Deviance World Online ストーリー4『赤い魔術』
ふと、世界に目を向ける。
ふと、自分に目を向ける。
最後に、己が心に問いかける。
世界は、私を捨て去った。
けれど、私は世界に縋る。
どこまでも醜く、どこまでも清廉な。
これを言葉に起こすのならば、恋とでも言えばいいのだろうか。
そうだろう、これは恋なのだろう。
「けど、一つ聞いていい? 割とぞんざいに扱われていないかしら。なんで、それなのに好きになったの?」
「好きになっちゃったんですから、それ以上も以下もないですよ。少なくとも、私にとって彼とはそういう存在なのです。私の全てをささげたくなるほどに、焦がれる程の激情をささげるべき相手なのです」
ゾンビ一号の言葉に、ロッソは少し呆れたように返す。
他人の恋愛事情なんて知ったことではないが、目の前でうじうじされれば面倒極まりない。
手元の錬金術に関連する作業を行いながら、肩を落とす。
他人の恋バナなぞ、遠目に聞くのが面白いのだ。
こうやって真横で聞かされる身になれば、たまったものではない。
というか、状況的にも話的にもDVを割りとしている黒狼だ。
即座に切り捨てて、野にでも山にでも行けばいい。
そんな風な思考をしつつ、ロッソは面倒そうにあしらおうとする。
「そもそも、その話って何なの? 貴方が彼の役に立ちたいのなら努力しなさいよメンドクサイ。一々他人に相談して、自分で決められないなんてどうなの?」
「分かってますよ、そんなことは。ですが、この紛い物であり作りものの心は彼を愛しているのです。どれほど拒絶されても、どれほど彼から嫌われても」
「なんで? 理解できない」
「たとえ、どれ程ぞんざいに扱われても。私を作ったのはあの人なのです、私を生かせたのはあの方なのです。だから、どうあがいても。私は、彼を愛するんです。子が親を愛するように、私という人格は親としての経験を持ちながらあの方を親として愛するのです」
めんどくさそうに頭を抱えると、そのまま適当に釜の中に薬草を投げ込んだ。
中では薄緑色の液体がぐつぐつと煮えている、煮え具合を確認しつつ適度に温度調整も行っていくロッソ。
彼女からすればこの程度のことは片手間で出来る内容だ、しかし片手間で出来るから片手間でするのは間抜けの所業。
自身の集中を99%もちいて、ゆっくりと慎重かつ大胆に混ぜていく。
残り1パーセントは、ゾンビ一号に向ける意識だ。
「面倒ね、とりあえず右の棚の三段目。そう、ソレ。そこにおいてある木の根っこをとって、うんありがとう」
「マンドラゴラの亜種ですか、いいモノを使っていますね」
「融通を利かせてるのよ、こういう高価な素材は鮮度第一だからね。運送能力はNPCよりプレイヤーのほうが圧倒的に上よ、まぁあの化け狐に無茶を言っているのもあるのだけれど」
「悪徳商人ですか……、経済発展の邪魔にさえならなければいいのですが」
ゾンビ一号の言葉に、ロッソは彼女の境遇を思い出す。
魂関連はいまだ謎が多い、そしてその謎も簡単に解決できるものではない。
ゾンビ一号は魂を混ぜ合わされた結果として転生した存在である、ゆえに前世の記憶を持つのは不思議ではない。
しかし、常識的に海馬が別物である可能性が高い。
もしくは肉体が一定以上腐敗しているのにも関わらず、前世の記憶を確認できているということがおかしな話だ。
つまりは矛盾、しかしこの矛盾は一つの要素で解決可能ともされている。
カスルブレホード波、それこそが解明の手掛かりではないか? ロッソはそう思考した。
その特異で特殊な脳波、その脳波の機能はいまだ不明だ。
唯一確定的なのは、身体や五感といった感覚器をすべて欺瞞によって操作可能という事のみ。
ロッソはその理屈にあまり明るくないため、明確な回答を持ち合わせることはないがしかしどうしても気になることがある。
感覚器官への完全な欺瞞というのは、すなわち脳内で情報を処理する機関に偽の情報を送信しているということ。
そしてその機能は本来的には人間に不要な機能である、であればこの脳波が本来的に担っている役割は別のものとなる。
それこそが、世界というサーバーにたいする記憶や記録のバックアップではないか? ということだ。
不思議な話は世の中に無数に転がっている、現代医学で解決できないオカルト話は時代が進むにつれてより明確化されて行っている。
前世の記憶を引き継ぐ少年の話がある、移植した瞳が知りえるはずのない事象を映すことも何度か観測された。
そのすべての事象が、ロッソの妄想通りであれば何となくではあっても納得可能だ。
問題は、それを演算結果として出力できるだけのCPUやメモリを保有する機構は作成不可能な点。
現在の世界でも、その高度演算機能を有する機構を作成するのにはあと5世紀はたりない。
たとえ指数関数的に技術が向上しても、その事実を覆すことなど不可能だ。
話が逸れた、本題に戻ろう。
ロッソはゾンビ一号から聞いた境遇を思い出す、そしてその境遇に同情しながらも内心どうでもいいと思ってしまう。
これ以上も以下でもない、せめても自分に迷惑をかけてくれるなという感情以上でも以下でも。
興味がないわけではない、コレが親友であれば真摯に相談に乗るだろう。
しかし、彼女は他人でありNPC。
それ以上でも以下でもない、そんな相手のどこに同情し共感できるというのだ。
「死体となって腐り果てた末に、心配するのは貴女を殺した国家ね。まったく、犬っていうのは嫌いだわ。見上げた忠誠心に全てを委ねる、いえ今のあなたはそんなこともないのね。ホント、犬っていうのは嫌いだわ」
「生憎と、私は狼を見てこの精神を育まれましたので。黒い狼と、誇り高き牙と」
「そう? なら、それに恥じない行動をとりなさいな。私、中途半端は嫌いなの。いいものがあるわよ、ほらソレ」
若干冷たくあしらいながら、妙案を思いついたとばかりに工房の一角を指し示す。
そこには大きな図と、複雑に書き込まれた魔術的な事柄があった。
吸い込まれるように、ゾンビ一号はそれを見る。
杜撰でロマンを詰め込んだ、夢見の計画だ。
「これは、貴方が考えたのですか?」
「まさか、私じゃなくあのバカよ。黒狼が考えたの、まったく」
「……意外です、ほんとうに」
「何が?」
声音が変わった、どうしようもない人に対して惚気を感じさせる声色で彼女は言葉を紡ぐ。
湿った唇が、言葉を紡ぎだし。
感無量とも言った、もしくは満ち満たされたような声音で口を開いた。
「机上の空論ですが、私なら成功させる方法があります」
「一目見ただけでよく見抜いたわね、意外だわ」
「心象世界、ですよね? コレ。理屈的でこの理論では運用は非常に難しいですが、いえ個人用に調節しなおしていないからこそこのような見当違いの結果を生み出しているのでしょう。私なら、このエンジンをある程度までなら形にできます。一切の、損害を出さずに」
「言うじゃない、恋煩い。そこまで言うのなら相手にしてあげましょう、ただしつまらない内容だったら即刻此処から追い出してあげるから覚悟なさい」
ロッソはそんな風に、挑戦的に口角を上げて。
ゾンビ一号を、視界にとらえる。
スクァート、そのうわさは聞いている。
少なくとも、うわさに聞くぐらいには有名人ではあったらしい。
その転生体である彼女を見て、ロッソは良い拾いモノをしたと黒狼を称賛した。
*---*
一方そのころ、黒狼は迷宮の第一ボスに挑むところだった。
一度死に、最速でボス前までやって来ると装備を再確認する。
刀に、鎧。
それだけあれば完璧だな、そのようにうなずくとモルガンに声をかけた。
「準備はどうだ? モルガン」
「お構いなく、いつでも戦闘可能です」
相も変わらず紅茶を飲んでるモルガンに呆れつつ、魔術を発動し装甲を用意する。
警戒するほどの相手とは思えないが、念には念を入れたほうがいいのは真実に違いない。
あと、地味に深層と思わしき場所にいた敵は強かったのもある。
「どじゃ、扉を開けんぞ」
黒狼の発言に、紅茶を仕舞うことで返答とした。
黒狼はそれを了承と理解し、扉を開いた。
瞬時にスキルを発動する、口をすぼめ言葉短く吐き捨てる。
「『抜刀』『蟻刀:顎蟻』」
エフェクトを纏った骨刀が、超高速で刀を抜き去った黒狼が。
一瞬で敵影に肉薄し、裁断する。
難解奇怪、ゆえに曲芸。
動く隙も、動く余裕も与えない。
回避などさせない、黒狼という男が磨き上げた技を魅せ付けるかのように。
単純実直、ゆえの明快さを発する。
「『ウォーター・カット』」
同時、ではなく一瞬遅れで。
モルガンの魔術が展開された、水の魔術が。
膨大な、溢れんばかりの魔力を注ぎ込み一瞬にして現実と虚空の境界線を蒙昧にする。
数々の刃が、形状を成す。
そして、一瞬にして内部空間をミンチに化そうと動き始めた。
ただし一つ限りの例外、黒狼を例外として。
「ヒュゥ~う、最高だなぁ? モルガン!!」
「これで、全滅ですね」
「全く、味気ないな? 此れじゃ足りねぇよ」
黒狼は不満と愚痴を嬉しそうにこぼし、予想以上でも以下でもない結果にモルガンは表情を柔らかくする。
そして、ゆっくり閉じかけていた扉に冷たい視線を送り現れた宝箱に触れようとする黒狼に氷の魔術を放った。
慌てて避ける黒狼、文句を言おうと振り向いた黒狼の視界にモルガンが大きく映る。
「何を、しようとしていました?」
「ナ、ナンノコトカナ?」
「誤魔化さないでください、分かり切っています。明らかに不可解な操作をしようとしていましたね?」
「チェッ、バレたら仕方ない」
その直後、悩む素振りすら見せずに恐ろしい速度で黒狼はステータスを操作する。
さてここで一つの疑問提起をしようか、ゲームというものは原則ユーザーを楽しませるために存在する。
DWOでも、その点、その基本原則は大きく変化することなどないだろう。
あくまで、運営の介入が恐ろしく少ない以上に語れる内容は無い。
そんなゲームであるDWOだが、当然このゲームにもユーザーを楽しませる要素は多少なりとも存在する。
いわばやりこみ要素、それはどこかしらに存在している。
このダンジョンでは、踏破者に対しボスとの再戦が可能となる。
もちろん、当然のように強化されたボスと。
「貴方、やりましたね!? 馬鹿なのですか!? いいえ、当然、馬鹿なのでしょう!!」
「物事は楽しんだもの勝ちだぜ、モルガン!!」
アナウンスが流れる、ボスのリポップのアナウンスが。
表情は崩さなくとも焦りをあらわにするモルガンに対して、黒狼は満面の笑みで『コレだよ、コレ』と頷く。
そのまま、スキル効果時間の残りで倒しきれるか思案し満面の笑みを浮かべた。
現れるモンスター、迷宮の床が変質しその姿があらわとなる。
その姿はムシ、形状は非常にムシに類似する。
形としてはカマキリが近いだろうか、だが腕の本数は4本であり足も四本。
背中から生えている翅は巨大であり、その眼は360°すべてを把握する優れもの。
いわば、弱くはないボス。
黒狼が最も苦手とする、強くも弱くもないボスを目の前にして黒狼は息をのむ。
「『ZA・N・SI・N』!!」
「発音がネタの理由は、後でじっくり教えてください。当然、これを召還した理由も含めて」
「夏がむねをしげきするんだyo!! なんだっていいだろ、コレが糞ほど楽しけりゃ!!」
満面の笑みで、スキルのクールタイムをリセットのスキルを発動。
襲い掛かってきたその虫の刃を、カウンター気味に刀で返す。
背後からモルガンが魔術による射撃を行った、しかしそのすべては鎌によって切断し切り刻まれる。
だが、魔女の本懐は欺瞞と詐称。
自らを偽り、偽られることこそ魔女の本懐。
カマキリの背後、其処に無詠唱で展開された針の数々がカマキリに襲い掛かった。
その針の数々を、カマキリは余る二つの鎌で切り伏せる。
さすがは昆虫界の殺戮者、カマキリを素体としたモンスターだ。
その反応速度は人間よりもはるか上位に位置することだろう、だが人類の悪辣さにはかなわない。
黒狼が魔術を展開し、刀で攻撃しながら闇魔法で意識を向けさせる。
当然、その恐ろしい反射速度で対応しようとするカマキリ。
しかし、それはかなわない。
腹部を、下から展開された土の魔術で貫かれたのだ。
モルガンは一手にて同時に3つの行動を行っていた、同時に三つの魔術を展開していたのだ。
さすがは魔女、と言った所だろうか。
規格外とも思える速度で展開する速度は、一人爆撃機にしか思えない。
「次から、相談してくださいますか?」
「けど、答えは変わらないだろ?」
「まぁ、もちろん」
モルガンの回答に、黒狼は満足そうにうなずく。
結果は、変わらない。
報連相の重要性を全力で無視した黒狼はそのまま、剣を軽く振りぬく。
そう、腹を刺されても自ら自分の腹部を切り裂いて動き出したカマキリの迎撃を行ったのだ。
勿論愚策、しかし奇襲という一回限りの突破ならば割かし戦略としてはアリである。
「マジかよ、コイツ。人間より化け物じゃねぇか、なぁ?」
「まるで人を化け物のように、酷くないでしょうか」
「実質化け物、四捨五入で人間ってところだろ」
「否定は、まぁしません」
自分で化け物と認めれば終わりだと思うのだが、モルガンはそれも認めつつ土塊を出す。
そのまま拘束を狙いつつ、下半身に狙いを定める。
上半身は厄介だ、しかし黒狼が対処しているからこそ問題はないだろう。
問題は、下半身となる。
常識として、下半身だろうが上半身だろうが昆虫にはどこにでも脳があるというのは至極当たり前の話だろう。
当然、下半身だけでも攻撃をしてくるだろう。
故の拘束、だったがそれも無駄に済みそうだ。
「やはり、普通に魔法も使いますか」
下半身から、肉が盛り上がる。
肉と脳が形成され、魔法を魔術を発動する処理に特化しようとしている。
それを悟ったモルガンは、杖を振り上げた。
「『染まる朝焼け、晴れる夕焼け』」
ならば、全てを燃やし尽くせばいい。
鬱憤晴らしだ、どうせならば。
目の前のバカのせいで、ただでさえ面倒な相手をつぶさなければならない。
そんな思いで魔術を展開し始める、どうせ死んでもかまわないとついでに思いながら。
「『この激情はいつも私を焦がし尽くす』」
思いを込めて、魔力を渦巻かせ。
六芒星から八芒星へ、結界式をより強固に内側に向けて。
内部に火のエレメンタルを増幅させ、爆発的に加速的に増幅させ。
一瞬の内部圧力を向上させて、爆発的な熱量を内封させ。
「『染まる偽り、逆天は汚濁に塗れ』」
ロッソが作成した結界理論を、モルガンが作成した効率性を。
互いに、互いの才能をかけて作ってみたお試しの魔術式。
その完成度はまさしく、神業の域に至っている。
「『緋色の鳥よ、永遠に』」
魔力がごっそり2000近く抜き取られる、当然だ。
モルガン用に改造を施したこの魔術式が、従来の燃費で発動できるはずがない。
それだけの魔力量をつぎ込み、核融合的反応と遜色ない熱量を一瞬で叩きだし。
「『私は明日を謳うでしょう、【緋色の狂騒】』」
モルガンの言葉と共に、ドーム状の赤い円が作成され内部が見えないほど炎に満ち溢れる。
熱が、内部で無限に満ちて満ちて満ち満ちて。
真っ赤な、真っ赤な赤の濁流が内部空間を満たしきり。
骨すら残さず、全てを焼き消した。




