Deviance World Online ストーリー5 『戦争、もしくは蹂躙』
排煙が満ちる、霧に曇った環境に汚染された。
この戦争に頭数は不要だ、ただ一人の最強で盤面は一色に染まる。
グランド・アルビオンの敗北は決定している、だがソレでも戦うことを決意したプレイヤーがいた。
「あれが、僕たちの敵か」
「我等諸人の幸福は我等諸人の不幸によって達成されん、我は神の代行者我は神の代弁者。神の御心のままに我は力を振るい我が眼前に遍く異教徒どもを殲滅せん。戦いとは不幸なれど等価の幸福によって我らは救われる、Amen」
「ドロンと出てきてどんでんドン!! というか雰囲気レイドボス並でござるな、たった3人で倒せる相手でござるか!?」
『騎士王』、アルトリウスが聖剣に手をかけながらそう呟き。
『脳筋神父』、ガスコンロ神父は巨大なメイスを片手で持ち上げ。
『豚忍』、トン三郎は苦無を手に取り戦う準備を整える。
迫り来る霧、奥で佇む存在は盟主が一人。
『灰の盟主』、ブラスト・ブライダーだ。
巨大な戦斧を片手に持ち、恐るるべき量の魔力を発散している。
距離はおよそ500メートル、だがもはや彼の霧はアルトリウス達に到達していた。
トッププレイヤーが3人、ソレでも目の前の存在を殺せる気がしないのは何故だろうか?
「『聖剣、抜刀』ッ!!!!」
アルトリウスが剣を抜く、瞬間に突風が巻き上がり豚忍が超高速で接近した。
横では脳筋神父がメイスを手に取り、霧の中を睨んでいる。
一陣の突風、直後豚忍の悲鳴と共に霧が晴れた。
いや、霧が晴れたのではない。
意図的に、『灰の盟主』の魔力放出を辞めたのだ。
「警告はァァァァ、必要ないな?」
爆発、そうとしか表現できない音と共に空気が震え地面が弾ける。
有象無象ならばもはやこの衝撃で死ねる、だがここにいるのは一握りのみ。
全員が、致命傷を受けるだけで済んだ。
「き、規格外でござるな!?」
「くっ、何メートル離れてると思ってるんだ!? あの本体は化け物か?」
「死ぬ気で倒すしか、突破する術はないなァ?」
直後爆音、急加速し迫るガスコンロ神父。
地面に対する攻撃を行い、ソレにより超加速を成功させたのだ。
豚忍はワイヤーを用いて拘束を狙い、ガスコンロ神父の接近を待つ。
最も、ブラスト相手に時間稼ぎなど意味はない。
斧が振るわれ、爆音が鳴り響く。
一つ、一般的な科学知識として水は蒸発することでその堆積を大きく増やすこととなる。
その増加幅はおよそ、1700倍。
さっきからなり響く爆音は、その水が急速に蒸発し空間をゆらめかせているがゆえに鳴っている物。
では、ではだ。
その水を一瞬で蒸発させる熱量は、一体どれほどの温度であるのか?
ワイヤーが一瞬で融解し、熱が毛穴という毛穴から放出される。
排熱、戦闘行為ではなくただの排熱でこれほどの熱量を発散してくるのだ。
身が焼けるような温度、いや実際に焼けている。
慌てて豚忍が回避を行うが、ソレでも熱を振り切ることは困難極まる。
「『エクスカリバー』ッ!!!」
だから、アルトリウスが援助する。
此度の戦いに置いて、アルトリウスは前衛ではなく後衛。
魔術師として、聖剣の光を放つ砲台としてそこにいる。
流石のエクスカリバーとて、その射程が500メートルもあるわけではない。
勿論、アルトリウスも相応に接近している。
極限の極光、これ以上ない輝きの一撃。
ソレは確かに、『灰の盟主』に対してダメージを与えるに至る。
「『聖守護』、ムゥ。これでは参ってしまう、筋肉にダメージが入っているな?」
「やばいでござる、エグいでござるな!? 環境の中にいるだけで勝手にダメージが発生しているでござる……!!」
「『聖霊の加護』、多少はこれで耐えられるでしょう」
聖書片手に、再度鳴り響く爆音の中で脳筋神父は足を止める。
規格外だ、少なくともアルトリウスの一撃で無ければあの男は対処すらする必要はないらしい。
もはや手詰まり、命を賭けても逆転できるとは思えない。
「ふむ、AAA……。何を今更、神命において神の告げる言葉は絶対に他なりません。私は、彼を押し留めれば良いだけです」
「再確認でござるか!? けれどどう対応するでござる!? 相手は鉄を溶かすほどの熱を発生させる大男でござるよ!?」
「簡単な話、私が筋肉になればいい」
再度、剣が光りエクスカリバーの光線がかの男を焼く。
だが大したダメージにはなり得ない、距離もあるがそれ以上に『灰の盟主』が全てを回避する。
ガスコンロ神父は瓶の口を歯で噛み砕き、そのまま中身を口に放り込む。
そうして、トンに近い重量のあるメイスを片手に一気に迫った。
「『我は神の代行者、我は神の代弁者。私の意思は私の意思でなく、私の血肉はワインとパンでできている』」
「ほォォ? 聖句詠唱かァァァアアア? いいだろう、相手にしてやるゥゥゥ!!!」
神父のメイスが唸り、『灰の盟主』の斧が動く。
血を吸わせた、血液の武装。
体内からも斧からも水と熱が発生し、爆発と共に神父のメイスに迫った。
熱に焼かれる、肉が焦げる。
筋肉が摩耗する、だが鍛え上げた筋肉はそんなに柔ではない。
「『カップ一杯のワインは巡り、たった一切れのパンは私を動かす。私の体躯は神なる言葉に従順であり、私という存在は神に従う一匹の僕たらん』」
全身が薄く輝き、そのまま『灰の盟主』。
すなわち、アッシュの斧を弾き返した。
聖句詠唱、分類的には呪詛や心象世界を展開するときに用いる詠唱と同じ。
言葉自体に意味があるわけではなく、言葉を世界に聞いてもらうことが目的となる詠唱。
この場合は、神たる存在に。
聖霊たる存在に、その言葉を届けることが目的であり。
聞き届けられた言葉は、聖霊たる父の愛に包まれる。
いわば一種の対価魔術、もしくは祈りによる祈祷魔術とでも言い換えればいいだろうか。
神父の体躯はより強靭となり、不可能に贖う奇跡を纏う。
「『父祖たる精霊は子供を見守り、私は子供として貴方の想いに応えよう。私は神の力、私は神の言葉の代弁者。貴方の言葉を代弁し、この汚れた大地に清純をもたらす』」
「よくやった、脳筋神父!! 『エクスカリバー』ッ!!」
神父のメイスが、十字架を模したメイスが湾曲している。
わずか数回、かの斧と殴り合っただけでここまで破壊されたのだ。
もう本当に無理だ、ソレこそ筋肉がその体躯から分かれそうになるぐらいに。
どうせ脳筋神父は遊ばれている、いわばどうでもいい障害。
今、手首が焼けた。
身が焦げ燻っている、だがソレでも進むことこそ。
これこそ、脳筋神父としての心意気と知れ。
声にならない叫び、絶叫と落命の中。
ソレでも笑みを浮かべ、メイスを投げつけた。
『筋肉こそは宇宙なり』は使わない、使えない。
下手な油断はしない、下手な信仰ではない。
祈れ、神に。
胸に下げた十字架を手に取り、インベントリを開いた神父は。
そのまま、一丁の銃と片刃の量産剣を握る。
エクスカリバーが直撃し、肉が抉れている目の前の存在を見る。
恐怖だ、普通の人間ならばその姿を恐怖として見るだろう。
だが、ここに普通は存在しない。
脳筋神父は、普通ではない。
ガスコンロ神父は、神の力を名乗る大男は。
普通という枠で、括れるはずがない。
「『私こそは神の力、我こそは神の代弁者』」
「ほぅゥゥゥウウウ?」
メイスを捨てた、そのまま取り出した拳銃に指をかける。
その背後で豚忍が一気に迫り、直刀を刺そうと動く。
摂氏数千度、ステータスによる補正や魔術による補助をどれほど行っても一分とて持たない戦場。
地面を踏み鳴らし、飛来する聖剣の極光を浴びながらも平然と回復する『灰の盟主』を見ながら。
脳筋神父は、獰猛な笑みを浮かべて迫る。
Pfeifer Zeliska Revolver、地上で最強の拳銃。
象を狩るために作成された、象狩りの拳銃であり用いる弾丸は600 N.E.弾。
つまり、ライフル弾。
およそ人間が扱える銃ではなく、文字通り規格外の拳銃。
そして脳筋神父は、さらにそこに改造を加えた。
脳筋が何故脳筋と言われるか、ソレは非常に簡単で哲学的な話だ。
脳筋、脳味噌まで筋肉で詰まっているような存在。
そんな存在の思考回路など、実に単純だ。
近道を信用できず、石橋を叩いて壊し新たに組み立てなければ納得できない人種。
ソレこそが、脳筋と言われる存在だ。
算数的に言えば、足し算を用いて掛け算の問題を解くような話。
一見愚かしい話であり、誰よりも何かを信用していない存在。
自分しか信用できないからこそ、自分の積み上げてきたものを信仰する人種。
脳筋、それが彼らだ。
そんな彼が銃に搭載した機能は単純だ、何かを信用できない存在が何かを信用するはずがない。
彼が搭載した手段は簡単だ、ソレは連射機能。
連続的に、ライフル弾を放つ機構を搭載した。
バカだ、馬鹿馬鹿しい。
膨大無限の筋力がなければ肩が軽く脱臼し、筋肉繊維が裂けるだろう。
だが流石は脳筋、さすがは神父。
そんな面倒な理屈は思考しない、使えるのならば使うだけ。
腹の底に響く重低音、が連続的に鳴り響き目の前の『灰の盟主』の土手っ腹に風穴を開ける。
脊髄にも届いただろう弾丸、吹き出す血液に追い打ちをかけるように背後から豚忍が。
そして横からアルトリウスが、エクスカリバーを放射する。
プレイヤートップクラス、3人が徒党を組んで迫りダメージを与えている状況。
さしも盟主、『灰の盟主』たるブラスト・ブライダーとて焦りを感じたのか。
その肩を振るわせ、表を上げた。
目に包帯を巻き、3メートルに届くかという身長を持つ大男。
片刃の戦斧を用い、霧を放出する霞の男。
機械仕掛けの人間、デウス・エクス・マキナの申し子。
狂気と狂乱の、最強が一角。
「全くゥゥゥ、詰まらんなァァァァアアアア!!!!!」
満面の笑みを浮かべ、再生する自分の肉体すら吹き飛ばす勢いで周囲全ての水分を蒸発させながら水を発生させて。
何度も、何度も何度も何度も。
TNTを爆発させたかのような、爆発物を連続的に使用したかのような様子で地形を変動させて。
死にゆくプレイヤーを目にしながら、『灰の盟主』は歩き始める。
最初から遊んでいた、それだけだ。
「『我は……、神の代行者』」
「……ほぉォォオ?」
「我は、神の代弁者。私は神の力であり、私の血肉はワインとパンでできている」
絶体絶命、もはや死に体。
だがソレでも神父は底に立っていた、筋肉による鼓動で底に立っていた。
死ねない、死ぬつもりはない。
神のお告げ、神の言葉の代弁者。
神の力たるこの男が、神の言葉を実行できないはずがないだろう。
歯を剥き出して、満面の笑みを浮かべ。
狂気と狂乱、殺意と信仰を掲げ。
一つのスキルを、用いた。
『筋肉こそは、宇宙なり』
倒れるように、体躯から一瞬だけ力が抜け。
筋肉と皮に封じられていた筋肉が慟哭を叫ぶ、もっと鍛えさせろと。
排煙と熱、全身を焼く蒸気の中。
体が震え、痙攣する中で。
迫る戦斧を目にしながら、神父たる男は地面に足を突き立てた。
地面が揺れるように、地震が起こるように。
神の力を自称する、一人の脳筋な神父は両手に持った片刃の剣を差し向ける。
通用しない、皮膚に突き刺せはしてもSTRが足りない。
ソレがどうした、ソレがどうしたという。
荒れ狂う筋肉に思考回路を奪われながら、一周回って冷静となりつつ。
狂気と狂乱、歓喜の殺意を心に燃やし。
宇宙たる筋肉を、全霊を持って動かす。
「私は神の力であり、私の体躯は一切れのパンである。私の体躯には一杯のワインが流れており、私は神の力となる。私は神の代弁者、我は神の代行者。愚かな異教徒を殲滅戦と猛威たる力を振るう一匹の羊」
「懐かしいなァァァァアアア!!!? 香りたつぞォ? いい匂いだ、覚悟を持ったァ人の匂いだァ。そいつはァ、大好物だァ!!!」
「なぁにが人か、なぁにが覚悟か。宣告は行われた、宣言はされている。来い、来い、来てみろ異教徒ォッ!! そぉの一切合切全てを潰してやァァァろう!!」
「吠えるなァ、雑魚がァ!! 殺してやるとも、念入りになァ!!!」
訛った言葉を口に出し、閃光の如く剣戟を行う神父だが。
無理だ、不可能だ、通用しない。
勝てない、戦えない、ダメージがない。
だがソレがどうしたという、ソレが何だと言う。
勝てばいい、獣に思考は不必要。
嵐だ、二人の戦いは嵐だ。
まるで嵐、霧が湧き立ち濃霧が立ち込め。
そんなことが関係ないとばかりに、熱の中で二人の男が武器を振る。
鈍重な斧による斬撃を紙一重で交わし、薄っぺらい片刃の剣を肌で受け止められ。
だがそんな物など関係ないとばかりに、一歩進み。
未だ遊ぶように戦うソレへ、一撃を突き立てんと牙を剥いて。
命を賭して、命を用いて。
一歩前へ、一歩前へと歩いていき。
「何をしている、『灰の盟主』。この程度、苦戦するはずがないだろう。無駄に時間がかかっているから来てみれば、呆れて言葉も言えないな」
背後からの一撃にて、『脳筋神父』は葬られる。
首が切られた、そのまま全身が肉片となってこぼれ落ちて。
最初からわかっていた通り、脳筋神父はなすすべもなく敗北した。
強いっすねー




