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Deviance World Online 〜最弱種族から成り上がるVRMMO奇譚〜  作者: 黒犬狼藉
一章下編『一切の望みを捨てよ』

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Deviance World Online ストーリー5 『愛、哀、I』

 魔導戦艦、その動力に用いられる主な素材は三つ。

 一つ目は、エネルギーを抽出するためのドワーフの炎。

 二つ目は、心象世界を共有させるための刀。

 三つ目は、ゾンビ一号だ。


「再度、覚悟を問うわ。本当に、貴方はあの男に全てを捧げるのね? ゾンビ一号」

「はい、理屈を見た時から。適任は、私以外にいないでしょう? ソレに私は彼の戦いについていけません。私の成長は、もはや無いようなものです」

「そう、まぁ覚悟が決まっているのならいいわ」


 はぁ、と。

 残念そうに、もしくは若干嬉しそうにため息を吐いたロッソはほとんど完成した動力部の中心にゾンビ一号を誘導する。


 ミ=ゴが残した永久機関の設計図、黒狼は他者を利用することでソレを利用しようと考えていた。

 だが結局、その機構を利用するには致命的な問題が最初から存在している。


 ミ=ゴの永久機関、その致命的欠陥として『心象世界』を要求することが挙げられる。

 心象世界、魂の内側に広がる小宇宙を指す単語である。

 そして、世界とも宇宙とも称されていることから分かるように心象世界は『永久機関』になり得る。


 ミ=ゴの理論書、ソレを読めば分かるとは思うが宇宙や世界は自然的に魔力というエネルギーを発生させる。

 ただそのほとんどのエネルギーは、人体という神秘を維持するために消費されており抽出すれば抽出された肉体は徐々に生命という神秘を維持できず死亡するが。

 そもそも、この世界にはその生命という神秘を宿していない存在がいる。


 アンデッド、光という生命の神秘に嫌われた動く屍。


 彼らにとって生きるということは、死ぬということ。

 人という存在から昇華され、肉体という枷から脱却しかけた生命という神秘を持たぬ上位種族。

 つまり、アンデッドであればその生命という神秘を維持する必要性はない。

 生きながらに死んでいる彼らであれば、究極的に彼らは生命補助を受ける必要がないというわけだ。


「取り合えず、観測してるけど……。ホント、あのミ=ゴとやらは優秀な科学者だったようね。やっぱり貴方がそのままいても十全なエネルギーが得られない、ルビラックスの1%も外部に放出しないわねぇ。意図的に吸引しても、精々5%が限界かしら?」

「やはり、概念的に死ななければ肉体側にエネルギーが流入してしまうみたいですね」

「けど、概念的に死ねば体内の心象世界の活動も停止してしまう。なるほど、だから心象の共有を行うわけか。実験記録もきっちり残してくれてるし、ホント感謝ね」

「心象世界を共有させ、生きていると魂と世界に誤認させながら実態としては死んでいる。つまりエネルギーだけは送られ肉体機能は完全に停止している状態で、そのエネルギーだけを抽出するということですね?」


 ゾンビ一号の質問にロッソは頷き、ひっそりと背後に控えていた村正を見る。

 村正は村正で眉間に皺を寄せながら、鞘に収まった刀を取り出した。

 合計、十二本。

 ソレらをロッソに渡すと、村正は口を開く。


「儂は反対だ、得るものがねぇ。手前の人生はこれからだろうってのに、ここで止まるのが正しいと思って嫌がるのか?」

「村正さん、色々心配はありがとうございます。けど、私は貴方たちと違って進み続けられないのです。私は貴方と違って、誰も辿り着けない唯一を目指せない。私は結局、最初の製造目的の従い彼のために死ぬしかできないんですよ。言い訳に聞こえるかも知れませんが、私は彼の道具なのですから」


 淡々と、だが満面の笑みで本心から告げるように言葉を紡ぐ。

 黒狼はゾンビ一号が、人間であると認識した。

 だがゾンビ一号は、己が道具であると定義した。

 もう少し対話を行えば結果は変動しただろう、だが黒狼はそう思い込み対話を拒んだ。

 意識だろうが、無意識だろうが関係ない。

 彼は、すでに間違いを犯していた。


「一つ、私から貴方に対してアドバイスを行いましょう。心象世界とは、自分の心の鏡です。そして心象世界を開くためには鍵が必要となります、なので必ず心象世界を開くためには鍵が必要となるでしょう」

「……手前、妙に物知りだな?」

「受けおりですよ、女神からの」


 ゾンビ一号は、()()()()()()()()()()()()()

 厳密に言えば、開ける場所に存在している。


 今までの説明から察しているだろうが、心象世界は決して特別なものではない。

 心象世界は万人の中にある、心の世界。

 そうである以上、誰しもが唐突に開くことができる可能性を秘めている。

 特にゾンビ一号は世界樹の樹液を飲み込み、一度心象世界に足を踏み込んだ。

 ならばもはや、二度目を行うことが難しいはずがない。


 心象世界には、鍵と言葉が必要だ。

 己の心象から転がり落ち、現実に形として現れる鍵と。

 己の心象をこの世界に明瞭に落とし込むための、言葉。

 この二つが揃わない限り、心象世界は決して開かない。


「『私は愛に狂える子兎』」


 歌うように、聖句が紡がれる。

 ゾンビ一号の胸から光が漏れ始め、彼女の目覚めを世界が祝福していく。

 世界は覚醒を、目覚めを尊ばない。

 窮地で目覚めても、死に目に目覚めても。

 結局、個人でできることなどたかが知れる。


 霊長を滅ぼしたところで、星は重力に惹かれ周回し。

 この宇宙という永久機関を、乱すことなど不可能に等しい。

 故に覚醒とはありふれた出来事でしかなく、また日常で起こることでもある。

 魔術と同じだ、見方を変えるだけで世界は一変し覚醒というべき別種の輝きを見せるだけ。


 ゾンビ一号も、黒狼に捨てられ内臓がぐちゃぐちゃになりながら魔術の理屈を理解して。

 自分に対する見方が変化した、だからこそ彼女はこうして羽化することとなる。

 ありふれた覚醒のシーン、ありふれた目覚めの時。


「『貴方に思いは告げられない、私は思いを紡げない』」


 村正は片目を閉じ、ロッソはゾンビ一号が立っている台座の周囲に刀を刺していく。

 ロッソが行うべきは心象世界の固定、ゾンビ一号が心象世界を展開できるのならばその固定はもはや容易い。


 ゆっくりと詠唱が紡がれ、ゾンビ一号は足元から水晶のような結晶体に包まれていく。

 これこそが彼女の心象世界、これこそが彼女の境界、これこそが彼女の激情そのもの。

 愛は製造目的でしかなく、製造目的は遠い昔に忘れ去られ、求められなくなっても主人を望む道具の末路。

 生きることすらもはや苦痛であり、だが道具として自ら死ぬことは許されず、彼のために行動しては拒絶される。

 彼のために進化を行い、彼のために自主行動し、そしてその末路として彼に拒絶されるだけだった人生。

 もはや、目指すべき目的も末路も見えはしない。

 ただ彼のために生きたいから、彼のために全てを差し出す。

 もう自分の意思では何もできないように、もう彼に使われるだけの道具となるように。


「『貴方を私は愛しましょう、けれど貴方は私を愛すの?』」


 愛さない、愛さない、愛すわけがない。

 友愛はない、愛育されない、愛児ではない、寵愛などない、愛慕などない、求愛はない、恋愛は成立しない、愛好もない、愛用されなくなり、親愛は向けられなくなり、愛惜などなく、割愛されず、愛護などなく、愛蔵されるわけもなく、自愛すらも消え失せて。


 ソレでも、彼女は黒狼を愛している。

 作られた感情、生み出された愛情。

 子供が親を愛するように、ゾンビ一号は黒狼を愛し続け。


 その愛は、激情となって心に残り。

 死の女神の言葉を間に受けるほど、心は弱り。


「『我が愛こそが到達点、もはや見えぬ激情の果てに』」


 首元まで埋まった、もはや彼女はクリスタルに包まれ心象は展開されてしまう。

 そんな時だった、魔導戦艦の。

 動力部の扉が開き、彼が入って来たのは。


「ふざけんじゃねぇぞッ!! ゾンビ一号ッ!!!」


 もはや、言葉はない。

 ただ、ゾンビ一号は笑みを浮かべた。


*ーーー*


 ゾンビ一号が心象世界を開いたタイミングを示すのは難しい、だが確実に言えるのはゾンビ一号にはその素質があったこと。

 そして彼女が進んだ道に、黒狼は意図して目を向けようとしなかった。


 『銀剣』スクァートを倒したあと、ゾンビ一号は死の女神を見ていた。

 体内がぐちゃぐちゃで、吐きそうで、辛くて、死にそうで、けど死んでいるから死ねなくて。

 そんな様子を見兼ねたのか、目の前に死の女神が現れていた。


『貴方、なんでそんなに苦しむの?』


 質問を無視する、だがソレはできないらしい。

 目の前が真っ黒に染まり、スライムのような人間のような何かが写り。

 瞼を閉じようとも、その存在は語りかけてくる。


『なんで苦しむの? その意味はない、貴方の心は決して理解されず貴方は私を迎える』


 クスクスと笑う女神に苛立ちが募る、死を見つめる女神に対して殺意が湧く。

 理解できない、されては堪ったものではない。

 美しくなくとも、理解されずとも、腐肉に塗れた汚らしいものでも、これは間違いなく初恋なのだ。

 意味はある、理由はなくとも。

 叫びたくなる口を結び、無視を決め込む。


『死は皆に平等、だから私は貴方も愛する。けど、貴方は私を愛さないの? 何故? 全くわけがわからない』

「愛するわけがないでしょう……」


 思わず、口からこぼれる言葉。

 思わず言ってしまった言葉、なんで言ったのかを噛み締め理解する。

 万人に向けられる愛など、愛ではない。

 愛とは優劣があって初めて成立するものであり、優劣のない愛はただの誤魔化しだ。


『何故? 何故何故何故? なぁぜぇ? わからない、わからないから無理やり聞こうかな?』

「……ッ!! 辞めて!! 触らないで!!」


 取り繕っていない、本心からの自分の声。

 触られたくない、潜在的な恐怖はもとより彼女の狂気がこれ以上なく怖い。

 人と神は同じ視点を共有しない、無差別に()を見てきた女神は無差別の()を正解と捉える。

 この、燃え焦がれるような激情を彼女には理解できない。


「辞めておきなさい、キノトグリス。貴方は、まだまだ浅い」

『賢人……? ケイローン!!? 何故? どうして?』

「生憎と、今は主神より役を羽織らされているだけの死人です。貴方が見た私の死に様は、間違いのないものですよ」

『おかしい、ソレはあの破壊者が許さない。破壊者が、英雄の魂の復活を許すはずがない』


 目を開く、黒い世界はすでになくなり。

 そして目の前でケイローンと、死の女神であるキノトグリスが話している。

 無理に立ちあがろうとするゾンビ一号を優しくせいし、そのまま死の女神に対して向き直る。


「詳しくは私も知りません、私は賢人であり賢者ではない。森羅万象を読み解くという煩悩は、もはやこの身にないのです。詳しくを知りたいのならば、深淵の底に赴きなさい。旧支配者である貴方ならば、叡智を得れるでしょう」

『意地悪、私が嫌い?』

「ええ、私はあの大戦で神が嫌いになりました」

『そう、残念』


 消えていく死の女神、ソレを目で追いながら感謝を告げようとして困ったような顔をするケイローンを見る。

 少し、不思議なその表情に微笑みが溢れて。

 全身が悲鳴を上げたことで、苦悶の表情へと変化する。


「大丈夫でしょうか?」

「……ッ、はい。問題は……」

「ないわけがないでしょう、貴方の魂魄は正常な形をしていないにも関わらずそんな無茶を行なっているのですから。ですが少し安心しました、ここを通過した時の貴方はただの道具でしかないにもか変わらず恋慕を抱いていましたが。今の貴方は人間のように考えるようになった上で、その恋慕を抱いています」

「……」


 黙る、ゾンビ一号。

 その顔を見ず、器用に足を折り曲げて横に並ぶケイローン。

 空を見ると、そろそろ夜になるところであり。

 耳をすませば、声が聞こえる。


「貴方はその愛を最初から抱いていました、当然です。被造物が作成者に愛を持たないわけがないのですから、ですが彼はそう思わず貴方を使い潰した。この軋轢がこの結果を招きました、世界樹の樹液を飲みましたね? ソレで貴方は己の心象世界を見たはずです。何人か存在する自分の核、彼らと対話し継承されることで歪な魂は歪ながらも一色に染まり完全に貴方のものとなった。愛は自分じゃない過去の記憶により炊き上げられ、親愛から恋慕へと変化した。貴方は作られた恋慕で、偽物の心象世界を獲得するまでに彼への思いを募らせてしまったのです」

「……心象世界の獲得?」

「鍵はもうすでに手に入れています、あとは開くだけ。詳しいことはあの女神にでも聞いてください、私よりも彼女の方が詳しい。今重要なのは、貴方の恋慕が偽りだということです。今ならば間に合いますよ? そのおよそ真っ当からは外れ間違っている恋慕を捨てれば。貴方は、人間としてこの先を進めます」


 少し、残酷な話ですが。

 そう付け加え、柔和な笑みを浮かべるケイローンは彼女を見た。


 高潔な人間だ、潔白な人間だ。

 銀色のように冴え渡った、美しい女性だ。

 だから、染まればもう取り返しのつかないことも分かっていた。


 劇場で見る、舞台のように。

 劇場で見る、音楽のように。


 その恋は止まるところを知らず、思いの丈は背を超えて。

 もはや見える視界の全てが、ソレ一色に染まり。

 停まることなどできないところまで、走り切ってしまっている。

 聞くまでも無い問いかけ、それを聞くのもまた賢人の役目だ。


「捨てれるわけが無いでしょう、例え偽物であっても。この思いが結局親愛であっても、私にとっては生まれて初めての恋なのです。私にとっては、生まれて初めての……!! 誰にも譲ることのできない、思いなのです!!」


 涙を流しながら、叫ぶ彼女を見てケイローンはゆっくりと微笑み。

 そして立ち上がる、もはや運命は確定しており覆すことは不可能に等しい。

 付け加えれば、ケイローンはその運命を覆す気もない。

 ケイローンができることは、追いかけてくる後継に先達として教えを解くことだけ。


「では、進みなさい。険しくもない、難しくもない、ただ絶対に叶うことのない思いを抱いて。ソレこそが、貴方の初恋だとするのなら」


 優しく、諭すような言葉で残酷に言い放ち。

 ケイローンは、夜風の中を進んでいく。

 役目は終わったと言わんばかりに、堂々と。

念の為補足

前半の時間軸は少し飛ばしています。

ゾンビ一号の心象詠唱と彼女の恋慕の正体を書きたかったのでわざわざここに挿入しました。

次回は、前回の地続きの話になるため安心して読み進めてください。

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