Deviance World Online ストーリー5『約束』
息をするのも忘れてしまう、息をするのすら嫌になる。
畏れている、畏れゆえに死にたくなる。
「なんだ? ああ、少し威光が強すぎたか。あの愚かな下郎は今はいない様子であれば確かに、凡夫にも足りえぬ下郎どもであれば死にたくもなろう」
彼らは一斉に咳き込む、唯一息をしなくても生きれる黒狼のみが其れでもなお感じる威圧感に関わったことを失敗と悟る。
生物としての位階が違う、レベルが違う、この王の底など見えることすらない。
地面で伏せながら、王に首を垂れながら。
ゆっくりと、VRCの警告を無理やり切断する。
「約束を履行する、って何を?」
「下郎風情が我に問いを投げかけるか、無礼千万も良いところだ。だが仮にも客人として一度は迎えた存在、多少たる無礼を見逃してやろう」
「無礼を承知で、ッ」
モルガンが口を開いた、瞬間空間から剣が彼女の喉元に突きつけられる。
王は、玉座から動かない。
ただ少し不機嫌そうに眉を顰め、そのまま鼻を鳴らすとこう告げる。
「精霊の骸を再利用したか、となればあの妖精すら死ぬほどの幾千の年月が経った。ふむ、存外世の理が移ろい下郎どもが蔓延るのも当然の話であろうな」
「彼女の発言は許可しないのか?」
「笑止、その体躯に馴染みはあれどその下郎はまた別人だ。そしてその下郎に着せられた恩がなくば、積もない。何故、我が凡百無才と話さねばならん? 下らん質問はするなよ」
「非礼を詫びる、確かにお前の言うとおりだ」
全身全霊で逃げ出したい、そう考える体を堰き止め思考を加速させていく。
殺される、その手段には思いもよらないが間違いなく殺される。
モルガンの喉元に突きつけられた剣を見ながら、黒狼はその結論を出したところで。
「無礼者め」
モルガンの首が飛んだ。
「命を賭けるのは構わん、だが場を弁えよ。謁見の席にて無礼を働き、さもや我が宝物を解析しようなど愚かにも程がある」
モルガンが、ポリゴン片に変換されない。
つまり、未だ死んでいない。
不可解不可思議、奇怪極まる状況に黒狼は焦りを隠せなくなってきていた。
会話するごとに、刻一刻と悪い方向へと向かっているような感覚を覚えていく。
「だがそこの鍛治士、アスーの見た目をしているということは文化としてはチォンコックかその周辺の国だな? 良いだろう、答えよ下郎」
「異世界の地域を聞いてもわかるもんなのか、手前は」
「ククク、クハハハハ!! 全てを識る者とまで称されたこの我に知識の有無を尋ねるか!! ククク、無礼ではあるが胆力はいい。仲間の死を見ても臆さぬ姿勢は気に入った、それに腰に差している刀。其れは下郎が作った者であろう? なれば腕も良いと来た。アレの作り手であることを考えれば我のものにしても良いやも知れぬな、まぁその要件はほどほどで止しておこう」
黒狼以外で、初めて発言が許された。
つまり、話が通じない怪物ではなく目の前の存在は話が通じる怪物だ。
一瞬だけ、折れかけた心が復帰する。
今すぐ投げ出したい気持ちが少しだけ、萎える。
「本題って?」
「二度も我に……、いや別段仔細を語ったわけではないな。であらば一から丁寧に言ってやろう、其方の方が我としても都合がいい」
「ありがてぇ」
「まずは此れより十四日後の夜、この大地に君臨し続けたレイドボス。あの黒き騎士を殺すことになる、と言う前提が存在する。嗚呼、とは言え深く気にする必要など無かろう? 其れはすでに決定していた内容だろうが故」
決定なんてしていない、なんて言えばおそらく首が飛ぶのだろうなと言う確信が出来上がった結果黒狼は頷く。
そもそもそのレイドボス、つまりアレを倒す? 其れが可能なのだろうか。
というか、日程までも明確に指定というか決定している様子から見て目の前の存在は未来でも見ることができるのだろうか?
そう考えて、頭を振る。
今は、そんなことは重要ではない。
「だがその日は生憎と、さまざまな陣営が集い黒騎士が封ずる先の音響装置を狙うのでな? 特に下郎ども。其れらの戦力を見るに、今は戦艦だったか? それを建造していようが戦いは成立せん。故にだ、この我が下郎どもの元に辿り着かぬように尽力してやろう。ただし、異邦の者どもの侵入は己で防ぐがいい」
「ちょっと待てよ、なんでお前はそこまでするんだ?」
「クハハハハ!! 単純明瞭至って単純な話よ、そんな程度のこともわからぬか? 下郎。無知蒙昧は罪といえども、ここまで滑稽とならば思わず笑みも溢れるというものだ。愚か千万、数々の無礼も多少は目をこぼしてやろう」
だが、目は笑っていない。
王の目は、冷徹冷静にそれ以上の無様を晒すことを許していない。
恐怖に竦み、体が震える。
命を奪われなかったことこそ幸運の証だ、もし機嫌をこれ以上損ねれば殺されるでは済まないだろう。
「封を解かれ、約を結んだ。口約束といえども其れは真実であり事実であらば、当然この我が破れるはずも無かろう。王として君臨する以上、契約は契約である」
本当に、過去の自分は幸運だったと思い直す。
この男が秘めたる狂気を、この男が秘めたる恐怖を、この男が秘めたる絶対を踏まなかったのだ。
ただ話すことが許された、それだけがどれほどに幸運だったのかに震え絶叫したくなる。
だが、できない。
してはいけない、対話を投げれば最後その末路は明々白々なのだから。
「三つの契約のうち、果たすに値する一つは果たした。故に残り二つ、下郎の目的目標に対して力をかそう。一つはこの我自ら出向き。もう一つは、かの男に相応しい武具を二つ見繕ってやる」
空間の揺らぎと共に、二つの伝説級の武器が現れる。
一つは槍、金装飾とただならぬ気迫に包まれた絶世の槍。
一つは盾、滲む無念と決意が湧き上がる決意の盾。
無造作に取り出された二つは、黒狼の手元に浮いて流れる。
「無造作に強いといえば菩提樹の葉、竜尾の剣などを挙げられるが其れは相応しいではなく強い武器だ。此度に用意したのは強いではなく相応しい、あの男が使うに最も適した兵装だろう。これ以上も以下もあるまい、という訳だ。まぁ結果など見え透いているが、そこに至るまでにどのような慟哭をするのかは興味深いものだ。故に、この王手ずから貸し与えてやろう。光栄に思えよ、下郎」
黒狼は其れを受け取りながら、ゆっくりと息を呑む。
美しいわけではない、ただただ力強い。
今にも鼓動が聞こえ、その持ち主が戦っている情景がありありと目に浮かぶ。
間違いなく、此れは黒狼の扱える武器の範疇を超えている。
「話はここまでだ、次会うときは十四日後の夜。全ての事柄に決着がついた時であろうな、もしくは其れより前に世界が滅ぶ時か」
物騒なことを告げながら、王は指を鳴らす。
空間が置換され、本来辿るべき先へと黒狼たちは飛ばされた。
ここは、どこだ? その思考の先に纏りの無い無数の過程が溢れ出てくる。
しかしその思考を無理矢理閉ざし、現状を再認識すれば案外単純に結論は出た。
至極単純、簡単すぎるほどわかりやすい話だ。
「Ⅻの難行、もう一回挑むのかよ」
その悲観の意味を知っているのは、ゾンビ一号しかいない。
ただし、言葉に漂う悲壮感からどれほどめんどくさいのかは全員が察する話であるが。
*ーーー*
村正とロッソとモルガンにⅫの難行の情報を共有した黒狼は、その面倒な敵の数々に思いを馳せながら肩を落とす。
半分ぐらい理解しているのかしていないのか分からない三人だが、取り敢えずややこしい話であるのは理解できたらしい。
首をかしげながらも、話をおとなしく聞いてくれている。
「取り敢えず、ここはその迷宮と言いてぇんだな?」
「多分、ついでにまともに進めば二つ目の難行で詰む。ヒュドラの猛毒の桁が違うからな、普通に戦えば即死だぞ?」
「ふむ、其れは少々困りましたね。空間的に断絶させれば防げる可能性が高いでしょうけど、其れを行いながら進むのはあまりにも難しい」
「無理よ、魔力消費は貴方が持たなきゃ。空間魔術の燃料の消費具合は貴方が一番知っているでしょう? 一縷の望みを託すようにこっちをみないで頂戴」
そんな風に説明を行いながら、黒狼はなぜここに来たのかを考える。
普通に考えれば、ギルガメッシュに転移させられたのだろう。
だが、機嫌の次第にもよるだろうがあの王サマがこんな愁傷なことをするだろうか? むしろ本来ここに辿り着くのだったと考えた方が自然だ。
そうなると四階以降の迷宮はどうなったのかという話だ、まさか合計7層しかないわけでは無いだろう。
それに、一時的とはいえ迷宮の反応が消えていたことも気になる。
「兎も角、蛇をまずは殺すか」
「兎も角ってなんです? そうするしか無い以上、そのまますすまなければ……。そういえば貴方の話では進めば必ずアナウンスが流れていたのですよね?」
「ん? まぁ」
「今、誰か聞きましたか?」
一斉に全員が首を傾げる、確かにアナウンスを誰も聞いていない。
ということは、難行は攻略されたままであるというのか? 眉間に皺を寄せて思考を始めた魔女二人を見て村正は息を吐く。
思想思考目的すら違う、結局最終的に辿り着くべき場所は別々だ。
だがその道中がある程度近いから互いに手を取り合っているだけ、そんな関係性である以上村正は無遠慮にこう告げる。
「そんな事、今考える必要はあるのか? 儂等が目指すべくはここを抜け出す事のみだろう?」
黒狼は、笑う。
ネロは、微笑む。
ロッソは、眉間に皺を寄せ。
モルガンは、文句を告げる。
四者四様、その反応をひとしきり終えた後に黒狼はゾンビ一号を呼び寄せ息を吐く。
確かに、やるべきことはこの先へ向かうだけだ。
「おい、全体の方針を更新するぞ。取り敢えず、モルガン。ここから転移魔術で外に出るのは?」
「できません、そもそも座標が不明すぎます。言い換えれば隠匿されていますね、視認範囲ならば可能ですが……」
「いやいい、不可能って分かればそれだけで十分だ。じゃぁ次にロッソ、ポーションとかこっから最強級に面倒な試練を攻略できるだけのアイテムはあるか?」
「うーん、分からないわ。道中で採取できるのならば余力は無限だけど、そうじゃ無いのなら程度が知れるってところかしら。とはいえ、ある程度潤沢に存在はしているけどね?」
次に村正に、武器の摩耗度合いを聞けば摩耗するなんざ使い方が悪いと一喝される。
問題ないらしい、そう判断した黒狼はネロをチラリと見て何も聞くことがないと思い直し自分の武装を確認する。
まぁ、いつも通りだ。
進化の階位が下がりレベルが急上昇した様子はあれど、獲得したスキルのほとんどは失っていない。
例外として失ったのは『蟻刀:顎蟻』だけ、実質ろくに使っていない関係から気にしなくていい話でもある。
「んで、ゾンビ一号。見えてはいるけどあれはあったな? 例の転移門」
「はい、存在していました。多分、行くだけならいつでも行けると思います。ここ未満の難行の場所と同じらしいですし、まず間違い無く同じものでしょう」
「となれば行けるねぇ、早速行くか?」
「ごめん、其れは少し申し訳ないけど遠慮させてもらっていいかしら? 今からぶっ続けで数時間ログインするのは難しいかも?」
「私も同様です、本体との接続こそ消えていないものの魔力の伝達に不具合が少々。時間をかければチューニングできるので大した問題にはなりませんが」
モルガンとロッソの言葉を聞き、取り敢えずすぐに攻略に乗り出すことが不可能と認識した黒狼は迷宮を攻略する前提で色々チャートを脳内で組み始めた。
Ⅻの難行、その中で攻略不可能と断定できる存在はただ一人。
13個目の難行にして最強の壁でもある大英雄ヘラクレス、あれだけは相手にすれば敗北は必須だ。
しかし、其れ以外なら話は結構なレベルで変化する。
というか、おそらく出るだけならば迷宮を完全に攻略する必要はない。
出るだけならばケイローンに頼めば行けるだろう、となれば乗り越える難行も自ずと絞れる。
一つ、始動の難行
攻撃が通用しない相手、その皮はあらゆる武器を通さない。
ギミックは判明しているが、そのギミックを掻い潜りながらの攻略は想定以上の面倒を誇るだろう。
二つ、落命の難行
絶死の猛毒を纏うヒュドラが相手となる、そしておそらくその毒の度合いもレベルが違うだろう。
だがロッソとモルガンの二人に対応してもらえれば、突破が不可能というわけではないかもしれない。
三つ、捕獲の難行
語るまでもなく、達成は容易い難行だ。
四つ、賢人の難行
おそらくこれは乗り越える必要はない、ここまで到達すれば黒狼たちは本来の。
つまりグランド・アルビオンの大地へと戻れるだろう。
超えるべき難行はわずか四つ、賢人の助力さえ得られるのならば泥鳥の難行まで進みたいところではあるが別段重視する必要はないかもしれない。
数時間、も必要ではないだろうが其れでも先二つで何時間必要となるかが不明なのが残念なところではある。
一回でクリアできればここまで頭を悩ませる必要はないのだが……。
「たらればを語っても仕方ないか、取り敢えず一旦解散でいいな?」
「勿論、儂も知り合い経由で仕事が遅れることを伝えにゃならん」
「取り敢えず、ポーションも量産したいし時間的猶予が欲しいわね」
「となると具体的には5〜10時間後に再集合でいいな? 集まり次第攻略開始って感じで」
黒狼の言葉に全員が頷く、少なくともロッソの用事が何時間後に終了するのかがわからない以上時間的猶予をとって置くのが間違いない。
という考えを察した訳だ、全員馬鹿でもないし考えなしでもないのだから。
黒狼の言葉を聞き早速ログアウトしたロッソと魔法陣を一気に展開し簡易的に拠点を作成すると魔法陣の調律に移るモルガン。
その横では村正がゆっくりと刀を見たのち、水が入ったタンクと砥石をインベントリから放出する。
どうやら研ぎ直すらしい、ステータスの関係上刃こぼれすることはないが耐久の減少から徐々に徐々に鈍っていくことはある。
先程の戦闘で少し鈍ったのかもしれない、ザッザッと音を鳴らしながらより鋭く精巧に変化させる。
ネロはゾンビ一号に興味が移ったらしい、わいわいと二人で騒いでいる。
「俺も、少し飯食うか」
黒狼はそう呟き、インベントリを開いたのち。
そのまま、ログアウトのボタンを押した。




