Deviance World Online ストーリー5 『命輝』
時間は少し、巻き戻り。
イスカンダルは遍く兵卒に向けて、意思を問う。
戦う覚悟を、進む意思を。
「汝等よッ!! 儂が軍門に降りし北方の古兵よッ!!」
地平の彼方、轟轟と伝わる王の声。
剣を抜き、軍馬が轢く戦車の上でイスカンダルは立ち叫ぶ。
全ては、ただ一瞬のために。
「我らは滅ぶ!! 今一度、あの黄金煌めく城の頂点にて座す王の元でッ!!!」
最初の宣誓は、衝撃だった。
滅ぶ、イスカンダルはそう断言する。
命残ることはない、ただただ無為無駄に死ぬと。
イスカンダルは、ただ一言で雄弁に語った。
「死を恐れるのならば、儂を認められぬのならば逃げるといい!! 命を賭して儂に付き従う必要など毛頭ない!!」
イスカンダルの宣誓、その言葉に怒りを露わにするもの。
豪笑するもの、泣き叫ぶ者、黙り沈むもの。
十人十色、千差万別の反応が兵団に満ちる。
だがその全ては一つの結論に至ってた、絶対的な意思があった。
誰1人とて、イスカンダルの軍から。
『王の軍』から、逃げるものは存在しない。
全員が意思を持っていた、全員が意思を持ってそこに立っている。
王に命を捧げたという、その意思があった。
「そうか、儂の後に続くというか。この愚か者どもめ、命をそこまでして捨てたいかッ!!!」
ニヤリと、笑みを浮かべて。
イスカンダルは大きく腕を広げる、その視線の先には3000もの兵と。
白黒を除く、全ての盟主が並んでいた。
彼らは己が武器を手に持ち、己が意思を目に宿し。
一度焦がれた王の意思に付き従うように、王の意思に付き従うためだけに大地にその両足を突き立てる。
彼らは傭兵、彼らは誇り刻みし北方の傭兵。
天変地異を遍く起こす怪物と戦いし兵、一つの極限ではなく民草の繁栄を願うために剣を持つ者共。
その命の一片は、流れ出る血液の一滴は。
その全ては地平に満ち足り、その眼差しは見果てぬ夢を共に見る。
命などは歩む道に消費され、その道は敵味方の骸で形作られ。
進むことしか許されぬ、歩みを止めることなどできぬ死兵の軍。
異論など、王に申す言葉などない。
王の言葉が全てであり、王の選択こそが道標なのだ。
一瞬先では死ぬ戦いを幾度なく潜り抜け、それでなお死を恐れ。
生きる事をこれ以上なく尊び、生きていることにこれ以上なく安堵し。
それでなお、先へと進み命を捨てることしか出来ぬ愚かな者共。
「なれば、来るがいい!! これが我ら最後の命輝になろうとも!! 我らは進み明日を求める!! 見果てぬ夢の彼方まで!! 見果てた夢の彼方まで!! 我ら手の届く地平の彼方を、我らの手すら届かぬ地平の彼方を望むが故に!!」
叫び、絶叫。
死を目前にして、死に慄くものはいない。
視界の先で、赤雷の魔力が渦巻くのを見てなお慄くものは誰1人もいない。
己が力が能うなど思ってもいないのに、見るだけで根源的恐怖を呼び起こすそれを視界に入れてなお。
それでも『王の軍』の総意は、突き進むことだった。
『征服王』、それには二つの意味がある。
一つは北方全土を征服し尽くし、完全統一したと言うこと。
絶対的な権力を創り、絶対的な支配を作ったという実績から彼は『征服王』と呼ばれた。
そしてもう一つ、これは盟主らから送られた意味。
『征服王』、その意味は『全てを手に入れる者』。
見果てた全てでも、見果てぬ全てでも。
イスカンダルという男は、手に入れなければすまない性分なのだ。
そしてそう望めば、必ず彼は手に入れる。
強欲な、そういう人間は酷く多い。
イスカンダルを強欲と誹り、我欲が為に時代を滅ぼす王と称した者は多い。
だがそんな風に罵られても、イスカンダルは求め続けるのだ。
欲しいと思えばそれが泥団子でも、幼児が集めた煌めくガラス玉でも求める。
欲しいと思えばそれが絶世の美女でも、傾国の美女と持て囃される娼婦ですら臆さず奪ってゆく。
盗むのではない、その心をその視界を奪い魅了しそして奪うのだ。
その様はまさしく征服、一千年の恋を塗りつぶすように全てを侵略する様こそまさしく征服。
故に、イスカンダルは征服王と名を与えられた。
「儂に、余に命を捧げよ!! 儂に血の一滴より心臓の鼓動よりその激情よりその全てを!! 儂に捧げ、儂に続けッ!! その全てはあの癪に触る黄金の王へ、ただ一撃を叩っこむためだけにッッッッツツツ!!!!!!」
嵐だ、魔力を視認できるものにはその全てが嵐と見える。
暴風吹き荒れ、荒波に揉まれ。
全てを消し飛ばす、凡ゆる神話で語られる大洪水のように。
近くするのも難しい、星々の魔力が蠢きギルガメッシュただ1人に支配されている。
生命規格が違う、一目で認識できるだけの違いがある。
〈ーーレイドボスが再臨しましたーー〉
世界が、言葉を紡いだ。
終わりの言葉、恐怖に慄いた世界の悲鳴。
イスカンダルには、その恐怖の中に歓喜が混じっているようにも聞こえた。
そしてその直感に、少しだけの理解を示す。
ギルガメッシュ、イスカンダルはその名前を知らなかった。
直接対面し、心の臓を震わす声で名乗るまでイスカンダルは無知であった。
しかし、その無知とは反対に過去に聞き伝えられた失伝を思い出したのも事実だ。
誰が話したか、いやハッキリと覚えている。
イスカンダルは、その話を何時誰からどのようにして聞いたかを知っていた。
記憶を探る、すぐにその記憶は出てきた。
レオトール・リーコス、彼が暇つぶしに北極星が明るく輝く夜に語ったのだ。
酒のツマミとして聞いた御伽の話、だが確かにその話は耳に残っていた。
物語の始まりは、世界が滅んだという始まりだ。
世界は滅び、誰一人生きれぬ水晶に閉ざされた極点。
生命は死に絶え、生物は生き残る術すら知らぬ終わりの中で。
わずか十と少しの人間が、星を産みなおした。
一人は全てを壊し、凡ゆる全てを作る雛形を創り上げた。
一人は始まりの贋作を作り上げ、世界に広めることで生命を育んだ。
一人は魔力を与え、生命が競い合いより大きな力を持つようにし。
一人は世界全てを観測し、外敵に阻まれぬように星を守り。
一人は生命に安堵を与え、これ以上先がない冥府を完成させた。
一人は万物を向上させ、新たな生命が耐えられる星を形成し。
一人は二度と同じ惨劇が広がらぬように、より強固な個体を作ってゆく。
もっと、もっと。
この程度ではない、これだけではない。
人類史の始まりのような物語、それをレオトールは語った。
在来人類の、途絶えた先史以降の話を語った。
今見える光景は、その夢物語と等しく似ていた。
伝え聞いた正確性に欠ける逸話、その話に酷く酷似しており。
イスカンダルは、その光景を見てやはりと息をのむ。
残念なのは、ここに白き盟主がいないことのみ。
それ以外は、満足に満足を重ねたこれ以上ない結果だろう。
死ぬにしては、今日は程よい天気でもある。
「征くぞ」
目に爛々と光を蓄え、目に爛々と意志を用いて。
進む、進むのだ。
命ある限り、目に世界が広がる限り。
全てがそこに遍く限り、進み続ける。
それこそがイスカンダルの命の粋、輝ける一生の滅び。
人は進み、何かを成すために突き進むのだ。
後ろを振り返らず、何を成したかなど見ることなく。
今この一瞬を生きるために、進み続ける。
〈ーー個体名:ギルガメッシューー〉
死ぬ気で戦う? 違う、そんなことは当然だ。
死ぬ気で戦うのではない、死んでも戦うのだ。
その視界の先に、その思いの先に。
求める何かがある限り、目を見開き命が溢れ切るその瞬間まで。
全てを捧げて、進み続ける。
その一生に、その特別な歩みに人はこう名をつけるのだ。
人生、と。
泣くのも良し、笑うも良し。
怒りも嘆きも、その全てを行い命を捧げるが故に人生と名づける。
人の生涯と書いて、人生と読むのだ。
〈ーー全生命を持って、余興としなさいーー〉
音が聞こえた、響きと共にイスカンダルたちはギルガメッシュまで残り1キロメートルへと迫った。
この世界での1キロは果てしなく長いようで、たった一瞬の距離である。
最速の人間が走れば、その一瞬は即座に詰まるだろう。
それほど、短くて。
そしてこの戦いにおいては、語ることもできない程に長い距離となる。
何故か、語るまでもない。
〈ーーレイド開始しますーー〉
詠唱ともいえぬ詠唱、語りともいえぬ語り。
ただ一節にすら見たぬ命令、その言葉をイスカンダルたちが聞くことはない。
ただ正確に、イスカンダルと。
その全ての盟主が、即座に奥の手を切る必要があると判断したがゆえに。
この戦いは、戦いともいえぬ始まりは。
わずか、2118の人間を。
イスカンダルの3000の兵隊の、その中のわずか2118人を捧げることで耐え凌いだ。
***
嘘だ、イスカンダルの軍の強さを。
その一生を賭けて作り上げた最上にして至上の軍勢を知るものならば、皆口を揃えて言うだろう。
だが確かに、その一撃はイスカンダルの軍勢を壊滅させるに至った。
「嘘ぞ!?? あの事象は……、現実崩壊!?」
プトレマイオスがそう叫ぶ、否。
叫びながら空間の位相がズレた、いやズレたのではない。
事前に仕込んでいた魔術を展開した、それが答えなのだ。
あらゆる戦いにおいて、ダメージとは攻撃を受けるからこそ生じるものである。
万物を弾く盾だろうとも、万物を拒む空間であろうと攻撃を受けるのならば必ずダメージが生じるのが摂理だ。
故にイスカンダルは北方を出る前に最上級の秘術を作成した、最も過去に一度も使うことはなかったが。
その秘術、その魔術の名前は『空間置換』である。
その秘術を用いれば、対象存在はこの世界から一時的に消失。
そして、あらゆる現実により行われる事象を回避する。
絶対防御だろうが、絶対回避よりも信用できるその魔術。
当然、それには対価が存在していた。
その魔術の対価、それは軍の7割の存在の壊滅だ。
7割の人員が確実に攻撃に晒される代わりに、3割の人間は回避できる。
その魔術を、イスカンダルたちはこの一瞬で展開した。
「こりャァァ、どうするゥ?」
亜空間に逃げ込んだことを察したブライダーが呟く、彼とて明白にわかっていた。
もしくは魔術を知らないからこそ、その一撃の重さを。
それ以上に、その攻撃の脅威を獣の直感とでも言うべき感覚で察知していたのだ。
その攻撃は世界を終わらす一撃、言い換えればワールドエンド級の攻撃である。
対抗手段は存在しない、それどころか対抗すると考えた時点で敗北する。
あの攻撃は世界に対する攻撃であり、世界が壊れるがゆえにイスカンダルたちに攻撃が行われるという迂遠の一撃。
そして、防御や拮抗など存在しない。
攻撃にも格がある、基本的に行われる物理攻撃を最低の格とすれば魔力を用いて世界に変革を与える概念攻撃は物理攻撃の上に来るだろう。
ではその上は、その上に君臨する攻撃は何か? それは概念を形成する世界と拮抗したり世界を壊すような攻撃。
それこそが最上級の攻撃だ、そしてこの一撃はその攻撃に値する。
「王よッ!!! は、発動は間に合ったのですか……」
へファイスティオンが胸を撫で下ろし、そして常闇たる虚にして実在の空間で思考する。
窮地に一生を得た、と例えることしかできない。
改めて、戦うべき相手の怪物具合を理解する。
気まぐれに、『王の軍』全軍を潰せる存在なのだ。
それほどの怪物が気紛れがてら、人の物差しで戦いを行っている。
「不味いッ!! へファイす……。退避は間に合った、とでも言いたいのぉ……」
臣下には到底見せられない、気の抜けた顔を晒しながらイスカンダルは人心地をつく。
時間にして十秒、この空間に対比できる時間は僅かそれだけ。
人心地を吐き、改めて眉間に皺を寄せる。
『英雄の王』にして、『破壊者』ギルガメッシュ。
その強さを、イスカンダルは改めて知った。
油断も慢心ももはや存在しない、残っているのは王たる責務と焦がれた夢だけ。
人の世は粗方征服した、残るべくは天上の神々のみ。
桃源郷、天国、なんとでも表現できるその世界を征服する。
その一歩として、あの英雄の王に挑まねばならない。
英雄の王に挑み、そして勝つ。
たとえそれが不可能であっても、己が軍を最強と総べるこの意思を示す。
「うぬ、なれば歩みは止まらんとも」
それこそが、征服王の誇りにして傭兵としての契約。
イスカンダルという存在が結んだ、臣下との誇りの契約。
誉は死を以て、戦果は敗北だとしても。
突き進むことこそ、盟約でありイスカンダルが行うべきことなのだ。
世界が、明瞭とする。
何時もの様に輝く太陽を背負うように、黄金の王は漫悠と手を掲げた。
天上の彼方まで、天下の全てを蹴散らすように。
王たるギルガメッシュの一撃が、王たるギルガメッシュの激震が走る。
それは過去の英雄の遺物、過去の英雄の墓。
過去に生きた英雄英傑の魂にして、ギルガメッシュの名の由来。
死してなお、ギルガメッシュに傅く事を選んだ魔剣聖剣の悉く。
その一本一本が、盟主を無造作に。
だが緻密綿密無比極まりなく、全てを殺すように放たれる。
「鬨の、」
口を開く、軍馬を走らせ軍を率いる。
僅か1キロ、僅か1000メートル。
それを縮めるための、それを短縮するための。
王たるギルガメッシュに、力付くで謁見するための。
何より、この世界で史上最強と言われる『王の軍』の。
その儚くも、輝かしき一生の終わりを示す。
最後の戦い、それが今この瞬間から始まった。




