Deviance World Online ストーリー4『オセロッド』
慌てて背後に飛び下がり、纏わりついてきた寄生虫を振り払う。
刀を伝って、いや腐敗によって発生した酸を用いて刀すら溶解せんと動く虫に村正は顔面を歪めた。
目の前のボス、ソレは単純な強さを兼ね備えたギミックボスであるというわけだ。
「下がれ、ゾンビ一号!! お前じゃ分が悪すぎる!!」
「っ……!! は、はい!!」
若干嬉しそうにそう叫び、後ろに撤退したゾンビ一号と入れ替わり黒狼がその剣に刀を合わせる。
生身の肉体どころか、肉を持つ生命体ならば誰しもが母体となる可能性があると考えて構わないだろう。
これでは誰か一人命を失うだけで窮地に達しかねない、なんでモルガンは見抜けなかったと黒狼は焦る。
「不味い、全員よく聞きなさい。そこのゾンビ騎士と寄生虫の関係性が判明しました、寄生虫はゾンビ騎士のHPなのは確実ですがそれ以上に問題として。騎士と寄生虫は別々のモンスターです!!!!」
「つまり!!?」
「片方を殺しても復活しかねないということに他なりません、倒すならば2体同時に……!!」
「こんな強さで用意するんじゃねぇよクソボスがァ!!!」
最悪のギミックボスを引き当てたと、黒狼は叫びながら刀を振る。
さっきの一撃で相当な傷を追わせた、だからこそ追撃で表皮を突き破りその肉にまで刃を届かせているがその傷から次々と寄生虫が溢れ出しており状況は悪化を辿る一方だ。
「『極星は堕ち』」
二節目、だがそれは未だ遅い。
だからこそ、村正は素早く三本のドスを投げ放った。
村正が構築する、村正にしかできない魔術。
彼は自分の可能なことを執行する、最大限の効果を狙って。
「『焔頼』『炎迫雲』『詰衣』!! 此奴でどうだ!?」
投げつけた刀へ魔力を流し、魔術を展開する。
三方陣が形成され、炎が一気に噴出した。
骸の臓腑が焼け落ちる、だがその効果もそう長くは続かない。
黒狼が、死ぬ。
ダークシールドを砕かれた、光を直に浴びたことでHPが砕け散る。
しかし、ソレでもHPが大きく減衰したのを確認した。
確かに、炎系統の攻撃はこの腐乱死体に有効となる。
「行かせません!!」
虚な目と寄生虫塗れの剣や体を振り回しながら、迫る白銀へゾンビ一号は戦い方を変える形で防御を行う。
形なき神、ソレによって引き起こされる身体的変化。
肉を喰み、寄生する虫とはいえどもスライム状に変化した液体の中では満足に食む事もできはしない。
「『死は傍に』」
瞬間、死という現実性が濃度を増す。
死の観測者、死という不条理な現実。
宇宙的恐怖、理解を拒む根源的なソレ、理性が疼き本能が叫ぶ。
死者が振るう、死の概念。
其処こそが、一つの到達点。
死の超越、理解不可能な生命、死の根源。
ヒュドラの血液を摂取した事で、より死の概念に迫った彼女。
当然の如く、そんな彼女に体内に取り込まれている寄生虫は死亡する。
「『洛陽に喝采は消え』」
紡がれる言葉、同時にモルガンとロッソの魔術攻撃が波状に襲いかかった。
ゾンビ一号が一度背後に下がり、目も眩むほど大量の攻撃が行われる。
普通に考えれば動けはしない、魔術において彼女ら二人の右に出るものなどいないのだから。
もしこの状況で平然と動き出すのならば、その存在は。
「化け物、っていう例えすらちぃとばかり弱いな」
怪物、でしかない。
戦いが成立している、その状況は非常に行幸。
幸先が良いだろう、だからこそこのように苦戦を強いられる。
ギミックボスというものは得てして、ギミックを見破る前は弱く見えるものだ。
そして見破ったギミックを攻略するのは、最初に想定する何倍も難しい。
戦闘開始から、漸く十秒経過。
モルガンらが放つ、魔法の海を超えて【銀剣】スクァートは魔力放射を行い出す。
「『暗く、昏く、闇く』」
世界という基盤に、新たな世界が書き込まれ始めた。
現実を置き換えるかのように三重の魔法陣が光り輝き、廻り出す。
その中央に立っているのは、赤い剣を持つ少女が一人。
だからこそ一直線に、その少女をスクァートは狙う。
爆音と同時に土煙が発生し、魔法の波を白銀の魔力が阻む。
魔術を、魔力を用いた技で凌いだのだ。
ゾンビ一号の移動速度では間に合わない、彼女はDEXもAGIも低い。
ロッソやモルガンでは防御能力が大きく欠ける、スクァートの近接攻撃を正面から受けるだけの実力がない。
だから、村正が動く。
僅かその差3メートル、反応のタイミングにより1メートルの猶予もない中村正は刀を投げつけ特殊アーツを発動する。
その銘、『白屍』
【銀剣】に対し投擲されたその刀は彼女の足へと突き刺さり、その動きを麻痺させる。
「モルガン!!」
「『スペース・シールド』」
間一髪、【銀剣】の剣が触れる前にモルガンの魔法発動が先んじた。
空間的に隔離し、障壁を築いた上での絶対防御を成立させる。
だが、長くは持たない。
空間魔法の最大の問題点は酷くシンプルに、消費魔力の多さにある。
モルガンはルビラックスより無尽蔵の魔力を入手可能だが、受け取り側には限界が存在している以上。
供給速度より早く消費していれば、リビラックスを用いたとしても先にガス欠を起こすのは当然と言えるだろう。
そして空間魔法とは、モルガンの受け取る能力を上回る勢いで魔力を消費する。
「長くは維持できない、分かっていますね!? ロッソ!!」
「無理!! そもそも接近されすぎてる、ネロの展開が終えるまで耐えなさい!!」
「嘘でしょう? いえいえいえいえ、このままいけば死にますよ!? 貴方正気ですか!?」
「ソレでもやるのが貴方の仕事よ!! ソレに、貴方ならできるでしょ!!」
ロッソの言葉、ロッソの信頼を受け取ったモルガンは苦々しい顔をしながら復活した黒狼に一言告げる。
魔力の吸収効率を上げろ、と。
世界には、この大気には見えこそしないが魔力が存在する。
宇宙という虚空の理屈から、まるで自然的に生み出されるかの如く普遍的に存在しており人類はその魔力を無意識下で吸収し自分色に染めて生きている。
故に、人間の魔力は時間経過で回復するのだ。
しかし個々人の資質を無視するのならば基本的に魔力の回復速度は一定である、なぜならば魔力は意志なく動かないエネルギーであり意思を与えなければ吸収する事もままならないため。
自然回復するのは、眠っていようが起きていようが人が生きる意思に応じて集積されるからだ。
しかしその微弱なエネルギーでは、碌な回復はしない。
故に、モルガンは黒狼に命じた。
「『戒呪』、俺たちに魔力を与えろ!!」
黒狼のスキル、黒狼の呪いにして呪いは魔力を支配するスキル。
言い換えれば、世界に存在する魔力に意思を伝える魔術である。
モルガンでも、ロッソでもそのスキルは保有していない。
故に、モルガンは黒狼に命令した。
「『演者は独り』」
エネルギーの収束、世界が暗幕に包まれる。
豪華絢爛、秀麗讃美たる黄金の劇場を開くため。
彼女は声高らかに、心を叫ぶ。
モルガンの結界によって、黒狼とスクァートの一対一となった。
展開され始めた世界に、黒狼は一時の敗北が大きなロスになると確信する。
勝ち目を、拾うしかない。
黒狼はスケルトンである、故に状態異常を主体とする搦手の相手にめっぽう強い。
反面、黒狼は純粋なスペックが高い相手を酷く苦手とする。
なぜなら、基本スペックが絶望的に足りないから。
その基本スペックを補うようにさまざまな手段を模索したが、ソレでもここが限界点。
これ以上は、レベルをあげる他にない。
「だが、技なら別だろ!!」
抜刀、直後に銀剣と競り合う。
倒すための技術はない、生き残るための技能はない。
だが、テンションが上がっている。
ならば、可能性のある未来程度たやすく辿り着けよう。
スキルを起動、魔力を視認する。
目の前が潰れると錯覚するほどの量、数値にすれば数千近い魔力がこの空間に満ちている。
その半数以上がモルガンの空間魔術から、では残りのほとんどはどこから溢れている?
世界に存在する魔力は色がない、色がないからこそ視認しても何も見えない。
だが目が眩むほどの密度になっているということは、この魔力は誰かのもの。
もうすでに答えはそこに存在している、考えるまでもない。
単純明快、スクァートの魔力がここに満ちているのだ。
(だが、何故? なんで彼奴の魔力が満たされている?)
脳裏によぎる疑問、直後ゾンビ一号の表情が視界に映る。
慌てたような、何かを叫ぼうとする声。
剣と刀、打ち据えられた結果として黒狼の刀の方が砕けた。
背後に飛び退き、鎧を消費して刀を再度作成する。
「……、まさか」
一瞬の思考、ゾンビ一号の言葉より先に黒狼は一つの結論に辿り着いた。
不思議な話である、その現象に黒狼は心当たりはない。
だが黒狼の視界が、この世界が、何より己の直感が告げる。
空間に存在していた魔力が一瞬で消えていく、世界に存在する魔力が消失したかのように錯覚してしまう。
モルガンならば、あるいは。
もしくはロッソならば、説明は可能だっただろう。
ゾンビ一号であれば、これより起こる現象を説明できる。
しかし、対応したのは黒狼だった。
「『⬛︎因⬛︎化』」
チラリと聞こえた言葉、ソレの意味を考えるより先に黒狼は体を動かす。
幸運だったのは生前の『銀剣』で無かったこと、そしてその思考能力はダンジョンの防衛にのみ注がれていたこと。
この場で最も脅威度が低い黒狼を意図的に殺そうとはしていなかったからこそ、不幸にも即死できなかった。
そのゾンビは、ドラゴンブレスを吐いたのだ。
ある種、当然かもしれない行動。
このスキルは、竜を討伐し竜に認められたが故に獲得したスキルであり。
そして、魂なき亡骸に宿る竜の因子を捕食した寄生虫どものレベルを向上させるためにチューニングされたスキルである。
「マジ、かよ……」
右半身のほとんどを吹き飛ばされ、地面に転がった黒狼が見た光景は酷いものだった。
まず最初にモルガンの結界がわずか三秒のみの拮抗を終え、破壊された。
次に瞬間移動と見紛う速度で、『銀剣』は移動し抵抗するゾンビ一号を弾き飛ばす。
ロッソの拘束魔術は、内側から膨れ上がり続ける魔力。
そして体内の寄生虫が吐き出し始めたブレスにより拘束を破壊する。
「『雲雀は鳴き』」
あと少し、あと十秒もいらない。
その時間を稼げば、どうにかなる。
想いを胸に、村正が飛び出しロッソがポーションを投げつけ。
モルガンが苦し紛れに、氷の剣を出す。
『銀剣』、スクァート。
彼女の強さを、改めて補足しよう。
彼女は生前、単独での竜殺しを達成したが故に『銀剣』の二つ名を獲得するに至った。
倒すために用いた技術は、『麗しき銀鎧』という魔術。
では倒した後に獲得した、その能力は? 答えは『竜因進化』である。
これによって彼女は銀剣の二つ名を得た、竜の力を模倣できる存在に竜の力が与えられた。
「黒狼!! 次の行動を阻止してくださいッ!!」
ゾンビ一号の叫びに、黒狼は即座に対応する。
声を張り上げ、魔術は迸り、スキルが発動して。
だがいよいよ、相手も本気を出してきた。
「『ーーーーーーー、【ーーーーー】』」
竜の因子を取り込んだ存在が、竜の力を振るえばどうなるか。
簡単な話だ、矮小な人間の体の中に強大な力を内包する竜が顕現する。
肉が膨れ上がり、寄生虫が急速に成長し始める。
ゾンビ一号はソレを呆然と見るしかできない、ゾンビ一号が得た新たな力は今は使えない。
使用するための魔力が、そもそも足りていない。
だから、黒狼はここでこの手札を切った。
「『呪屍』」
ほぼ全ての魔力を消費し、黒狼は動かぬ骸を召喚する。
このスキルに対する理解度は浅い、だが天啓を得た。
可能性を見出し、確信し、神の意思を慮る。
「『開け、【黄金の劇場】』よ!!」
遂に、帷は開かれた。
朝の雲雀の鳴き声が響き渡り、夜の帳は大人しく逆天する。
黄金たる劇場の中では喇叭と共に、燐光が煌めきスクァートの動きが明らかに鈍っていく。
幸運にも、ようやく勝ち目が見え出した。
「『顔のない人間』」
「『災いをここに、【災禍たる海洋】』」
「目覚めやがれ、『堕駄羅』ッ!!!」
「『炎の具現よ、今ここに!!【火炎の精】』」
四人の行動が、行われる。
まずは黒狼、彼は急に姿にノイズが発生しそして召喚したオセロットアンデッドが動き出す。
顔のない人間、ソレを言い換えるのならば誰にでもなれる人。
ソレを召喚した、魂すら入っていないゾンビに向かって使用すれば?
黒狼、最大の弱点である肉体の脆弱性。
規定された世界でないからこそ、自由気ままに己の想いを具現化する。
いわば、解釈の拡大。
できることの延長線上にある出来ないこと、ソレを実現するために出来るように解釈を変更する。
どれだけ万能たる人間でも不可能とされてることを、不可能と思い込んでいることを達成することはできない。
何故なら、不可能と信じ込んでいるためだ。
この世界でも同様、むしろその癖が強い。
手段の延長線上に存在し、真面目に考えればおかしい話であったとしてもソレが可能だと信じ込めば。
不可解を具現化するという異常な能力の権化である魔力が力を貸す、そして黒狼は決して自分を疑わない。
黒狼の全身が力無く地面に転がり落ち、オセロットアンデッド。
略して、オセロッドが両目を見開く。
影で作られた化け物、黒き深淵の使者、ジャガーなりしオセロット。
そのように変化した彼は両目を開くと、力無く崩れ落ちた己に向けて手を向ける。
瞬間、黒狼の全身が凝縮し刀となった。
武器を片手に、狙い通りと笑った男はモルガンの魔術から遠ざかる。
モルガンの魔術、『災禍たる海洋』の効果は珍しくも概念系である。
基本的に魔術とは明白な効果を持つ魔術ほど強力になり、曖昧な効果になればなるほど弱くなっていく。
特に概念系と称される魔術は総じて発動難易度も、魔力消費量も多い。
この魔術、モルガンが作成した『災禍たる海洋』は動きの制限に重きを置いたデバフ系の魔術である。
バミューダトライアングルに因んで付けられたこの魔術、その効果は単純に動きの鈍化、視界の弱体化、上下左右に対する感覚への欺瞞効果を含む。
もちろん長くは継続しない、相手の基礎能力が高すぎてモルガンの魔術の効果が十全に発揮されていないのもある。
しかし、モルガンの魔術は明確に銀剣の動きを遅らせ致命の攻撃をいくつも逸らした。
結果、村正の攻撃が当たる。
村正が作った最上の四刀、そのうちでも相手の妨害に特化した『堕駄羅』を背後から突き刺す。
発動した竜因進化、いくばくか改変されチューニングされたとしてもスキルであればこの刀の効果からは逃れられない。
胸をおさえ、一瞬倒れかけた銀剣にロッソが追撃を仕掛ける。
火炎の精、魔法使いの隣人にして目に見えぬ霊。
彼とも彼女とも言える、そんな存在に魔力を分け与えた。
これは魔術の領域ではなく錬金術、もしくは魔力という対価を支払う関係上対価魔術とも言えるだろう。
錬金術は言わずもがな、対価魔術に関しても基本的には神術に該当するためモルガンは苦手としているが。
兎も角、四人の連携攻撃が突き刺さり銀剣は前に向かって倒れ込む。
倒したか? 逸る気持ちはあるものの、倒せていないことは分かり切っている。
故に、黒狼は自分が持つ掛け金全てをベットした。
「逝くぜ? 『第一の太陽』」
ヨワリ・エエカトル、オメ・アカトル。
イルウィカワ・トラルティクパケ、すなわち。
黒き、オセロットがそこに佇んでた。




