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Deviance World Online 〜最弱種族から成り上がるVRMMO奇譚〜  作者: 黒犬狼藉
一章下編『一切の望みを捨てよ』

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Deviance World Online ストーリー5『星辰』

 星降る夜に、一滴の奇跡を。

 そう願うのは、悪だろうか?



 いいや、悪ではない。

 悪ではない、ただ余りにも。

 余りにも、世界が彼に厳しかっただけなのだ。


***


 そこは黒狼たちが訪れるより、はるか太古のグランド・アルビオン。

 ドラゴナイトと呼ばれる騎士が空高く舞い、準古代兵器と呼称される四つの兵装が万全に力を示していた時。

 すなわち、ぺルカルドが黒潰しになる前の時代。


「8976戦、8975敗、1引き分けか」

「済まない、だけどこの剣を翳す以上は負けるわけにもいかないんだ」


 聖剣、聖剣『エクスカリバー』を持つ一人の王。

 つまりは、初代とでもいうべき『騎士王』こそが彼。

 その名はアーサー、グランド・アルビオンの初代国王にして国父であり、円卓の主。

 騎士の王という名は、彼のために有る。


「円卓十三席、とはいえど円卓の騎士という名は国境を越えて広まっている。当然、僕の名前も。たとえ試合とはいえ、僕は常勝であり続けるしかないんだ」

「分かっている、分かっているとも。だがこうして惨敗の連続であれば、自分の実力を疑うまでに至るという話だ」

「安心してくれ、君は強い」


 クレーターのようになった周囲の大地を見渡しながら、アーサーはそう告げる。

 そのまま地面に聖剣を刺せば、周囲の大地が修復を始めた。

 ぺルカルドとの戦いで、アーサーも疲弊しているはずなのにだ。


「遥か未来、君は最後の戦いを行うだろう。英雄の王、破壊者はそうお告げになられた。誉も、正義も闇に埋もれた中での戦いだ」

「……私は貴公の下では死ねないのか、残念だ」

「意外には、思っていないのか?」


 少し悲しそうな顔をして、そう問いかけるアーサー。

 反対に、ぺルカルドは顔を隠すように兜を被る。

 その、白銀の兜を。


 一瞬だけ、空気が通り抜けた。

 少しして、ぺルカルドは立ち上がる。

 次に、大剣を仕舞い。

 そして、背を向けた。


「思っていない、と言えばウソになる。だが納得がある、納得してしまう。つまりは、そういう事だ」


 ぺルカルドは、そういって完全に再生した大地を見た。

 目の前のアーサーという男の規格外さと、エクスカリバーの脅威を見て。

 改めて、『騎士王』という男の深さを知る。


「私は、そういう星の下に生まれたのだ。世界の表舞台に出ることなく死ぬという、そのような星の下に」

「君に、このような死に様を与えることを申し訳なく思う。だが、分かってほしい。これは、僕らの子の、子のさらに子供の。もはや遥か見えぬ先に生きる、もはや見渡せぬ世界に生きる人民のためだ」

「構わん、その言葉が正しいのならば。この先、世界の滅びが目覚めることは恐らくないということだろう」

「……ああ、世界の滅びは僕らの世代で終わらせる」


 アーサーはその言葉と共に、聖剣を引き抜く。

 そうするだけで、彼の威圧感が何倍にも増した。

 騎士の中の騎士、騎士の王。

 正義を齎すモノ、正義を齎すべきモノ。


「おや、おやおや。一度戦いは終わりましたか? では、茶会の時間にいたしましょう」

「ヴィヴィアン、唐突に現れるのは辞めてくれ。心臓に悪い、君の魔術はもはや英雄の王に迫る領域なのだから」

「まさか、私の魔術はかの御仁に遠く及びませんわ。ただ少しだけ、世界の理を読み解くだけです」


 一人の魔女が転移した、そのまま花のような笑顔を浮かべ見えぬ精霊に囁く。

 そうするだけで、大理石の机と椅子が現れる。

 妖精の女王、ヴィヴィアン・ル・フェイ。

 その実力は、恐れるべきものだ。


「何が欲しいですか? なんでもご用意できますよ?」

「君に任せよう、君が作る紅茶ほど美味しいモノはない」

「全く、人たらしにもほどがある。だが違いはないだろう、私も同じく」

「口が達者なのですから、全く」


 浮いた器が其々の前に置かれる、アーサーは優雅にその匂いを堪能しぺルカルドは兜の口の部分を外し口に含む。

 どちらにせよ、美味であるのには違いない。


 ヴィヴィアンはその二人の顔を見て、そして少し目を伏せ遠くを見た。


 目線の向き、その方向ははるか遠く。

 未来にて、北方と言われる大地。

 はるか遠くの、そのはるか先に居る一人の怪物を見る。


「ヘラクレスがそんなに気になるのか? ヴィヴィアン」

「ええ、少し。彼方の大地は人の住める大地ではない、なのに彼は人間でありながら戦っています」

「彼が死ぬわけはないさ、彼が死ぬことは……。それこそ、かの王ぐらいの実力者でなければ無理だろう。僕ですら正面戦闘では殺しきれるか怪しい、Ⅻの難行を活用されれば今の僕では勝ちえないのは間違いないだろう」

「特に、()()()は」


 ヴィヴィアンは不安そうに眉を曲げるが、アーサーとペルカルドは全く心配せずそう語る。

 正確には、心配するまでもなくだろうか。


 事実、ヘラクレスは遥か未来を見渡しても比類し得る存在がいない英雄だ。

 過去を、もしくは人の領域を超えたヒトを見れば話は幾分変わるだろうが。

 しかし、人の領域。

 つまりは、レイドボスまでの領域で見ればヘラクレスを上回る怪物はいない。


 神々より与えられたⅫの難行、その多くが神という超越存在が認識した厄介事であり。

 また、同じくして人の身では成し得ない難業であった。

 黒狼が挑んだのはその劣化版に過ぎない、ソレでなおレオトールという稀代の傭兵に助力を請わなければ真っ当に進めなかった。

 そのレオトールですら正面戦闘を避ける怪物すらいた、具体的にはヒュドラ。

 より正確に言うのならば、原種ヒュドラというべきか。


「まぁ、勝ち得ないだけで負けるつもりはないとも。実際に僕が勝ち越しているし、ね?」

「……エクスカリバーの魔力生成能力を過信し、首を落とされた時は笑いましたが」

「まぁ鞘がある時点で耐久戦に持ち込めば負ける事はない、実際にあの時も僕が勝っただろう?」


 その言葉を苦笑いで受け止めるヴィヴィアン、その視線は彼の腰に向けられていた。

 史実、現実世界で語られるアーサー王伝説においても。

 聖剣エクスカリバーは付属品だった、では何の付属品であったのか?

 ソレは、エクスカリバーの鞘の付属品であったのだ。


 この世界でもソレは同じく、最も重視されるべき兵装。

 準古代兵器と呼称される、グランド・アルビオンが有する最強の兵器。

 ソレこそが、『聖剣の鞘』である。


「そういう意味合いでは、僕は耐久戦向けだ。逆にペルカルドは短期決戦が向いている、そうだろう?」

「短期決戦、か。まぁ否定はしない、私はある種の初見殺しに特化している。時間遡行などもその類だろう、な」

「私が教えたとはいえ驚きました、今戦えば私がその発動を止める事は難しいでしょう」

「何を言う、そもそも発動できない領域を作成するのが君の領分だろう。仮想的な心象世界の成立を達成し得たと言うのは、驚きに余る話だ」


 感嘆と共に吐き出される褒め言葉、だが事実だ。

 事実、ソレはこの時代においても最高峰の偉業だろう。


 ペルカルドの言葉に、嬉しげに微笑むヴィヴィアンは。

 その頬の赤さを誤魔化すように、紅茶を嗜む。

 若干の苦味と香ばしさが口内を蹂躙し、その味わいを楽しんだ。


「さて、茶会はここまでだ」


 アーサの言葉、途端に空気が反転する。

 先ほどまでの和やかな、友人同士の語り合いはそこに無く。

 今存在しているのは、騎士と魔女と王としての三人のみ。

 冷え切った氷のように、三人は雰囲気を整える。


「いよいよ、僕らの悲願が達成される。あと数百年で神々を完全に封印できる、できるんだ。再び閉ざされた大地を。痴れ者と嘲られ続けた僕たちが取り返せる、取り返せるんだ……!!」

「そこに虚海や、虚空より現れる神々は入っていないのでしょう? この世界は再び蹂躙されますよ。貴方の正義は再び、犠牲を強いることになる」

「……いいや、そうはさせないさ。その為に、僕と英雄の王とで盟約を交わした。彼は確かに約束したんだ、この大地の万年の平定を。この国の億年の安寧を」


 アーサーの言葉は、アーサー王の言葉には如何しようもない悲痛さが込められていた。

 解放して欲しい、そう願うような痛みがあった。

 苦悩があり、挫折があり、ソレでもなお貫く正義があるからこその言葉があった。

 月光の騎士は、重々しく黙るだけだ。

 それ以上に紡ぐ、紡げる言葉はない。

 永遠の月日を生きてきた、その上で永遠の絶望を知った。

 コレが、ある種の希望なのは否が応でも理解できる。

 万人の幸福を見る時こそ、散っていった同胞の怨嗟が響く気がした。

 ここに居るのは、死ぬことができない死人なのだ。


「僅か、あとたったの数百年なんだ!! 僅か数百年ッ!! あと数百回だけ星が僕らから目を背ければ、この国は!! 世界は久遠の安寧を得るんだよ!! 炎龍帝との約定もソレで失われる、白亜の竜との契約もソレで消え失せる!!」

「……、お労しい」


 アーサー王の叫びは、慟哭が突き刺さる。

 朽ちた屍の山でしか過ごせぬ安寧を、朽ちた屍を知るモノが謳歌できるはずがない。

 もはや、久遠に生きる三人ならば。

 嫌が応にでも、理解できる。


「グランド・アルビオンは、この世界は約定と共に久遠の安寧を享受できる。僕の膝にも満たぬ赤子が飢餓で死ぬことなど無くなる、代り映えのしない明日を見れる。水晶に閉ざされ、目覚めたあの日からようやくここまでたどり着いたのだ」


 どれほど高潔な騎士でも、数えることすら及ばぬ年月の果てに生きれば精神は摩耗する。

 もはやそこに生きる騎士は、王の精神は一体どのようになっているのか。

 すでに、その精神は怪物と等しいのではないのか。


 違う、すでに精神性は人間とはかけ離れている。

 ただ騎士道が、ソレを人間たらしめているだけだ。

 だからこそアーサー王は、苦悩する。


「王よ、それ以上言葉を綴らないでください」

「……悪かった、取り乱したね」


 アーサー王はそれだけ言うと、静かに紅茶をすすった。

 この場では、この場でのみはアーサー王と彼らは対等だ。

 だからこそ、話せる言葉がない。


 沈黙が場を支配した、何もない停滞がそこにある。


 ある種、心休まる沈黙だろう。

 彼らにとっては、それでも幾分か。


 偽る仮面を持たぬがゆえに、真実しかない世界で彼らは休まることがない。

 偽りのない沈黙でならばあるいは、真実すらないがゆえに休まるのだろうか。

 少なくとも、この沈黙はある種の心地よさを伴っていた。


「ああ、いい風が吹いている」


 静かな、さわやかな声が染みわたる。

 二人が戦ったことで生じた荒廃は、すでに治りきっていた。

 生命の息吹がうねりを上げて、新緑の風が吹いている。


 ペルカルドは席を立つ、雰囲気を打ち破るように。


 その空気は、ぺルカルドには毒だった。

 魔力が、それ以上に心が受け付けない。

 安寧の中で、唯過ごすことを赦せず。

 心が摩耗した中ですら、闘争の中に身を浸さざるを得ない。


 息を吐く、魔力もこもった息。

 そして手甲をみた、そこに刻まれた文字を。

 読み上げるまでもない言葉、異郷とはいえ刻んだ誓い。

 月光の下に、月光と共に。


「去らば、また逢う時まで」

「……もう二度と会えないだろう、そう君も感じているだろう? ペルカルド」

「定められた運命には対抗するモノだ、たとえ宣告者があの英雄の王だとしても」

「ふふ、そうですね」


 そういって、魔女と騎士王に背を向ける。


 これが、ペルカルドの最後の時だった。

 最後にアーサー王と話した記憶であり、摩耗の中ですらわずかに残った記録。

 最後に残された、記憶があったのだ。





***




 一つの地底、一つの地の底で。

 月光の騎士は、目の前に封じられる英雄の王の戯言を聞いていた。

 あるいは、戯言とすらも断じれぬ予言を。


「クハ、クハハハハハハhhhhhhhhh」


 嘲笑の類だ、傷心のペルカルドの心を抉るような嘲笑。

 だがそこには、確かな哀れみもあった。


 英雄の王は、目の前の英雄を嘲笑っていた。

 あるいは、英雄未満の堅物。

 俗にいう、下郎を。


「それで? どうするという、どうなるというのだ? 滑稽だ、余りにも滑稽!! たとえ現実を歪めたとてこの世界は善意などではできておらんぞ?」


 英雄の王、すなわちギルガメッシュはそう笑う。

 彼の目は何も見ていない、彼の目は既にその機能を封じていた。

 そうにかかわらず、それでもギルガメッシュはこのセカイの全てを知り尽くしたように戯言を騙る。


「途方もない安寧は即ち毒だ、愚か極まりない話よなぁ? 全ての救済を望んだ王の末路が永久の地獄を作ろうとは。滑稽なる道化、掌の上で踊るだけの藁人形に等しい」


 間違いなく悪意だ、その言葉には悪意しかない。

 だがそれでも、確かにその言葉は正しいだろう。


 アーサー王はギルガメッシュも、神々をも利用しグランド・アルビオンに永久といっていいほどの安寧を齎した。

 後に先史時代と言われる時を終え、現代にまで残る大きな時代を築き上げた。


 そしてそれは、永久の中世を副産物として生み出す。

 ギルガメッシュは嘲笑う、そして次の時代の始まりを待つ。


「さぁ、異邦の者共がくるまで一眠りするとしよう。愚かな世界に改革がもたらされる、その時まで」


 月光は陰り、もはや見るべき道もない。

 ゆえに、ペルカルドは。

 虚ろの洞窟でその日を待つ、何時か至る何者かを求め。

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