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Deviance World Online 〜最弱種族から成り上がるVRMMO奇譚〜  作者: 黒犬狼藉
一章下編『一切の望みを捨てよ』

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Deviance World Online ストーリー5『模擬戦』

 敗北は、別段少ないことではない。

 陽炎にとって、敗北は常だ。

 だから命を掛けない、ソレは換えが効かないから。


「アレが、北方最強……」


 今回はそういう意味では成功だ、二度目があるとはいえ死なずに『白の盟主(ブラン)』。

 レオトール・リーコスと相見えた、ソレは何よりも価値のあるモノだった。

 そして、認識の違いを思い知らされた。


 相手は北方に生きる傭兵、その価値観は計り知れるモノではない。

 知った気になっていた、いつものように掌で転がせると考えていた。

 甘い、その思考は慢心であり油断だった。


 現在を生きる化け物、理性と叡智が重なる暴力の怪物。

 王侯にして、兵士や戦士の違い。

 騎士の様に誇り高く、されど生き汚い傭兵の道を歩む存在。

 あの拳は本気で殺す気だった、最悪復活するまで待てばいいと言う考えがあった。

 生き残れたのはあのケンタウロスが用意した結界があったからこそ、もしもソレがなければ確実に殺されていた。

 恐ろしい、この上なく。

 恐ろしくないはずがない、この世界を生きる最先端の最強の本気の殺意を受けたのだから。


「お嬢様、大丈夫でしょうか?」

「早く、出ていきなさい」


 現実での陽炎、彼女はシャワーを浴び汗を洗い流すと太陽を見る。

 そして親に暴かれないように部屋の清掃プラグラムを起動させ、綺麗に整った部屋に戻る。

 ベッドには大量のクッションが置かれており、一見すればただの少女の部屋だ。

 しかし彼女が壁に手を這わせれば金庫が出てきた、ソレを開き中に入っている仮想通貨のデータを登録したチップを手に取る。

 そのままソレに頬擦りし、不安を落ち着かせた。


 無駄だ、この時間は無駄でしかない。


 この一秒間で何千、何万という金を喪失したか考えたくもない。

 いや、考えなければならないのだろう。

 だが考えれば考えるほど、吐き気が出てくる。

 レオトールという無限大の価値を秘めた爆弾、その交渉で失敗したという事実に。

 もしも、だ。

 もしも100金貨で購入できれば、最低どれだけの儲けを得られたか。

 まずは探究会に1万Gで売れるだろう、そして情報封鎖を協力させた上で地方貴族に横流しし安全を担保する形で貴族の資産を一部取り押さえられる。

 その上で、王族に情報を提供しアルトリウスに対して戦時中のみではあっても継続的な協力権を得られた可能性が高い。


 この戦争は十中八九負ける戦いだ、だからこそその前にこの国の価値を吸い尽くす必要がある。

 だからこそ、本来は欲を出さずに買い取る必要があった。

 そう考えれば買い叩くことを考えた時点で、負けていたに等しいのだ。


「何を弱気になっている、私」


 馬鹿か? その考えこそが弱気の証明なのだ。

 欲を出さない方が良かった? まさか、欲を出さなければレオトールという男の実力を。

 少なくとも、あの恐怖を知らなかった。

 彼女は、陽炎はレオトールの強さを無料で買ったのだ。

 

 確かに、多少は心象が悪くなったかもしれない。

 もっと良いやり方もあっただろう、だがその方法ではあの男の恐怖を知らなかった。

 あの恐怖は、北方という狂気の一端をこの時点で知れたという事は。

 これ以上ない、価値がある。


「あの黒狼とかいうプレイヤーもクソだ、あのレオトールとかいうNPC風情もゴミだ。この世界で唯一の価値があるのは、私だけだ。その私がなんで、恐怖しなけりゃいけない?」


 目の下にクマがある、戦争が始まって以来VRCを活用した睡眠しかできていない。

 ソレほどまでに、体が興奮している。

 金がドブに捨てられているかのようなこの世界に、狂気的な幸福を覚えていた。

 命という価値が無いかのように振る舞うプレイヤーたちに、命を史上として動くNPCの間の溝。

 体が内側から震え、愉しさにより悦に浸る。


「交渉をやり直す、持ち得ている全てを使って搾り取る。そのためには、あの男の実力を知らなければ……」


 ブツブツと、ブツブツと。

 ブツブツと、ブツブツと、ブツブツと、ブツブツと。

 奇怪な言語、騒々しい中で纏まらない思考。

 人間的な自分、守銭奴としての自分。

 様々な側面が内側で叫びあい、だが最終的に利益を得ようと足掻いている。

 この美貌を消費しろと自慢げな自分は叫ぶ、安全策を取ろうと臆病な自分が告げる。

 五月蝿いと、怒る自分もいれば。

 良いじゃないかと、傍観する自分もいる。


 そして、最終的にその思考全てを投げ捨て。

 陽炎は、結論を出す。


「とりあえず、全力で相手をする。絶対に買い叩いてやる、適正価格で買い取ってたまるものか」


 ゾッとするほど低い声だ、その声で告げられた殺意の言葉は。

 暗い笑みを浮かべる陽炎を誰も見ていないのと同じく、誰も耳にしなかった。


*ーーー*


 黒狼は想定より大幅に遅れそうな交渉により大きく予定を変更し始めた、と言うよりは目下問題となっている戦力不足を解決するために何が必要かを考え始めた。

 攻撃力は十分だろう、ハッキリ言ってレオトール一人でお釣りが来る。

 勿論、総合力で考えれば未だ足りない。

 様々な話を統括し、戦うべき相手としてレイドボスたる黒騎士と最低でもキャメロット全員に対しての時間稼ぎを行わなければならない以上レオトール一人では流石に懸念が残る。

 だが最低でもレオトールだけで攻撃力は十分だ、であれば目下足りていないのは防御力だろう。


「根本的に硬い奴がいないんだよなぁ、精々ゾンビ一号だし。けどアイツも正面受けは出来ないだろ? VIT1000とか行ってる奴はいねぇかな?」

「ん? 私のことか?」

「面白くねージョークだな、ククク。違う違う、というかお前はアタッカーだろ? タンクが欲しいって言ってるんだよ」

「分かっているとも、しかし困ったな。貴様ら全員、防御防衛には向いていないだろう? 教えたくとも不向きなことを教えてしまっては仕方がない」


 レオトールの言葉に軽く賛同する黒狼、ネロは言わずもがな。

 ロッソやモルガンは壁役に不向きであり、黒狼はそもそもHPがさして多くない。

 村正は一見近接だが、ビルドとしては技巧特化型。

 本人曰く、強く見えているのは純粋に柳生に習った技術があるからだそうだ。


「俺が壁役になれればいいんだが……、ビルドが確定していないし」

「お前の方向性はどちらかと言えば前衛に立てる召喚士(サモナー)だろう、だが召喚獣が居ない上にそもそもスキルの方向性が定っては居ない。お前が目下行うべきことは単純に、近接技能を磨くことだ」

「積み重ねがないのは厳しいねぇ、というかケイローンに渡されたアーツの書物も割と使ってんのにアーツは入手できないし何なんだよコレ」

「まぁ、察しは付いている。ただ正解とは限らんのでな、やはりモルガン嬢にでも見せるべきではないか?」


 驚きながらレオトールを見る黒狼、そりゃそうだ。

 彼が名前に嬢などとつける様子など見たことがない、どんな風の吹き回しだと思って軽く睨むように見る。

 コホン、少し気まずそうに咳払いをして言い訳がましく言葉を綴るレオトール。

 どうやら魔導戦艦関係で仲良くなったらしい、春が訪れたか? とニヤニヤしているところにレオトールはツッコミを入れる。


「言っておくが、私はコレでも妻帯者だぞ?」

「ウソ、だろ……?」

「本当だ阿呆、まぁ政略結婚に近しいがな。成人した時に貰った嫁がいる、その時は貴族としての行動も活発だったのもあって貰わなければ逆に戦争になっていた関係で貰ったのだ。関係自体は友人未満と言ったところで性交渉もまぁないが、元気にやっていると言う話はたまに聴くとも」

「つまり童貞?」


 黒狼の言葉にNOと突き返して、話題を変えるレオトール。

 触れられたくはない話題ではある、というか下世話な話を活発にしたい人間の方が少ないだろう。

 軽く咳払いを行い、再度話題を戻した。


「壁役の用意と言ったが、ヘイトを集めるのならば現在はゾンビ一号だけで十分だろう。まぁ、いつかは死ぬだろうし限界もある。個人的な提案としては外部から人間を呼び込むか、新規でアンデッドを作成するなどか?」

「巫山戯、前者は論外だ。モルガンの幸運がバグってるだけでキャメロットを相手にするのなら協力したいプレイヤーは得難いだろ、ソレに後者に関してはあと十日程度で完成させ切るのは不可能だ。ロッソと協力して魔改造しても根本的な戦闘技術が間に合わない、動かない壁は要らねぇ。戦える壁が大前提だ、だろ?」

「無理難題を言う、しかしそうなればお前が強くなるのが手早い。他全員は方向性が確定している上に、ソレを磨くことを主にした方が成長を妨げにくい」

「……、やっぱしお前と戦って純粋に経験を稼ぐべきかなぁ?」


 最善はな、と呟くレオトール。

 時間を考えれば流石に厳しい、ゾンビ一号があそこまで強くなったのは一ヶ月間一睡もせず戦い続けたからだ。

 黒狼は若かったと笑うが、VRCの擬似睡眠機能をオンにしてほぼ24時間遊び続けているのは今も変化ない。

 少なくとも、それだけの時間を戦い続け尚且つ幾つかのズルがある上の強さを考えれば流石に割に合わない。

 

「そうなれば装備を整えるべきでは? 今のお前はただの骨だ、剥き出しの体で戦われても……。逆に殺さない方が難しい、せめて村正かロッソの二人に装備でも作ってもらえ」

「金がねぇ」

「なるほど、確かに装備を付けない理由に足りるな」


 現在黒狼は進化の階位が低下し、鎧はもう存在していない。

 刀は作れるが、ソレはHPに直結する以上まともに使えないだろう。

 つまり今の黒狼は、武器なし鎧なしのクソ雑魚野郎というわけだ。


「なー、なんかくれない? ゾンビ一号には買ってあげたらしいじゃないか」

「贈り物と強請るのは話が別だ、ソレにお前に渡しても碌な使い方をしないだろう? 態々大枚を叩いて買ってやろうという気にならん」

「クッ、否定できないのが辛い」

「本格的に使い道のない事実上のゴミならばあるが、要るか?」


 出された金属塊を見て要らねぇ、と呟く黒狼。

 流石に金属塊を加工する術を黒狼は持たない、というかこの金属塊をどうやってこの男は扱うつもりなのだろうか。

 またインベントリの容量は重量によって決定されている、目の前の馬鹿はどれほどのインベントリの容量を保持しているのか。

 疑問は尽きないが、一度口を閉じて息を吐く。


「とりあえず、決闘じゃー!! ご乱心じゃー!! 戦うぞゴラー!!」

「……、何故?」

「いや、悩んだらとりあえず体を動かすべきだって聞いたことがないから」

「聞いたことがないのか……、馬鹿か?」


 心底呆れたような顔をして、レオトールは装備を切り替える。

 体を休めるためにいつもの外套を脱いでいたのだ、流石に過去に殺したモンスターと人間の怨念がこもった装備では心は休まっても体は休まらないらしい。

 だが模擬戦闘、もしくは多少の訓練とはいえ戦うのならば話は変わる。

 となってくるといつもの装備でなければ、逆に体が違和感を訴えるのだ。


「仕方ない、木剣は貸してやろう」

「槍もよこせー」

「仕方ない、素手で来るといい」

「すいません、剣と槍を貸してくれませんかくださいよこせよこしやがれ」


 一切の反省の色のない黒狼を一見し、そのままケンタウロスの村の郊外に向かう。

 訓練場はこの時間帯、活発な子どもによって遊び場にされている。

 そんな場所で戦いなどという殺伐としたことを行うのは、やはり道徳に反するとレオトールは考えた。


「さて、この程度離れれば問題もないか? 魔導戦艦にダメージを入れない程度に軽く遊ぼうではないか」

「あそび、ねぇ? 馬鹿にしてんのか?」

「当たり前だろう、お前程度に本気を出すまでもない」


 直後、黒狼はインベントリの中から金属製の角を取り出し変形させる。

 長さはほどほど、大きさもほどほどの片手剣。

 ソレを二振り用意して、擬似的な二刀流にすると黒狼は武器を構えた。

 誘っている、レオトールの初動を。


「さて、軽く腕試しから行くか。『極剣一閃(グラム)』」


 放たれる一撃、黒狼の反応速度では対応できない超高速。

 ソレを間一髪で回避し、続く蹴りを剣で防ぐ。

 勿論、その蹴りは剣での防御の意味を成さず肋骨を砕き黒狼を吹き飛ばした。


「阿呆か? 阿呆だったな」

「イテテテテ、けど完璧だっただろ?」

「フン、ダークシールドを用いればもう少しどうにかなったはずだぞ?」

「まさか、その場合は蹴る勢いを強めてただろうが」


 肩を竦めて、ソレでも行うべきだったというレオトール。

 確かに結果が変化ないという言葉こそ、結果論の究極系。

 本当に変化がなかったのか、ソレは行わなければ観測不可能。

 いわばシュレディンガーの猫だ、可能性という箱の中に存在する結果という猫は観測するまで確定していない。


「だが負けん気は良い、死んだ経験が積もったということか。『極剣一閃(グラム)』、流石に避けるな」

「なんで分かるんだよ!?」


 レオトールが視線を外した瞬間に、黒狼は全力で剣を投げた。

 が、結果は見え透いていた。

 体を少し動かし、投げられた剣を避けて欺瞞代わりに使われたネメアの獅子皮の隙間を縫ってグラムを放つ。


 その動きを察し、文句を口にしながら迫り来る拳を肩で受けた。

 流石に回避不可能、この男に近接戦で競り合う以上何かを犠牲にしなければならない。

 肩を破壊され、落ちる腕を掴み刀に変形させてカウンターを放つ。

 最も、軽く小手先の動きで骨刀を破壊された。

 否、それだけではなく体を捻って膝で蹴られた剣で頭部を貫かれる。

 危機一髪、流石に死ねる。

 回復は不可能と悟った黒狼は、HPバーの消失を確認した。


「訳ねぇだろうが!!」

「急に叫ぶな、死に体」

「いや、ナレーションに殺されたような気がしてさ」


 死ぬ? この男が? 意地でも負けから逃れようとするこの男がそう簡単に負けるわけがない。

 確かに、頭部に剣が突き刺さっている。

 だがソレがどうしたというのだ、剣を引き抜きながらインベントリからポーションを取り出し剣で壊して浴びることで急速に回復。

 そのままその水晶剣で攻撃を放とうとして腕ごと、破壊される。

 対処があまりに物騒すぎて思わず言葉を失う黒狼、模擬戦じゃないのか? と視線で責める。


「人の剣を勝手に取るとは失礼な」

「お前がいうか? 黒狼、ソレはどちらかといえば私の言葉だぞ?」


 レオトールのツッコミを華麗にスルーした黒狼はそのまま『第一の太陽』を展開して死亡し、そのまま再度復活した。

 どうやら、未だ闘い足りないらしい。

 ニヤッと笑うような動きを取り、剣を再度構えた黒狼に対してレオトールは静かに剣を構える。

 瞬間、黒狼は足を失った。

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