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Deviance World Online 〜最弱種族から成り上がるVRMMO奇譚〜  作者: 黒犬狼藉
一章下編『一切の望みを捨てよ』

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Deviance World Online ストーリー5『はじめの一歩』

 机の端を叩き、ゆっくりとティーカップに手を掛ける。

 そのままため息を吐き、モルガンは眉間に皺を寄せた。

 怒り心頭、その原因は目の前にある。


「申し訳ないが、協力してはくれないか? 『王の軍(ヘタイロイ)』と戦うためには君の魔術が必須だ」


 机を対称とし『騎士王』アルトリウス、彼が言った言葉はモルガンにとっては到底納得のいくものではない。

 彼が言った言葉は、可能な限り殺さないように捕縛しろ。


 不可能云々以前に、何を言っているのだこのバカは? 破壊しかできないその聖剣を持ったことで頭までとち狂ったのか? といいたくなる口を無理に閉じる。

 それでも、その正しさを翳すからこそこの男は聖剣を引き抜いたのだろう。


 しかし、その正しさは身を滅ぼすのは確実だ。

 この男は間違いなく、『王の軍』を甘く見積もっている。

 モルガンは『王の軍』の脅威度を未知数と認識していた、何せ少なくとも彼女の技を児戯が如く扱う魔術師が一人いるのは確実なのだから。

 モルガンからすればグランド・アルビオンさえ滅ばないのならば融和の道を歩む方がよっぽど賢明に感じる。


 しかし、アルトリウスからすればそうではない。

 彼は、『王の軍』を常識の範疇で認識している。


 正しく相手を認識しているのは、モルガンからすれば征服王に無闇に手を出し捕まった一部血盟とこの国の王だけだろう。

 先の戦争に参加したすべての冒険者、騎士団のほぼ全ては殺されきっている。

 王の勅令、そして幾ばくかの興味とともに調べた先の第一次侵攻。

 そこで行われた虐殺は、戦争ではなく蹂躙だった。


 本当に、改めて『王の軍』という存在に恐ろしさを感じた。

 記録によれば戦場に出れば、そこに立つ存在に一切の容赦無く殺し尽くしたらしい。

 慈悲や救いを与えない、必死の懇願も亡命すら許容しない集団。

 戦いの土台に立てば、こと彼らは友人すらも手を掛けるだろうという雰囲気がある。


 そんな相手に慈悲をかける? バカを言うな、と言うのがモルガンの本音だった。

 かの征服王は、二度目の進行でも国をおとなしく明け渡すのならばその心意気に免じて幾許かの財宝と首で許すと明言している。

 その交渉を蹴り、この国は愚かしくも戦う選択を得た。


「バカを言わないでくださいませんか? もう懲り懲りです、この二日三日でどれほどの被害が発生したと? ゲリラ戦に耐えるだけの国力はこの国に存在しない。私の転移魔術にも限界があり、ルビラックスの運用はこれ以上ないほど限界に向かっている。その対価が、新たな戦禍だと? ふざけるのも大概にしていただけませんか? 私から言えることは、これ以上人を死なせたくないのならばおとなしく降伏することのみです」

「何のために、僕たちはここにいると思っているんだ!? 僕らがこうしてこの世界へやってきたのは運営が『この国を救え』と示しているんじゃないのか? 君は、ゲームのシナリオを壊す気なのか?」

「運営は、自由だと謳いました。それ以上でも以下でもないでしょう、アルトリウス」


 国境線など関係のない、全てを蹂躙するかされるかの戦い。

 全くもってこれ以上の干渉を行う気にはならなかった、特にモルガンにとっては。

 そもそも、彼女の目的はアルトリウスに対しての勝手な憎悪。

 またそこから行われる、過去に用意されていた聖剣の持ち主を裁定する『義正』を行うことに他ならない。

 この男は何をトチ狂っているのかは知らないが、表立って何も行動しないだけでモルガンは潜在的な敵であるのだ。

 まぁ、アルトリウスにとっては頼れる味方程度の認識だが。


「これ以上無理な助力を頼み込むのなら、砂国などにでも向かいましょうか? 探究会の第二拠点が完成しているとの噂も漂っていますし」

「……、はぁ。仕方ない、けど僕は征服王と話がしたいしそれに可能な限りNPCを殺したくない。もし、心変わりしたら是非とも協力してくれないかい?」

「……まぁ、あり得ませんが」


 渋々、そんな様子で肯定したモルガンの顔を見て少しは喜びながら部屋から出ていくアルトリウス。

 そんな彼と入れ替わりに、一人の男が入室してくる。

 だが入ってくる手前で、その男はアルトリウスに気がついた様子だ。


「おや? まさかサー・アルトリウスとモルガン殿は恋仲だったのですか……。これは失礼をいたし……」

「まさか、そんなことはないさ。……あれ? 君の名前を教えてくれるかい、あまり見ない顔だからね」

「ハハハ、一応無所属なので……。名前は……、バーゲストとお呼びください。最近始めてキャメロットに入るのをお勧めされてたのですけど、自分は少し色々見てまわりたくて入るのを遠慮しているのです」

「ああ、そうだったのか。まぁ、入るも入らないもその選択は君の自由だ。是非とも僕は、君の選択を歓迎しよう」


 ニコリと微笑み、そう言って退出するアルトリウスに軽く一礼したその男は部屋に入るとドスリと椅子に座った。

 そのまま顔に手を当て、口を動かす。

 その様子を見て、モルガンは先ほどと違う感情を露わにしながら紅茶を口に含んだ。


「さすが坊ちゃんだな、こうして敵が入り込んでるって言うのにさ」

「裏切る理由がありませんからね、彼からすれば。個人的な、真っ当な理由なしに命を狙われているなど考えもつかないのでしょう」


 顔の、否。

 全身の魔力が一気に変化する、『顔のない人間』の効果の程を改めて知ったモルガンは感嘆の息を吐いた。

 やはり変装偽造において、これ以上のスキルは存在しない。

 さっき入室した彼が、バーゲストと名乗った黒狼を見たときモルガンは彼が黒狼だと言う思考に辿り着かなかった。

 思考に規制がかかっているのかもしれない、一度目の時点でおおよそ予想はついていたがこのスキルは『筋肉こそは宇宙なり』に並ぶ規格外のスキルだろう。


「そういえば、どうやって内部に潜入したのですか?」

「簡単だ、ロッソがそれ専用のアイテムを開発してくれたんだよ。認識を改竄するんじゃ、認識を改竄したと言う結果が残る。このスキルはそこまでは改竄できないらしい、だから改竄したと言う結果を置き換える」


 ニヤリと笑った黒狼は、とある刀を取り出した。

 作成者は一眼見てわかる、それほどのレベルの刀は村正以外では作成が不可能だ。

 そしてその武器を見たとき、モルガンの疑問はテント店で繋がり線となった。


「面白い、顔のない人間に刀という顔を付与したのですか。人であれば疑問に思いますが、データで処理している機構には動く刀を疑問に思いません」

「村正が作成する武器は文字通りレベルが違う、魂が宿った武器だ。魂を見られてるとしても全部この刀へ向けられる、結果として俺がモンスターである事実は覆われるってことだ」

「些か防衛機構に疑問を抱く内容ですが、あなたの心象が顔のない。すなわちまっさらな状態であるからこその話ですね、魔術では再現が不可能な分野です」

「お? できないの?」


 黒狼の疑問に、モルガンは肯定する。

 魔術とは魔力の操作が大前提になる、故に魔術を発動すれば必ず魔力のゆらめきというものが発生してしまう。

 規模次第とはなるが魔力視持ちでもなかなかそのゆらめきは観測できない、しかしこの機構はそれすらも観測できるらしい。

 だが錬金術を前提にした代物であれば、ゆらめきは発生してもそれを誤認させる方法が可能となる。

 もちろん簡単ではないが、それでも優秀なロッソであれば不可能なはずがない。


「分野の違い、というものです」

「負けを認めないその姿勢、嫌いじゃねぇぜ?」


 黒狼の返答に、分野の違いですと言い返したモルガンは早速魔術を用いて分身する。

 分身、そう分身だ。

 モルガンは分身が可能である、過去の発言からそれは明確であったのだがその場を改めて見た黒狼はやはり驚愕を隠せない。

 どうやって、操作しているのか。

 一瞬聞こうか迷い、結局やめる。


「じゃ、迷宮に戻るぜ?」

「「おや、何故です?」」

「チャットで伝えたがケイローンの協力が得られた、細かい話は後でになるが……。いい加減、ゾンビ二号を魔道戦艦にする。その建造を進めなきゃならんだろ? 何せもう二週間を切ってんだから、あの王様を信じるのならば」


 黒狼の言葉を聞き、ふむと少し悩んだ様子を見せそのまま歩き出す。

 納得した彼女を見て、黒狼は地図スキルを展開した。

 さぁ、物語の終わり。

 もしくは、彼の奇譚の幕開けはもうすぐだ。


*ーーー*


 迷宮に一時帰還した黒狼は、化粧が行われているゾンビ一号を見て息を呑んだ。

 可憐、もしくは嶺美である。

 疑問が浮かび上がり、故に疑問のままに彼女に疑問をぶつけた。


「なんで化粧をしてるんだよ、ゾンビ一号」

「何故かレオトールがやって来たんですよ、どうです? 似合ってますか?」

「うーん、個人的にはもう少し暗い感じが好きだな。元の青白さと相まって、死化粧にしか見えねぇ」

「もう少し、どうにか言葉を選びなさい。相手は女性ですよ、そんな言葉を言って嬉しがると思っているのですか?」


 モルガンに嗜められた黒狼は、はいはい可愛いよと投げやりに言う。

 その様子を見て少し目を伏せた後に、ゾンビ一号は笑った。


 気色悪い、そんなふうに言いながら黒狼も笑うとケイローンを探すぞと告げる。

 ケイローン、彼は明確に迷宮内を自由に移動する手段を有しているのは明白だ。

 だがⅫの難行ではそれに頼ることが不可能であった、理由は不明だが本人が頑なに拒否したらしい。

 しかし今回は違う、今回はあのケイローンの力に頼ることが可能だ。


「だから探すぞ、ケイローンを」

「まぁ、私はここにいますけどね」


 勢いよくそうつげた黒狼の背後で、本の項をめくりながらケイローンはそうつげた。

 というか迷宮に戻るも出るにもケイローンの力は必須である、当然近くに存在しているに決まっていた。

 ケイローンは魔力を操作して、魔法陣を作成し空間に巨大な穴を開ける。


 真っ先にモルガンの方へ、振り向く黒狼だが彼女の意識はここに存在していない。

 やられた、その思いが巡るとともにこの男の恐怖を理解する。


「化け物め、見られたら困る技術をそう簡単に使うなよ」

「おや、善意からですよ。時代が進歩するということは神の逆鱗に触れることに他なりません、神の逆鱗に触れた人類文明は多少なりとも崩壊しました。私は霊長たる人の存続を願い、この星が継続することを祈っていますので」

「で、これは例の空間をつなぐゲートか?」

「はい、まぁ一方通行ですので向こうから呼ぶ形になりますが」


 ケイローンがそう言った途端ゲートの大きさが一気の広がる、巨大なんていう言葉では示せない。

 莫大、無窮、超常的な大きさ。

 そのゲートの先、その門の向こう側から影がこちら側へと迫ってきた。

 黒狼が獲得した、迷宮での戦利品。

 名を、ゾンビ二号。

 数日ぶりの対面に、黒狼は笑みが先に溢れた。


「態々ありがとな、色々と」

「感謝は人が得たコミュニケーションの一つです、良いことですよ」

「だな、うん」


 横で寝ているモルガンの頬を叩けば彼女はすぐに目覚めた、そして叩かれた頬を抑えながら目の前に広がる超巨大な鳥を見つめる。

 大きい、大きいとは聞いていたが予想以上に巨大だ。

 半以上に言葉を失いながら、呆然とするモルガン。

 その様子を見ながら、ケイローンは静かにこういった。


「では、私は他に用事があるので」

「こいつはここにおいててもいい感じか?」

「変わらぬ日常は心を腐らすもの、あなたたちの気が済むまで構いませんよ」


 ここまで親切だと裏がありそうで怖いが、それでも先ほどの上位者ぶりを見た後だと何も言えない。

 というか、推定基本スペックでも軽くレオトールを上回るであろうヘラクレスを封じていた迷宮だ。

 逆に考えればこれほどの化け物がいるのが、ある種当然なのやも知れぬ。


 とりあえず感謝の心は忘れずに、先に地面にゆっくりと落ちていくゾンビ二号を見る。

 恐ろしいものだ、生々しく抉られた傷に焦げついた表皮を見て黒狼はそう思う。

 これほどの敵を倒しても、その先があったⅫの難行。

 二度と挑戦する気はなかったのに、蓋を開ければこのように舞い戻ってきたという事実。

 それを噛み締め、ゆっくりとアバターには反映されない笑みを浮かべる。


「モルガン、見ろよ。始まるんだぜ? 戦争が」

「…………何を言いたいのです?」

「サイコーに、このゲームをエンジョイできそうじゃね? これって。この状況、ってさ」


 黒狼の言葉に、同意も否定もしない。

 モルガンの目的と、黒狼の目的は違う。

 だがその道中が交わったから、協力しているのみ。


 しかしだ、しかし。

 少し心の中の自分が同意しそうになる、黒狼の言葉を。

 紛うことのない本音が、確かにこの世界をゲームとして捉えその世界で楽しんでいる自分を肯定しようとする。

 だから、モルガンは自分の心を偽らずにこう言った。


「バカを言うのもほどほどに、私たちが目指すのは国家転覆。ようやく入り口に立っただけで、興奮することなどどこにあるのです?」


 間違いなく、興奮はある。

 だからこそ、その興奮はちっぽけだ。

 わざ態々内心を覗き、知ろうとしなければ見れない感情など本心ではない。

 色めく頬はすぐに戻り、モルガンは呆れたように魔術を展開した。

 空中に浮かぶゾンビ二号、その骨子や肉に関する情報を得るために。


「全く、お堅い令嬢かよ」

「氷の魔女ですが?」

「ちぇ、面白くねぇな」


 吐き捨てる、言い捨てるようにそういうと黒狼はあくびを一つ行い。

 そのまま地面に寝転んだ、どうやら寝るつもりらしい。

 自由奔放ぶりに呆れつつ、その横で座ろうとするゾンビ一号を見てモルガンは一言だけ彼女にいう。


「始まりますよ、貴方が稼いだ猶予を潰す戦争が」


 嫌な言葉だ、彼女の命は一冬を稼ぐしか出来なかった。

 だが、確かにそれによって救われた命がある。

 ゾンビ一号の中に眠る、眠っているであろうスクァートに向けて。

 彼女の献身に敬意を示し、その全てを台無しにするかも知れない罪悪感を抱きながらモルガンはゆっくりと。

 静かに、杖を握りしめた。


 春は過ぎた、もうすぐ夏がやってくる。

 初心者、傍観者の時間は終わった。

 運命は、異邦の旅人を巻き込んで複雑怪奇に絡まっていく。

 その中で、黒狼たちは何を見るのだろうか。

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