Deviance World Online ストーリー5『恐怖の公爵』
彼は、最強である以前に恐ろしかった。
剣を合わせ、戦いを行えば体が震える。
今でも怖い、心の臓を掴まれたような恐怖と。
それ以上に彼の顔面から、ただの微塵も漏れ出ることのない感情が。
私たちを、恐れさせた。
傭兵団『伯牙』、その頭目として現れた最初の印象は余りにも幼いということだった。
先代の背中よりも、二回りも小さく幼い。
そうであるのに、若いとはいえ7歳の時点で10を超え傭兵団の末端に属する面々を剣で討ち果たした。
魔法を、魔術の一切を使っていないのに関わらず。
魔法も魔術も使った、傭兵団の面々を。
だから誰もが認めた、当時最強と言われた彼から。
つまりはレオトールの父である先代『伯牙』の代から付き従っていた傭兵たちは、その強さを簡単と共に認め。
先先代よりリーコス公爵家と付き合いのあった傭兵たちは、むしろ彼を才能がない傑物と称し。
それでもなお、彼の大成を確信していた。
けど、私には。
ユーダー・アルマスという名を得た私は、その剣を目の前にして思ったことはやはり恐怖だった。
「どうした? ユダ、その程度の強さではないだろう?」
目の前で測るように、武装を次々換装しながら私たちを追い詰める最強。
その顔には何の感情も計れず、技は以前に変わらず冴えている。
初めて出会ったあの日を思い出すほど、最初から一切の変わり映えがない。
いつも通り、いつものように、同じ解が決まっている式を解くように。
恐れも、怯えも、人間的一切の感情なく。
彼は最も容易く、切り裂いていく。
北方の老傭兵は告げた、レオトールは使う器ではない。
否、そもそもリーコス一族は個としての最強がいても。
集団を率いる、率いて戦う才能はない。
私も、ソレには同意だった。
リーコス一族は、特にレオトールと呼ばれた怪物は確かに戦術も戦略も一流であり。
一度剣を握れば全てを鏖殺し、もしくは一度鞍に跨れば数千の兵を巧みに操る。
普通に考えれば、否。
どうして、どのように考えても北方を制圧し切る才覚を持ち得るのはリーコス一族だ。
なのに関わらず、彼らは数千年に及んでソレを達成できていない。
彼らには、彼らの呪われた血脈には人心を惹きつけることができない呪いがあるのだ。
ソレを、そのスキルを『水晶大陸』と言う。
呪いだった、彼ら一族が死ぬ時はずっとそのスキルが発動していた。
それだけではない、そのスキルは常日頃から彼らの心身を蝕む。
おそらくは本人に自覚がないだろう、だが確かに影響はある。
水晶大陸を持つ人間は、人であれば持ち得るはずの動揺が。
持ち得るはずの恐怖が、喜びが、憤怒が、慟哭が消え去る。
消え去っている、少なくとも私はその姿を見たことがない。
彼と出会って、10年余りの時間。
「こちらばかり構う暇があるのか? レオトールッ!!」
「すでに読み切っている」
私が抑え、その間に放たれる追撃。
だがレオトールは一瞥すらせず、その攻撃を切り裂いた。
視線も呼吸も、鼓動の一つもソレを知らせる動きはしていない。
つまりは目の前の怪物は、そう動くと確信を持って剣を動かしたのだ。
本当に恐ろしい限りである、本当に。
そして、それ以上に恐ろしいのは。
目の前の怪物の、その思考を一切読みきれていないこと。
美しくも冷徹な剣戟は、一瞬の油断とともに全身を切り裂くだろう。
何故も何もない、竜が歩けば灰燼が残るのと同じ道理だ。
目の前の存在は竜やサイクロプスと同じような、生きている災害だ。
そのくせ人間的な弱点がない、精神的な弱みがない。
超越者然としながら、私たちと同じ人間として振る舞う。
なんで、どうして。
これほどの異物を排除せずに、安寧とした人生を送れようか?
人として、この星に生きる生物としての本能が訴える。
殺せと、カリスマ性すら帯びるその恐怖を殺せと。
2本しか無い腕で、2本しか無い足で。
一つしかない頭を使い、一つしかない体を動かす。
なのに、相手も同じ条件のはずなのに。
そうじゃ無ければおかしいのに、目の前の存在はまるで8本の腕と10本の足を持つように巧みに奇怪に動いて詰めてくる。
殺せ、殺せと訴えてくる本能。
なのに理性は怯えて叫んでいる、どうして目の前の存在が殺せるのかと。
「『流星一閃』」
「『冷却滅剣』」
同時、同時にぶつかり合い。
そして、互いに間合いの外に出た。
同時に改めて思い返す、目の前の怪物の幼少を。
目も眩むような、輝ける水晶だった少年を。
その剣筋は何処までも愚直であり、また同時に容易く崩せるモノではなかった。
あの日、あの時、あの空の下で。
全てを切り裂く一閃を放ったあの姿は、まるで煌めきの導きだった。
人々を導く、導きの星だった。
今でも、夢に見る。
あの絶剣を、あの極剣を振るうのが自分であればどうだったのかと。
導きの極剣、始まりを告げた終わりの剣。
北方の古強者でしか成しえない、スカーレットサンドワームの討伐。
全てが、目の前の存在を。
目の前の存在という、北方最強を最強たらしめる要素である。
その全てを手に入れてなお、自分は目の前で振るう絶剣に迫られるのか。
結局は、この思考全てが無意味であり無駄であるのは分かっている。
彼を、北方最強を北方最強にしているのはその技でも体躯でも何でもない。
只管に、血を滲ませて伸び悩む才覚を尖らせた結果なのだ。
「『紅蓮真紅』」
「『八極拳』」
剣の一撃を、拳で砕く。
デバフもバフも、全てが無意味だ。
卓越した魔力操作はあらゆる干渉を封じる、この一撃も八極拳にて防がれている。
だが、同時に押し負けはしていない。
迸る熱気は、確かにレオトールの頬に届いていた。
レオトールの皮脂を焼き、だが効果の全ては魔力操作によって防がれ。
返しの技として、流れを止めず。
技を、叩き込んでくる。
「『ニ太刀不』」
「『 貪断食暴』」
剣戟が、いつの間にやら持ち替えていた刀での一撃は確かに無力化した。
なのにだ、なのにも関わらず。
吹き飛ばされていた、意識の領域外からの攻撃で。
「『韋駄天』」
迫り来る、白銀の影。
白を白に染め上げたような、輝ける白。
白銀に黒を入れたような髪は、いつものように月光を反射し。
無表情のその相貌は、一切の視線を外さず迫る脅威を知覚する。
背後から飛来した三つの刃を同時に、切り裂いた。
直後に空中で体を捻り、地面から到来する樹木の拘束を回避。
避けた際に届く傭兵の一撃を受け、流す。
一瞬で武器を数十個用い、迎撃を達成した。
それも此方に少なくない痛手を与えた上で、確実に。
私もポーションを飲みながら、目の前の怪物の視線を外すように動き始める。
1秒もあれば、此方とて音速に到達可能。
音速を通常速としての戦闘運動は出来ないにしても、それでも対処法は幾らか存在している。
「『霧隠遁』」
「『音声看破』」
スキルでの秘匿は、スキルで看破される。
当然だ、私もその手を使うのだから。
だが、この一瞬は稼いだ。
ならば、あとは。
「それは悪手極まるぞ、アリンコ・アランカ」
直後、私の目の前に頭部が堕ちて。
それが槍の一撃で串刺しとなる、蘇生を封じるために確実に殺しているのだ。
だが、その動きそのものがお前の油断だ。
レオトール、リーコス!!
「『串刺し』」
腕を持ち手に、剣を穂先に見立て放つ絶死の一撃。
間違いなく剣が届いた、心臓を貫く。
少なくとも、再生には時間が必要だろう。
その間に、再生を防ぐために。
攻撃を叩き込むしかない、攻撃を叩き込み殺すのだ!!
貫いた剣から手を離し、装備していた本来の武装を手に取る。
規格武装、エルヴィヌスの曲剣。
私本来の武装にして、私が用いれる最上級の武装。
この一瞬を待っていた、この一時を待っていた。
確実に殺せる、この一瞬を。
「『極剣一閃』」
「は、、……?」
だと言うのに、先に届いたのは奴の攻撃だ。
レオトールの、彼が放つ極剣が右腕を切り裂く。
体が重力を感じ、浮遊感を得る。
飛び出る血を抑え、すぐさま背後に退く。
その背後から、衝撃が伝えられた。
前方に転がる、体が衝撃を受けきれずバラバラになりそうな錯覚を得る。
何が起こったか、何を起こされたのか。
思考を回し至った結論は、これまた単純な話だった。
「幻影、影分身の類か!!」
「それを看破してどうしようと言う?」
平然と魔術の弾幕を駆け抜けるその姿、その様子を見てこちらも服下の武装を手に取る。
大型のナイフ、それを構え次に到達する剣をパリィした。
だが、そのパリィのタイミングは適切でなかったらしい。
上手く外され、続く一撃を叩き込まれる。
だが素直に受ける訳にはいかない、そのカウンターに突き出された槍を手に取り奪う。
そして、槍を片手で構えながらさらに一歩背後に飛び退く。
追撃はない、いや他の面々がさせない。
だからこの間で、回復をしなければ。
腰に下げていたポーションの口を切り裂き、中身の全てを腕に掛ける。
それだけで切断された腕は生え直し、私は再度木々の間に逃げ込む。
戦いが開始してから未だ2分未満、レオトールのスタミナが無くなる様子はない。
少なくとも音速での行動は合計28回、緩急を付けての多彩なフェイントを織り交ぜている以上は少なくないスタミナを消費しているはずだ。
彼の魔力回復速度、彼奴の魔力回復速度を加味してもそれは間違いない。
「抜刀、『翡翠ノ太刀(擬)』」
緑の斬撃、模倣の技とはいえその火力は青天井だ。
剣至の技の劣化コピーであったとしても、レオトールが扱う以上は程度の規格が違いすぎる。
オリジナルには及ばす、だが受ければ半身は吹き飛ぶだろう。
大地に残った斬撃跡を見て、背筋に感じる恐怖を認知する。
怯えは、決して悪いことではない。
だが、恐怖は体を鈍らせる。
だから怯えても、恐怖は飲み込め。
アイツを殺す手段は手の内にある、間違いなく殺せる。
無限にも思える戦闘方法には致命的な弱点があり、その弱点を狙えば確かに陥れられるはずなのだ。
「『真逆様』」
「『七つ槍』」
背後に回るレオトールへ、私は槍を負けてアーツを繰り出す。
そのアーツを二刀で裁き、レオトールはメイスを振り回した。
振り回されたメイスを上に飛んで回避する、続け様に放たれていた毒針を槍で弾く。
そしてその毒針も罠、毒針の背後に控えるワイヤーが槍に絡まり槍を拘束した。
その上で、三つの剣を殴り飛ばし両足及び心臓を貫こうと動いてくる。
槍を即座に手放して、私は木々の影へと流れるが。
その動きも予測していたのか、私の隠れた木ごと巨斧により切り飛ばされた。
「『大地蜂壊』」
そのまま地面を崩す、地鳴りと共に回転しズレて地面が壊れた。
効果範囲内に入れば、自動的にダメージを受けるだろう。
硬直する類ではないが、間違いなくそのダメージは響く。
だからこそ、体を捻り逃げ延びて。
更に迫る、技を受け止める。
レオトールが相手しているのは私だけでない、『伯牙』の面々全員が今尚雨霰のように攻撃を浴びせている。
なのに関わらず、目の前の怪物はその全てを捌き切った上で追撃をしているのだ。
「化け物、め」
「言われ慣れたよ、ユダ」
改めて、対面する。
無表情ながらも、剣を携え剣を構えるレオトールに。
息を少し荒げ、それでも格好できていることを喜ぶ私。
差は、一つ一つの技の冴は意外なことに大差ない。
少なくとも、私は剣の領域で彼の足元には届いている。
なのに、何故ここまで如何して背が遠い?
剣で結ぶように斬り合っているはずなのに、相手の手の内が読みきれない。
何を狙っている? 最終的には殺すのは間違いなくとも。
何を狙い、どのように刃を届けようとしている!?
「『光輝の雫』」
「『聖者の光芒』よ!!」
剣から現れた魔力の雫を魔術で迎撃する、そうすれば自らの攻撃の光に紛れ長針が届くのだ。
腕を穿たれ、私は即座に肘より先を切り落とす。
毒だ、猛毒が塗られている。
毒耐性を貫通する猛毒、早急に切断せねば死にかねない。
激痛が走る、だがこれでも部分を抉るよりはマシだろう。
無くなった部位に即座にポーションを振り掛け、次に襲いかかる攻撃を躱わす。
全てが即死、判断を遅らせれば死ぬ。
だがやはり、お前はここで殺す。
お前を、我々はここで殺せる。
「殺してやる、レオトール・リーコスッ!!!」
「囀るな、それに」
初めて、初めてだ。
初めて、レオトールが人間らしい表情を見せて。
初めて、彼が人間らしい仕草で。
人間らしい、人間のような、人間の如く動き。
空を、星々を指差して。
諦命にも似た顔で、言葉で、仕草で。
語りかけてくる、淡々と。
「今更、命を惜しむわけもあるまい。北極星の下で生まれたモノの命運としては、この戦いは十分上等だろう?」
直後、ソラから武器の数々が降り注ぐ。
星に見えた輝きは、武器の反射する星々のソレ。
命を奪わんと迫り来る刃に、私はやはりと思う。
殺さなければならない、人類として。
領域外の埒外、死の具現。
凍て付くような絶死、その象徴たる彼はやはりここで殺さなければ。
世界が滅ぶ、その確信地味た思いは。
私の体を無様にでも、動かした。
殺す、殺してやる。
作られた、偽物の思いであっても。
この恐怖は、確かに本物だ。
恐怖により形作られたらこの殺意が、例え偽物であっても。
お前を殺さなければ、生きていけないほどの恐怖は本物なのだ。
だから私のために、だから私達のために。
どうか、死んでくれ。




