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Deviance World Online 〜最弱種族から成り上がるVRMMO奇譚〜  作者: 黒犬狼藉
一章下編『一切の望みを捨てよ』

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Deviance World Online ストーリー4『鍛治士』

 弱者は死ぬ、当たり前でこれ以上も以下もない当然の摂理だ。

 だからこそ、弱者が否定する。

 群れの中の外れ値を比較に出し、同類やもしくはそれ以下とみなしている自分以上を比較に出し。

 弱者は、強者を否定する。

 醜悪で、醜くて、愚かしい人類という弱者は。


「死んだ後も、利用され続けるって普通に考えれば非人道的行為なんだろうな」

「アンデッド、しかしゾンビ一号とそっくりなのは意外です。まさか、双子?」


 見当違いの憶測に、黒狼はなにも返さない。

 ただ静かに、剣を握るだけだった。


 黒狼の中で、目の前の彼女がどういう存在か。

 そんなこと分かり切っている、だから面倒くさいのだ。

 突風、恐るべき勢いで迫る彼女に黒狼は冷静に魔術を下す。


「『戒呪』、俺に従え」


 大雑把な命令、しかし脳裏に及ぶイメージをくみ取ったのか黒狼の命令通りに大気中の魔力が黒狼の手元に収束する。

 次の瞬間、黒狼の手元には氷の槍が形成されそのまま黒狼はソレを射出した。


 その騎士は強い、それは変えようもない事実だ。

 強く気高く美しく、持つ剣は獰猛にその剣技は鈍重に。

 弱者が、倒すために鍛えぬいた剣技だ。


「『呪髑』、モルガン。可能な限り、俺から逃げておけ」

「また面倒なモノを、ウイルス性の毒ですか。なるほど、一人で戦いたいと?」

「いい加減、俺の態度とスタンスを決めなきゃな」


 息を吐く、面倒だと。

 殺すにしろ、生かすにしろ。


 いや、戦う事すら面倒だ。

 彼女の実力は何となく察している、少なくとも今のプレイヤーで現在の彼女と戦い確実に勝てるのはアルトリウスしかいない。

 そしておそらく、目の前の存在はそんな彼女より。

 いや、はっきりと描写しよう。

 そんなゾンビ一号よりも強い、コレは憶測でも思考でもなく事実だ。


「来いよ、お前から」

「ーーー」


 声帯が、喉がつぶれててその声が聞こえない。

 それすら懐かしく思える、そんな気がする。


 感情が高ぶらない、なのに興奮している。

 このシチュエーションに、何処か興奮している自分を見た。

 黒狼は、だから剣を振る。


「『蟻刀:蟻顎』、食われて死ねよ」


 虚無的な高揚感、コレが現実だと思えば恐ろしくクソッタレな代物だからこそゲームであると安心できる。

 その安心感に嫌気がさし、どうしようもなくすべてを崩したくなってしまう。

 死ね死ね死ね死ね、口で言うのは簡単だ。

 心底から、それを願うのもまた簡単。


 だけど、一過性の感情に身を投げ出すことはできない。


 どこか、何処か冷静で冷徹で。

 何よりこの世界を見下し、馬鹿にし玩具と思い。

 誰よりも、何よりも自分に縛られているしょうもない男がそれを邪魔する。

 コインの裏の裏、それはくるりと裏返る。

 人の心理もまた同様、裏がないのならばともかく裏があるのであれば。

 ゲームで出てくる裏の人間性、その裏というのは結局表なのだ。


「至極単純、わかりやすい話として。俺は、結局お前を人間として見てないし見るつもりもない。お前は、どこまでも俺の道具だ」


 剣が振るわれ、白銀が舞い散る。

 その動き、その精密性は宛らアルトリウスそのもの。

 いや、それ以上なのは当然だ。


 しかし、残念かな。

 今の黒狼では、その剣技を讃える言葉がない。

 ただ分かることは、真っ当な剣技ではその彼女を崩すことが不可能だということ。

 だからこそ、魔術を織り交ぜる。


「『理を紐解く、その形容は影の剣』」


 詠唱開始、同時に背後に逃れ。

 しかし、その動きを加えた瞬間に黒狼に向けて魔術が放たれる。


 魔銀(ミスリル)剣を片手に、爛れた体躯を平然と動かし。

 洞の眼を目の前に向け、腐り落ちた髪の毛を朽ちた紐で纏め上げ。

 理性が零れ落ちた、理性なき理性を剥き出しにし。

 しかして、美しい剣技を振るうその化け物。


 黒狼の刀は、魔術によって砕かれた。

 詠唱の時間を許さない、ただそのままに剣で頭部を吹き飛ばす。


 殺せるはずがない、所詮黒狼は雑魚もいいところだ。

 だが、死なないことには特化している。

 スキルを発動、装甲を移動させ頭蓋骨を再度形成。

 今は、まだ負けるわけにはいかない。

 この腐乱死体相手に、自分の感情を整理するまでは。

 まだ、負けるわけにはいかない。


「『動きたまえ、我が意のままに【舞い踊る黒剣】』」


 魔力が消費される感覚、同時に黒い剣が目の前の女を阻む。

 折れた刀を、そのまま突き刺す。

 睨みながら、獰猛たる殺意を向けながら。

 吐き捨てるように、言葉を紡ぐ。


「道具が、自由意志を持つんじゃねぇよ!!」


 もし、ここに誤解があるのならば一つ訂正しよう。

 黒狼にとって、ゾンビ1号とは剣士にとっての剣。

 書道家にとっての筆、プログラマーにとってのパソコン、人間にとっての手。


 たとえ、良い結果を出そうとも。

 たとえ、ソレが良い結果に繋がろうとも。

 たとえ、進化の結末として妥当であっても。


 自分の意思に沿わない行動を起こすのであれば、その道具は結局ゴミでしかない。

 だからこそ、黒狼はゾンビ1号の成長を忌避した。

 彼女の成長は、自分の手元から去ることに他ならず。

 ソレは同時に、黒狼の道具である事を辞めるということ。

 黒狼は、その行動を肯定しない。


 だから、捨てた。

 捨てた、感情のままに捨てた。

 道具が、人の様に動くのならば黒狼が持つ必要はない。

 その様に動く時点で、もうすでに道具などではないからだ。


「些か、苦戦していますね。参戦しましょうか? 私も」

「いや、俺はここで死んで撤退する。まぁ、今の状況では勝てねぇよ」

「可能性はゼロではありません、勝てないわけではないでしょう」

「確実に勝つために状況を整えた方が合理だ、わかんだろ?」


 ゾンビ1号ではなく、彼女はスクァートだ。

 その事実はわかっている、目の前の骸は黒狼の道具ではない。

 だが、この煮えたぐった敵意を悪意を殺意を。

 今の状況では冷静に処理できる気がしない、目の焦点を合わせた今ではとてもではないが。

 刀が、彼女の腹に刺さった。

 しかし、薄皮一枚切り裂いただけに終わり。

 同時に、黒狼の頭部が再度粉砕された。


「では、撤退しましょうか」


 モルガンが冷静に呟き、階段に向けて転移魔術を発動する。

 瞬間、光線がモルガンのいた場所を薙ぎ払い周囲が発火し始めた。

 化け物め、口の中でそう呟きながら息を吐く。

 対策を講じれば勝てるだろう、だがこの状況で勝つのは厳しいに違いない。

 ここがボス階層であったことを考えながら、迷宮の難易度が上昇していることを考えた上でこれから先の階層の難易度に辟易する。


「全く、アルトリウスに情報が流れたら悍ましいぐらいに彼が強化されそうです」


 横で光が収束し、黒狼が再誕する。

 どうやら最後の死因をうまく切り替えたようだ、その小賢しさに呆れつつモルガンは階段を登った。


*ーーー*


「でぇ? モルガン、手前は儂に何をしろと?」


 ここは山の奥に存在する刀工の屋敷、そこで座布団に座りながら村正は半眼でモルガンを睨む。

 職人であっても、アバウトな指示で納得できるものを作成することはできない。

 基本的に、村正は血盟に対して全面的に協力関係を敷いているがソレは無条件に搾取されることではない。

 故に、具体的な内容を出せとモルガンに問い詰める。


「いえ、ぶっちゃけ加わっていただくだけで十分です。それ以上を望むことは、まぁ少なかと?」

「なるほど、黒狼次第といったところだな。物作りでないのはありがてぇ、ロッソの女郎が寄越した図作を見ながら頭を捻っていたところだ。今は何より、時間が足りねぇ。それも、試行錯誤を行う時間が」

「なるほど、動力部の概要がもう作成されましたか。素晴らしい働きですね、本当に。得て不得手を補えるチームというのはこれ以上ない事です、貴方もそう思いますよね?」

「賛成を求めんじゃねぇ、受けた依頼は完遂するだけだ」


 そう言いつつ、モルガンに設計図を見せる。

 ゾンビ二号の概要が不明なため、どの様に作成するのかを考えては考えていないが必要なアイテムは大体判明している。

 大きさや規模などは今後詳細に詰めるとしても、というわけだ。


「中々、面白いというか意外というか献身的というか。本当に、神が我々を見守っているかの様です」

「阿呆か、神は見ていようが干渉なんざしねぇ」

「ふ、ふふ……。貴方はこの世界の人間と折り合いが悪そうですね」

「そういう手前は、相当この世界に馴染んでるがな」


 そう吐き捨て、村正は近寄ってきた鬼の子供がて渡してきた煎餅を齧る。

 美味いも不味いも、何も言わず。

 そのまま静かにその子の頭を撫でると、手で追い返してしまった。

 モルガンはその様子を見て、微笑ましそうに口を隠す。


「なんだ? 何が可笑しい?」

「いえ、気難しいようで案外分かり易い。と、そのように思いまして」

「ふん、儂は儂でしかねぇ」

「他者から見れば、貴方はとても気難しい人間に見えるのですよ」


 慣れない和室で窮屈そうに体を動かしながら、しかして順応しようと周囲を探る。

 外では田畑が広がっており、若菜が青々と育っている姿が見えた。

 これは何か、とモルガンは尋ねる。

 すれば、村正はコメに近い品種の何かと適当に答えた。

 研究者気質のモルガンは兎も角、村正は職人であるが知識に興味があるわけではない。

 ここら辺は些か適当な答えとなる、モルガンとしてもその回答は覚悟の上なので話半分で聞き流しつつ魔術で稲穂の一部を切り取り手元に手繰る。


「ふむ? よく分かりませんね、稲科に近い特徴がありますが稲とは違いますし」

「なんだ? 手前はコメを知ってるのか?」

「まぁ、現実でも研究職なので。データではありますが、知識はあります。植物方面は明るくないですが、多少の好奇心から調べた時期もありますし」

「ふぅん、詳しいのならこの童どもに教えて欲しいと思ったんだが」


 言葉軽く、何かを憂いてイルカのような眼で眼下を見る。

 そこには鬼が畑仕事を行い、時に獣を狩り。

 文明の発達していない、農村の様な光景が広がっていた。


「確か、『魔王』でしたっけ? 貴方は」

「まぁ、な。二重の意味で、儂は魔王なんだろうよ。ネロの心象に何かを感じる以上、もう一つの意味は結局なんだろうな」

「待ってください、ネロの心象世界に何かを感じる? ソレはどういう意味で。まさか、心象世界を展開できるなどと宣うつもりでは?」

「展開できる、というのとはちぃと違うが……。まぁ、似た様なもんだ。おそらく、儂なら遠くない未来で心象を開くことは可能だろうよ」


 苦虫を潰したように顔を歪め、吐き捨てるかのようにそう告げる村正の顔を見てモルガンはその顔を睨む。

 魔術の極地、極限たる境界、世界を展開する魔術の極。

 ソレを展開できうる可能性を持つ? その言葉だけで、モルガンは嫉妬に狂いそうになる。


「重ねて尋ねます、何故? 何故、貴方は心象世界を開けるのですか」

「あまりそう睨むな、聞きたいことは分ぁってる。何故、という疑問に対してだが申し訳ねぇ。これは理屈じゃねぇんだ、けれど分かっていることを言うのであれば。そも再現性はねぇし、理屈もねぇ。儂という鋼を、幾度となく叩き鍛えるように。儂と言う鋼に、一念注ぎ込むように。儂と言う人間を、儂の持つ心象を鍛え上げることによって開ける一種の臨界点なんだろうよ」

「……、言葉で語って欲しいところですが……。そうですか、そうですか……」

「手前さんが心を理屈で語り、理屈で心を読み解けると思うのならば。ソレを極限まで突き詰められるのならば、確かに心象世界は開くだろう。ソレが手前が定義した、心象となるのだから」


 誤魔化すような、有耶無耶にする様な物言いで告げる村正の言葉。

 半ば理解を放棄しながら、モルガンはソレを静かに聴く。

 解析、究明においてモルガンを上回る人材は少ない。

 例外としては探究会のインフォ教授だろう、彼は19世紀の名探偵よろしく僅かな情報から全てを曝け出す。

 まるでミネルバの梟、そんな彼と比べれば些か分が悪いものの魔女に相応しい解析能力を持つ。

 ソレを普遍化し、汎用化する能力はないものの理解するのなら相当のスペックを持つモルガンだがソレでも限界はある。

 そも、憶測と仮定で語られる言葉の真意を知るのはたとえ名探偵でもできることは妄想のみ。


「まるで理解はできません、しかし貴方が嘘を吐いていないことはわかりました。困りましたね、そもそも進行方向が間違っている様な気がしてきました」

「知らんがな、儂は儂の思った印象を語っただけだ」

「勿論、ただその印象が私の組み立てた理論と大きく間違っている気がしてならないと言うだけです。心象世界とは自分の想像する空間を、概念的に組み立てた一種の建築魔術に類するものと思ってましたが……」

「ああ、其れなら違う。あれは明確に、この世界じゃねぇ。ネロの剣に全てが詰まってやがる、あの剣は誰かに作成された物でも作成できる物でもねぇ。何せ、儂の知りうる限りの金属全てが該当しねぇのだから」


 はぁ、と息を吐く。

 彼の言葉を信用するわけにはいかない、そもそもこの世界には未知の金属が多い。

 ソレら全てを彼が網羅しているとは思えないし、そもそも剣と心象世界の関連性がわからない。

 と言うわけで、モルガンは半分聞き流しながらインベントリを開いた。


「とりあえず、本題に戻りましょう。あのアンデッド攻略ですが、一体何時にします? 私は直近一週間であれば何時でも構いません」

「んぁ、明日明後日は無理だ。刀と鬼を鍛えねばならん、半端な量産品なら鬼どもがやるが流石に儂ほどの腕はないのでな。見本を見せて、鍛えてやらねばいけねぇ」

「なるほど、小さいとはいえ王の責務があるわけですね。ソレであればロッソの時間を聴きながら決めましょう、ネロは基本暇だと聞いていますし」

「そうかい、そりゃ良かった。しかし、こう言うことは長である黒狼がやるべきなんじゃねぇのかねぇ?」


 チクリと刺すように嫌味を吐く村正だが、モルガンはソレに対して死に続けていますと返す。

 実際黒狼はスクァートの弱点を探すために、現在ずっと戦っている。

 規格外というレベルの強さを誇ってこそいないが、弱点は見えてこないほどに強い。

 数で挑んでようやくといったレベルの相手、ソレでも勝ちを確実にするのならば様々な戦い方を行えばいい。


「ふぅん、まぁもうちっとばっか責任感を持って欲しいところだがな」


 村正の嫌味を告げつつも、我欲のために集った血盟。

 仕方ないとばかりに諦め、モルガンを追い払う。

 流石に、常暇であるほど村正は無名ではないのだ。

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