Deviance World Online ストーリー5 『再演』
声が聞こえる、声が。
二人の話し声が聞こえてきた、モルガンとレオトールの。
その瞬間に、それまで全ての思考が停止した。
「貴方は、賛成なのですか? 彼女を事実上死なせるという行為に罪悪感などを感じないのですか?」
「彼女の誇りを尊重すべきだろうとも、なれば罪悪など感じる訳があるまい。逆に、貴様はソレに賛成なのか?」
「ええ、何せ面白そうですので」
「全く、貴様らといえば終いまでそうだ」
理解した、理解する、理解してしまう。
分かる、分かった、理解できた。
何を躊躇ったか、何を言わんとしたか。
レオトールが、言い淀んだ原因を理解した。
「テメェッ!!」
「面倒な奴に聞かれたな、モルガン嬢」
黒狼がスポーンし、そのまま振われる一閃。
閃光のような一撃、不意打ちじみたそれをあっさりと剣で弾くと黒狼の腹を蹴る。
壁際まで弾かれ、だが平然と起き上がると黒狼は『第一の太陽』を発動した。
「『説明しろ、レオトールッ!! 誰を死なせるって!? ああ、言う迄もねぇな!! お前の次の発言はこうだ』」
「「『ゾンビ一号は死ぬ』」、それが彼女の選択だ」
影に包まれる、炎にその腕を浸す。
神々の演舞の再演、最強の再降臨。
もはや黒狼に勝ち目はない、だがこの激情を止められない。
「戦いは成立せんぞ、お前は無駄に死ぬ」
「『知るか、ボケェ!!』」
死ぬ、失う。
何のために、誰がために。
分かりきっている、彼女が死ぬのならばそれは黒狼のためしかあり得ない。
何故言わなかった、叫ぶように腕を伸ばし剣を振るう。
だが、当たり前のようにレオトールに受け止められるどころかそのまま腹を貫かれた。
「阿呆め、お前の実力では私に届く訳がないだろう。力の振るい所を間違えたな、愚かにも」
「『バカはお前だ、レオトール!! 何でそんなことを黙っていた!! 何でそんなことを俺に言わなかった、彼女は人間として俺の手を離れたんだろうが!!』」
「本当にそう思うのならば直接聞くといいだろう、戯けッ!! 餓鬼で愚かとは始末に終えんッ!! 一度殺して冷静にさせてやろうか」
「『掛かってこいよ、殺せるものなら!!』」
神速の一撃、黒狼に防ぐ術はない。
一瞬にして腕を砕かれる、まさしく蹂躙だ。
だが怒りは止まらない、体が止まる訳がない。
止まるはずはない、止められるはずがない。
黒狼は、黒狼にとってゾンビ一号とは道具だった人間だ。
自分の手のひらから望んで飛び出した他者、仲間であり同じ盃を交わした他者。
いわば、彼女が望んで自分のために死ぬなどあってはならない。
そんなことは認めない、認めていいはずがない。
黒狼に命を尊ぶべきなどという高尚な思考は存在しない、そこにあるのはただ一つの単純な回答。
命とは通貨だ、通貨でありエネルギーであり価値だ。
その価値を黒狼は認めている、だからこそ道具に命を宿し無類の品物にする。
故に、だ。
自分という価値の決定者の意図を無視し、無類の価値を勝手に使い自分のために消費せずに使い潰す行為を黒狼は許さない。
許せるはずがない、それは唯の友人だからという理由で破滅が見えている契約の保証人になることと同じだから。
もっと単純に言えば、自殺は無駄だから黒狼はその無駄を許さない。
「『何で伝えなかった、言わなかった!? あいつは何を考えている!! 殺すぞ、レオトール!!』」
「伝える理由などない、伝えぬ理由は無数にある!! どうせお前のことだ、彼女の精神を勝手に解釈し自分の都合の良いようにその命を用いようとするだろうが!!」
「『あいつは人間になった、だからこそ俺は手を引いたんだ!! それが、何で俺のために死ぬなんていう話になる!! ボケがァッ!!』」
「頭を冷やせ、『極剣一閃』」
一瞬にして HPの9割が消し飛んだ、だが即座に魔力を HPに変換し息を整える。
勝てない、分かりきっている。
これは勝てる相手ではない、そもそもの基礎が違う。
だが、対話という選択肢を受け入れるには黒狼が冷静ではない。
故に、黒狼は次に襲いかかる一撃への対処を考える。
「思考など無駄だ、分かっているだろう」
「『考えなきゃ、わかんねぇなぁ!!』」
呆れ、嘆き。
どちらとも言える様子で、レオトールは拳を握る。
バカはバカだ、バカは死んでも治らない。
だが幸いにも、ここでは何度も殺せる。
「冷静となれ、そうすれば話をしてやろう」
此れ、二の打ち要ら不。
八極と五芒、陰陽の渦巻きと打撃属性の本流。
黒狼の内側から、骨の悉くが粉砕される。
その結果、黒狼の体は砂となり。
十秒後、黒狼は復活した。
「クソが、いやクソだ。クソ野郎が、何が目的だ? 俺の知らない所で何をした? 全部吐け。モルガンに、レオトール!! 吐かなきゃ殺すぞ」
「軽い殺意だ、それでは殺せるものも殺せんな。掛かってこい、いくらでも相手にしてやる」
「待ってください、お二人と……。いえ、何でもありません。ですが、せめて外でやってくださいませんか?」
止めようと魔術を発動しようとしたモルガンに、全力で目を剥く黒狼。
半分呆れながら下がるように手で制するレオトールに従い、殺気立っている黒狼を見る。
得て物は剣、そして槍。
本来のスタイルに近い、亜種二刀流。
リーチの違いにパワーの差、攻撃力も大きく違うため普通に考えれば強いはずがない。
だが、レオトールは眉を顰め警戒を露わにした。
「吐け、今なら」
「冷静になるか、それとも力づくか。どちらが先か興味があるな、来るといい」
瞬間、黒狼が地面を蹴り槍を突き出す。
それを一歩体を逸らすだけで躱したレオトールはカウンターとばかりに鎧の上から拳を叩き込む。
回避は不可能? いいや、無理にでも。
来ることは分かりきっている、ならば避けられないはずがない。
突き出した槍、残る動作のベクトルを無理に変更し体を地面に急激に沈める。
今度は蹴り、足癖の悪さに辟易としつつその蹴りは正面から受け地面を転がった。
勿論、レオトールは黒狼を追う。
地面に転がった黒狼に狙いを定め、インベントリから取り出した棍棒で追撃を狙い。
投げつけられた棍棒を、剣で弾くと急速に迫るレオトールに向け槍を向ける。
向けられた槍、線でも面でもない攻撃など脅威に能わない。
槍の鋒だけに気を張り、槍を掴むと即座に奪い黒狼に向けて投げつける。
呪いが進行することも許さぬ一瞬の早技、放たれた槍を黒狼は避けることができない。
右肩が破壊される、右腕は使えない。
しかし、それで黒狼が止まるのならば最初から止まっている。
「『ダークバレッド』!!」
接近するレオトールに向けて魔法を発動させながら、自らも剣で応戦する。
迫る弾丸、急所である股間に狙いを定めた攻撃。
レオトールはその攻撃を一切対処せず、黒狼に拳を放った。
戦いは、当然の如く成立しない。
だが、黒狼は自分の怒りのままに戦う。
諭す言葉はない、黒狼の中での予定が大いに狂ったのが怒りの原因であるのだから尚更。
必死に生きて生きて生きて、価値を証明して。
その上で死ぬのならば黒狼は納得できた、だがゾンビ一号は違う。
価値を証明せず、自己満足のために死ぬのだ。
少なくとも黒狼はそう予想し、そしてそれが真実である以上。
レオトールに諭す言葉は、ない。
「落ち着け、と言っているだろう?」
「落ち着けるか、ボケェ!! 何が落ち着けだ、何が冷静になれだァ!? ざけなんじゃねぇ!! 何のためにアイツは死ぬつもりだ、何のためにお前らは殺すつもりだ!!? 言え、吐け!! ほら、早く今すぐ即決しろ!!」
「だから、落ち着けと言っているだろうが!!」
話の通じないバカには拳をぶつけるしかない、拳をぶつけても理解できないバカには殺して理解させるしかない。
殺して、理解できないのならば言葉で諭すしかない。
分かりやすい摂理だ、そして黒狼はバカではあるが獣ではない。
これが無為であり、無駄であるのは黒狼も理解している。
だが無駄であっても、この怒りが消えるわけではない。
「彼女が死ぬ理由など簡単だ、魔道戦艦のエンジンになる適性を元も高く保有しているからに他ならん」
「だから、なんだ!? それは建前だろうが、俺はアイツの本心を聞いてる!!」
「簡単だ、彼女の本心はお前に捨てられたくないということだけだ」
「何が捨てられたくないだ、アイツは自ら人間になったんだろうが!! 自分から俺の掌から去ったんだろ!!」
叫ぶ、叫んで叫んで叫ぶ。
何に起こっているのかわからない、何を怒っていいのかわからない。
彼女は心を得た、心を得るという選択を行った。
だから、黒狼は彼女と決別したつもりだった。
「人間になった? 笑わせるな、彼女は最初から最後まで人間だ。お前が勝手に、人間でないと認識して居ただけだろう」
「いいや、違うね。アイツは俺のレベル上げのために作った肉人形だ、骨と肉と血で完成したアンデッドだ。それ以上も以下でもなかった、そうだ。それ以上でも、以下でもなかったんだよ!! レオトール!!」
「違うな、最初から心はあった。最初から戦うための戦闘人形ではなく、お前と肩を並べる戦士ではあった。故にお前に対する忠誠と愛はあった、だがお前の望みに応えるために全てを封じた。封じてお前と接してただけだ、黒狼」
「ああ、もう訳が分からねぇよ!! お前は何がしたい、アイツは何がしたい!! 合わせろ、答えろ!! 全て、全てだ!!」
レオトールの拳が迫る、二度目の攻撃。
ソレを黒狼は避けようとし、無為に終わる。
避けられない、全身を粉砕され十秒後にリスポーンした。
「……、落ち着いた。いや、落ち着いてねぇけど落ち着いた。モルガン、ゾンビ一号に俺を合わせろ」
「嫌だ、と言えば?」
「ソレでもかまわない、ただこれは盟主としての命令だ」
「ふん、まぁいいか」
黒狼の言葉にレオトールは拳を解き、モルガンは頷く。
息を吐く、そして黒狼は兜を外し自分の顔面を殴りつけた。
頭部が簡単に、飴細工のように砕けそのまま死ぬ。
十秒後、リスポーンした黒狼は装備の全てをインベントリに収納し天を仰いだ。
「何を間違えた、何を行うべきだった? レオトール」
「さぁ、私には分からん。だが、彼女は私たちの知らない場所で悩み考え拗らせた」
「そうか、そうかぁ……。まぁ、いいか。どうとでもなる、どうとでもする」
「できるものならば、な」
転移魔術が発動し、その間に黒狼は少し悩んだ。
この怒りは無為だ、何のためにも誰のためにもならない。
子供が泣き叫ぶような、そんな怒りだ。
横に立つ男を見る、いつか辿り超える通過点の男を。
友人未満、だが互いに一挙一動理解できてしまうそんな男を見て。
黒狼は、自分を恥じた。
「すまん、我儘だった」
「いや、謝罪は不要だ。その溢れんばかりの激情を、私も知っている」
「そうか、なぁレオトール」
「ああ、覚えているとも。故に、問おうか」
再度、その問いかけを行う時が来た。
はるか過去に思える、ほんの数日前の問いかけを行う時が来た。
レオトールは、あの日問いかけられた言葉をなぞるように黒狼に問いかける。
「お前は復讐を望むか? ゾンビ一号に対して、彼女の行動を黙って居た私に対して」
「望むさ、望むとも。望まないわけがない、俺が復讐を望まないわけがない。俺はお前を、お前らを許さない。知って居て黙っていたレオトールを、そんな下らない思いを抱いたゾンビ一号を。お前らに対して、復讐をしてやんよ」
「クックック、なればやはり私にお前は分からんな」
「ああ、平行線上の運命が奇跡的にも交わっただけの人間だからな」
転移が終了した、即座に黒狼は足を動かし始める。
感動などいらない、幸福などいらない。
自由だ、自由が欲しい。
誰しもを支配し、支配され誰も彼もが顔を持つ。
顔のない社会が欲しい、この世の全てが欲しい。
『私は愛に狂える子兎』
詠唱が聞こえた、背後から静止するような声も聞こえる。
いいや、そんな声は聞こえない。
誰も、自由たる混沌を止められないのだ。
詠唱の意味が、嫌が応にでも理解できる。
愛に狂える子兎、自らを子兎と例えた彼女は黒狼に食べられたかった。
殺されたかった、愛されたかった。
黒狼の思いの全てを、まるで子供が親を愛するように欲しがった。
『貴方に思いは告げられない、私は思いを紡げない』
黒狼は彼女を道具としか見ていない、だからこそこんな恋は伝えられない。
伝えて終えば、黒狼はゾンビ一号を人間と見てしまう。
人間として認識し、二度とまともに取り合ってくれなくなる。
だから、人間としての恋心は紡ぐことができない。
愛して欲しくて、愛したくて、愛されたくて、けど愛せない。
ただ激情は、もはや彼女に止められる炎ではなかった。
『貴方を私は愛しましょう、けれど貴方は私を愛すの?』
愛さない、愛せない、愛されない。
どれほど激情を抱えても、黒狼はゾンビ一号を信頼すべき道具としか認識せず。
もはや、当然の如く黒狼は愛に答えない。
泥鳥の難行の再演だ、少なくとも黒狼はそう感じた。
あの時と一緒だ、もしくは最初に拗れたあの時点から全てが拗れたのだろう。
あの日あの時、あの瞬間。
彼女は自分の愛情に理由をつけた、名前をつけた。
その名前は、恋だ。
人が人に対する恋だ、彼女はその愛情をそう名付けた。
恋する乙女は最強だ、ソレは恋を辞めようとする自分にすら牙を向く。
『我が愛こそが到達点、もはや見えぬ激情の果てに』
彼女は到達していた、自分の恋に答えを当てた。
廃人になり、恋という己に自分が妬かれるぐらいならばと彼女は思った。
彼のために、黒狼のために。
もはや目を焼き尽くされ、もはや体を焼き尽くされ。
もはや見えぬ激情の果て、ソレでもなお燃えることをやめない心に彼女は心の底から願う。
叶わぬ恋だったと、故に居てついてくれと。
「ざけんな……」
もはや、あと一歩だ。
あと一歩で、辿りつく。
最初からズレていた物語は、結局解れず終幕を迎える。
だが、ソレでも。
黒狼は、叫ばざるを得なかった。
「ふざけんじゃねぇぞッ!! ゾンビ一号ッ!!!」
目の前で、誰よりも美しく。
綺麗な、綺麗な氷のような水晶のようなソレに包まれるゾンビ一号を見ながら。
黒狼は、叫んだ。




