Deviance World Online ストーリー5『ソレでも、尚』
背後に月が昇る、月光が後光となりレオトールを照らす。
レオトールは空になった手に、一本の長剣を握った。
「改めて、意志を問おう」
レオトールは言葉を吐く、最も返答を聞く算段はない。
もはや、ここに至っている時点で。
双方に矛を納める場など、ないのだから。
「何故、私を裏切った?」
「着いていけない、ただそれだけの為に」
返答、直後に周囲一帯を震わせる激震が走る。
なのに、なのにだ。
レオトールの周囲の雰囲気は依然零度、そこに熱はない。
ソレは彼が怒りを抱いていないことを、まさか。
怒りなど、そもそも感情などレオトールを動かすに値しない。
彼を動かすのはいつも、彼の意思だ。
激震、それは複数の極大魔術。
MPにして数千をも余らせる致命の魔術が、レオトールに差し向けられたことを示す。
つまりは絶死、絶対なる死を表している。
その筈なのに、それでなければならないと言うのに。
土煙が晴れて、その攻撃の隙間を除けば。
依然、レオトールが立っていた。
「今ならば誇りまでは殺さん、命のみで済まそう。だが……、もはや二度目を行うのならば」
返答の代わりに襲いかかってきた矢を切り裂く、そしてレオトールは軽く息を吐くと。
次の瞬間には、二度放たれた魔術の組成を崩していた。
只々一振りの、剣技にて。
「もはや語らう舌を、私は持たん」
直後、インベントリが開かれ槍を手に取る。
右の岩陰より現れる傭兵が一人、レオトールは即座にその槍に魔力を流し。
雷撃を纏った槍は、レールガンの如くに射出される。
速度威力共に申し分なし、なのに関わらずその一撃は。
その一撃を受けるはずの傭兵は、見事に回避した。
空に体躯を乗り出し、空を飛び。
一撃目を回避し、そして飛来する斧の二撃目をスキルにて透過し。
だがその傭兵が生きていたのはそこまでだ、次の瞬間には首が切り落とされていた。
レオトールは血飛沫を浴びながら、地面に着地する。
短く、その攻撃の終わりを告げるように。
刃と、刀と鞘が納刀される一瞬の音を残して。
「一体幾つの秘策を弄する? 一か? 十か? 百か? 千か? その秘策の悉くが無駄であるとも気付かずに幾つ用意したと言う?」
周囲を覆っていた魔力的トラップを新たに出現させた肉切り包丁で切り裂き、大鎌によって到来する矢を切り裂く。
武器の特殊アーツを用いて爆風を防ぎ、発生する1フレーム以下の動きを剣でパリィした。
レオトールとて北方の傭兵は、殊更自分が手塩にかけて育て上げた『伯牙』を正面から相手するのは酷く難しい。
戦いというのは、その時の時運が命綱となり得る以上は間違いなくレオトールにとってこの戦いは不利極まるだろう。
そうである、そうであるはずなのにも関わらずだ。
レオトールはその不利を感じさせないほどの軽やかな動きで、堅実に攻めていた。
「やはり殺し切れんか、仲間想いとは随分愁傷なことだな?」
血飛沫が舞い散る、インベントリから現れたバスターソードが蹴り上げられて。
心臓付近に突き刺されど、ソレでも命は奪えない。
否、奪わさせて貰えないというのが正確な表現だろう。
如何に鋭く、重く、早い一撃でも読み切られればその動きを対処するのは容易い。
レオトールの動きは合理の塊だ、無数のフェイントを織り交ぜられた実虚織織の変幻自在。
獣のように蠢く刃は合理のみでしかなし得ない、その刃の本質こそは合理の獣ということのみ。
凡夫の刃でも、数億先を読み尽くせばソレは神域に至る。
だが、相手は『伯牙』。
例え道を違えたとはいえ、例え彼からすれば凡夫の集まりなどと言えても。
そこに立つは、レオトールの背を追いかけてきた人間ども。
人の領外で立つ怪物を、人の領分で追い続けた存在が。
人の領分で測れる力を持つはずがない、当然彼らもまた人の領外の力を保持している。
ソレが総勢30およそ、心の臓を穿った程度で死なない怪物がおよそ30も。
「『熾天の王冠』」
「『愚剣の摩天』」
空に、地に。
光り輝き、魔術が広がる。
英雄を殺すために、最強を殺すために。
その魔術は高速であり、刺殺だ。
王冠を模したクラウンが広がり、そして収縮する。
その中にいれば、当然の如く王冠の装飾によって切り刻まれる。
だからと言って、逃げる事は儘ならない。
回避など不可能、レオトールを中心とし球円状に夥しい剣の魔術が広がる。
一撃一撃の威力は低く、だがその場に拘束するのは容易い。
その二つの攻撃を目の当たりにし、レオトールは。
双方共に、まともに受ければ即死は確実。
回避すら困難、受け切れば死す。
それほどまでの、それほどの攻撃を目の当たりにしてなお。
レオトールは、表情ひとつ変えず切り裂いた。
「『武芸万般』」
降り注ぐ剣の魔術、壊れながらに未だ迫る魔術的王冠。
その全てを切り裂くのに、遊びはない。
戦いではなく私刑、誇りを違えたモノへの誅伐。
そこに見出すべき愉しさは無く、語りかけるべき言葉もない。
ただただそこにあるのは、怒りでも嘆きでもなく誇りがあるだけ。
誇りを持って、誇りなき誅伐を執行する。
故に、いつもの如く嘲笑する様な語りかけはない。
無音にして無言の、剣の煌めきがあるだけだ。
「『極限一閃』」
広がり普く、その魔術の剣の悉くが切り裂かれた。
無価値で無意味な有象無象のように、極まった一撃によって無意味にも。
広がる次の魔術を牽制するように、インベントリから広がり出でる槍を剣を鉈をナイフを。
その全てを即座に発射し、一転攻勢へと移る。
「ここまで、」
傭兵の一人が、呟く。
思わず漏れ出た言葉だ、驚愕から現れた一言。
レオトールの隔絶した、あまりにも差があるその実力に。
彼は漏らすほかない、その言葉の続きを。
「ここまで、迫れているのか」
実力差があることなど、百も承知。
寧ろ、一撃目で一人も殺せていないレオトールの方が弱っていると言い換えてもいい。
否、実際に弱っている。
その実力は以前に比べ大きく劣り、異様な実力はソレでも捉えられる程度に収まっている。
何故か、ソレは短期間での連続した。
二ヶ月の間に連続的に用いられた、水晶大陸がその肉体を蝕んでいるのが原因だ。
如何に最強、如何に盟主、如何にレオトールと言えどもソレだけの無茶を通せば道理が阻む。
空に広がる無数の魔法の連打、ソレを走り抜けつつ回避しながらも徐々に大地が均され追い詰められている。
仮にでも防衛、仮にでも防御。
これは此の先へと進ませない戦いである以上、レオトールから攻めに入る事は難しい。
敵は一人ではない、目の前に広がる傭兵にプレイヤーの全てが敵だ。
ただ一人、ソレを逃せばその時点でレオトールの。
それ以上に黒狼の、彼の計画は破綻を迎えるだろう。
「『一刀裁断』」
空から降り来る隕石を、刀の一本で切り裂けば。
地面が蠢き地形を変え、レオトールの足場を崩していく。
天動地響、これこそが北方の戦いだ。
飛来する毒矢、ソレすら読み切っていたレオトールはインベントリから盾を取り出しソレを防ぐ。
反対側から迫る槍の一撃は見切った上での剣でのパリィ、深追いはせず一度退く。
腕に吹き矢が刺さっている、遠距離からスナイプされていた。
無論、ソレすら読み通り。
周辺の肉ごと切り裂き、ポーションで再生。
地面に破壊槌を叩きつけ、周囲に展開されていた地雷のようなトラップを破壊。
爆炎、そして各方面から放たれる『極剣一閃』を地面に足を叩きつけ周囲の土地を蜂起させる事で回避。
左手に装備したパイルバンカーのような武装で、追撃を狙う傭兵の腹に衝撃を叩き入れる。
「ぐぅ、ぁぁぁぁあああ!!!!?」
貫通、内臓の腸を引き摺り出し肋骨を砕くことで行動を制限。
そのまま頭部を蹴りあげ、宙に飛ばし剣で切り裂くことで一殺とする。
卓越した狩人は、知性ある獣を容易く陥れる。
目の前でポリゴン片に変化する傭兵を、彼を見ながらレオトールは彼が用いていた武装を奪った。
その武装を装備し、右手方向から迫る傭兵を迎撃するために。
「ディラスを殺して、奇襲も成功せんか」
「ッ、ソレでも!!」
蛇腹剣、インベントリから再度取り出した剣を回し周囲の粉塵ごと切り裂く。
五人の人間が、五人の傭兵がその直後にレオトールに向けてアーツを伴った一撃を放ってくる。
レオトールはその攻撃すら、冷静にメリケンサックで殴り返した。
剣が、槍が、鉈にメイスに何もかもが。
ただのレオトールの一撃で弾かれていく、粉砕こそされないが耐久値を大きく減らしている。
アーツを発動しているのに、だ。
アーツを発動し、火力や速度を増加させた上で放たれている攻撃であるにもかかわらずレオトールはその全てに完璧な迎撃をした。
アーツの強制中断、ソレにより生じる一秒と少しの怯み。
その怯みに合わせて召喚した大鎌を、一気に振り回す。
「『死の大鎌』」
特殊アーツの、発動。
状態異常:恐怖の発露、状態異常に基づき再度怯みを誘発させられる。
最も、この状態異常は一切の動きを制限するわけではない。
そこまでの無法染みた状態異常ではない、もっと単純に抵抗する気力の減少を誘発させる。
状態異常を展開したレオトールは、即座に装備に伏せていたナイフを己が回転する事で。
その勢いを用いて、射出する。
回避不能、360°全方面に投擲されたナイフを大人しく受ける傭兵たち。
否、大人しく受けるようにレオトールが動きを制限するよう構築したのだ。
どのスキルで、その技能で、どのアーツで、どんな結果が齎されるのか。
読み切っている、故に余分な追撃はなく被弾もない。
予定調和、予定通り、全ては戦いの中で読み切った既定路線。
眼前の一人ではなく背後の一人へ、振り向きざまに裏拳を叩きこみ大きく弾く。
退路の完成だ、人の合間を縫うように走り抜け音速の蹴りを見舞う。
この程度では死なない、死ぬはずもないし殺せない。
傭兵の強度は、そこまで柔でない。
だから、レオトールは鎖を。
『万里の長鎖』を広げ、衝撃波を叩きこむ。
全員が、レオトールを除いた全員がその衝撃に大きく蹌踉めき粉塵が舞い上がった。
レベルが40以下の人間はほぼ即死、レベル80以上でも長期の行動不能が付与されるだろう一撃。
三半規管の正常性を狂わせ、鼓膜を破壊し、音を置き去りにする。
音速を超えた速度で動けども、音という波から逃れられるわけではない。
ソレが可能なのは、音速を通常戦闘速度とする盟主のような怪物どもだけだ。
否、ソレもあり得ない。
盟主といえども、音という波を逃れる方策はない。
ただ直撃を回避するだけだ、故にこれは必中攻撃。
誰も免れることは、少なくともこの領域にいる存在では無理なのだ。
「『絶叫絶技』」
だから、追撃する。
同様の攻撃で、先程よりも数段厄介な位階を用いて。
衝撃が連続的に、衝撃が同時に何十回も発生する。
三半規管が揺れ続け、前後不覚に陥るだろう。
耳栓をしていても無駄だ、耳栓で防げない衝撃がそこにある以上は。
耳を抑え、少しでも衝撃を緩和するように蠢く傭兵。
だがその衝撃も緩和しきれていない、ダメージが発生している以上無効化ができてるともいえない。
だというのに、ソレでも傭兵は回復を優先せず戦闘を続行する。
「「「「『窮地にて』」」」」
追い詰められているのならば、逆転を果たすスキルを用いればいい。
なんとも、なんともわかりやすい定石だ。
だからこそダメージを回復しない、回復すればスキルが発動しないから。
ナイフを手で引き抜く、衝撃によって噴出した血液を拭う。
そのほかにも、様々な対処が行われる。
ありとあらゆる対策、ソレをレオトールは意図して見逃しつつ。
その上で、一切の手加減なく再び武装を取り出した。
「『孤高にて』」
スキル、発動。
弱者が弱者の通りを踏むのなら、強者は強者の通りを貫く。
そこに恥いるものはなく、決死の戦いであればこそそれは誇りとなり得る。
誇りとは弱者が強者に挑む言い訳ではない、誇りとは翳し齎すものではない。
誇りとは、己が胸中に秘める譲れないモノを作り上げ。
その思いを貫く行為こそが、誇りなのだ。
『活路を開く』
双方ともに、同時に発生したそのスキル。
一気に膨れ上がる威圧感はステータスが一気に上昇したことを示している、当然の如く。
目の前に広がる大海原のごとき魔術を見て、レオトールは音を置き去りにし。
その幾千の魔術を単身迎撃した、迎撃せしめた。
レオトールは空に飛び上がる、双剣を用いて空気を射出し三次元的に縦横無尽に動き蠢く。
様々な攻撃が到来してレオトールの体を追尾していき、だがレオトールは見事な操作でソレを回避した。
そして当然、回避だけでない。
空を飛びながら、右手で杭を地面に投げ。
左手でワイヤーを振り回し、非物理の魔術の影に隠れた物理的攻撃を切りさばく。
一切の被弾なし、まさしく見事の一言の尽きる。
一種の芸術、命の取り合いをしているとは到底思えない美しさで無惨にも周囲の土地ごと粉砕して。
「『爆破杭』」
直後、先ほど投擲した杭が破裂する。
先ほど投げた杭、長さ10センチ程度の杭。
それが一気に弾け、杭周辺の木々を粉砕し視界を開く。
開かれた視界の先には、レオトールの読み通りに傭兵が企んでいたトラップが存在していた。
当然のように、そのトラップは先ほどの杭の一撃で破壊や機能不全に陥らされる。
読み切っていた、当然のようにレオトールは。
もしも自分がレオトールと戦うことになり、レオトールを殺すために構築するのならば。
どこに置くのか、ソレすらも完璧に把握していた。
「どうした? 誇り高き牙、その名を名乗るにしては随分と」
空間の揺らめきと共に訪れた鉄塊による質量攻撃を弾き、レオトールは剣を抜く。
目の前に訪れた、三人の傭兵の姿を見て。
同時に、自分のインベントリの中を確認して。
「随分と、読みやすいぞ?」
戦闘開始から、現在で一分経過。
わずか一分が経過したに過ぎないというのに、レオトールと傭兵たちの間では大きな差があるように見えた。
残り耐久時間29分




