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Deviance World Online 〜最弱種族から成り上がるVRMMO奇譚〜  作者: 黒犬狼藉
一章下編『一切の望みを捨てよ』

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Deviance World Online ストーリー5『交渉』

 模擬戦では結局、黒狼は良いとこ無しであった。

 黒狼の行動を理解されていること以上に、そもそも体力が追いつかない。

 最初こそ集中力が残っていたが、最終盤は威力調整された極剣一閃すら避けられなくなった。

 全力で戦ったにも関わらず良いとこ無しで地面に倒れ伏す黒狼、反対にレオトールは生き生きとしている。

 相手が黒狼とはいえ、存分に動けたのが嬉しいらしい。

 ステータスも8割程度戻っており、戦闘行為にも支障は無くなってきた。

 とはいえ、青の盟主と戦った反動で体は未だボロボロ。

 この戦闘でも多少の動きに支障は発生しているが、ソレはソレ。


「いやホント、化け物め」

「よく言われるとも、馬鹿者」

「うまく返した積もりかよ、ったく。あー、ヤッテランネー!! お前と戦えるかよ」

「……、いや戦えるさ。今のお前に足りないのは武器とステータス、動きに関しては私の全力と遜色のないモノだ。鍛え上げれば、剣一本の私とは引き分けるだろう」


 珍しく弱気な発言に、黒狼は上半身を上げる。

 そしてその発言の意味を悟った、この男の発言は弱気などではないと。

 レオトール・リーコスの強さは結局、黒狼でも辿り着ける位置にあるらしい。


「疑問に答えてやろう、はっきり言って私は弱いぞ? 唯一剣技においては北方でも上位に位置するが剣至と言われる本物の狂気とは引き分けるが精々だ。私が強いのは負けぬように全ての手段を弄するから、つまり負けないから強いのだ」

「馬鹿馬鹿しい発言だけどなんかわかった、ってアレ? ちょっと待て。剣士、って言ったか?」

「ニュアンスが違うな、剣に至ると書いて剣至だ。北方ではたまに見かける称号持ちの化け物で、水晶大陸無しでは引き分けが精々。ほぼほぼ同格とはいえ、最低でも盟主レベルの強さは持っている化け物どもだ。子が目指す夢として傭兵と剣至の二つが挙げられるぞ、私も一時期は剣至となり鏖殺の放浪旅にでも出ようかと……」

「お前レベルをたまに見掛けるってバグか?」


 黒狼の言葉に、少し悩んで答えを返す。

 その答えは如何にも単純で、剣に至った人間は自分を高める為の放浪の旅を行うかららしい。

 よく見掛けると言うよりは、嫌でも目につくと言う形。

 というか、血の道が出来上がるためそこに沿って歩けばすぐに見つかるとのこと。


「うーん、頭が痛くなってきたな」

「何を驚くことがある? 私はソレらの戦いで負けたことはないぞ」

「あ、逃げたことはあるのね」

「鎖を使って遠距離から弱らせた、魔術を不得手とするのならばその手法が一番有効なのでな」


 クソ戦法を使っていたと聞き、頭を痛める黒狼。

 言い換えればそこまでのクソ戦法を使わないと殺せないレベルの相手らしい、頭が痛くなる。

 黒狼としては北方に結構興味がある、この男が苦戦する敵など見てみたいレベルだ。

 いや、ヘラクレスがいた。

 確かにあのレイドボスは、レオトールでも苦戦した。


「彼奴の武器は結局奪わなかったな、そう言えば。何か呪われてそうで、あまり触れたくなかった記憶がある……。もしや復活でもしてないだろうな……? いや、復活していないはず……」

「えぇ、ナニソレ」

「まぁ、気にするな。剣至と言われる化け物連中は偶に完全に消失しても剣から復活することがある、多分剣に魂を注いでいるのだろう。とはいえど基本的に気儘に鏖殺するだけで、害はない」

「その鏖殺が害なのでは?」


 面白いことを言う、などと言うようにキョトンとした目で見返してくるレオトールを見て常識の違いを理解し黙る。

 北方では殺し殺されが当たり前らしい、随分と多産な地方なのかと思いつつ口を慎む。

 少なくとも皆殺しを行っても、多少程度問題のない人口はあるらしい。


「ああ、そう言うことか。鏖殺とは言っても基本的には強いモノ同士で殺しあい満足することが多い、数千人規模で死ぬのは珍しい話だ」

「随分多産なんだなッ!? オイ!! 言う気はなかったのに思わず言っちまったじゃねぇか!?」

「多産というか、アレだ。一夜の過ちが多いだけだ、娼婦など溢れかえるほどにいる。やはり戦いが絶えない土地柄である以上、欲求も膨れ上がるに決まっていよう」

「へ、へぇ……」


 微妙に言葉に詰まる黒狼、下ネタを語るのはキャラクター性が崩壊しそうで何もいえなくなる。

 少し、微妙な空気が流れて数分。

 十分に回復した黒狼は立ち上がると、そのまま体を伸ばす。


「汗、掻いてるのか……?」

「もう乾いた、それに魔道具も仕組んでいる。こう見えて湯浴みせずとも清潔だよ、私は」

「了解、じゃぁ会いに行くか。陽炎の女郎に、さ?」

「油断するなよ、あれは傾国の類だ。私の知り合いに妲己の血縁がいるが、同じ匂いがする」


 レオトールの心配、というよりは忠告に黒狼は舐めんなよと笑う。

 相手が傾国の女? 馬鹿をいえ、そんな程度で怖がっていてはあの王を倒すのは不可能に近い。

 あの王、『騎士王』アルトリウス。

 王殺しを達成するのに、なぜ傾国ごときで怖がらなければいけないというのだ。


「さて、早速交渉に行くか。『我が身、虚身(うつろみ)故夢幻(ゆえゆめまぼろし)我が身を隠せ(フェイク・フェイス)】』」

「くだらん偽装だな、だが有効ではあるだろう」


 変装した黒狼を見てそんな感想を漏らしつつ、レオトールは少し首を捻る。

 それだけで雰囲気が一新された、同時に装備も多少変更される。

 白を基調とした王侯貴族のような服装、しかしゴテゴテとした飾りはなく大人しく纏っている。

 剣の位置を軽く整え、いくつかのスキルを調節すればどこからどう見ても貴公子がごとき様相を誇っていた。


「さてケイローンに転移を頼むか、毎度毎度雑に頼んでおり申し訳が立たんが……。まぁ、本人も協力的ではあるし恩寵に縋るとするか」

「ある意味怖いな、あの賢人」

「誰が怖いと申しましたか?」

「ヒョヘッ!?? 一体いつの間に!!?」


 背後からニコリとした笑顔で声をかけてきたケイローンに全力で驚く黒狼、そのまま後退りし言い訳を考える。

 反面、にこやかな笑顔をしたケイローンはレオトールの頼みを聞きそのまま門を開いた。

 不気味、怖いなどと言われても驚かすだけで済ましているところに人間性の違いを知る。


「帰る時はいつも通りその魔法陣に魔力を流してください、適当な場所に開きますので」

「毎度毎度すまないねぇ、今後ともシクヨロ!!」

「黒狼、最低限の礼儀は保っておけ」


 そのように話しながら門を潜る、その先は人目のないグランド・アルビオン王都近郊だった。

 適当に装備を確認し、正門の方へと向かえば陽炎の姿が見えた。


 いや、陽炎だけではない。

 重装備に身を包んだ人間が軽く10人は存在している、その異様な雰囲気は周囲にも伝播し軽い騒ぎが起こっていた。

 そこへ、黒狼は堂々と歩いていく。

 一切臆した様子はない、当然レオトールもだ。


「来たでありんすか」

「来ねぇと思ってたのか? 流石にあそこまで啖呵切ったんだ、来ないはずがねぇよ」

「御託は結構、早速商談の場に移るでありんす」

「へぇ? 一体どこを用意した?」


 黒狼の挑発的な笑みに対して、陽炎は眉を顰めながらも指を鳴らす。

 吐き気と違和感、平衡感覚の歪み。

 転移魔術の発動、それを感じていれば衝撃が起こる。


 ここは? 疑問に思う黒狼に対して、レオトールは近くにあるソファーへ造作なく座った。

 無礼千万、しかして上等。

 喧嘩を売られた、喧嘩を打った。

 ならば、最低限以上の礼儀を纏う必要はない。


「どうした? そこまで、私が無作法なのが気に食わんのか?」

「……、挑発のつもりならばやめておくでありんし。その挑発は、無駄でありんす」

「おいおい、喧嘩腰は辞めろよ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべる黒狼を見て、陽炎は眉を顰めた。

 嘲笑、だ。

 少なくとも、その笑みは嘲笑でしかない。

 相手を侮蔑するために向ける、攻撃性のみで構成された笑みだ。


「で? どれぐらい用意した? あの護衛も一緒に連れてきたんだ、そりゃもう大金だろう?」


 周辺に待機する大楯を持ったモノどもを見る、プレイヤーもNPCも混じっていそうだ。

 ククク、そう笑う黒狼に対して陽炎はニンマリと笑みを浮かべる。

 手を叩けば、彼女の背後から黄金の光が漏れ出てくる。

 カーテンを開いただけ、なのにこの場の雰囲気は大きく変化した。


 流石の黒狼とはいえ、息を飲むのを忘れる。

 虚を突かれたように、少し呆然としつつその黄金を数えようと指を動かし始めていく。

 ソレでも数えられない、数えきれない。

 数えるのも億劫になるほどの金貨を見て、黒狼は圧倒され。


「けど、少ないな。お前、レオトールを買うつもりだろ?」


 だが、不敵に笑みを浮かべた。

 圧倒され、空気をつかめないとでも。

 相手の思惑を読み解けないとでもいうのか? 否、まさか。

 これだけの量の金貨全てを使い切ってでも彼女が成したいことがあるとするのならば、ソレはレオトールの買収以外にない。

 傭兵として生きているが故に、彼女は金銭で買えると踏んだ。


「……ここにあるのは、1236億7892万Gでありんし。わちきが保有する全財産のおよそ8割、ソレでも彼を購入はできないと?」

「肩書きを間違えていないか? 北方の伯爵にして『伯牙』、『白の盟主』のレオトール・リーコスだぞ? そんな安値で買えると思ってんの? 最低でもその3倍は用意してもらわねぇとなぁ?」

「……まぁ、普通に考えれば3倍は言い過ぎだ。とはいえ、今からの相場を考えれば確かにその程度では安すぎる。これから滅ぶ国の貨幣に、なんの価値がある?」


 レオトールの言葉に、震撼を覚える陽炎。

 陽炎は、この交渉をあたるに行いこの短時間でこれだけの金貨をかき集めた。

 市場に流通している以上と思えるほどの金貨、普通では運ぶことなどできない量のソレ。

 どうやって入手したというのか? 簡単な話、偽造していた金貨を用意した。


 現実において、そしてグランド・アルビオンにおいて金とは絶対的な貨幣価値を誇る。

 埋蔵量に限界が存在している、それ以上に錬金術なども魔力的干渉が以上に良い。

 また使用用途は広く、だからこそ金は完全な貨幣価値を持っているはずだった。

 だからこそ、この贋作でもある程度は許されるだろうと高を括っていた。

 何せ、贋作といえども金は金。

 金に含まれる価値は変動しない、故に交渉にて使えると考えた。

 だが、この男はソレを無価値と言った。


「金、黄金、欲の塊。確かにソレは貨幣としては十分だろう、だがその金が貨幣価値を持つのは国があってこそだ。国が存在するからこそ、その金貨は金貨たり得る。だから、滅ぼせばその貨幣価値は消えよう」

「馬鹿な!! 金の価値は絶対普遍でありんし!! たとえ国が違えど……。まさか、まさかッ!?」

「北方では、金は一定数以上存在している。何せ『ラインの黄金』が存在するのでな、暴落まではしないが……。裁量次第で増やせもできる、故に北方の通貨では金は幾許か価値が低い」


 それ以上に、と言葉を続ける。

 グランドアルビオンは滅ぶ、そして新たな貨幣が台頭したときにその貨幣の価値は大きく下がるだろうと。

 そんな国の貨幣を貰っても仕方がない、もし本気で自分を買いたいならばその数倍は必要だと語った。


 交渉の土台が違う、レオトールは国が滅ぶ前提で交渉をしている。

 だからこそ、彼を買うのならば国が関与しない価値あるものを用意しなければならない。

 もう、詰んでいる。

 その品物は、今の陽炎には用意できない。


「まぁ、そんな顔をすんなよ。俺とは交渉できるんだから、さ?」


 殺意を、抑える。

 憎たらしい、憎々しい。

 憎悪が燃え上がる、この男はどこまで化け狐を愚弄すれば気が済むのかと。

 本来は掴むはずだった、掴んでおくはずだった金を支払うという絶対有利な立場。

 そこに念押しし、上から貨幣の重みで殴る予定だった。

 だが、その予定は崩される。


「……、なんで。価値を認めるのでありんしか? なんで、この金貨の価値を」

「俺は、滅びないって確信してるからか? この国って存外滅ぶ気がしないんだよな」


 ククク、と笑いながらソファーに座った黒狼は呆然とも憎悪とも言える顔で尋ねる陽炎にそう返した。

 黒狼もギルガメッシュの言葉を知っている、当然レオトールも。

 だからと言って結論が同じとは限らない、レオトールは遠くないうちにグランド・アルビオンが滅ぶと予想し黒狼はしぶとく生き残るだろうと予想した。

 この交渉は、それぞれがその前提を持って行っている。


「さて、始めようか。何から欲しい? レオトールのことか? 王の軍か? ソレとも、盟主のことか? 全部教えてやるよ。その、金貨を積み上げればな」


 意地の悪い笑みを見て、吐き気すら湧いてくる中。

 そんな一切思い通りにならない、交渉としては失敗している状況の中。

 それでも陽炎は満面の笑みを、仮面として被った。

 この交渉を行えた時点で、一つでも情報を買った時点で。

 交渉は、成功していると同義なのだから。

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