即座に叩きなおし仮初の刃に転換させた。
村正が行うべきは10秒間の絶死を凌ぐのみ、10秒さえ経過すれば如何様にでも対処するだろう。
少なくとも、黒狼はする。
対処が不可能だから一旦逃げただけで、対処可能になった瞬間に蘇生し再誕する。
狡い男だ、だが如何にもらしい。
「『殻太刀』っ!! 『一転攻勢』っっっ!!!」
「道などない、穏やかに沈め。安寧の泰平を刻みながら、朽ち果てよ」
「そうなりゃ、誰が至上の刀剣を持つってんだっ!! 刃は争いの中でしか生まれはしねぇもんだろうが!!!」
槌が振るわれ、ペルカルドの顎を打ち据える。
泥臭い、だがそれでいい。
ソレがいい、泥臭い戦いが。
火炎が巻き上がる、村正の槌が発火している。
否、否だ。
槌が発火しているのではない、村正が炎を纏い始めている。
感情が高ぶっている、そしてそれ以上に村正という存在が昇華され始めていた。
即ち、心象世界の発露が始まっている。
「儂は、儂が至る究極が為。手前を殺さねばならねぇ、つまりは死んでくれやっ!!」
左手に持った刃を、右手に持った槌を振るう。
勿論、そんなモノは通用しない。
だがそれでいい、それでもかまわない。
単独、個人、独りで倒す必要はない。
今はただ、背後から迫る黒狼に気付かせなければ問題ない。
次の瞬間、黒狼の一撃が突き刺さった。
ペルカルドの背中に、黒狼の一撃が突き刺さる。
やはりダメージは低い、しかしダメージは出ている。
「『ダークボール』!!!」
そして、最弱の魔術攻撃。
闇属性の相手に闇属性攻撃など無駄の極みだろう、だがソレで構わない。
重要なのは、攻撃をしたという事実だ。
否、より正確に言うのならば。
黒狼の魔力による、攻撃が行われた事実か。
「『風は渦巻き私は歌う、永華の花よ散るが良い。【花弔楓月】』」
ペルカルドの腕に巻き付いた植物が黒狼のダークボールを吸収し、成長する。
ロッソが用意した植物に、モルガンが干渉して魔術を成立させた。
植物を成長させるには栄養素が必要だ、ソレは魔術においても大差ない。
むしろ儀礼や儀式を重視する魔術であるからこそ、その工程はより重要となるだろう。
本来ロッソが行う予定だった連鎖においては、寄生させた植物がペルカルドの魔力を吸い上げ生育するはずだった。
しかしペルカルドの魔力は強固にして綿密に練り上げられており、干渉することは不可能に等しい。
黒狼は魔力視でそのことを認識し、自分の魔力を栄養とするように誘導した。
そしてモルガンはその工程に干渉し、より自分好みの悪辣さを魔術に付け加えたのだ。
つまりは拘束ではなく、破壊を。
「『魔力置換』『部位再生』…………!!!」
呻きと共に発される言葉、次の瞬間にペルカルドは自分の腕を切り飛ばしていた。
切り飛ばさざるを得なかった、と言い換える方が正しいだろう。
モルガンの干渉により、それは伝染病の性質、より正確に言うのならば属性を付与された。
もし切断されなければ、魔力の劣化を発生させられ。
「いえ、すでに遅れていますよ?」
「アンタ、何処でその法則を発見したわけ?」
亜種、特殊、例外、規格外。
少なくともそのどれもが示すのは、特例だ。
植物のみに組み込める、未だ人の技術の枠外に存在する属性。
呼称を、紅葉属性。
属性とは自然現象に付随する魔力に名付けられた呼称である、故にこそ万物に属性は存在し。
属性を発生させれば、現象も発生する。
かつての人類は無数の屍と実験、そして神々を殺した末にその事象を人の境界にまで堕とした。
しかしモルガンはそんなことをしない、否。
モルガンは最も迂遠な手段を使い、最短経路を作り上げる。
単純だ、紅葉という属性を発生させたいのならばソコにある植物を紅葉させればいい。
迂遠にして湾曲、だがこの場においては最短経路。
地面に落ちた腕から生える植物が紅葉し、周囲を赤く染め上げる。
ただそれだけの効果、だがそれだけの効果がこの暗黒を歪める。
ペルカルドは四方一帯を闇属性で染め上げ、自己領域に置き換えていた。
より分かり易く言うのならば、ペルカルドは自分が有意なボスフィールドを形成している。
だが、このモルガンの行動でソレは崩れる。
ペルカルドの技量、綿密に積み上げられた領域は紅葉属性という場に影響を及ぼす属性によって一瞬でも揺らいだ。
つまりは、ペルカルドの絶対的優位性を覆せるという事を証明した。
その事実を理解できないロッソではない、即座に地面に杭を突き刺し揺らいだ領域を自分色に染め上げる。
もはやロッソを排除する以外の手法では、この領域を完全に闇に染め上げるのは不可能だろう。
これにより、ペルカルドの時間の逆転を完全に封じ込んだと言い換えてもいい。
「賢者は時に愚の英知を知る」
その言葉を吐く意味は関心か、其れとも嘲笑か。
探る時間も、暇もない。
ただ今は、ひたすらに刃を振るうのみ。
再生した腕に鎧が纏われる、鎧をはがすのは不可能とみていいだろう。
騎士らしい、如何にもなギミックをしていると黒狼は思う。
同時に、彼が捕らわれているという事も認識できた。
騎士道という、下らないモノに。
いいや、ソレを下らないと断じるのは黒狼だからだろう。
人には命よりも重い誓いがあれば、空気より軽い誇りもある。
ペルカルドは前者であり、黒狼は後者だったという話だ。
「誓いを、ここに」
「そんなモノねぇよ」
再度、ペルカルドの刃が水晶の剣とぶつかり合う。
衝撃は火花を生み出し、ソレがまた現れる。
ステータス差は絶大だろう、其れでも黒狼は食らいついていた。
負けるわけにはいかないと、負けたら仕方ないと考えながら。
全てを嘲笑するように、本気で戦っていた。
「さぁ、殺し合おうぜ!!! まだまだ時間はあるんだからよォ!!!」
「残り時間は20分を切ってますので、お忘れなく」
少し締まらないが、其れも良し。
まだまだ戦いは、終わりそうにない。




