Deviance World Online ストーリー5『黒潰しの騎士』
三人の魔術が展開される、五人は黄金の劇場に取り込まれた。
その内部空間、ネロの心象世界の最中。
黒狼たちにバフがかかっている、並大抵の相手ならば黒狼の人たちでそのHPの半数を消し飛ばされるだろう。
だが、相手はレイドボス。
神話の末裔、先史の騎士。
そう易々と、死ぬわけもない。
〈ーーレイドボス、顕現しますーー〉
それは太古の約定、神々の守り手。
秘匿の秘匿、最奥の騎士。
空白の花園、神秘の約定。
円卓の、騎士。
〈ーーレイドボス名:■■■■ーー〉
さぁ、暴かれる。
その真の名が、もはや秘匿もできなくなるほど疲弊された騎士の鼓動が。
神の庇護すら捨て去った、一人の男の慟哭が。
〈ーーレジストされました、名を公開しますーー〉
周囲が、黄金の輝きを放つ劇場が徐々に漆黒へと染まっていく。
漏れ出している、黒い騎士から。
完全なる純黒の、属性魔力が。
周囲を汚染するように、徐々に徐々に広がっていく。
影たる闇によって定かではない輪郭が剥がれ、黒に染め上がった騎士装束があらわとなる。
体の全てを隠匿した、過去の円卓の末席にして追放者。
聖杯探索の末に、マーリンと共に古グリースへと赴いた番人が一人。
秘匿をつかさどる、黒騎士。
彼の真の名こそが、
〈ーーレイドボス名:『月光のペルカルド』ーー〉
ゆっくり、あまりにも遅く歩んでいるように見える。
遅く、遅く。
あまりにも、酷くノロマに動いている。
そのはずなのに、だ。
瞬き一瞬の合間に、黒狼の視界は反転していた。
何故、問うよりも先に行動を起こす。
それを行わなければ、先に死ぬのだ。
「『復讐法典:悪』」
スキルの発動、同時に黒騎士の首が落ちる。
状態の強制付与、相手に自分の状態を強いる攻撃。
概念攻撃であり、それは彼の大英雄にすら通用した。
だからこその確信であり、同時に恐怖でもある。
黒騎士からは、血液の代わりに闇が噴き出していた。
漆黒の、全てを染め上げるような完全な闇。
その闇が、余計に周囲を汚染している。
黒く、怖く、何もない。
ただそれだけの、暗黒が。
〈ーーレイド、開始しますーー〉
その瞬間に、時間がまき戻ったような感覚が。
捻じ曲がるように、今起きた事象が。
黒狼の『復讐法典:悪』によって引き起こされた、断頭という事象がまき戻るように掻き消え。
そして、再度。
最初に相見えたように、互いに立つ。
「マジ、かよ」
「……、逆転ですね?」
黒狼のつぶやき、モルガンの問いかけ。
それらを無視し、再度神速で動き出す黒騎士は。
その、目にも見えぬ速さの刃を振るう。
黒騎士、正しい名前をペルカルド。
彼の振るう刃の一撃は、恐ろしく早く切れる上に酷く重い。
二度目に振るわれた刃は、村正へと届き。
だが、村正はその刃を。
黒騎士の大剣を、己が太刀で受け止める。
「大きさが違いすぎる、んだよっ!!!」
その刃、その速さは確かに認識するのは難しいだろう。
だが、認識できないわけではない。
大剣よりも技巧に富んだ刀による神速の抜刀を何度も受けている村正からすれば、防御できないわけでもない。
間一髪で致命の刃を阻止すれば、直後に騎士の背後へ魔術を叩き込むモルガン。
「『縛読』、そっちは任せたっ!! 手前は攻撃をし続けろ、モルガン!!」
「気をつけろよ、村正ッ!!」
「はっ、任せろ」
黒騎士の攻撃を受け止め、その上で刀の特殊アーツを開放した村正は黒騎士の攻撃を正確無比に受け止める。
特殊アーツ、刀に内包していたその力が放たれ黒騎士の動きをどんどん鈍らせていく。
ソレで尚、早い。
モルガンとロッソの攻撃の連続、爆撃じみた弾幕を用いても一向に体力が削れている様子などなく。
依然、存分にソレは剣を振るう。
競り合い、純粋に技量による競り合いだ。
故にこそ、そこに介在するのはソレ以外の部分。
「『それは逆徒の道理、汝黒鉄の道理を説くもの』」
モルガンの詠唱、即時にロッソがその魔術に合わせるように儀礼剣を取り出す。
魔術の効果を上昇させる方法は数多に、当然のように詠唱や魔力操作のみが威力上昇に寄与するわけではない。
もとより魔術とは魔法陣を用いて展開するモノ、となれば物質的な媒体を用いたほうが威力向上につながるのも道理といえる。
周囲へ広がっている、黒騎士の闇属性相性を考えモルガンは光属性の魔術を広げる。
ならば、ロッソは何をしようとしているのか?
簡単だ、光属性の火力向上。
それを果たすための、闇属性の付与だ。
一つの道理、これまた道理として光と闇は相克関係にありながら共栄関係にあたる。
闇なくしては光なく、光なくしては闇なし。
あまりにも圧倒的な光があるのなら、全てを塗りつぶす闇もある訳だ。
「『逆槍の示す天地は即ち辺獄、楽園に落ちるかのごとくに汚泥に捕らわれよう』」
魔術術式が徐々に事象を展開する、広がる穴こそ天の虚無であれば。
そこから満ちるように落ちてくる輝かしい光輝、転じて地面に広がる汚泥のごとき闇。
双方が混ざり合い、そして黒騎士を捉えた。
黒騎士は、剣戟をやめ背後に退く。
彼が扱う魔術も、彼が用いる武術も。
双方ともに、一流だ。
だからこそ、足を止めざるを得ない。
いまだ拙く、幼いと言い換えていい二人の天才による妨害攻撃を相手にして。
完全な無力化も、完璧な抵抗も、確実な対抗もないことを悟ってしまうのだから。
地面に広がる泥たる闇へ、黒騎士は剣を突き立て一時的に無力化する。
だが、その行動だけではやはり光までは無力化不可能。
魔術の完成前で十分な妨害を果たす攻撃を、完成させる訳にはいかない。
次の詠唱が発生するより早く、黒騎士はスキルを発動した。
「『ダークシールド』」
直後、そこに暗黒が降臨する。
黒狼のソレとは比較にならないほどの威力というべきか、もしくは黒狼のソレとは比較にならない質を保有しているというべきか。
すくなくとも、この魔法により周囲の自然光は当然。
魔術的に展開された光もかき消される、当然モルガンが作っていた魔法陣も無力化された。
周囲が見えない、動きを本能的に止める四人。
その隙を狙おうと、動き出した黒騎士を黒狼が阻む。
笑みのような、もしくは挑発のような雰囲気を漂わせ。
暗闇の中で、その中ですら明瞭に煌めくその剣を握って。
黒狼は、声を上げた。
「舐めんじゃねぇぞ」
「何故、持っている? 何故、何故だッ!!」
「何故も何もねぇ、アイツがそう判断し俺が理解した。それ以上に、言葉は必要かよ」
黒騎士の大剣による一閃、それを受け止め黒狼は一歩先へと踏み出す。
カランコロン、そんな軽い音とは相反した重く鈍重な剣戟の音。
水晶剣、レオトールの主武装にして至高兵装とでも言えばいいのか。
傭兵団『伯牙』の頭目にして、リーコス一族に受け継がれてきた剣。
その特殊効果は至極単純明瞭であり、ゆえに究極。
絶対的な、『毀れずの剣』でしかない。
「ソレは、其の剣はダメなのだッ!! 貴様のような、貴様のようなァァァァァアアアア!!!!!」
叫び、直後に彼の魔法が解除された。
次に生じる魔力の波動、即座にロッソが動き牽制とばかりに大量のセメントを錬成する。
錬成したセメント、それを速攻で硬め物理的な拘束を展開したのだ。
しばらくすれば、黒騎士の慟哭も消えた。
鎧の隙間から見える眼孔が、唯只管に赤く輝いている。
憎悪とは違う、何かの使命を帯びた目だ。
「あまり、動かないように」
「まぁ、動かさないけどね?」
モルガンとロッソによる連続攻撃、マシンガンのように簡易的な魔術が展開され続け黒騎士の鎧を狙う。
鑑定を用いて確認すれば、もう既に黒騎士のHPは二割を切り始めている。
もうすぐで1/4に到達するのは、自明の理だ。
だからこそ、一気に追い詰める。
こういう類のボスには、第二段階は付き物である以上。
丁度、黒騎士のHPが1/4を下回った瞬間にその現象は発生した。
黒騎士から、濃厚で重厚な霧が発生する。
完全暗黒の霧、攻撃を阻み無力化するように周囲へ満ち溢れていく。
それだけではない、ただでさえ侵食されていた黄金劇場への侵食進行が一気に進行し心象世界が崩壊した。
脆く、容易く崩れ去る黄金劇場の中心。
黒い霧を纏う、黒騎士の影。
思った以上に想定通り進む盤面に、黒狼は嫌な予感を隠せない。
いや、違う。
想定以内で、想定外が起こり始めている。
そして、その想定外を黒狼は認識できていない。
認識できていないからこそ、黒狼は盤面を順調だと認識してしまっている。
レイドボスが、こんなに弱いわけであるはずがない。
一見ひどく脆弱であれば、そこに何らかの理由が隠れている。
例えば、命のストック。
例えば、周囲への汚染。
例えば、無限の尖兵。
目の前で起きている事象の正体、黒狼は全霊を用いて看破しようとし。
そして、嫌でも次の瞬間には理解できる。
「まさか、嘘だろ?」
視線の先へと届く大剣を、全力で弾いた。
それが唯一できた事であり、それが唯一の反抗だ。
目の前に立つ黒騎士、否。
彼の名前は、ペルカルド。
月光の、ペルカルド。
旧世界、先史時代にその力をその騎士道を貫いた男。
もはや、その力の半数を既に失っていたとして。
もはや、その能力を万全に震えなくたって。
それでも、彼の座すところは黒狼らの遥か遠くにある。
「コイツ、手加減していやがったのかッッ!!?」
心底からの叫び、余裕はない。
万全に万全を期して、準備を整えた。
そこに、遊びはない。
だからこそ、より絶望に顔が歪む。
鎧とは、拘束である。
主を守るための壁にして、己に永華と正しさを齎すための拘束である。
ゆえに、それを纏うということは捕らわれているという事であり。
故にこそ、それを着こむうちは騎士道を体現しているのだ。
たとえ、その鎧を黒く塗り鋳つぶし。
誉に背いたとしても、それは変わりえない。
二度目の斬撃を、再度水晶剣で弾く。
全身に負荷が生じ、バラバラになる衝撃を痛感した。
同時に、見る見るうちに減少するレベルを確認する。
誉に背き、それでも彼は騎士道と正しさを持っている。
故にこそ、その膝が地に着くことはない。
決して、決して。
万策、万理、万象を用いて。
彼は、全てを犠牲とする。
ただ、正しさと共に在るゆえに。
***
黒い影、そのさなかで蠢く剣技。
もはや、黒騎士という言葉は相応しくないだろう。
一言一句違えずにこう書くべきだ、ぺルカルドと。
潰された紋章、黒く染められた盾。
それを掲げ、その騎士は剣を振るう。
漆黒の、湖の剣を。
「分かるよ、分かるとも」
水平に、目線に合わせ構える。
仰々しい鎧を着こみ、なお身軽な体躯を以て。
目の前の、昏き淵を覗き込まんとする逆賊へ向け。
「秘密は斯くも甘露で、好奇をそそるものだ」
黒狼は、焦りと共に剣を目の前に出した。
Lv.1、これ以上低下することなく。
そして、迫りくる攻撃を躱すことも能わない。
故にこそ、それは一瞬の思考。
だからこそ、それは奇跡染みた妙手。
それを行使できるのは、常に黒狼が虐げられる側だったからだろう。
「だから、私は殺そう。その愚かな好奇を、忘れ去るような恐怖で」
「『ファイヤーボール』ッ!!!!」
ヤケクソの一撃は、ぺルカルドへと命中し。
ぺルカルドは、自滅していく黒狼の姿を見る。
次なる攻撃は不要、そう判断し背後で二刀を構える村正を見た。
鍛冶師、錬鉄の職人。
たかがその程度、などという侮りはない。
鍛冶師という生き物は、その槌に己の生涯を見出すモノだ。
故にこそ、その生き様は常なる世の中で華々しく。
また、一見愚かしくも見える。
だからこそ、早めに排除しなければ大敵となりえるだろう。
「『火宴』」
「空飛ぶ竜は、いずれ地に落ちる。道理だ、久遠に飛ぶイキモノなどありはしない」
「『残貫』ッ!!」
村正の、その手に持つ二刀を切り払う。
それだけで今世紀最高の鍛冶師と称しても過言でない村正の刃は、ポキリと切断された。
続く、蹴りで村正は吹き飛ばされる。
STR不足、レベルドレインが存在する以上はぺルカルドに対抗する術がない。
むしろ、この一撃で死んでいない事こそが僥倖であり幸運である。
神にでも感謝すべき話だろう、祈るべき神がいるのならば。
「進化とは肉体との離別だ、鉛のように穢れた魂を浄化する個の昇華こそが進化」
「モルガンッ!!」
「転移魔術が妨害されます、何故ッ!!」
「愚か、愚昧極まる。何故、環境に適応していない空間で己の力を存分に震えると思ったのだ? 答えると良い魔女」
ぺルカルドが、淡々と狂気にまみれながら呟く。
一見会話が成立しているようで、もはやそこに会話は成立していない。
黒騎士が蠢き、昏く染まった腕が蠢きと共にモルガンへと向かう。
少なくとも避けられない、レベルドレイン以前にステータスの割り振りが大きく異なる。
近接攻撃を前提とした動きなど、モルガンには不可能だ。
「させるかっての、黒騎士ッ!! 倒すべき相手は、俺だぜッ!!」
「骸風情が、滑稽なる道化が……。やはり、貴様は先に倒すべきだ」
「いいぜ、殺せよ? 其の度に復活してやる」
目を見張る速度で動き、黒狼へと斬撃を叩き込むぺルカルド。
その攻撃を、黒狼は間一髪で防いだ。
いや、間一髪というには少し余裕があり過ぎる。
理由を問おうとし、やめた。
聞くまでも、見るまでもなく明白だ。
弱り切った村正、そしていつも通りの調子の己。
双方ともにレベルドレインされた、なのに黒狼だけはレベルドレインの効果が現在発揮されていない。
「お前の、その力。対象者は、一人だけだな?」
ニヤリと、嗤う。
少なくとも、目の前の敵に隔絶した実力差は感じる。
だが、その実力差は目に見える範囲でしかないとも感じた。
間違いなく、防げる時点であまりにも酷い格差を感じない。
その速度、その攻撃力は脅威だが所詮は脅威どまり。
確信と共に、黒狼は嗤う。
勝てる、勝てる戦いだと確信を以て。




