Deviance World Online ストーリー4『金蓮花』
『第一の太陽』、かの神が遺した最低限の返礼品。
しかして、そこに封じられた力は絶大である。
「『ーーーーーーーー』」
地面を蹴り、一瞬で肉薄すると銀剣の顎を蹴り飛ばす。
飛ばす先はゾンビ一号がいる場所、寄生虫対策はできたと言わんばかりに剣を構えている。
もちろん、為されるままに蹴り飛ばされた銀剣ではない。
黒狼の蹴りの衝撃を地面に転がり和らげ、手に持つ鈍銀の剣に魔力を収束させ。
襲いかかってきたゾンビ一号に対して、竜の息吹と同レベルの熱量を持つ剣を叩きつける。
その肉体は既に死体、寄生してはいるが異常な増殖能力で増え続ける寄生虫はスクァートの肉体が食い潰されるごとに修復する。
「『死は傍に』」
だが、根源的恐怖は残っていたようだ。
そのスキル発動で、寄生虫がボロボロと死んでいく。
流れるようにゾンビ一号の剣が銀剣の剣を絡め取り、弾きながら一気に迫る。
先ほどまでの速度は遅かった、少なくともゾンビ一号の速度では銀剣の剣戟に押し込まれてしまう。
しかし、黄金の劇場のバフが乗っていれば話は大きく変わる。
僅かながらに、逆転したその速度に力。
そして黒狼の攻撃により弾かれ、自分のデバフによって一気に性能が劣化した彼女であれば一時的に競り勝てる。
「『八極拳』、改め『貫掌底』!!」
コンボを決める、スキルによる連鎖を。
拳の攻撃は危険極まる、しかし自己再生すらままならない現状であれば寄生虫によるカウンターが発生するはずがない。
故に、高火力を生む連鎖を繋ぐ。
地面が裂け割れるかのような衝撃と共に、銀剣の体を破壊する。
完全に決まった、そう確信を抱き確信は油断を招く。
一秒未満、一瞬の時間だけゾンビ一号は背後に動くのが遅れた。
腹を半ば貫かれ、地面から吹き飛ばされぬようにした彼女の体が変容する。
足に、爪が生えた。
猛禽類に近い大きな三つの爪、皮膚を突き破り地面を握りその場に立つ。
ノックバックを前提に放った一撃、確信故の油断。
その二つによって、ゾンビ一号の動きは一瞬だけ遅れてしまう。
「『縮地』、『兵法・地踏』」
だから、その一瞬を村正が繋ぐ。
地面を滑るように、一瞬で動いた村正はそのまま腕を切断した。
地面に踏み込む力をそのまま、振り上げる力に転換する。
剣聖と揶揄される現実世界において最強の剣士、柳生から指南を受けた使い手としての技。
その鋭さは、鉄を切り裂くが如く。
腕が飛ぶ、バッサリと切り飛ばされる。
しかし、即座に再生した。
しかもただの再生ではない、明らかに化け物へと変貌していっている。
肌から鱗が生え、爪が肉を突き破って生え出しているのだ。
「寄生虫と竜因進化による影響ですか!! 再生というより上位化、ワーム系の寄生虫だからこそ竜との相乗効果があるわけですね!!」
「ちぃとばかり、強すぎやしねぇかっ!! 流石にちと厳しすぎる!!」
一瞬で背後に飛び退き、その変貌を見た二人はあまりの再生速度に弱音を吐く。
HPは削っても削っても、減っている様子はない。
寄生虫が回復しているのだ、最終的には押し潰せると睨んでいるがソレでも勝ち目は相当低いと見える。
肌に引っ付いてきた寄生虫を肉ごと切り落とし、ポーションを飲むことで回復を行う二人だが再生した銀剣がそのまま二人を狙う。
「『ーーーーーーーー?』」
だから、黒狼がソレを阻んだ。
スクァートが振るう剣を、スクァートの恐ろしい速度の移動をより圧倒的な力で押し潰す。
骨ならば軽すぎて、それ以上に抵抗感が少なすぎて制御仕切れなかった暴力だが仮にも肉体を得た今はその暴力に方向性を与えられる。
振るわれた腕を刀で受け止め、がら空きの腹に拳を叩き込んで。
地面を掴みながら弾かれるのを防いだ彼女の動きに呼応し、腕ごと剣を弾いて。
「『暗き湖、湖畔の窓辺。緋色の鳥の朝焼けと』」
「術式解放、『深淵:戦士が館』」
同時に、魔女二人も先程発動した魔術の継続はこれ以上無意味と理解しそのまま次の技へと移っていく。
モルガンはロッソの反応から、ロッソは錬金術的知識から理解できている。
部位を潰されるたびに新生されている肉体は、銀剣が追い込まれていることを。
肉体の新生、その結果本来の技能が活かしきれていない。
それなのに何故、なんで変貌していくのか? その答えはそうせざるを得ないから。
冷静に考えれば2種のモンスターが纏まっているだけでしかない、方針の主導権をどちらが握っているわけでもない。
本来は群れるはずのないモンスター、搾取しされるだけの関係性のはずの二体。
希薄といえど迷宮の意思を受け、方向性を共にした二体であっても完全に意思を統一しているわけではないに決まっている。
スキルや能力の拡大解釈は黒狼の専売特許ではない、個人によるビルドの先鋭化が進めば進むほどスキルや能力の拡大解釈を余儀なくされる。
あくまで黒狼は、こうすればできるんじゃないかという思考が強くそれを止める思考がないだけ。
そしてその思考は、異邦人の専売特許ではない。
当たり前に、NPCもその思考を行う。
寄生虫は、スクァートのスキルを竜になるものと解釈した。
スクァートは、そのスキルを竜の力を得るものと解釈した。
その二つの思考は、互いに矛盾を生み始め軋轢を発生させる。
その矛盾を突くために、ロッソは魔術を展開しモルガンはロッソの意思を測る。
「『光り輝き、トネリコは折れ、偉大な槍よ此処に一つ』」
「狙いは、右半身で!!」
「『【虚の鏡界】』」
空間置換、わかりやすく言えばガリバートンネルに近い効果を発生させる魔術であり。
モルガンが持つ中で、最も安易に用いられる質量攻撃。
魔法という弾幕を放棄し放つ、その攻撃は脅威でしかない。
上空から落下する長閥的質量攻撃、一瞬遅れで銀剣はそれに気づくが避けようがない。
押しつぶされる、容易く。
今までのボス戦が嘘かのように、あっさりと。
「死んでませんね、アレ」
「参ったわね、超速再生し始めたじゃない!!」
「おい手前ら!! 井戸端会議を始めんじゃねぇぞ、畜生!!」
「『ーーーーーーーー!!』」
地面に押し付けられながらも、そこから肉が盛り上がっていく様子が見て取れる。
黒狼が叫びながら突撃し、その肉の塊に向けて拳や足や刀を用いて戦うが見えている範囲のHP。
その減少率は、どう足掻いても芳しくない。
肉体があったメリット、人型であるという利点を消した結果に得た超速再生は黒狼の攻撃力でも潰しきれないのだ。
黒狼は思案する、第一の太陽を用いて叩き潰すかモルガンやロッソの攻撃手段に全てを任せるか。
言葉が圧縮され、常人では聞き取れない認識できない音に変貌してしまっているこの状況。
ゾンビ一号は理解しているようだが、それは彼女が深淵スキルを高い親和性で保有しているから故。
そして、いちいち彼女を経由していいればまともな会話は行えない。
(……いや、今は俺の手札を切らなくていい。俺の第一の太陽は換えが効かない、だがモルガンやロッソの魔術はあいつらの魔力が存在していれば無限に打てる。となれば、俺が達成すべきことは地道な削りだ!!)
黒狼の刀が一瞬にして銀剣であるはずの肉塊を切り飛ばす、肉塊になりそれでも何かの形へと変貌するように動く肉体は少しでも放置すると竜の息吹染みた魔術を発動しようとしてくる。
恐ろしい話だ、手を緩めることは許されない。
疲弊する心と体躯、このオセロッドは消耗を行うらしい。
「『『ーーーーーーーー』』」
とりあえず、毒を発生させてみる。
これで少しでも削れてくれればありがたい話だが、どうやらそういうこともないらしい。
超速再生の肝となる寄生虫には一切効果が通らない、どうやら状態異常の全ては銀剣しか捉えてくれない様だ。
「魔術で燃やし尽くす!? けど、展開までに時間がかかるわよ!?」
「弾幕で仔細な肉塊を破壊していますが、いやはやとても倒せる未来が見えませんね。物量が違う、勝てないわけではないでしょう。ですが、勝つための道筋が見えない」
「ちぃとばかり再生速度が早すぎる!! 無尽蔵の魔力でも持ってやがんのか!!?」
「まさか、黒狼曰く魔力の密度自体は減少しているらしいです!! このまま追い詰め続けるか一撃で覆せる火力を発揮するかをすればほぼ確実に倒せるかと!!」
ゾンビ一号の返答で少し希望が見え出したが、それでも近接主体の村正とゾンビ一号には厳しい状況であるのに変わりはない。
何が一番酷いかといえば、目の前で再生している銀剣の姿が明らかに人とかけ離れていっているということだ。
肉が収束し膨張するたびに黒狼が破壊しているが、それでも未だ処理は追いつかない。
地面に広がっている血液や肉片が急に膨れ上がることすらある、魔力切れ以外を狙うのならばその肉片も潰さなくてはならないだろう。
「『ーーーーーーーー』」
「本気ですか!? 確かにあの技ならば倒せるかもしれませんが!! 私たちが持ち堪えられませんよ!?」
「あの野郎は何を言ってやがる!?」
「『始まりの黒き太陽』を使うから時間を稼げ、と!!」
ゾンビ一号により伝えられた黒狼の言葉は、他の三人が思案してしまうぐらいには綱渡りの提案である。
確かに、他三人もあの魔術の火力を知っている。
しかし、その魔術を用い倒しきれなければ今度こそ倒し切れる自信がない。
さらに、だ。
今の黒狼はぶっつけ本番で本人すら能力の仔細を把握できていない状態になっている、まともに戦えるというのも色々制限や制約があってのことだ。
あの攻撃は味方にも被害を及ぼす極大魔術、暴走でもして仕舞えば対応などできやしない。
「行けるのですね? 貴方を信用します」
「ちぃ、仕方ねぇ!! 手前だ、手前!! ゾンビ一号、全力で目の前の肉塊を潰すぞ!!」
「わかりました、十秒稼げば詠唱は終了するはずです!! それだけ、耐えますよ!!」
「『ファティーグ・ヒール』、マシになったかしら!? とりあえずそこで休憩してたネロは再度バフを継続させて!!」
うむ、と頷いたネロは演舞を始めた。
再度、敵にデバフが発生し始める。
此処はネロの心象世界、心を具現化したトンデモ空間。
彼女の行う行動は、その一挙一動がこの世界のルールとなる。
再度、再々度目に見えて再生速度が低下し始める。
とはいえ、それでも村正とゾンビ一号では再生を停止させることが不可能だ。
黒狼の強さ、圧倒的暴力による破壊の権化の彼の強さは末恐ろしいものがあった。
歩くだけで空気が渦巻き、化け物染みた出力が発揮される。
唯一残念な点は、黒狼が本来得手とする中近接ビルドではなく完全な接近型のビルドであったということだがそれも飲み込める程度には相当強い。
「『ーーーーーーーー』」
肉が膨張し、伝承における怪物、伝説における生物、神話における最強。
財宝の番人、虚の轡を踏みしだくモノ、はるか天空の支配者。
万物をすべる全能の長、霊長たる人類の捕食者、大蛇にして錦蛇たる翼ある爬虫類。
すなわち、ドラゴンの姿に変貌し始めた。
身体のあちこちが銀色の鱗で覆われ始め、死体に生命が宿る。
寄生されてなおDNAにより寄生虫を捕食し、寄生虫を宿主として復活を果たしていく。
それは憎悪により磨かれた、悪き魂の権化。
戦いと戦争により残された禍根、グランド・アルビオンに溜まる負の側面。
銀色に輝く、醜悪な悪魔であり悪意によって作られた正義を羽織るモノ。
そこにあるのは唯の意志、だからこそ黒狼が倒すべき相手。
二重の意味で、この化け物は生きるべきではない。
スクァートという、過去に生きた死者のためにも。
グランド・アルビオンという、今を生きるモノたちのためにも。
黒狼には見えないシステム、機構が作り上げた悪意の集積物は悪を倒すように蠢く。
その真意を測ることはできないままに。
「『ーーーーーーーー』」
理解する気もない、唯の愉快犯だ。
ただ目の前に立ち憚る壁、それに何の意思を向けろと? そう問いかけるように黒狼は笑った。
竜の息吹が到来する、竜の形状に固定化する。
そのHPは最初の半分しか存在しない、上限が減少したのだ。
黒狼の献身、モルガンとロッソの魔術によって窮地に追い込まれた寄生虫は手を出してはいけない領域に手を出した。
竜のDNAを捕食した結果、親和性ゆえに逆に飲み込まれその増殖能力によって強制的に肉体の悉くを置換させられた。
「『ーーーーーーーー』」
オリュンポスに降臨する神ではない、北欧にて世界樹を望む神でもない。
この権能は、犠牲によって成り立った南米の大神の力。
片手を上に、口には笑みを。
全ての魔力を注ぎ込み、世界は彼を主役と据える。
「畜生!! 強すぎやしねぇか!!」
「また、来ます!! ブレスです、ロッソ。対処を、お願いします!!」
「勿論分かってるわよ!! 『大地よ私を守りたまえ!! 【アース・シールド】』ぉぉおお!!」
「グぅうう、体が……!! 防御範囲が狭すぎます!!」
ゾンビ一号の叫びに苦渋の顔をするロッソ、だがこれも仕方ない。
急拵えでありながら竜の息吹を防ぐだけの性能の魔術、普通に展開すれば防げる筈がない。
だからこそ、その範囲を犠牲にする必要があった。
目の前の竜は、まさしく化け物だ。
魔術の解釈によって全身から炎を吹き出す生きる災害、生命と魔術が織りなす神秘。
だが、だからこそ倒せばレベルアップは間違いないだろう。
「『ーーーーーーーー』」
叫べ、笑え、歌え。
顔のない代行者、形のない代弁者、姿のない代替者。
其れは、目的のない悪意にして人間が抱える根源的欠陥。
個人という意思が罷り通らない群れの弱点、群れることでしか生きれぬ弱者という悪そのもの。
意思を押し殺すことでしか、意思を押し通せないという矛盾の権化にして根源の証明。
これこそが、黒狼の悪性にして黒狼が結ぶ悪の象徴。
すなわち、『自由』からなる『混沌』こそ。
幾らでも交換できるただ一つの部品、黒狼の魔術はまさしく其れを象徴している。
黒狼の、オセロッドの闇が収束され黒い人影が消え始める。
権能の限界、太陽の方へと出力が延ばされたことで黒狼の姿形を維持できないのだ。
ゆらめく中で、其れでも笑う男は最後の節を唱え出す。
「『第一の太陽、此処に降臨せり』」
スキルが効力を失う、当然だ。
顔のない人間、その能力は光に弱い。
真実を暴く、真相を暴く、闇を振り払う光に弱い。
だから解除されかける、しかし其れでもまだ解除はされない。
悪意のより作られた白銀の竜を、悪意なき悪意によって作られた黒きオセロッドが打ち破る。
悪意によって編まれた魔物を倒すのなら、その背景を推し量れるのならば。
少なくともそれだけの条件を整えているはずの主人公ならば、その背景に想いを巡らすだろう。
しかし、此処にいるのは生憎にもそんなどうでもいいことを気にする男ではない。
そしてこの戦いは、此処から先へと進むための戦いである。
感傷など不要、此処が終わりでない以上感傷など唯の無駄であり。
ゆえに、黒狼は何も考えることはなく最後の節を言い切った。
「『【始まりの黒き太陽】』」
その花言葉は忠誠心




