Deviance World Online ストーリー5『妖精の女王』
命が無為に散っていた、命が無駄に消えていた。
それでもなお、戦い繋いだ人間が居て。
だからこそ、剣を握り締めるしかない。
黒く塗りつぶし、鋳つぶしても。
ぺリカルドは、剣を握るしかないのだ。
それは命運であり、命定であり、運命ならば。
「月光は、齎されん。偏に、星の下で生きるのならば」
ぺルカルドは剣を振り上げた、直後に剣が地面に突き刺さる。
衝撃波と共に、闇属性の魔力が空間を伝播し世界を震わせた。
悍ましくも黒い魔力が渦巻く、だから黒狼は前へと進む。
一瞬前の座標に、黒い亀裂が生まれた。
それが連続で、連続的に、連打的に発生する。
少しでも移動が遅ければ、その瞬間に黒狼は死んでいた。
「月光は、齎される。俺が勝利を掲げるために、な?」
相性は最悪だ、黒狼の遥かさに立っているのがぺルカルドならば当然。
だが、相性の良し悪しは努力で覆せる。
とくに、黒狼は独りではない。
ならば、敗北が確定的である訳がない。
「『夜の帳』」
ネロが、声を上げた。
心象世界、あらゆる魔術の上位に位置する究極の一端。
それは常識という概念を覆す、異端の異端。
さすがのぺルカルドも無視はできない、即座に魔力を操作しネロの詠唱を妨害するように動く。
しかしその行動は、モルガンに阻止された。
ぺルカルドとて、その魔術の腕前は生半可な魔術師よりもはるかに勝る。
だが同時に、その世紀を震わす天才には及ばない。
純粋な魔術勝負に持ち込めるのならば、今の全力のモルガンでも十分拮抗できる。
「あまり、見下さないことです」
「『極星は落ち』」
モルガンの魔術の展開、それは彼の黒い領域を拒む。
理屈を重ね捏ね上げれば、其れは究極の単一をも阻めるのだ。
だが、しかしそれも一時凌ぎでしかない。
防御魔術の上から、闇属性魔術が侵食を始めた。
さらに重ねて攻撃もされる、莫大な魔力で凌いでるとはいえいつかは突破されるだろう。
だからこそ、モルガンは黒狼に目配せし。
黒狼はそれを受け取って、魔術を展開する。
「『夜の風、夜の空、北天に台地、眠る黒曜』ッ!!」
それが示すは縦穴なる冥府、大熊たる神の根城。
深淵に潜むメソアメリカの大神、即ち煙を吐く鏡。
アカトルの支配者、トレセーナをつかさどる者。
黒曜石からなる生贄を求む神、太陽を運行する神が一人。
そして、また悪魔の印璽を付けられた一柱。
禍悪なる黒、邪悪なるジャガー。
渦巻く魔力は螺旋の術式を、虚空に広げる。
「『洛陽に喝采は消え』」
「『不和に予言、支配に誘惑、美と魔術』」
黒狼と同時にネロも詠唱する、前衛と後衛の違いは在れども。
だが、詠唱によって行わんとする意志に大きな相違はない。
簡潔に、端的に、だが真心を込めて世界に宣言する。
己がなさんとする異端の偉業を、今ここに。
「『其れは戦争、其れは敵意、山の心臓、曇る鏡』」
水晶剣でぺルカルドの剣を弾いた、唱え形成する魔法陣を掲げる。
残り二節、僅か二節。
詠唱を完遂するのは、決して難しい話ではない。
死ぬ気でやれば、死んでも達成できる。
最も、大抵の場合は成す前に死ぬのだが。
「無意味、無駄、それは所詮神の紛い物に過ぎん」
「だってんなら、手前は大人しく喰らいやがれっ!!」
「愚を重ねるは、愚者の道理」
村正の煽りを無視し、ぺルカルドは黒狼の方へと向き直る。
命を惜しくも思わないような、狂気狂乱を含む笑みを浮かべた。
接近する、周囲の魔力を吸収しながら。
『戎呪』、それによって周囲の魔力をダイソン掃除機のように吸収している。
彼が、ぺルカルドが展開した魔力。
周囲の環境を闇へと染めたソレを、黒狼はそれを利用したという訳だ。
黒とは、闇とはすべてを塗りつぶす孤高の唯一。
薄めても薄めても、必ず混じる。
だからこそ闇は一定の濃度を超えれば光すらも及ばぬ絶対性を孕むのだ、だからこそ闇は闇に弱い。
制御された闇ならば話は変わるだろう、だが垂れ流された魔力は制御を離れていた。
この空間を占めるほとんどの闇属性の魔力は制御が、無い。
「『五大の太陽、始まりの52、万象は13の黒より発生する』」
魔法陣はほとんど完成した、ぺルカルドはもはやその展開を遅らせることはできないだろう。
無力化も、同様に。
まさしく奥義、まさしく必殺技。
回避は可能か? 否、不可能にさせられている。
ぺルカルドの背後で、にやりと笑う鍛冶師。
村正、『妖刀工』千子村正。
彼が、ぺルカルドを縛り付けたのだ。
「さぁ、遊ぼうぜ? 『影縫』」
「『暗く、昏く、闇く』」
本来ならばぺルカルドの影を突き刺さなければならなかっただろう、だが今このフィールドには影が充満している。
影というよりも、影よりも濃密な闇が。
ゆえに、この刀の力は存分に通用する。
ソレで尚、一瞬にして砕けた。
ガラス細工のように砕け、散る。
だがそれでいい、ソレで黒狼の一手は完成を迎える。
「『第一の太陽ここに降臨せ
時は、逆転する。
***
「何故だ……?」
逆転する、筈だった。
だが逆転していない、遡っていない。
闇属性を用い歪ませ、時空属性を誘発し空間の時間の逆転が起こっていない。
ゆえにぺルカルドは困惑の声を上げ、視界の先で佇む魔女を見る。
そう、二人の魔女を。
「同じ条件ならば、我々の方が巧いです」
「業腹だけども、私たちは間違いなく魔女よ?」
ルビラックスを振りかざし、漆黒のドレスを広げるモルガン。
否、否だ。
そこに立っているのは異邦人としての力を振るう、モルガンではない。
そこに立っているのは異邦人としての姿を用いる、モルガンではない。
そこに立っているのは異邦人としての叡智を使う、モルガンではない。
そこに立っているのは、精霊の女王。
秘匿の神秘、湖の精霊。
月光の守り手にして、月光の担い手。
イタリアでは蜃気楼の魔女、ギリシアでは最美の長姉、騎士王の姉にして黒魔術を用いる魔女。
かつて、第三の準古代兵器を齎した張本人。
すなわち、即ちだ。
彼女こそが、モルガン・ル・フェイ。
かつてのヴィヴィアン・ル・フェイの肉体を獲得し、かつての魔術を知恵と得て。
幼稚な天才が、数奇な軌跡を知りえて。
月光の秘匿を暴かんとする、義正の執行者。
「本気を出します、合わせなさい」
「むしろ、アンタが私に合わせなさい」
その横に立つ彼女も、同じく天才。
数奇の魔女、神域の精霊と肩を並べるその叡智は悉くの理知を網羅する。
人体錬成は錬金術師の到達点、其れは今でも絶対不変だ。
だがこの魔女は、其れすらも通過点のように到達した。
モルガンが脳内で思考し、現実に魔術を出力する。
瞬時にロッソがそれを読み取り、同じ符号を用いた錬金術で虚空に軌跡を描いた。
一瞬後、完成する魔術。
「『合体魔術【其れは不変なる闇】』」
「『合同魔術【其れは絶対なる闇】』」
同じ方式、同じ過程を描きながら全く別の結果を出力する魔女たち。
モルガンが発動した魔術は周囲の闇を飲み込み、ロッソが発動した闇は周囲の闇を吸収する。
そのうえで、結果は同じくぺルカルドへ攻撃するというただ一つ。
モルガンの魔術は飲み込みながら膨張し、最後の一瞬に収束と共に槍となってぺルカルドを貫いた。
ロッソの魔術は吸収しながら縮小し、最後の一瞬に膨張と共に分裂しぺルカルドを打ち据えた。
二人の魔術はぺルカルドを大きく下がらせ、黒狼の一撃を叩き込む隙をより明瞭にした。
すなわち、『始まりの黒き太陽』を。
「『第一の太陽ここに降臨せり、【始まりの黒き太陽】』」
黒狼の肉体が消し飛ぶ、摂氏数千度の熱量が一瞬にして発生し消失した。
続く熱波、太陽属性による闇の塗りつぶし。
まるでこの一瞬だけ、この地底にあるはずのない真昼が訪れたかのよう。
相容れぬ月光と、相容れぬ太陽が同居したかのような数奇な状態。
だが、そこで終わりとはならないのが黒狼たちだ。
ネロが動く、彼女の瞳に理知がともったかのように。
巧みに、口が詠唱を囁く。
緋色の剣を掲げ、緋色の幻想を紡いでゆく。
「『演者は独り』」
周囲は暗幕へと包まれる、役者は舞台に集うために。
黄金の劇場から、無限の喝采が聞こえてくるかのよう。
否、聞こえてくるのだ。
それは、幻聴であるにもかかわらず。
「『雲雀は鳴き』」
暗幕が開く、舞台に五人の人間が立っている。
その中央で、ネロは満天の笑みを浮かべて叫ぶ。
此処こそが、我が心象。
我が世界、我が絶対。
我が境界、我が激情だと。
煌めく光輝、輝かしき黄金、不朽の金属が煌めきと共に照らされる。
天井の太陽が彼女の激情を照らすように、まさしくそれは輝かしき劇場そのもの。
故にこそ、その最後の一節が唱えられた。
「『開け、【黄金の劇場】よ!!』」
それは、濃厚濃密である闇ですらかき消せぬ黄金の光だった。
十字の薔薇のような美しさと、ギラギラと煌めく厭らしさを伴った黄金の劇場だ。
目を細めることでしか閲覧を赦さない、嘆かわしき輝きの激情だった。
ある種、風情の欠片もない。
強欲と真心が混在する、奇異なる激情だった。
ネロが歌う、其れは歌詞のない歌。
意味のない意味、価値のない価値、輝ける輝き。
万人の心を震わせ、激昂させ、意味のない高ぶりを扇動する。
心に引きずられるように万人は力を得て、そして同時に剣を持つのだ。
それは、何が為でもない。
純粋に、理由も形もない悪意から。
「抜刀、てな?」
モルガン、ロッソ、黒狼、ネロとくれば次は村正だ。
後衛が戦える時間を欲するのならば、前衛はその時間を創るのみ。
抜刀、其れと共に村正は一本の白い刀を鞘から抜く。
魔刀、『白屍』
蠢くは呪い、綴るは怨嗟。
その本質は人によって作られた、人の悪意。
それを戦うために作り直した、悪意の武装。
人であるからこそ、人では乗り越えることは不可能。
対人、最高峰の武装が一つ。
「手前の実力、魅せやがれ」
口の中で、言葉を紡ぐ。
瞬時に刀から魔力が噴き出した、直後にぺルカルドの大剣と鍔迫り合う。
武器のランクはほぼ同じ、であるがゆえに効果もある程度以上は拮抗する。
つまりは、この刃は闇を凌ぐ。
ぺルカルドは、即座に後ろに飛びのいた。
村正を、村正の刃を恐れたからだ。
同等の呪い、同等の魔。
若輩ながら、それを扱う人間。
玄人だからこそ、警戒した。
目の前で異様な力を渦巻かせるソレに、無意識下での意識として様子見という選択を行使したのだ。
一歩、後ろに下がる。
「糞が、『縮地』」
そこにスキルを用いて一気に距離を詰める村正、それを『ダークシールド』で阻むぺルカルド。
だがその魔法を、村正は『白屍』で切り裂く。
白く、灰となりながら散っていくダークシールドの先で村正に向かって切っ先を向けるぺルカルド。
スキルの動きは固定化されている、その切っ先を避ける施策など村正にはありはしない。
つまりは死、それを認識しながら村正は嗤う。
背後を見ろと、呟くように。
「おいおい、忘れるなんてひどいなぁ? 黒騎士」
背後から、黒狼がぺルカルドへ向けて剣で切りつけた。
これで剣が動き、村正の一撃が通る。
視線を交え、互いに笑う。
「『兵法・地踏』、『一刀両断』」
ぺルカルドの鎧を、その表面を切りつけた。
瞬間、溢れ出る魔力と白い灰。
続く爆音、ぺルカルドの中で圧縮されていた魔力の解放。
ダメージを孕む、衝撃。
二人は吹き飛ばされながらも、即座に起き上がり各々の武器を構える。
だが、予想外にも追撃はない。
ならば、することは一つだ。
「全員、ヤレッ!!」
言われずとも、即座にモルガンとロッソの魔術が展開され村正と黒狼が動き出す。
発生する理は水、冷却を兼ねて氷へと変貌。
熱量を奪う冷気は、質量を伴う氷塊へと変貌しぺルカルドに降り注ぐ。
その横で、村正が刀を用いて彼に切りかかる。
黒狼は、全力で逃げだす。
攻撃の連打、魔力の氾濫。
いかにレイドボスとて、ぺルカルドとて受けきれない。
徐々に、徐々にその重圧は増して行き。
ダメージが再度、蓄積を始める。
「お、ダメージ通ったか!!」
「手前っ、何かしろや!!」
「その氷、打撃判定あるから無理って」
逃げた黒狼はそう言いながら、魔力を再度収束させる。
魔力操作、レオトールから教わった技術を利用して周囲のMPを取り込んでいるのだ。
周囲にあふれている魔力も闇属性、黒狼とは親和性が高い。
攻守は本来容易く変わるモノでなく、攻撃をしていれば相手は防御に徹するしかない。
ソレが定石、ソレが常道。
ゆえにその猶予を生かそうとして、そのまま呆れる。
「化け物め、何でまともに戦うことを選んだのかなー。過去の俺、呪うぞ?」
僅か数秒、それだけですべての魔術攻撃が闇にかき消された。
その中で立ち上がるぺリカルド、その闇は以前陰りが無い。
いや、闇に陰りが無いのは当然か。
「我が命が終わるその瞬間まで、我が命は秘匿を守ろう」
「秘匿は暴かれるもんだろ? とっとと、死ね」
HPはあれからろくに削れていない、ダメージが幾何か入っただけでは満足はできない。
殺すことが途方もなく面倒で、だけどもそこに楽しさが混じっている。
笑みが絶えない、何でここまでわくわくするのかも分からない。
ただ一つだけわかっていることがある、それだけは真実だ。
「お前を殺すまで、負ける気はねぇぞ?」
その宣言、宣告を聞いて彼は何も言わずに剣を構えた。
ただそれだけで十分だった、それ以上に告げるべき言葉はない。
瞬間、黒狼の水晶剣がぺルカルドの大剣とぶつかり合った。




