Deviance World Online ストーリー5 『大英雄』
天に広がる武装の数々、プトレマイオスは即座にそれを観測すると着弾予想地点に極小の結界を数千単位で敷く。
耐久力は相当なもの、それこそ一平方メートルもない大きさではあるが一撃ならばレオトールの『極剣一閃』を耐え忍べるほどの硬度を誇る。
それほどの結界は、一瞬にして消し飛ばされた。
何が理由で、どうやって吹き飛ばされたか。
そんなものは存在しない、純粋な力技で吹き飛ばされているだけだ。
否、もっとわかりやすく言おう。
流石のプトレマイオスとはいえ、マッハ10で飛来する金属の塊を防ぐ術はない。
さらにいえば、その武装には強固に結束された概念を纏っている。
はっきり言おう、現代の魔術文明ではその攻撃を防ぐ術など存在しないのだ。
流星のように、流星以上に降り注ぐその悉くは地面を穿ち大地を震わす。
この軍勢全てが音速での、もしくは音速を超えての移動を可能としてもその10倍の速度で迫り来る攻撃は避けられない。
概念上の回避以外でしかその攻撃は避けられないだろう、最も回避を前提とするのなら。
「受けるッ!! これならば、どうにかなろうが!!!!!」
周囲の地面が蜂起し、それら全てが金剛染みた硬度を誇る。
天蓋のように、征服王の軍を覆い守るための傘となった。
彼こそが『茶の盟主』たるデッド・ラット、その小さな体を動かし天蓋を作る。
魔術分野において、彼の技能はプトレマイオスに大きく劣る。
何せ相手は万能の魔術師、青を冠する絶世の魔術師なのだ。
全ての分野で戦えば、間違いなく彼に劣るだろう。
むしろこの世界で彼に勝る魔術師は、それこそ両手の指で事足りる。
しかし、専門分野に特化した人間ならば。
そしてその専門分野で、盟主に上り詰めた人間にその専門分野で勝負を挑めば当然負ける。
デッド・ラット、彼が得意とする大地魔術。
そして、ソレを概念にまで昇華せしめた防御魔術は。
英雄の王、破壊者たるギルガメッシュの攻撃を一時とは言え凌ぐのだ。
「なるほど、なるほどなぁ? 初撃を凌いだかと思えば二撃目は絶対防御の概念を持ち出したか。攻城程度の威力で貫通させようならば徹底的に防がれようか、真っ当な攻撃ではおよそ貫通は不可能よなぁ? されとて再びアレを振るうのはあまりに無慈悲と言えようか」
ならば取り得る手段はただ一つ、そう言うように指を鳴らす。
すると、ギルガメッシュの側に弓が一つ現れ。
そして筋骨隆々な、一人の大男が形成された。
「……、なるほど。呼び出されるのならば斧剣と思っていたが、こちらで呼んだか」
「良い余興を見せるが良い、それを以て第一を広めた罰としようか」
「……、承った」
男は弓を握り、魔力によって矢を生成する。
その男の名は、ヘラクレス。
黒狼と戦い、そして死んだ彼の大英雄である。
何故、ここに降臨したのか?
何故、ギルガメッシュに付き従っているのか?
何故、イスカンダルと戦おうとするのか?
その全ての謎は塵芥が如き、事実として大英雄がここに降臨しイスカンダルと戦おうとしているのは間違いがない。
ヘラクレスは弓を、剛弓を構え引き絞り。
そのまま、軽く矢を放つ。
直後、『茶の盟主』が形成し絶対的な防御を誇っていたシェルターが崩壊した。
同時に、世界が絶叫を。
歓喜と共に、恐怖の叫びを告げる。
生まれながらにして剛力無双、数多の難行を乗り越えた人という怪物。
生命の神秘、それが故の大英雄。
その男を祝福するかのように、もしくは殺せと叫ぶように。
世界は、音を響かせる。
〈ーー神々の栄光、英雄でありレイドボスーー〉
それは、歓喜だ。
叫ぶような、溢れるような喜びであり嘆き。
死した怪物、殺された大英雄。
絶叫と絶望、歓喜と狂乱。
それは、死すら超克する英雄。
〈ーー【死な不の英雄】、顕現しますーー〉
瞬間、ソニックブームが生じた。
音により世界が軋む、音が音の体裁を成さない。
イスカンダルが、否。
盟主の殆どが反応できない速度で、拳が迫る。
鍛え上げられた体躯は、完成された怪物の肉体は全てを蹂躙する。
その拳は破壊槌を軽く上回り、その威力は核弾頭に匹敵しよう。
脅威的な力は全てを蹂躙し、空間すらも歪める。
理知がなければ、理性がなければ、全てを破壊するだけの怪物ならば盟主でも対抗できただろう。
ソレこそ、かの戦いでのレオトールのように。
しかし、ここで現れたヘラクレスには理知がある。
理性があり、記憶がある。
そして、十二の命が存在する。
「ぬゥゥゥゥ……」
「……、良くぞ耐えた」
ブラスト・ブライダーが、反応の限界の先で尚体を動かし耐えたのだ。
無論、無事で済まない。
その半身、心臓以下全てを吹き飛ばされている。
ブラスト・ブライダーとて軟弱な兵卒ではない、むしろ盟主を名乗っている以上軟弱であるはずがない。
にも関わらず、その体躯を吹き飛ばされたのだ。
「……幻術は通じんぞ? 未来視の魔眼も稀有ではあるが、対策は既にある」
「隔離しろッ!! 四人がかりで潰す!!!」
「武運を、祈るぞッ!!!」
盟主たちの判断は早かった、ブライダーの半身が吹き飛んだ時点で魔術を展開しデッド・ラットが即座に地底深くまで四人の盟主とヘラクレスを封じる。
環境『地冥』、その深さは数キロに及ぶ地下の彼方。
落下しながら、ヘラクレスと戦う四人の盟主。
『灰の盟主』、『茶の盟主』、『桃の盟主』、『紫の盟主』の四人。
落下しながら、それぞれが戦闘状態を整える。
同時にヘラクレスは大きな抵抗もせず、地下に叩き落とされるのを了承した。
地下、遥か地底。
タルタロス、そう言い換えてもいい冥府に等しい地底の中で。
ヘラクレスは地面に腕を突き立て、引き抜く。
最初に言おう、環境など所詮は飾りである。
先史の人類、過去の英雄においては環境を塗り替える戦いを行なっていなかった。
ただ一つの暴威、ただ一つの脅威を携えれば大抵の有象無象を消し飛ばせるからこそ。
「……先手は譲ろう、胸を貸してやる」
ヘラクレスは表情のひとつも動かさず、地面から手を引き抜いた。
ソレは剣にしては巨大であり、槍にしては太く、斧にしては重すぎた。
形容するならば大地、地平そのものが剣の形をしたかのような武装。
否、違う。
周囲の、地面に満ちる大地の魔力を圧縮し岩盤ごと剣に仕立て上げたのがこの武装であり兵装。
有する魔力量は、地震ひとつを起こすに至る。
斧剣『帝帯』と同格の武装、ソレに匹敵する武装こそコレであり。
無名の武装ながら、ソレは確かに異様な存在感を放っていた。
盟主たちは息を呑む、既に再生し切った下半身を持って地面を踏み締めるアッシュはより鮮明にその力を感じていた。
排煙が満ちる、空間の圧力が徐々に上昇しており1時間もすれば竜すら呼吸ができない霧の世界が完成するだろう。
であるはずなのに、ヘラクレスは。
神々の栄光とされる至上の英雄は、一切その影響を受けていないのだ。
「……どうした? 未来視の魔眼を持つ者、胸は貸すと言っただろう?」
『紫の盟主』であるファテ・ファルトゥーナは、未来視の魔眼を用いて目の前の存在に対抗できる術を探っていた。
未来視の魔眼、より正確にいうのならば未来を識る魔眼。
未来の情報を目にダウンロードし、視認という形で展開することで未来を擬似的に視認する魔眼であり。
その最も正しい使い方は、未来の情報を目にダウンロードした上で自己の体にインストールするという技法。
現在から世界が終わるまでの最先端の技術を先取りし、ソレを用いるがゆえに特異点となれる至上の力。
単純な技術であれば、彼女に勝る存在は居ない。
何せ、言葉通り未来を先取りしているのだから。
なのにも関わらず、彼女は一歩も動けなかった。
否、ダウンロードが。
情報の取得ができない、というより存在しない。
ソレは即ち、純粋な技術でヘラクレスを打倒する術はないということを示している。
一種の膠着状態、息を吸うことも許されないほどの緊張状態。
ソレを打ち破るように、先に動いたのは『桃の盟主』だった。
彼女、『桃の盟主』たるクリシア・ピーチは地面から植物を創生させ植物によりヘラクレスの拘束及び行動妨害を狙う。
錬金術、その一種の到達点である生命創造。
クリシアは、生命を無数に創造し相手を森林に沈める戦い方を行うのだが。
やはり、ヘラクレス相手にはいささか無謀な戦いであった。
創り上げられた植物は、一瞬にして刈り取られる。
続け様に放たれたブライダーの斧は右腕に巻きつけた布で受け、頭部を狙うデッドの槌は斧剣で防いだ。
その三者を吹き飛ばすように放たれる星間魔術の一撃は、ヘラクレスが展開する猛毒魔術により相殺され。
魔術に対して半ば強制的な、死を与えられた。
全てを受けたヘラクレスは一歩踏み出す、すれば地面が陥没し放出される魔力によって飛び上がった岩盤は砕かれ。
剣を一太刀、世界が認めた極剣を繰り出した。
『極剣』
名を付けるのならば、ソレ以外にないだろう。
ただの一振り、されど極まった一振り。
軍神や魔剣の名では些か以上に不足する、振るう怪物の名以外は相応しくない。
空間が断裂し、まるで紙か布かのように最も容易く切り裂いた。
つまりは、概念すら切り裂く一撃。
閃光、瞬きのように切り裂かれた空間に触れさせられたブライダーは発生するダメージ量に驚きを隠せなかった。
そのダメージ数、およそ8000。
耐久に特化しているわけでないにしろ、ブライダーは相当なHPを持っている。
ソレを以てして尚、完全に受け切るのは不可能だった。
この一撃で、ブライダーのHPは消し飛ばされる。
否、まさか。
死ぬぐらいで死ぬのならば、元より盟主など名乗っていない。
殺されたぐらいで死ぬのならば、その程度はただの人間だ。
怪物は死なない、吹き飛んだHPバーが急速に回復したかと思えば。
ブライダーは、姿形その形状を変化させつつ立っていた。
「……知らない力、殺したかと思えば蘇ったか」
幽谷の淵にて、男は立つ。
理知を取り戻した死なずの英雄、ソレを殺すために排煙は目を見開く。
殺せなくてもいい、ただこの大英雄を王の元へ連れて行かせるわけには行かない。
そうさせれば、あの黄金の王の喉元へ剣を突きつけることは能わない。
霧が満ちている、盟主たちはこの一瞬にてもはや息も絶え絶えだ。
反対に立つヘラクレスは、悠然と冷鉄に盟主たちを見ている。
再度の硬直状態、これは意外にも双方の実力が大きくかけ離れていないことを示していた。
周囲の圧力が上昇し、植物が咲き乱れ、トラップが形成し、そして数多の情報をインストールすることで強化を図る。
それぞれがそれぞれの成すべきことを行なっている、それでも尚この大英雄を倒せないことを盟主たちは自覚していた。
やはり先に動いたのは『桃の盟主』であった、広げていた植物が嵐のように蠢き『植物人形』が一斉にヘラクレスに向けて攻撃を行う。
切れば切り口から剣を拘束し、殴れば拳を包み込む。
行動妨害、行動阻害に特化したこの兵団。
それらは群れるように、ヘラクレスを拘束する。
そのまま皮下にタネを忍ばせ、寄生していく。
肉体が、植物に包まれ魔力とHPを吸収し。
緑化させ、もはや動けないようになる。
「……無駄、だ」
普通で考えれば、否。
普通で考えずとも、もはや生命維持をすることは不可能だろう。
もはや命を風化させるほどの、土塊へと変化させる程の速度で生命力を吸収していくのだ。
なのに、ヘラクレスは強がりでもなんでもなくそれを無駄と断じた。
いや、確かにヘラクレス相手では無駄だった。
ヘラクレス相手では、たとえ竜を殺し巨人を殺す極限の大魔術とて。
通用させ続けるのは、不可能なのだ。
ヘラクレスの肉体が風化する、その体躯が痩せ細ったミイラのように変貌した。
大自然を纏った概念攻撃、ステータスを無視した一撃。
神々ですら喰らえば無事ですまない、そんな攻撃は確かにヘラクレスに通用し。
その上で、ヘラクレスはその深緑を破壊した。
その名こそ『殺せ不の英雄』、世界が贈った名である『死な不の英雄』とある種相反する諡。
その力は、十二回の完全蘇生。
一部の記憶を対価とし、己が技量が欠けることが前提となる上で発生する命の再生。
それも単純な再生ではない、死因となった攻撃の完全耐性を12個もストックできるという側面すら存在する。
もはや、ヘラクレスに深緑の概念にして環境は通用しない。
「アァ、滾るなァッ!!!!!」
叫ぶ、叫んで叫んで叫ぶ。
『灰の盟主』が叫び、斧を振る。
血が沸る、スキルが発動し万物総てを超克するように血流が生じ。
ブライダーのスキルが、発動した。
そのスキルの名は、『空想の灰姫』だ。
ブライダーが分裂する、3人に。
一人は片腕を巨大な針とし、一人は片腕を巨大な鋏として。
迫り来るヘラクレスを押し留める、無論一秒たりとも止まらない。
だが一瞬は遅れた、その遅れにブライダーが斧合わせた。
斧剣と斧のぶつかり合い、火花と熱と霧が飛び散る。
破壊と破壊、暴虐と暴力が相剋し爆発が生まれ地獄のような様相を作り上げて。
それでも、拮抗は成し得ず。
ブライダーは一秒未満でその半身を切り裂かれる、だがそれでいい。
『紫の盟主』、ファテが細剣でヘラクレスの心臓を突き刺した。
回避不能の一撃、一秒未満の隙を的確に刺し貫いたその攻撃。
心臓に細剣が突き刺さったまま、ヘラクレスは背後を見ずに裏拳を放つ。
分かっていた、ファテが行うであろう最善の行動が。
そしてそちらを対策すれば、ブライダーの攻撃が突き刺さるのも理解できていた。
ならばどうすればいい? 単純だ、突き刺させればいい。
この世界には一つの絶対法則がある、それはHPだ。
神だろうが英雄だろうが、それこそ星であってもHPに縛られる。
万物に共通する耐久値がある、それを無視することは不可能だ。
ヘラクレスはそれを逆手に取った、たとえ心臓を突き刺されようがHPが消えない限りは死なないという性質を利用した。
壁に突き刺さるように、壁に突き刺さった状態のファテを一瞥しそのまま突き刺さった剣を筋肉で粉砕する。
抜くのは時間が掛かる、それに面倒なのだ。
「……さぁ、次は何だ?」
斧剣を独特の形で構え、ヘラクレスはデッドに問う。
次は、どんな手法を使うと。
どんな手法を使い、どんな手段を用い、どんな方策を以て、どのようにして殺すのかと問うている。
その悉くは、無駄だと断じるように。




