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Deviance World Online 〜最弱種族から成り上がるVRMMO奇譚〜  作者: 黒犬狼藉
一章中編『黒の盟主と白の盟主』

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Deviance World Online 間話『優雅たる騒々しい日常』

 探究会、彼らの日々は騒々しい。

 そんな、彼らの一日を紹介しよう。


 VRCを用いて、世界にログインした探究会会長『インフォメーション教授』ことポリウコス。

 現実世界ではとある大学の教授であり、そして生粋の暇人でもある。

 そもそも3000年台の教育機関など、ほとんど存在していない。

 これほどの時代となれば民主主義すら形骸化し、万人は生きるのに必要な知恵をVRCで学べてしまう。

 大学という機関すら形骸化し、研究を生業に生きたいと思う人のみが集っているだけだ。

 だが、教授という役職には明確に意味がある。

 社会がAIに支配され、またAIを社会が支配する時代。

 超抜的な、過去の人が幻想にしたことすらない未来。

 そこで、発明や開発において既存のAIが観測や規定できなかったエラー的事象を発見し学問的に定義する人間。

 故に、教授(教え授ける)だ。


「ふゥむ、なんとも遺憾し難いな」


 そんな彼の朝は早い、24時間年中無休を謳う『探究会』の最奥で珈琲を啜るところから始まる。

 掲示板を広げ、じっくり観察し、そのまま苦い珈琲を啜ることで頭を統制し。

 脳細胞が、鋭利となり森羅万象を読み解くが如く働き出す。

 そんな彼の目に留まっている掲示板の内容は、探究会に対する批判だった。


「我々は確かに正確な情報を提供できていない、とはいえこんな風に直接的な批判は流石に困る」


 独り言、空に掻き消える程度の言葉。

 同時に脳内で紡いだ言葉を文章とし、掲示板に直接書き連ねた。

 文句があるのならレスバで戦う、これこそがネットの戦いだ。

 正論とエビデンスを出しながら、舌戦を有利に進めつつ改善点を別のチャットで仲間に知らせる。


「しかし、困ったものだ。何が原因で、統率が取れている有力血盟(クラン)に対して妨害行為を仕掛けられている? 嫌がらせにしては手が混みすぎて……」


 呟きは途中で止まり、来客を知らせる音が鳴る。

 手に持つ珈琲を置き、彼はゆっくりと振り返った。


「お久しぶり、であるはずだ。モルガン女史、此度は何ようか?」

「情報の解析、その協力をお願いしたく」

()()? 全く、私も相当馬鹿にされているようだ。モルガン女史、もしくはモルガン嬢」

「お嬢様扱いとは、照れてしまいますね」


 ふふ、と口角をあげてインフォ教授を煽る。

 まさしく妖女、妖姫の類であり自然と体が強張った。


「嫌な笑みを向けてくれるな、モルガン女史。ベータ版の時とは立場も思想も相容れぬ、か」

「人とは、そういうものでしょう? ポリウコス。私は私の目的のために邁進し、貴方は世界を解くために探究する。相容れぬとはいえども、互いに交わる点はありましょう。ソレはたとえ、聖人が魔道に落ちることがあるのと同じく悪人が聖人のように振る舞うのと同じです」

「口は相変わらず、だ。さて、解析したい情報とは?」

「心象世界、この世界の秘奥を覗きたいのです」


 言葉を区切り、魔女は目を伏せる。

 美しい、不覚にもそう感じてしまいそうになってしまう。

 ポリウコスは息を吐くと、目の前の彼女はもう既に学徒である以上に女で有る事を理解し何も言わず依頼を受けるための金銭を脳内で弾き出す。


「まったく、世の理は変わりゆくものだ。初々しいあの童女が、こんなに大きくなってしまった」

「人とは、成長するものです。貴方の知る私は所詮過去の私、今の私は貴方の知る私ではありません」

「その言い方こそ、君の悪い癖だ。実績を作ったとて、その悪癖は変わる事ないようで有るな」

「一念生涯に通ずるわけです、もしくは三つ子の魂百までも。でしたか? 貴方の好きな諺ですよ」


 してやられた、そんな顔を浮かべてポリウコスは息を吐く。

 本当に変わってしまった、ポリウコスが若かった頃は未だ柳生の名声は轟いておらずこの世界を馬鹿にしたかのようなゲームは存在しない。

 VRCすら普及していなかった、世界の真理は未だ神秘というヴェールに閉ざされていたのに。


 いつの間にか、こんなに詰まらなく色褪せてしまったのだろうか? 現実というものは。


 肯定と共に、彼女から情報を聞き出す。

 内容は先日のイベント、そこで邂逅したミ=ゴから入手した『人の魂を用いた永久機関理論』の立証。

 詳しい内容までは不明、だがそこに記載されている内容は正しいだろう。


「面白い仮説だ、観測を行うことが不可能という一点を除けば研究するに相応しいテーマだろう」


 回答は、だから回答はこんなのしか返せない。

 目の前で、モルガンが顔を歪め驚く姿を見つつ苦笑いし彼女がまとめたテーマを叩き返す。

 高名で年配の科学者だからこそ、モルガンが出してきたその内容を馬鹿にする。


「我々探究会は、世界を解き明かす事を目的としている。ソレは知っているだろう?」

「ええ、勿論です。では何故、この世界を解き明かす代表的内容で有るはずの心象世界というテーマを退ける!? 貴方の目的、目標に相応しい内容ではないですか!?」

「モルガン女史、もしくはモルガン嬢。君は一つ、大きな過ちをしている。心象世界は、()()()()()()。そう言う訳で有る、これ以上続ける言葉は必要かね?」


 モルガンが、思わず押し黙った。

 天才で有り、魔女で有る彼女が見落としていた唯一の情報。

 最初に見た心象世界が、ネロ。

 正確には、ネロ・クラウディア・アルフェ・トロリウス・ビズ・ガンゲウス・カエスル・オクタビアの心象世界だからこそ勘違いしていた。

 いや、薄々気づいていたのかも知れない。


 大前提、理論や言葉にする必要などないほどの常識として『()()()()()()()()()()()』。

 故に、心象世界に再現性はない。

 心象という別の境界を現実に書き起こす奇跡、もしくはその類でしかないモノであるので探究会は手を出さない。

 ポリウコスは、そこに気づいてから心象世界の研究をやめている。

 そんなモノを幾ら研究しても、世界の真理など解き明かせはしないのだから。


「時間の無駄でした、貴方には最上級の侮蔑を贈りましょう」

「迷ったときはいつでも来るといい、末席は空いている」


 モルガンの強がりに対して、インフォ教授は出来の悪い生徒を見るような眼差しを向ける。

 モルガンとポリウコスは、リアルの知人だ。

 ポリウコスが持っている教室、そこの生徒であり最も優秀な生徒こそモルガンであった。

 結局、モルガンは大学を中退したが……。

 そんな事情があるからこそ、モルガンとポリウコスはこの様に会う事がある。

 だが、そんな腐れ縁もここまでだ。

 そんな予感を思わせながらポリウコスは、モルガンを見送り……。


「おや、忘れ物かね?」


 机の上に置かれていた、情報結晶を手に取る。

 魔力を流す、擬似版を広げ。

 記載されている情報を確認する、そして目を通した後にポリウコスは息を吐くとそのまま笑う。


「全く、面倒極まりない女史だ。道理とスタンスを弁えて居らず、大人気ない真似をしていると言外に否定するとは」


 ふっと、笑う。

 内容は論文、纏められている内容は心象と世界に関する相互干渉の関係性。

 中々に読み応えのある内容だ、特にスキルシステムと心に関する相関性は非常に興味深い話である。

 故に、教授は片目を瞑り次なる来訪者を迎えた。


「遅かったであるな、ニケ。ソレとも突然の来訪者に気取られたのか?」

「御戯を、また大量の情報が回り出しましたよ? 教授。早く書類の多くに対する考察や、様々な事柄に対する解明を願いたいところです」


 直後に投げ渡される大量の書類と、情報結晶。

 ソレを見て溜め息を吐き、そのままやれやれと肩を竦める。


「明後日の学会にまでは、終わらせたいモノだ。見えている範囲では王宮案件もあるではないか、全く」


 探究会の、日々は忙しない。

 トップであるインフォ教授でもこれだけ忙しいというのは、つまりは末端も忙しいのだ。


*ーーー*


「また厄介事ですか? 私の所属は厄介事専門部ではないんですが?」

「大人しく、頑張ってください。パラス、貴方には期待していますので」

「だからと言って実地調査を任せないでください!! 全く、黒騎士発見から無駄に頼られる様になったのを考えると功績を挙げるのも面倒が多いですね……。」

「あの働きは素晴らしいモノでしたね、仕事は積もっていきますが」


 ニケの言葉、それに青い顔で答えるパラス。

 実地検証が多すぎる、その影響で末端に近しい彼らはただワールドの端から端まで動いてばかりだ。


「北方、と呼ばれる場所に行くにしてもレベル帯が違いすぎるんですよ」

「なので現段階では其方へ向かわせてはいないではないですか、精々エルフの森の調査でしょう」

「そのエルフの森でも、何度殺されているのか理解していただきたい」


 などと文句を言いつつ、しかし任された仕事を実行するために色々手段を工夫する。

 金貨という単純に測れる資産ではプレイヤーズクラン最大手の探求会、必然的に設備の質もものすごいほどに高くなっており。

 その設備を用いて行う情報解析は、他の血盟よりも数倍をゆく。


「そういえば、そろそろ戦争らしいですね? 『勝利の方程式』などと言われている貴方も参加するのですか?」

「予定次第です、ね」

「全く、仕事を選べるなんて羨ましい話です。本当に」


 投げかけられた皮肉を涼しい顔で受け流すと、ニケはそのまま去ってゆく。

 ため息を吐きながら、探求会の下っ端であるパラスは頭を抑えた。

 頭が、頭痛が痛いと言いたくなるほどに忙しない日々だ。

 イベント終了から数日の経過、キャメロットからのレイドという名前の戦争準備やその他諸々。

 双方協力関係ではあるが、戦力を借りてる関係上『探求会』はキャメロットに頭が上がらない。

 そもそも王権に近しい位置にあるキャメロットに発言力で勝とうなど、まずまず難しい話だ。


「ニケもどこかへ行きましたし、この書類の束を片付けた後に自分もレベルアップを狙いましょうかね。あの骸骨迷宮も最近では比較的盛んになって居ると聞きますし……」


 独り言、だがその独り言は独り言で終わらない。

 後ろのデスクで猫耳がついている女性が、パラスの方を見ているのだ。

 爛々と輝く、その眼。

 まさしく、マグロを狙う猫のよう。


「にゃ!! レベル上げにゃ!? ウチも付いて行っていいにゃ?」

「ああ、構いませんよ。猫キャットさん、私だけでは攻撃力不足ですしね」

「やったにゃぁー、一人でレベル上げは不安だったのにゃ!! ウチ、これでも相当弱くてにゃぁ。ポッツさんのところで鍛えてもらったにゃのだけど、実践はあんまり得意じゃないのにゃ」

「案外、この血盟にはそういう方が多いですよね。別にインテリ系血盟でもないですが……、トップ層の中では確かにインテリ系と言われればそうかもしれませんね」


 メガネをクイっと上げて、そんな風に言葉を吐くと立ち上がった後にインベントリを開く。

 そして細長剣を腰につけると、椅子から立ち上がった。

 ちょうど、やっていることに区切りがついたらしい。

 革のコートを着込み、戦う準備ができたパラスは猫キャットの方を見る。


「にゃー!! 新規案件なんか知らないにゃー!! ウチはレベル上げをするんだにゃ!!」

「……、手伝いましょうか?」

「ウチをバカにするつもりかにゃ!! こんにゃのチョチョイのちょいにゃ!!」

「そうですか、手伝いますね」


 うにゃー!! と叫びつつ、新規の仕事の内容をパラスにも話す猫キャット。

 内容はSTRの値を検証したデータの統計、中央値、最頻値などを求めること。

 および、そのデータとINTで求められた魔術ダメージ値から上昇率などを計算し有効な実験を選択することらしい。

 別にそこまで難しくはない内容だが、いささかタイミングが悪かった。

 探求会の本部に所属しているだけで、普通に優秀な扱いとされる。

 その中でもパラスや猫キャットのような、レベルを上げる暇がない程度に重宝されている本部所属は基本的に調査の内容決定権を保有している。

 データを求めるだけならば簡単だが、このように上にまで回ってきているということは基本は秘匿性の高い内容なのだろう。

 とはいえそんなものはニケやインフォ教授(うえ)が判断している内容なので、下の人間からすれば知ったこっちゃ無いどころか守秘義務を守るだけで十分なのだが。


「こんなものですかね? しかし、データ量が多いことです。実験しやすいからって、キャメロットの総員で検証したのでしょうか?」

「にゃー、とりあえず実験の内容はD班とC班の対抗戦でいいにゃよねー? そもそもスキルの上昇率とダメージ上昇率は相関性があっても明確な検証には属性の詳細な判別が必要な以上出すのは難しいにゃのに態々計測させるなんて面倒なことをさせるにゃねぇ」

「仕方ありません、『脳筋神父』が入手している『マッスルギャラクシー』はSTRの値を上昇させずにダメージを数倍近くまで上昇させていました。そのことから再検証案件になってしまったのでしょう。スキルである以上、再現性もありますしね」

「にゃー、嫌にゃー。魔物をぶっ殺したいにゃー、今宵の爪は血に飢えているにゃー!!」


 騒ぎだした猫キャットを宥めつつ、パラスは資料と記憶を照合する。

 本当に、それだけの理由で態々一度結論づけられた内容の再検証など行うのか? という疑問。

 とある部類に属するスキルの特異性は、インフォ教授を主として様々な人間が提唱している。

 いわゆる、心が関連し最初に選択可能な1000個のスキルの派生系ですらない個人の資質が要求される類のスキル。

 もしくは、神に関連するスキル。

 どちらも、ステータスに明確な変化を与えないくせに規格外のダメージを与える可能性が存在する。

 もうすでにその特異性は確認され、ソレに関する検証は後回しとされている現状。

 基本的なダメージの上下割合など確認済みであるのに、なぜ再度確認しているのか。


「……、まぁ私如きが考えても仕方ないですね」

「にゃー、所詮二つ名持ちに比べりゃウチ程度なんて下っ端にゃー」


 息を、吐く。

 どうしようもない話だ、二つ名持ちの実績と能力に勝てるのは……。

 少なくとも、探求会が明確にその結論を出せる存在は未だいない。

 故に、名無しの中では上澄である二人でもこうして息を吐くしかできないのだ。

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