Deviance World Online ストーリー4『履行』
焦土と変貌し、肉片は焦げ消えていく。
第一の太陽は、その一瞬で全てを蹂躙していった。
しかし、其れでも。
その肉片の悉くを燃やし潰し、倒し切ることは叶わない。
焼け焦げる端の端から、即座に再生していく。
暴挙にして暴虐、生物の頂点に位置するドラゴンの遺伝子は。
そう簡単に、死を許さない。
「だから、協力なさい」
「言われなくとも、分かってるわよ」
だから二人は杖を握る、だから二人は詠唱を始める。
魔法陣の展開、同時に双方から溢れるばかりの魔力が湧き上がり大地震わす熱を放つ。
これこそが、魔女たる二人が放つ最上級の魔術。
「『染まる朝焼け、晴れる夕焼け』」
「『赤く紅く赫く、その現象は燃える赤』」
魔力が具現化し、光輝が乱舞する。
魔力の濃度が一定を超え、具現化しているのだ。
燦々絢爛、蠢く其れらは神秘の具体。
究極的に、単純かつ簡単な結論として。
最大火力の魔術を用意するのならば、どんな手段を講じればいいだろうか?
単純に魔力量でゴリ押す? 正解だ。
複雑怪奇な魔術を用意する? 正解だ。
科学の原理に基づいて作成する? 正解だ。
全て、正解だ。
だから、モルガンとロッソは。
魔女どもは、この手段で気まぐれで最大火力を作成した。
莫大な魔力を消費する前提で、
魑魅魍魎が如き魔法陣を複雑怪奇に組み合わせ、
化学に基づく一定空間での熱の保存理論を構築し、
摂氏数千、軽く3000〜4000に届くフィールドを構築する。
「『この激情はいつも私を燃やし尽くす』」
「『この熱は終わりを知らず、この熱は始まりを知らず』」
いわば人力での核爆発、後隙とステータス差を考えなければ人類最高峰の爆発物である核爆弾に匹敵するであろう温度を構築する。
地面は容易く融解し、二人の手によって紡がれる魔術はその規模を段階的に膨張させて。
『始まりの黒き太陽』、其れを模倣した謂わば太陽という概念を含まない純粋な熱量攻撃。
これを、発生させていく。
丁寧に、丁寧に。
単純に、単純に。
複雑に、複雑に。
論理によって、知恵によって。
「『染まる偽り、逆天は汚濁に塗れ』」
「『燃やせ、燃やせ、燃やせ、燃やせ』」
魔術師としてこれ以上ない栄誉と侮蔑の称号、其れこそが魔女の二つ名。
黒の魔女と王に授けられたその称号は、ウィッチ・クラフトと与えられたその二つ名は。
彼女らの才能と共に、彼女らの危険度を示す値でしかない。
だからこそ、こうも容易く気狂い染みた魔術を編み出せる。
普通は作ろうなどと考えない、この魔術みたく誰も使えない魔術や誰もが使える魔術を作ろうなどと考えない。
魔術の普遍化、もしくは魔術の独占とはそれだけで嫌われるものであり。
モルガンは他者に自分の魔術が扱えないほどに自己流に特化し、学問としての継承を放棄した。
ロッソは他者に広く広められるように簡易化させていき、知恵としての継承を笑い侮蔑する。
この世界での魔術は、いつしか科学と同じ道を辿るのは確実だ。
最終的には誰しもが使えるようになっていき、難解な神秘は普遍的でありふれた無価値なものとなるだろう。
故に魔女という称号の側面は、時代の発展を進める存在に対して。
そして何より、その才能や技術に対する恐れであり。
もう一つは、当人たちの危険度を示すものでもある。
「『緋色の鳥よ、永遠に』」
「『全てを燃えて、塵となれ』」
この魔術は、新たな魔術の時代を築く先駆けになるだろう。
気まぐれと探究心により作成された、究極的な魔術。
しかし理論さえ踏まえていれば、誰しもが扱える凡才の魔術。
モルガンが発展させ、ロッソが普遍化することで進む時代というフェーズ。
故に、彼女らは悪である。
「『私は明日を歌うでしょう、【緋色の狂騒】』」
「『私が燃えるその日まで、【緋色の狂騒】』」
魔術の成立、蠢く竜を中心として摂氏数千の爆炎が結界に阻まれながら燃え続ける。
それでも尚、踠き足掻き死を否定しようと生きようと暴れるその姿はまさしく災獣。
生物の最高峰にして頂点たるその生物を殺すのは、生半可な実力や出力では不可能だ。
だから、ゾンビ一号が動く。
彼女の魂、その大部分を占めるのは今日今宵の敵である銀剣のスクァートのもの。
竜を殺すのならば、その引導を渡すのならば。
其れができるのは、また竜殺しのみ。
「これだけ空間に魔力が満ち足りていれば、今ならば!!」
魔力の収束、エネルギーの操作。
内臓を掻き乱され、自己と世界の境界線が曖昧となり、自分の姿を見失う。
ここは、どこだ? わたしは、なんだ?
事故に対して問いかけ続け、再度半永久的に自己を定義し続けていく。
幸運にも、魔力はろくに消耗しておらず。
この空間に、目の前の竜と魔女二人の魔力が満ち満ちている。
人間は生きている以上、自分がなくなることに恐怖を覚える。
生きている以上、そこには確固たる自分がありそんな自分があるからこそ心の何処かで冷静さを保つことができているのだ。
すなわち、安心。
そこに安心があるからこそ、自分という存在を見失うことはない。
この世界に存在する、ありふれた顔のない人間を演じていると考えられる。
しかし、ことゾンビ一号に至っては言葉通り自分がない。
その魂は混ぜ物であり、その肉体はアンデッドでしかなく全て蘇生後の後天的に得たものでしかなく。
全て借り物の偽物、贋作である。
黒狼が聞いたらバカにする話ではあるが、彼女にとっては常に自分を見失いかけているかのように思えるような。
常に誰かに染まってしまうかのような、存在的な死という恐怖を感じているのだ。
そんな中で、この魔術を。
彼女が作成した詠唱を行わず、魔法陣すら作成せず、叫ぶという工程すら本来は不要なこの魔術を使えばどうなるか?
前回は心象世界で行ったから発動できた、しかし今回は現実世界。
心を観測しているのならば、心が崩壊するはずがない。
だが観測していないのならば、どうなるかは不明だ。
「いえ、大丈夫」
いいや、その不安はもう存在しない。
目的も、意思も、この燃え上がるような激情でさえ。
己を構成する髪の毛の一本から、己を構成する爪の一本から。
其れら全ての、この体に宿る魂の目的は決定する。
他者と、現実と、真実と。
体内の境界線を排除し、その内部の概念を竜の火袋に置換する。
ただ、それだけを行うのに全霊を発揮する。
「『我が体躯よ、白銀の鎧を纏いたまえ。【麗しき銀鎧】』」
全身から魔力が放出され、魂から銀に等しい色の魔力がきらきら星のように後方へと流れ出て。
その魔力に、黒が混じる。
こここそが、そここそが彼女の到達点。
苦渋の棘、懺悔の怨嗟。
死を傍観するものは、生きることをゆるされない。
だが其れでも、その心は
「【奪命の竜殺し】」
其れでも激しく、光り輝く事だろう。
剣を、振り下ろす。
彼女は鍵言葉すらなく発生させた、竜の息吹を。
世界を飲み込み、白銀に染める其処こそが彼女の到達点。
魔術の展開の終了、直後に半分以上焼失した肉体にドラゴンブレスと同質のレーザー砲が追い討ちをかける。
まともな生物ならば、この半分でも致命打となる。
もう予想通りだ、未だ竜は生きている。
怨念、怨嗟、呪いに慟哭、人類への殺意。
転じて、全ての悪。
人類に向けて磨かれた憎悪により、その竜は人類を殺すまで。
人類を殺し尽くすまで、全てのリソースを注ぎ込むだろう。
もし倒しおおせるのならば、概念攻撃か細胞全てを破壊する他にないだろう。
「いい加減、魅せ場不足で辟易としていたところだ」
故に、全てを切り裂こう。
その憎悪も、怨念も、怨嗟も。
万物を切り裂く、絶対なる一刀で。
「来やがれ、手前の出番だ。『 刀 』」
己が名すらも、勝手に切り裂く。
全てを切り裂く絶対刀、鞘に入れる事すら能わぬ其れを片手に持ち村正はニヤリと口角を上げる。
目の前の竜が、初めて怯えた。
この刀を目の前にした瞬間、魂が知覚したのだ。
殺されると、殺されてしまうと。
「行くぜ? 手前の自業自得だ」
一歩、その踏み出しをそのままに。
竜が、後ろに後退する。
二歩、力を込めて地面を蹴り。
竜が、己を守るように炭化した体を動かす。
三歩、刀を振り上げ。
竜が、ブレスを吐くように燃え尽き破壊された口を開き。
死歩、切断。
竜は、呆気なく殺された。
*ーーー*
ケホケホと咳き込みつつ、概念ごと切断できてしまった竜の残骸を見て村正はなんとも言えない顔をする。
その背中を、黒狼が叩き気楽に話しかけてきた。
鬱陶しそうに、その顔を見る。
「よぉう!! というか、倒せたんだな? 存外意外に痛快ってところか。全滅してるもんだと、案外蓋を開けてみれば全然楽勝って言える程度だな」
「結果だけを見りゃな、二度とできねぇ芸当を行なって漸くだ馬鹿野郎」
「二度と、二度とゲリラでこのような相手とは戦いたくないですね」
「土壇場で魔術を合わせるのはもう嫌よ? せめて猶予を頂戴よ、猶予を」
三人からの非難を聞きつつ、床に転がっているゾンビ一号に手を差し出した。
魔力切れ、それは愚か内蔵がズタズタになっているらしい。
状態異常無効がなければ、今の状況からさらに悪化したであろう彼女を見つつ黒狼は息を吐いた。
「無茶しやがって、全く。ポーションは……、いや良い。使えよ、どうせ余ってるんだ」
口もろくに開けないゾンビ一号を見て、起こした彼女を再度地面に寝かせた後。
黒狼はその口を優しく開き、中に注ぎ込む。
しばらくすればケホケホと咳き込みながらも、ゆっくりと彼女は起き上がった。
「ありがとう……、ございます……」
「そうか、とりあえず少しの間は休憩するぞ」
たまには優しい部分を見せるのか、と感心するネロだが他三人は黒狼の状態の異常に気づいたようだ。
心ここに在らず、そんな様子でしきりに周囲を見渡している。
三人は小声で聞くべきか聞かないべきかを相談し合い、最終的に村正が口火を切った。
「あー、なんだその……。手前は何を気にしてやがる? 黒狼」
「ん? ああ、いや別に大した事じゃねぇんだけど。そうだな、ここのディメンションって迷宮なのかと思ってな」
「ハァ? 当たり前だろうが、ここは迷宮だろう? 間違いなく」
「俺もそう思いたいんだけどさ、何故か環境適応が発動できねぇーんだよ」
首をかしげ、そう呟く黒狼。
だが走ってきたネロをそのまま透かすと、疑問に対して思考をやめて地面に座った。
考えるだけ、無駄な話である。
「うむ!! 褒めるがいいぞ!! 黒狼!!」
「ま、今回の影の立役者はお前だもんな。よくやったと思うぜ? 何か欲しいか?」
「疲れたのだ!!」
「そうか、別に何もいらないのかー」
雑にネロをあしらいつつ、雑に黒狼はネロの頭を撫でる。
少し嬉しそうな顔をする彼女を見て、黒狼は視点をインベントリに向けた。
環境適応(迷宮)、鑑定をかければ迷宮の環境に適応すると記載がある。
だが、ここは迷宮であり先ほど発動できたはずなのに現在発動できない。
「訳わかんねぇな、考えないつもりでも考えたくなる」
「無駄は無駄だろうが、今は先に行くか一旦戻るか決めやがれ」
「回復は終わったか? 終わり次第進む」
「もう既に、彼女のポーションの効果が予想以上でしたので」
そうか、と言い捨てた黒狼はそのまま立ち上がるとゾンビ一号を見る。
分かり切っている、彼女はもうしばらく戦えない。
だがそんなことを言えば、意固地になってついてくるだろう。
其れは、人として許容できない。
道具ならば兎も角、その相手を使い潰すわけにはいかないのだ。
「ゾンビ一号、今まで来た道は引き返せるか?」
「不可能では、ないです」
「そうか、じゃぁモルガンにネロ。お前らは一旦帰れ、この先は覗くだけで終わるつもりだしな」
「ふむ、何故私ですか? 彼女でも構わないでしょう」
モルガンの疑問に、黒狼は単純な話だと返す。
総合的に見て足手纏い二人を庇って戦えるだけの実戦闘能力を持っているのはモルガンしかいない、突破力のある前衛が来ない限りモルガンはまず負けないと黒狼の信頼があるのだ。
実際問題、モルガンは相当に強い。
前衛としての派手な活躍がない分、解析能力と無限の魔力によって放たれる特効攻撃は生半可な敵では耐えられない。
むしろ、黒狼がここまで愛用するほどには彼女の性能は高いのだ。
「では我々も少しだけのぞいて構わないでしょう、貴方の言い分では少し覗くだけですので」
「面倒クセェ女だな、もう少し簡単に言ってくれよ。仲間外れは嫌だってな? なぁ」
「手前の方が面倒だ、喧嘩するつもりか手前」
「さぁ? けど、そう言う関係性も悪くないんじゃねぇか? というかお前らの距離感分かり辛ぇんだよ」
投げやりに叫びつつ、現れた扉を躊躇いなく開く。
どうせ、苔むした地下が続いているのだろうと予想しながら。
故に、その予想は裏切られる。
豪華絢爛にして、黄金たる絶頂の居城。
王の居座る神の座、王たる尊厳の限りを尽くしたこの世の贅と快楽の限りを示す。
そこは、いわば寝室であり。
「ほぅ、その未来の結末か」
破壊者にして、黄金たる英雄の王。
大地にして耳鳴りの結末、騒がしくも愚かしい君臨するモノ。
神々の願いを嘲笑い、人の時代を始めた王の名を羽織るもの。
王は一つ、瞬きをすれば黒狼たちは強制的に連れ込まれる。
その、玉座の中へと。
「であれば、どうやら乗り越えたらしいな。現実の否定、観測の歪曲、愚にも竜たる門番を。さすればこの我が出張る舞台が整ったと言うものよ」
自然と首を垂れてしまう、そこに君臨するだけで恐怖と共に安心と絶望を覚える。
死にたくなる、これほど矮小な存在が生きていると言う事実に。
目の前の無限を目の当たりにし、生きる意味を見失う。
世界の終わりの始まりを、今ここで見ているかのようだ。
「下郎、前の約束を履行しよう」
王の言葉は、絶対だ。
其れは、誰もが否定できない。




