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Deviance World Online 〜最弱種族から成り上がるVRMMO奇譚〜  作者: 黒犬狼藉
一章下編『一切の望みを捨てよ』

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Deviance World Online ストーリー5『ヨルムンガンド』

 武器が砕かれていく、レオトールは焦燥に急かされながらも冷静に状況を判断していた。

 砕かれている、武器が。

 徐々に、徐々に。

 残る武器の数はソレでも千を切っていない、だが同時にこのまま戦えばどこかで威勢が逆転する。

 そしてそうなれば、三十分も守り切れないだろう。


(だが、ソレでもまだ甘いな)


 また片足が捥げた、体に数多の衝撃が走る。

 器物の如くに全身が壊れていく、その再生はポーションを用いなければならない。

 消耗が激しすぎる、生きている実感より先に死神の刃の迫りを覚える。

 奥の手、必殺に相応しい武装を取り出していないにも関わらず。

 ソレでも、出すタイミングを逸していたのは間違いがない。


「ああ、仕方ないと言えば仕方ないか」


 ならば、タイミングを作るしかない。

 タイミングを作り上げ、無理矢理に突破するしか方策はないだろう。

 愚策も愚策、そして気高さはない。

 だが契約を違えるという可能性、勝てぬという理由と比べれば些細な話だ。

 妥協、もしくは必定。

 レオトールは一気にインベントリを開く、その諸刃の剣を使うために。



 レオトールの強み、ソレは多岐に渡る。

 総合魔力量の多さ、持ち得る武装の数々、インベントリの大きさ。

 特にこの三つは、殊更特筆すべきものだろう。

 だが、彼の特徴はこれだけでない。

 むしろこの特徴は目に見えるだけのものであり、彼の悪質さや悪辣さを証明するのには何の関わりも存在しない。

 彼が最強たる所以は、結局は努力と知識に裏打ちされた経験だ。


 時に、一つ。

 事象飽和現象、ソレは属性魔力を混合する場合に発生する現象だ。

 主要属性と言われる10のソレら、ソレは絵の具の色であり混合させることで別の色を描き出す。

 だが同時に、その魔力は混合すれば混合するほど濃くなっていき事象が飽和していくこととなる。

 そのようにして収束した魔力が制御不可能な状況になった場合、そこで発生する事象を『事象飽和現象』と名付けた。


 事象飽和減少、ソレにより生まれる魔力には独特な特徴が存在する。

 ソレは、魔力効果の無力化だ。


 ドス黒くなるまで混ぜられた魔力は、他の魔力を塗り替え無力化する。

 もちろん、単純な無力化という訳でなく機能不全に陥らせている以上は機能としては下の下。

 簡易的に操作できるように仕立て上げた【四刻相殺極魔砲(マジカルキャノン)】ですら、発動後の操作は一切受け付けていない。

 ステータスをも貫通する攻撃とはなるが、当たり前のように当たる事はないだろう。

 まぁ、ソレを当てるのも使用者の役目ではあるが。


 さて、なぜ長々とこの現象を解説したのか。

 ソレはレオトールが用いようとする愚策こそ、この『事象飽和現象』であったからだ。

 最初に、前提としての話だがレオトールはその膨大な魔力と緻密な魔力操作能力を封じるかのように属性魔力の展開能力がない。

 やり厳密に言えば、属性魔力を体内で生成できず体内で完結する形での属性の展開が不可能だ。

 故に、彼が扱う術の悉くは自身の体外に存在する魔法陣に魔力を流す工程が必須となる。

 そして、その外付けの魔法陣とはすなわち彼の武装の悉くだ。


「済まない、許せとは言わない」


 片目を閉じ、片腕を上げる。

 直後、空間に穴が開いたように武装が雪崩の如く現れた。

 総勢千と幾許か、彼の腕であり足である武装の数々。

 それが空中で蠢き、収縮する。

 それは戦争の具現、それは敵意の集合体。

 山の中腹で、空は曇る。

 眩い光によって、夜なのに真昼になったよう。

 神々しいまでに、馬鹿馬鹿しい。

 ただ一度限りの必殺技、殺意と悪意によって作られた状況の打開策。

 ある種のそれは、月光よりも太陽と例えるに相応しいだろう。


「まさか……、そこまで……ッ!!?」

「眩し、い……!!?」

「なにが、何が起こってる!? 何をしている!!?」


 月を背後に、極彩色の塊を天に掲げ男は放つ。

 無差別無作為、乱雑乱暴。

 彼らしくない、暴力的な力を。

 彼らしさしかない、圧倒的な強さを。


 焦土となる、少なくとも周囲一帯が。

 緻密に作り上げられたトラップは、全て無力化される。

 当然だ、属性魔力だろうが何だろうが全て染め上がり消え失せたのだから。

 そうやって、初めてレオトールはそこに立つ。

 一つの、究極の武装を身に纏い。


 生けとし生きる全ての、(正義)に。

 今、その覚悟を問いかけるように。


「鎧装、『緋紅羅死』。限定拘束、解除」


 全て崩れ去った、希望も未来も。

 必ず訪れると信じていた明日を塗りつぶすように、真紅の魔力を迸らせ。

 己が正しさも、相手の正しさも肯定せず。

 誰もが等しく死ぬだけの、かつてのソレを再現するように。


「こうして使うのは、始めてか。なぁ、炎竜帝」


 最早忘れ去っていた、もはや忘れ去っていたかった。

 神々の終末論、その一端に足を踏み出そうとしていた強大で人智を超える怪獣。

 その気高き魂を、その神々しき鱗を削り出し作り上げた究極の鎧。

 鎧装『緋紅羅死』による、超自然的な焼却。

 遍くすべてを焼き尽くすような、竜の焔が花火のごとくに生れ落ちる。

 落下する、落ちて落ちて。

 それを例えるのなら、星が生まれるときの姿そのもの。


 炎竜帝、その名をヨルムンガンド。

 古代より生まれ、先史にて殺された怪獣の一体。

 その末裔にして、血族の一端。

 竜の中の竜、生ける伝説にして滅びの始まり。


『――――気に食わん、何故ここまで回りくどいことをする? 私を倒したお前ならば』


 先まで言い切るな、そういうように視界の先で幻視する一人の女。

 もとい、ヒトの姿をとった竜を見る。

 生ける伝説、生きる怪物。

 死してなお、その魂は現実世界に君臨する化け物。


 レオトールは口を開かずにこう告げる、わかっているのだろうと。

 このまま行けばいずれ追いつめられる、それが10分後か20分後かなど不明だ。

 だが確かに、このままでは喉元まで刃を届けられる。

 それも、圧倒的に不本意な形で。

 あまたのネズミがネコを追いつめるように、じわじわと殺される。

 だからこそ、レオトールはここで使うべきと判断したのだ。


「遅れるなよ、一瞬たりとも」


 『緋紅羅死』、その特殊アーツたるソレ。

 従来の特殊アーツとは一線を画す力を持ち、また同時にその規格を説明するのは酷く難しい。

 ゆえに、事実を状況と共に説明していこう。




 まず、だ。

 まず前提として、今までの使用ではレオトールはこの武装の真の力を発揮させていない。

 それは何故か、簡単だ。

 それは一度発動させれば、最低でも数か月。

 あるいは更に長期間か、再使用不可能だからだ。


 特殊アーツ、『緋紅羅死』。

 その効果は、装備者に7分間の間。

 生前の炎竜帝の力の全てを、少なくとも生前の炎竜帝の力と同等の力を与えるというもの。

 余人ではその力の大きさに一瞬にして焼き尽くされ、レオトールですら重度火傷の被害を受ける。

 装備していれば皮膚は爛れ肉片が癒着し、また焦げ炭になるだろう。

 それだけのデメリットを保有する以上、得られるモノもまた大きい。


「来ないのか、それとも今更怖気づいたか? 先ほどの私の言葉すらもはや耳にしていないというのか?」


 恐れ、畏怖。

 恐怖に蝕まれ、足を竦ませる伯牙の面々へと挑発的に告げる。

 竜の焔を纏った鬼神、怒りと嘆きを併せ持つような炎の抱擁を受けながら。

 それでも異様なほどに冷たい視線を向け、再度意思を問うように言葉を紡ぐ。


「命を掛けろ、月が見ているぞ」


 月光の真下、広がる影をも燃やし尽くすかのように。

 西洋鎧さながらの竜鱗の鎧装に身を包み、惜しげもなく過去の傭兵の墓場にして魂たる武装を使い潰し。

 過去の大英雄が一振り、斧剣『帝帯』を手に持ったレオトールは地面を蹴る。


 直後に、炎柱が立ち上がった。

 渦巻く炎、燃え上がる竜の息吹。

 概念滅却を行うソレは、神の怒りと比喩できよう。

 命あるもの、全てを焼く。

 それこそが、そこに立っている怪物こそが。


〈ーーレイドボス、解放されますーー〉


 生ける伝説、朽ちたオルゴール。

 生まれながらに死んでいる、それは炎を継ぐモノだ。

 悠久よりも古く、光輝が照らすよりも遠く。

 理知と未知の狭間の地にて、血脈を継いだ怪物は嘯く。


〈ーーレイドボス名『レオトール・リーコス』ーー〉


 それは炎の具現、海の支配者、天空の覇者。

 見通す者にして、蠢くもの、災害の化身であり翼ある蛇。

 悪魔の王、不死の怪物、地を這う大蛇。

 宝石色の体表であり、泡沫のように現れ破壊する。

 黄金を集積し、黄金を誘うもの。

 巨人と双璧を成し、大陸を割った巨獣、天使どもを天国へと追いやった正体。

 それは戦争、それは禍根。

 憤怒であり混沌であり、秩序である停滞な支配者。


〈ーーレイド、開始しますーー〉


 コールと共に、空から流星のごとく質量を纏った流星が落ちてくる。

 天体魔術、超自然的魔術、竜魔術。

 名称は複数あり、そしてそのどれもが正解だろう。

 ゆえに結果のみを、事実のみを呼称するのならば。

 魔術『流星雨(レイン)』であるのだ、その魔術は。


 概念的、超自然的な理屈により宇宙という空間世界に存在する星という魔術的概念を引用し。

 重力という事象を魔力的行為によって結び付け、地面に落ちるという至極単純な絶対法則を利用し。

 空の上に仮想の隕石を存在させ、それを落下させるだけの魔術であり。

 そして、今降り注がんとしている隕石が()()()()()()()()()事実に目を瞑ってなお人類では数百年以上模倣が不可能な異常な魔術。


 さらに、レオトールはその魔術の魔力を収束させ斧剣によって落下を受け止める。

 エンチャント、より原始的なエンチャントを行った。


「『懺悔的慟哭(ヴィヴィアヴェス)』」

「『拒絶する、汝を(デンド・ヴァクト)』」

「『運命的回避(チェーンチェイン)』」


 一閃、一瞬遅れの火炎の焼き払い。

 一歩退けば死に、二歩下がれば焼かれ、三歩動けば追撃を食らう。

 魔術の展開よりも早く、魔術の展開よりも遅く。

 陽炎のごとくに動き、揺らめきのままに殺そうと剣を動かすレオトール。

 当然、普通の。

 否、盟主とされる面々でもまずまず死ねる一撃であり動き。

 であるのも関わらず、それだけでは一人も殺せない。


 意識が切り替わった、双方ともに。


 死に物狂いで戦っている、レオトールも。

 当然、傭兵たちも。

 生き残った先をも考えることを許さない超常的な攻撃を受けて、嫌でも意識を変えざるを得ない。

 生き残る先などない、今ここで切り抜けなければ。


「合わせろ、『竜炎砲』」


 レオトールが武装の中に存在する魔力を解き放つ、地上から一条の光輝が煌めき空を焼く。

 同時に、背後から攻撃が迫りレオトールを捉えた。

 動きの硬直、行動不能の強制。

 肉体的な行動が不可能となり、そのまま一撃を叩き込もうと動くのだが。

 やはり、当然のごとくに対処される。


 一流同士の戦い、その盤上を支えるのはスキルでもアーツでもなくやはり魔力操作だ。

 魔力操作こそが、一流の。

 超一流の戦いに必要なスキルであり、技術。

 ただただ属性を帯びただけの魔力を具象化させず、魔力のままに運用し。

 そして、その具象化していない魔力をトラップのように各地に張り巡らさせる。

 魔力視なしでは戦いにならない、魔力視を用いてもブラフを見抜けなければ戦う土台に立つことも難しいだろう。


 あまりに満ち溢れている魔力量により、周囲が煌めきだす。

 魔力が飽和し、意図しない形で具象化しているのだ。

 具象化した魔力は光となり、精霊のごとき美しさを醸し出す。

 だが間違えるな、それは炎。

 すべてを破壊せんと渦巻かせた、悪意の具象でしかない。

 殺意に満ちたその魔力を、さらに殺意を込めた炎で焼き飛ばしながら。

 レオトールは、斧剣を手に取り一泊の内に三度の攻撃を放つ。


 一瞬遅れで空間を焼き払い、続くように炎の波が彼らを薙ぐ。

 この一撃で三人に致命傷を与えた、続く攻撃で四人に炎を叩き込んだ。

 卓越した動きは、燕のように動き回る傭兵を誘い込み。

 狙いすましたように、切っていく。

 腕を切り飛ばし、武器と鍔迫り合い、そして力押しで弾いていく。


 緋紅羅死、その装備には特殊な効果として装備内に貯蓄された魔力をすべて竜炎属性へと変化させる性質がある。

 それはこの装備が竜の心臓を用い制作されたため、それ以上に炎竜帝の魂がこの装備に宿っているため。

 この装備を経由した魔力は具象化させずとも、装備から放出した時点で概念をも滅却する竜の焔に変換されるのだ。


「『汝、天空の大海を覇する海神』」

「狡い真似を、魔術の展開などさせると思っているのか?」


 空に広がる魔法陣を、竜の焔でかき消す。

 直後に地面から広がる植物による拘束を無理やり薙ぎ払い、地面から生まれるゴーレムを斧剣で切り裂く。

 一騎当千万夫不当、右腕が蠢いたかと思えば次の瞬間には数百メート先まで届くレーザービームが振るわれ焼いていく。

 今度は今度で一方的だ、ジェノサイドであり殲滅であり。

 殺すという意思のみで、剣が魔術が振るわれている。


 だがやはり、それほどまでに一方的に力を振るって尚も。

 レオトールは、傭兵たちを殺せないでいた。

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