Deviance World Online ストーリー5『正義の在り方』
超越者、そう例えるに相応しい存在の戦いの背後で。
こちらもまた、偶然か必然か。
トッププレイヤーと言える存在、およそ3000人を引き連れ待機している集団がいる。
そう、この戦いで準古代兵器を求めるプレイヤー集団。
アルトリウス率いる、連合集団だ。
彼ら彼女らは、現在目の前で広がる戦いを目にしながら。
その上で、想定していたレイドより先に起こる戦いに慄いている。
つまりは、レオトールとの戦いに。
「まさか、いや。彼らという傭兵団が交渉を持ちかけた時点で分かっていたことといえ、これほどの強敵がいるのか……」
アルトリウスの驚愕、それにそこに居たプレイヤーも同意する。
他の面々はログで、中には実際に目にした存在もいるだろう。
あの流星の如く動く戦い、目紛しく加速し蹂躙する様子。
ソレはまるで、ヒュドラの戦いに現れた黒きソレの再来に思わせる。
違いといえば、その流星は白いということだけ。
「まるで、ええ。まるで我々の戦いが時宜に等しく感じます、そうでしょう? アルトリウス」
「……実際児戯なんだろう、僕らの戦いは。モルガン、彼らの魔術の解析は……?」
「もはや既に、ですが無駄ですね。根本的にステータスが不足しています、用いる為には。最低でもINTが1000を超えていなければならない」
「所詮魔女もその程度でありんしか、滑稽でありんすね?」
化け狐が茶々を入れ、モルガンに睨まれる。
態々語り直す必要性もないだろうが、あえて語っておく。
本体の、つまりはオリジナルのモルガンは黒狼と共に洞窟へと進行しておりここにいるモルガンは彼女の並列思考によって作られている偽物だ。
とはいえ、機能自体はオリジナルと遜色ないが。
「基本的に戦う土台にない、ということか?」
「フン、こちらには『準古代兵器』が存在するでありんすよ?」
「そう、口を大きく喧伝して欲しくないのだが……。『化け狐』、君の財力に技能は僕も認めている。ソレと共に、君の口の軽さも認めている。対価があれば誰にでも口を開く君には信用がないのは重々承知しているだろう?」
「まぁ、否定しないでありんす」
飄々とそう告げる『化け狐』に、酷く冷たい目を向けるアルトリウス。
その二人の様子を見て、快活に笑う一人の老婆がいた。
『剣聖』柳生、刀から一切も手を離さずに愉快に笑う。
「若い、若いさねぇ? これが若さというものかい?」
「その御老体と比類しては、ここにいる皆若いというものです」
「女に年齢を言うんじゃないよ、鎧武者だか何だか知らないけど若造が粋っているなら切り殺すさね?」
上機嫌ではある、少なくともその言葉が冗談であるとわかる程度には彼女は上機嫌だ。
だが、同時にその言葉が冗談というだけでなく明瞭な殺意を伴った代物というのも間違いない。
静かに、黙った『鎧武者』たる凱旋はその威圧感に口を閉じる。
どちらにせよ、これ以上語れば『アイアンウーマン』であるポッツが制するだろう。
「で、どうするでござるか? あれを倒せる方策とかある感じでござるのか!?」
「落ち着きなさい、豚忍。彼ら、傭兵団があの存在を殺すと宣言しています。今はかの男の様相を見守り、パターンを解析するのに徹するべきでしょう」
「す、すみません。ですがそれって……、対抗できることが前提です……よね? 本当に対抗、できるんですか……?」
「銃撃魔、ビリー。貴方の疑問は最もです、だけど同時に貴方はこちらの戦力を見誤っている。こちらには、アルトリウスが居るのですよ? ソレにキャメロットの円卓の面々が。いくら相手が強くとも、一方的な蹂躙はあり得ない。あり得ては、いけないのです」
モルガンの言葉、半ば強迫観念に駆られたような確信。
彼女としても、その言葉が嘘であるのはわかっている。
戦えば、能うこと無く、殺される。
ソレが全て、ソレが事実だ。
だけども、内心ではあのレオトールと戦い討ち取って欲しいという願望もある。
何故か、ソレは結局は『義正』のため。
義正、ソレはモルガンがモルガンたる所以。
プレイヤーを集め、キャメロットを打倒する最もの理由。
何を以て、義を正すのか。
ソレはある種の哲学であり、また思考実験の類だ。
故に、ソレだけに意味は無く意義はない。
だが、モルガンはソレを果たそうとしている。
ルビラックスを用い、アルトリウスの正義を糺そうと。
であれば、当然その考えを用いる必要がある。
武を以て正義を正す、正義を以て正義を正す。
悪を用いて正義を正す、道理を用いて正義を正す。
モルガンは無限無数にも思える思考実験を行い、そしてその殆どを却下した。
ソレでなし得るのは義正ではない、ソレでなし得るのは犠牲を伴った革命だけだ。
だからダメなのだ、此方に正当性がある時点で彼の正義を否定するもう一つの正しさとなり得る。
だからモルガンは悪に染まる、正当性も誇りも気高さもない悪に。
だからこそ、ここでレオトールを倒してもらわねばダメなのだ。
黒狼の信条など知ったことか、ここで彼を殺さなくては何も成せない。
彼という、誇り高き牙を殺さねば。
ある種の狂信に近い誇りのもとに生きた生き様の一端に目を焼かれ、己が正義を見失うだろうから。
だからこそ、ここで正義として彼を刈り取らなくてはならない。
「遠目じゃよく見えんさかね、だけどアレは本物の怪物だよ。技のキレを傍目で見れば、私に追いついてんじゃないのかい? ソレも速さを極めた私と違いアレは万能性に傾倒しているさね。付け加えれば目のない範囲も見えているような動きをしている、どうやって倒すんだい?」
「秘策はあります、最もソレを今ここでいうのは……」
「なるほど、勝機はあるってことかい」
柳生の言葉にコクリと頷くアルトリウス、同時に少し安心したように顔を和らげる面々。
プレイヤー最強の名前は伊達ではない、聖剣の担い手に選ばれるだけはある。
だがソレも続く『アイアンウーマン』ことポッツの言葉で、空気そのものが砕けた。
「そもそも、ダメージが通るのだろうか……?」
そう、その問題だ。
この世界には大なり小なりステータスによるダメージの減少が発生する。
黒狼が十二の難行での戦いで用いていた技や技術のほとんどは防御無視の攻撃であったため大きく話題にはならなかった、だがこの展開になったことでこの問題は語る必要が出てきたのだ。
ステータスに2倍以上の差が生じれば、より具体的に言えばSTRとVITの合算値が相手のVITの二分の一であった場合ダメージの通りが異様に悪くなる。
固定ダメージの攻撃でなければ、ソレこそ相手HPの1%も出ない。
実際問題、彼らの懸念は正解だ。
レオトールの通常ステータスは全て2000を上回る、反面プレイヤーの中での通常ステータス。
この中のプレイヤーだけでも考えたとして、平均値が600程度。
平均で考えれば確かにダメージは出るだろう、だが当然上振れ下振れも存在する以上は通じない人間も多少なりとも存在する。
そして、装備の数値を加算すればその差はさらに大きくなるだろう。
準古代兵器、ソレは確かに強大で厄介な代物だ。
だが同時に、所詮はそれだけでしかない。
もちろん、それだけでしかなくとも厄介なことには変わりないが。
だが対処法を押さえている人間にとって見れば、それだけなのは変わりないのも事実だ。
「もちろん、ソレも考えている。僕の、僕らのエクスカリバーを使えば少なくともダメージは発生させられる。ソレどころか、攻略も可能だろう」
「準古代兵器、本当に恐ろしいでありんすね」
「なんですか? 此方を見て、何か私に問題でも?」
そんな風に話し合っていると、再度テントが大きく捲られる。
次に白い神父装束に身を包んだ一人の大男が入ってきた、つまりは脳筋神父だ。
神父は口を歪め、そして聖書を手に持ちながら入ってくる。
「おぉやぁ? 少し遅れたらしいぃ、ですね?」
そう言いながら、目ぶかに帽子を被り懐へ聖書を仕舞う。
また動きを止めずに、適当な椅子を持つとそこに座った。
小さなメガネをかけ、人あたりの良さそうな笑みを浮かべ獰猛な獣性を隠す。
「すいませんすいません、あぁ。少し、ミサがあったもので」
「構わないさ、それに君は自由行動だろう? 態々押し留める理由もない。なんなら、この会議にすらこなくて良いぐらいだしね」
「そういうものでないのも、事実といえば。嗚呼そうだ、ここにはあの骨はいないのですか」
「骨? 一体何を?」
疑問に首を傾げるアルトリウスの横で、モルガンは冷や汗をかく。
間違いなく黒狼のことであると察しがついているからだ、だからこそ彼はここにきたというのも理解できた。
『脳筋神父』ことガスコンロ神父、彼はプレイヤーの中でも奇人として知られる人間だ。
時には斧で、時にはメイスで相手を虐殺したかと思えば。
一転し、まるで慈愛と慈悲の権化のように聖書を唱えあげる怪僧。
「なにも」
一言そういえば、ヴィオラという女性を連れてそのまま部屋を出ていく。
傲慢気儘、そう例えるに相応しい大男。
その男は作戦会議が行われている卓から出て行く時に、一言こう呟く。
「あぁ、香り立つなァ。血の匂いだ、凄惨で残酷な。クッ、クククク、カカカカカカ」
それは独り言だろう、だが同時に明瞭な殺意を伴った独り言だった。
呟き、囁くように告げられた言葉は全員の耳に届く。
その顔を見れば、凄惨さと血に濡れた殺人鬼を彷彿とさせる笑みを浮かべていた。
消えゆく後ろ影、全員が何も出来ないように硬直していると。
続け様に響く轟音に、再度時が動き出した。
二つ名持ちが、総勢50名。
名のある存在、その中でも一際著名な人間が首を突き出し唸っている。
机上の空論、少なくともあの史上最強を目の前にすればそう告げる以外に出てくる言葉はない。
だが、少なくともこの場にいる面々はソレでも勝利を確信していた。
「どうやら、戦いも佳境に入るらしい。各々の準備を整えていこう、恐らくは。最善を尽くせば、勝てるのだから」
気楽に、そしてあっさりと言い放つアルトリウス。
だが、その言葉には自信と確信があった。
勝てると、アルトリウスは断言しそして聖剣を握る。
未だ遙か先、だがそこで暴れる一人の傭兵。
戦いは中盤へと突入するだろう、故にこそモルガンはアルトリウスの手を引いた。
***
アルトリウスは困惑していた、解散し準備を整える面々の中で唐突にモルガンに手を引かれたのだから。
魔術的な隔壁を作成し、その中に無理矢理アルトリウスを連れ込むモルガン。
そしていつもと変わらぬ表情で、アルトリウスへと質問を行った。
「一つお聞きしたいのですが、本当に勝てると思っているのですか?」
「ん? ああ、僕なら。僕らなら、きっと勝てる。勝てるとも、勝ってあの先へ進めるだろう。まぁ、幾つもの予想外は続いたけどね」
「なるほど、そういうのならば……。随分と現実が、見えていない様子で。私見ですがアレを相手に正面突破は不可能だと思うのですが、どうなんです?」
「エクスカリバーの性質、ソレに今日は満月が出ている。勝てないはずがない、きっとね」
その言葉を聞き、より一層モルガンは眉を顰める。
勝てないはずがない? バカな話だ、たとえどのような奇跡が起ころうとも勝てるはずがない。
無論、勝ってもらわねば困る。
だが同時に、プレイヤー風情が勝てるのならば彼は土台ここに立っていない。
圧倒的な壁としてそこに君臨している、だからこそモルガンは否定的な意見を述べる。
「さて、此方からも質問をいいかな? モルガン」
「はい? なんでしょう?」
「……、裏切るのならもう少し守備良くやったほうがいいと思うよ僕は」
「ッ!!? いつから!? いえ、最初から?」
モルガンの驚き、ソレに相反するように和かなだけの笑みを浮かべるアルトリウス。
彼はエクスカリバーを握りながら、カツカツと足音を立てて歩き出した。
同時に、モルガンの姿も薄れていく。
「エクスカリバー、ソレは放つ属性は仮想の属性。ステータスや魔力的防御、攻撃の全てを無力化することができる。当然、概念攻撃も」
「なるほど、違和感を感じていたのは常々といった所ですか……」
「まぁ、そうだね。付け加えれば、君の知り得る情報は僕も知り得る。義正、だっけ? 僕の正しさを糾す行為。僕はソレを歓迎しよう、ソレを不必要と断じる事は今の僕には出来ない。ソレで? なんの忠告をしに来たのかな? モルガンか、もしくはヴィヴィアン・ル・フェ」
「なるほど、置換の儀式も全てお見通しですか」
モルガンの肉体は、プレイヤーのソレではない。
彼女の肉体はNPC、ソレも先史時代に生きた一人の大魔女にして妖精妃。
種族は妖精、妖精妃であるヴィヴィアン・ル・フェイの肉体なのだ。
「おそらくはベータ版の時点で発見していたんだろう? 神秘の湖、もしくは月光の鏡湖を」
「ええ、私は確かにその時点で発見していました。ということは、あなたも把握しているという事ですか。アーサー王の、墓場を」
「一度、訪ねさせてっもらったよ。その時は魔術師に阻まれ、正規の手段で来るようにと警告されたけどね」
「アヴァロン、そうですか。エクスカリバーは剣にして鍵、楽園にゆくための通行証でもあるわけですか」
アヴァロン、別名を楽園。
古くに魔術師マーリンが封鎖した通過点であり、到達点。
原初の世界、現虚織織の今の始まりを作った場所であり。
そして、モルガンが発見した文献では確かにこう書かれていた。
『此処より先は、旧支配者たる神の国。白亜の龍、災厄の獣、湖の守護者を乗り越えて。彼ら咎人へ、断罪を』
ある種の、ワールド・クエストの類だろう。
プレイヤーに求められた、プレイヤーの運命の一つ。
古くから存在する、咎人への断罪。
「モルガン、忠告をいうのなら早くした方がいい。言わないのならば、ここで切ろうか」
「残酷であり正しいですね、あるいは慈悲か。どちらにせよ、忠告を一つ差し上げましょう」
二人は同じ認識、同じ視点で盤面を見ながら。
その上で、己の采配を以て己の持ち得る駒を差す。
今この瞬間から、互いの勝負が始まった。
「忠告です、あの傭兵を殺したければ己の誇りを示しなさい。そうすれば、彼は貴方の誇りと戦うでしょう」
姿が完全に消えた、今宵の勝負は未だ始まったばかり。
結界が崩壊した、次の瞬間に爆発的な。
暴力的であり、そして全身を焦がすような魔力を受ける。
「受け取った、その忠告を」
鳴り響く、レイドボスコール。
戦闘開始から10分が経過した、前哨戦は半ばに突入する。




