Deviance World Online ストーリー5 『戦争、もしくは蹂躙5』
広い、ひたすらに広いとだけしか言えない草原で。
レオトールは、レオトール・リーコスという『伯牙』は一人の存在を待っていた。
しばらくすれば風が渦巻く、そのまま恐ろしいほどの速度で蹴りが放たれた。
それをレオトールは感覚で、回避する。
直後にレオトールの半径10メートル全てを埋めるように、風の刃が展開されてレオトールを切り刻まんと蠢き。
それらをただの一瞬で破壊すると、首を鳴らしながら目の前に現れた一人の女を見る。
「久しぶりだな、『緑の盟主』」
「なんのつもり?」
「ただの警告と、宣戦布告だ。そう大した話ではないとも、ああ」
直後、二人の足技が交差し一瞬後に放たれたレオトールの剣戟が『緑の盟主』。
否、正確にいうのならばシルフィリア・リーブスシアに突き刺さる。
彼女は北方最速と言われる傭兵、勿論並の相手に劣ることはあり得ない。
だが、それはレオトールに及ぶということにはなり得ない。
「相変わらず手癖足癖が悪い人だ、リーコス」
「其方は相変わらず、速度に頼った戦い方をする。最速を取るのは定石ではあるが、技を持つ相手には些か手間が掛かってしまうぞ」
「ご忠告痛みいる、よ!!」
空中に発生させていた不可視の魔法、その総数は凡そ数千。
常識で考えて、回避も防御も難解だろう。
勿論、その速度も脅威でありまずまずレオトールに回避させる気がないことはわかる。
そして、その上でレオトールが回避できるのもまた事実だ。
「早いな、だが早いだけだ。私と別れておよそ一月と半分、全くもって成長していない。AGIが3000を超えて安心したか? ならば再度忠告と行こう、後に繋ぐ技がないぞ? リーブスシア」
「その余裕な態度が気に食わないのよ!!」
迫り来る数千の魔術の悉く、それをレオトールはインベントリから取り出した鋼糸で切り裂き無力化する。
わずか、0.1秒も必要としない早業。
まるで曲芸、一方的でないにしろレオトールの強さが一際立っている。
「確かにその速さは盟主たる我らでもまともな対応ができん、だからと言って対策がないわけでもない。私の壁になるには些か甘さが見えるぞ、リーブスシア」
「『昇華:精霊』ッ!!」
「『二打不』」
一瞬にして加速し、レオトールの臓物を抉り抜こうとするシルフィリアに正確無比な技を当てる。
本来、盟主同士の戦いで語数が多いスキルを発動するのは愚策である。
特にこの技は『ニ打不』はその文字数が酷く多い、『此れ、二の打ち要ら不』と言わなければ発動できない以上むしろ弱い方のスキルに該当する。
だが、レオトールはその弱いはずのスキルを利用し一瞬にしてシルフィリアの腕を破壊した。
「再度、改めて警告だ。技を磨いておけ、幾ら私が教えたとはいえそこまで単調では些か心配となる」
「……一つ聞きたい、誰に使ったんだ? その水晶大陸を」
「過去の、大英雄に」
「そうか……、もう一つ聞きたい。私じゃ、アンタにソレを使わせることができないか?」
その言葉に、レオトールはあっさりと頷く。
隔絶した実力差はない、ただ半歩にも満たない差がそこにはある。
それはどれほどまでも深く、そして何よりも遠い差だ。
レオトールが北方最強たる所以は、人の臨界まで築き上げたステータスと。
それ以上にその人生全てが戦いと挫折と、そして狂気に染め上げられているためだ。
レオトールの強さというのは、いわば某クッキーをクリックするゲームで転生を行わずに名声を2000得るのと同じだ。
強さは大したことにならないが、転生を行なっている時より多くのスキルや基礎能力を求められる。
其に対して、他の盟主は転生を行って名声を2000得ているようなもの。
確かにステータスの上昇は早く、その実力は簡単に高くなるだろうがレオトールのような基本的なスキルや能力の数は劣る。
つまり、だ。
同じステータス帯に双方が存在していれば、必ずレオトールの方が強くなる。
そして、レオトールのステータスは人間の限界に至っており。
他の盟主は敵うことはあれど、追い越すことはひどく難しい。
「さて、宣戦布告だ。私ことレオトールと、そして異邦人の血盟『混沌たる白亜』はお前ら……。違うな、貴様らよりも先に準古代兵器を強奪する。文句があるのならば、先に取るといい」
「本当に厄介な奴だ、私に其を伝えてどうしろと?」
「私の傭兵団を引っ張り出してもらおうかとな、ちなみに私がいるのは真ん中であり貴様らが攻める場所ではないぞ?」
「本当にあの王は厄介者らしいな、その強さも含めて」
その言葉に苦笑で返し、そのまま手でリーブスシアを追い払う。
そのまま一息吐き捨て、剣を納刀すると。
レオトールは、新たにやってきた一団を見た。
白銀の鎧を身にまとった、プレイヤー最強の血盟。
すなわち、血盟『キャメロット』の軍団だ。
彼らを見て、レオトールは面倒そうに手を叩く。
そうすれば、黒狼が転移させられてきた。
「ぎょぇー、俺が宣誓するの? ヤダよ」
「盟主は兎も角、アレはお前の役目だろう。護衛はしてやるから、さっさとやれ」
「はぁ、まーわかったよ」
黒狼はそう呟き、面倒くさそうに前に歩き出す。
相手も黒狼の、黒い鎧を着込んだ男の姿が見えたようで相手の一段もその場に止まった。
其でも黒狼は、もうしばらく歩きそして止まると気の抜けた声でこう叫ぶ。
「せんせー」
予め言っておこう、今から始まる戦争は我々の常識の戦争ではない。
蹂躙に次ぐ蹂躙、殺戮に次ぐ殺戮。
その果てに見える恩讐が、それがどう言ったものかと笑い合う。
そんな降らないほどに、笑えるだけの戦争だ。
***
黒狼は呑気な声を張り上げ、片手を上げながらこう叫ぶ。
相手を小馬鹿にしたように、相手を全力でバカにするように。
黒狼は、散々相手を嘲笑いながらこう叫んだ。
「せんせー、我ら『混沌たる白亜』はー。正々堂々など最初から考えずー、考えうる限りの卑怯と悪辣な手段を用いて〜。『きゃめろっと』を真正面から打倒することをここに誓いまーす」
空気が凍る、同時に騎士の群れの中から一人の男が現れた。
その男は、その輝ける騎士は。
知っている、存在しない網膜の裏に焼き付いている。
その男の名前は、アルトリウス。
騎士王、アルトリウス。
「君の名前を、名乗れ」
「言う訳ねぇだろ、ゔぁーか。いいや、まぁ別に言ってもいいけど普通にいうんじゃ面白くねぇな。うん、其ならこの男を倒せるのなら別に名乗ってもいいぜ?」
「私を巻き込むな、馬鹿者が」
ヘラヘラと、ヘラヘラとした様子で宣言する黒狼。
その態度に眉間に皺を寄せ怒りを隠そうともせずに、腕を組むレオトール。
反面、アルトリウスは剣を引き抜いていた。
聖剣、エクスカリバー。
最強の兵装、準古代兵器たる最強の武装。
其を構え、一気に振り下ろし。
男は一言、呟いた。
「『エクスカリバー』」
世界を、切断する。
星を穿つような、怒号とともに聳り立つような。
奇跡と奇蹟の結晶体、究極の武装。
迫り来る光、万物滅却するような究極の攻撃の到達点。
其に対して、レオトールは冷静に装備を変更し其を受ける。
「鎧装、『緋紅羅死』」
エクスカリバー、その極光に対抗して世界に遍く概念を焼却せんと渦巻く炎が降臨した。
其でも、エクスカリバーの極光はアルトリウスに迫る。
殺さんと、壊さんと迫り続ける。
だが、其でもなおその極光がレオトールに到達することはない。
「まぁ、こんなものか」
レオトールの言葉、呟きに反応するかのように。
一斉に、レオトールの喉元へ狙いを定めて矢が飛来する。
何度も、何度でも言おう。
回避不能の、一撃。
絶対必中を免れない、物量という一つの回答を得ているソレ。
並の人間ならば対処すら不可能な其らに対し、レオトールは単純に剣を振るだけで全てを破壊した。
其すなわち、究極の絶技。
「『二の太刀要ら不』」
ただの斬撃は、そのスキル発動により周囲を巻き込み破壊する一撃必殺が如きの技へと変貌した。
もはや、迫る攻撃はない。
悠々綽々と歩き始めるレオトールに、そのまま無数の魔術魔法混成攻撃が織りなされる。
訳がない。
其を許すほど、レオトールは弱くない。
もはやすでに先手は打たれている、射った弓をインベントリに仕舞いながらポリゴン片に変化していプレイヤーを雑に眺めた。
その中に、アルトリウスも。
十二円卓も、全員がそこに揃っている。
たった二撃で、全てが沈んだ。
「全くもって、話にならん」
「手加減もなしか、もう少し他の盟主のように遊んでもいいんじゃねぇの?」
「敵に猶予をくれてやる趣味はない、少なくとも私にはな」
「そんなもんかね? ま、そんなものか」
白は、気高さよりも潔癖さを与える。
其は誰も介在できない、誰も染められない空白だからか。
もしくは、誰もが介入できない圧倒的な強さを誇るからだろうか。
「なぁ、レオトール。一つの国を破壊するのに必要なものって、なんだと思う?」
「ふむ、そうだな。其こそ準古代兵器などの、圧倒的な力ではないだろうか」
「俺は違うと思うね、俺がもし国獲りをするとするのなら。俺は一枚の金貨で達成できる、そう考えてるよ」
「……、まぁ真理だな」
黒狼の返答に、少しだけ頭を働かせ理解を示す。
金貨一枚あれば、経済の信用を崩壊させられる。
信用とは、物質に宿るものだ。
物質がそこにあれば、その物質に信用が宿る。
黒狼が金貨一枚を持っていれば、黒狼には金貨一枚を持っているという信用が発生し。
その信用は、発言力へとなる。
金貨一枚など大した金額でありながら、誰でも得られ知っている金銭でもある。
故に、その信用は何よりも膨れ上がって存在している訳であり。
理論上は、そして黒狼にとっては。
容易く、国を滅ぼせる悪魔の力となる。
「人間ってのはこう見えて、案外面倒くさい。台所に蔓延るコックローチのように、いつの間にか増えてるもんだ。だから強い力っていうのは意味を成さないんだよ、二つでも逃せば知らないうちに恐ろしい量に膨れ上がるのだから」
「お前も人間だろうが、黒狼」
「ああ、けど俺は人間である以前に俺だ。俺が人間を見下して何が悪い? 俺も人間だけど、俺も含めたのが人間だ」
「全くもって、話にならんな」
ふざけたように嘯きながら、黒狼は真剣な目でレオトールに訴えかけ。
レオトールは真剣な顔で、巫山戯た言葉と断じた。
互いに共感できない、考えに一定の理解を示しても本心から共感などできない。
そのくせに、互いの行動だけは嫌に理解できる。
この二人は親友ではない、むしろ親友と最も遠いところにある存在だ。
互いに共感を示せないから、本気で喧嘩し得ない。
もしも二人の関係性を示す言葉があるとすれば、其は信頼だろう。
互いに何もわからないが、こうするという確信めいた理解があるからこそ信頼している。
それ以上も以下もない、そんな悪意渦巻く関係性。
「さて、ワルプルギスの建造も最終工程に入り出したらしいな? 俺は基本ノータッチだから何も知らんけどお前は?」
「私も知らん、というかお前の眷属ではあるようなものなのだから自分で其ぐらいは確認しておくべきであろう?」
「いいや、俺は今のアイツに触れたくもない。せめて一言言っとけよ、クソボケ色ぼけゾンビ風情が」
「ふん」
黒狼の言葉を鼻で笑うと、そのままレオトールはため息を吐き転移魔術を発動させてもらった。
その後に続くように、黒狼も転移魔術を発動しようとし。
そして、妨害される。
「誰だ?」
「吾だぞ」
「誰だよ、お前」
「そうだなぁ、名乗るのならば『青の盟主』シーザー・プトレマイオス。其が吾だぞ? なぁ、『黒の盟主』」
その言葉に、一旦黙って。
そのまま、全力で後方にダッシュする。
人生とは走るものだ、何故ならば未知の強敵が現れるから。
などという名言っぽい何かを考える黒狼だが、流石に其は許されない。
普通に拘束されて、プトレマイオスの前にまで連れていかれる。
「俺を食っても美味しくないぞー、精々出汁に使えるだけだぞー」
「見たらわかるぞ、というかよくよく見ればあの森で戦った骨ではないか」
「となればあの時の魔術師ってお前? うわぁ、嘘付きの顔してるわぁ。微妙にイケメンのくせに平然と女を誑かしそうだわぁ、なんだお前。モテない俺に喧嘩売ってんの? 買うぞ? 言い値で」
「今すぐ殺してもいいか? 王、死体だしなんの害にもならんぞ?」
背後に展開された影から現れた筋骨隆々にして顎髭を蓄えた、顔の濃い男を見て黒狼は直感する。
その存在こそ、『征服王』イスカンダルに他ならないと。
案外、恐怖は感じなかった。
底冷えするような、腑を掻き回されるような恐怖はない。
ただただ、そこにいるというだけの感覚しかない。
捉えられ、半ば諦めたように好きにしろーと叫ぶ黒狼。
プトレマイオスは足の拘束を外し、地面に雑に転がし。
そのままプトレマイオスは自分の椅子を作ると、適当に座って二人の様子を見る。
「へぇ、お前が『征服王』イスカンダル?」
「そうとも、儂こそが『征服王』アレクサンダー・イスカンダルである!! そして、改めて訪ねよう。お主こそが、黒狼であるな?」
「そうだ、といえば?」
「何、別段用事があったわけではない。ただ、あの男を変えた存在を見てみたくなっただけだとも」
イスカンダルの言葉に少しだけ警戒を解き、そのまま魔法を発生させようと声を出そうとして。
そうして、声が出ないことに気づく。
やれやれ、そんな様子で肩を落とし両腕を上げ自分が敵わないことをアピールすれば再度声が出るようになった。
「規格外どもめ、北方ってそんなにヤバいところなのか?」
「吾でなくとも、その首一時の間に切り裂くことなど誰でも容易ぞ?」
「まぁまぁ、そう血気立つものではない。其に此度はただ話を聞きに来ただけである、殺し合いならば改めてやるがいい」
「貴様ら!! いい加減にしろ!! 王の御前であるぞ、この無礼者ども!! 特に骨!!」
影から現れ、人の形となった彼女。
つまり、へファイスティオンに対して同じように肩を竦めた黒狼とプトレマイオス。
そして互いに同じ反応をしたことで若干の友情が芽生え、互いに手を取り合いそして握り潰す様に力を入れる。
バキバキ、という嫌な音と共に黒狼の手は粉砕され芽生えた友情も粉砕された。
「痛っテェ!! お前其でも人間かよ!?」
「先に握り潰そうとしたのは其方だぞ? 正当防衛ぞ?」
「おっしゃ、喧嘩じゃ喧嘩じゃァ!! かかってこいよ、へいへいヘイ!! あっさり死ぬぜ? 俺はよぉ!!」
「黙れ、この馬鹿ども!!」
へファイスティオンの怒り、全身を闇に拘束されながら。
横でしれっと逃れているプトレマイオスを見つつ、目の前で笑っているイスカンダルと共に。
黒狼は少し、嘆きを上げた。




