Deviance World Online 間話『モルガン・ル・フェのティータイム』
諸君、君たちは紅茶を飲むか? そこに答えはない。
そんな問いかけを脳裏に浮かべつつ、モルガンの一日を見ていこう。
今回主題となるモルガン・ル・フェは、紅茶が相当大好きだ。
微細に含まれるカフェイン、甘くもなく苦くもない繊細な味。
そして、ソレらを全て壊すかのようなアルコールのキツさ。
全て、ソレら全てがモルガンの好みである。
「あら? これは困りましたね」
今日は、そんなモルガンの。
紅茶が切れた一日を描こうと、思う。
*ーーー*
「あら? これは困りましたね」
言葉を吐き、焦ることなく常備棚の方へと歩くモルガン・ル・フェ。
ここは、血盟キャメロットに用意された一室。
モルガンのためだけに用意された、魔術を研究するためなどの個室。
そこを歩き回りながら、モルガンは紅茶を探し。
顔を、青くする。
「まさか、とうとう紅茶がなくなったのですか……?」
この世の終わり、その雰囲気を感じさせるような顔をする。
彼女にとって紅茶とは血液だ、故に無くなってはこのように慌ててしまう。
その焦りを一切隠さず、彼女はルビラックスを振るう。
「とりあえず、ダースティンの茶屋へ赴きましょう。ええ、ソレこそが正解のはずです」
発動した魔術は転移魔術、空間を置換し茶葉を探すために例の茶屋へと赴く。
グランド・アルビオン、その中でも最も大きい茶屋だ。
決して在庫切れであるはずがない、そんな思いをそのままに店の扉を叩く。
「はいどうぞー、空いてるよー」
女将、ソレに近しい存在の声が聞こえた。
冷静さを取り戻しつつ、扉が開く音を聞く。
中には様々な茶葉が入った瓶が所狭しと並んであり、その香りを嗅いだモルガンは一安心と共に。
「あ、モルガンちゃん!! ごめんねぇ、グレートダースアークの紅茶は入荷できていないんだよ」
絶望の淵へと、落とされた。
まさか、そう言いそうになるモルガン。
その様子は石像のようだ、実際微動だにもしていないことから。
モルガンの好きな紅茶である、『グレートダースアーク』という茶葉。
これはグランド・アルビオン最高峰の茶葉の一つであり、そしてアルコール度数の高いお酒を混ぜて飲むことが推奨されている紅茶だ。
名前の由来は単純に、アーク地方特有の地質によって作成された苦味と甘みが強い茶葉をダースという干し方を用いて作成された代物だからこそ。
グレートに特に意味がないのはご愛嬌だ、そして当然そんな紅茶は非常に値段が高い。
そもそも生産量が多くない関係もあり、このような大型店舗でも取り扱っていない場合も多いのだ。
「最近、例の戦争が近くてギルドの連中も全然嗜好品の輸送などに協力してくれないの。ごめんねぇ、次は多少おまけしてあげるから……」
「いえ、ソレには及びません。ソレより卸しているところを教えてくださいませんか? 直接交渉しに赴きたいと考えていますので」
「うーん、そうね。店の方にも卸してくれるのなら、教えてあげてもいいわよ? モルガンちゃんは転移魔術を使えるんでしょ? 商品の入荷を手伝ってくれるのなら全然構わないわ」
「品がなければ売れもしない、なるほど道理です。微力ながら、可能な限り助力しましょう」
モルガンの言葉に女将はにっこりと笑う、グレートダースアークは上質上等な茶葉でありコアな愛飲家が多い。
ソレほどの品であるのに、在庫切れを続けているのは店の権威に関わる。
女将の判断は正しく、またモルガンを協力させるのは正解ともいえた。
「どこへ向かいますか?」
「そうねぇ、とりあえずココの中を歩き回りましょう? 最初に外に出るのは避けたいの、いくらモルガンちゃんが強くても流石にボス級のモンスターや例の軍隊は怖いしね」
「なるほど、確かに安心して欲しいなどとは私の実力程度では口が裂けてもというレベルの話です」
「謙遜はしなくていいよ、アナタは強い。そこは謙遜するんじゃなくて誇るべき部分だ、謙遜は美徳だけど行き過ぎれば嫌味にしかならないよぉ?」
その言葉に、少し頷きだが心の中で反論する。
実際、モルガンは弱い。
その事実は、幾度となく突きつけられた。
ワールドクエスト、『湖の精霊』を一人で行う中。
何度も規格外の逸話を聞いた、そしてその全てが規格外であるという事実を知り慟哭した。
神は人に二物を与えない、モルガンという魔術の天才に近接戦闘能力を与えなかったのと同じように。
モルガンは弱い、他者からどのように規定され。
他者から、どのように言われようとも。
「さて、アッシシューア!! 店番は任せたよ!!」
「わかってるって!! そんなに大声を出さなくても話の流れでわかってんだから!!」
「全く、そんな性分だから未だお見合いの一つも成功しないんじゃないのかね? もっと貞淑にしなさいな」
「できるんならもうすでにやってるよ、オカン!!」
互いの言葉をある種、羨ましく感じながらモルガンは装備を大きく変更する。
室内作業着のままでは肌が焼ける、たとえアバターとはいえその性質は変化しない。
人類に課せられた枷であるかのように、この世界でも日焼けはする。
なので、肌があまり露出しない装備へと変更した。
「あのバカ娘、もう少し大人しくならないのかねぇ」
「顔もいいでしょうし、大人ではあるので婚期を逃すことはないと思いますよ。本当に婚期を逃すのなら、見合を行うより前に駄々をこね出し条件をつけますので」
「いうねぇ、モルガンちゃん。そのキツい性格、アタシは結構好きね」
相手にし辛い、何故ならいつか裏切る存在だから。
グランド・アルビオンに牙を向くとは、つまりはそういうことだ。
だからこそ、モルガンは彼女に対して答える口を持てない。
少し、息を吐き彼女の年齢を推察しながら色々思考を巡らせる。
この世界でも最高水準の都市、グランド・アルビオン首都にして王都『ブリテニアス』。
最も美しい街であり、活気が滾っている。
素晴らしい街だ、同時にこれほど悲劇が似合う都市も少ないだろう。
『征服王』率いる軍隊に攻められ、防衛を行い。
多大な犠牲を払った結果、守り抜いたものの二度目の進行で滅びそうな国。
だが、モルガンは知っている。
この国は、その程度では滅びそうにないほどに余力を残していると。
「最初はどこに向かいますか?」
思考を切り替え、より重要な紅茶の話題に頭を向ける。
ぶっちゃけ、この国は滅びないという実質的理由やそのほかに存在するアルトリウスがいることもその確信に拍車をかける。
あの男は気に食わない、この身が焦げ灰燼になりそうなほどにイラつきを得るが確かにあの男はそれだけの存在なのだ。
故に、モルガンはこの国の存亡を重視していない。
むしろ、今は目先の紅茶の方が重要だ。
「そうねぇ、最初はギルドの直営所に向かいましょう。まずまず確実にないでしょうけど、見ないことにはなんともいえないしね!!」
「確かに、その通りではありますね」
というわけで、早速モルガンと女将が移動する。
ギルドの直営所、という説明をする前に本来ならばギルドと血盟の関係性なども話さなければならないのだろうが全部面倒なので全てカットしよう。
簡単にいえば、依頼などで納品されたは良い物のなんらかの理由で納品できなくなった品を販売するところだ。
雑貨から嗜好品まで、幅広く販売されており時には茶葉も販売されている。
「『グレートダースアーク』……、ですか。つい先ほど、異邦人の方がご購入なされていましたね」
「つまり無いんだね? 全く、間が悪い」
「クッ、神は私に試練を下しているとでもいうのですか!!」
叫び、天井を睨むモルガンとその様子を見て普通にビビる店員や女将たち。
割と清楚系ミステリアス美女(自称)で突き通しているモルガンだからこそ、こんな行動をした時に周囲からは驚かれやすい。
だって、少なくとも見た目は清楚系ミステリアス美女なのだから。
「さて、どうしましょうか?」
「うーん、ギルドにないとなると次は市場に行こうかね」
「市場……、なるほど。最近ではプレイヤーの分散により市場の活発化が見られています、良案でしょう」
モルガンの言葉にうなずく女将、そのまま王城目下の市場露店群に向かう。
とは言えど、移動手段はモルガンの転移魔術だ。
転移魔術を用いての行動、迅速な行動は彼女の焦りを如実に表している。
「うーん、市場らしい空気だ。いい雰囲気だね? そうは思わないかい、モルガンちゃん」
「紅茶……、はッ!? 申し訳ありません、なんの話を仰られていたのでしょうか?」
「これはヤバいね、早く発見できたらいいのだけれど」
女将の発言、ソレはモルガンの状態を理解したからこそのモノ。
こんな状況に淑女を放っておくべきではないのだ、故に女将は市場を全力で歩き回り目を凝らしたのだが……。
「どこもかしこも置いていないわねぇ、モルガンちゃん」
「紅茶………、紅茶ぁ……、私の紅茶ぁぁ……。はっ!? 私は何を言っていましたか?」
「こりゃダメそうだ、とりあえず魔術の発動は行えるかい?」
「はい、座標さえ知っていれば一切の問題なく。『黒の魔女』という二つ名は伊達ではないですよ? どこへ向かえば良いでしょうか」
「そうねぇ、この市場にもないのなら原産地しかアテがない。けど、原産地であるアークってモルガンちゃんに行ったことある?」
無い、と返すのは簡単だ。
アーク地方はグランド・アルビオンの辺境だ、そして国や探究会が発布している推奨レベルや合計ステータスは最低でも1000と言われている程度にも高い。
そんな場所に、仮にでも魔術師であり研究職であるモルガンが行くことなど先ず先ず無いのだ。
だが、場所は把握している。
正確な座標は魔術的な測定を行い、地図スキルに記入しなければ不明であり転移魔術などこの状況下では発動不可能であり転移できないことには変わり無いのだが。
あと、超長距離間の転移も不可能である。
この転移魔術の理屈自体は非常に簡単で、全く異なる二つの空間座標を折りたたみ穴を開けている。
その性質から、従来の自己の座標を歪めこの世界のどこにもいないという前提を作成した後に自己座標を再定義することで成立させる魔術より数段有用な魔術となった。
問題は、モルガン式転移魔術は現在座標と転移する座標に開く穴を全く同じにしなければその大きさが変化することである。
これはこの魔術の副産物であり、そして最大の欠陥だ。
大きさが変化する、と聞けばなんだその程度かという思考に陥る可能性もあるがこれはそう簡単な話ではない。
通常の物質、自己修復機能やそもそもこの世界の物質で構築されていない物質のような規格外を除き通常の物質は視認が不可能なほど小さな物質が結合することでその姿を成立させている。
そんなものが急に大きくなったとしよう、その場合その物質の総数はどうなるのか? 答えは変化しない。
その物質の総数は変化しないままに、その物質は巨大化する。
となれば凝固し結合したその物質は急激に不安定となり、液状化や気化する可能性が存在するのだ。
それが発生しないのは、モルガンが保有するルビラックスのような物質の構成が半ば魔術的な要素であり内在魔力が存在すればどれだけ大きさや形状が変化したとしてもその大きさに相応しい質量と物質構成に強制的に変化する。
これには一応、ルビラックスの完成系であるエクスカリバーも該当しているが詳細に語るのは後にしよう。
兎も角、現状ではモルガンの魔術で目指すべき目的地に辿り着くことが不可能だということだ。
「ですが、視認し目測測量を行えば転移魔術自体は発動可能です。地図スキルで位置を微調整しながら進めば、大きく移動時間を短縮できるでしょう」
「魔力は足りるのかい? モルガンちゃんがいくら優秀な魔術師だからといっても、そのステータスじゃぁ魔力総量は1000と少しじゃ無いの?」
「いえ、ご心配なく。私にはこの伝説の魔法の杖がありますので」
「それなら良いんだけど、ねぇ?」
少し、冷や汗をかきながらモルガンは紅茶を探すために割いていたスキルの殆どを一時停止する。
慌てすぎていた、冷静さを欠いているといっても過言ではない。
少し、口が滑りすぎた。
そう思い直し、魔女本来の冷静さを取り戻す。
紅茶が好きなのは結構だが、所詮は好物でしかない。
好物というだけで、杖の全てを曝け出す痴態を晒すわけにはいかないのだ。
「とりあえず、私が地図に記録している最も近い座標まで一飛びしましょう」
「わかったよ、さっきと同じ感じだね?」
「はい、距離が変わったとはいえ理屈は同じ。魔力消費が変化する程度の差しか無いです、ご安心を」
直後、モルガンが魔術を発動し長距離転移を行う。
距離にして数十キロ、歩いて移動すれば数日は要求されるだろうほどに遠方へ。
「すごい魔術だね、国の軍部が見れば意固地になって引き込もうとするんじゃ無いかい?」
「されましたよ、ですが私はプレイヤー。すなわち異邦人なので、キャメロット下の予備戦力扱いです」
「安定した戦力ではないものね、魔術の再現は不可能なのかい?」
「現状では、そもそも座標の測定の難易度が非常に高いため私以外でも扱えるようにダウングレート中です」
モルガンの言葉を聞き、女将は分かったような分かっていないような返答を返す。
そのまま、魔力を両手に纏わせると目の前に見えるモンスターを視界にとらえた。
「さて、モルガンちゃんは休む? あの程度なら私でも勝てると思うし」
「いえ、大丈夫です。いくら過去に冒険者だったとはいえ、数がいますので。ここら辺は、命なき我々に任せてくださいませ」
言葉と同時に、モルガンのルビラックスが振られる。
周囲に魔法陣が展開し、そのまま極限の魔術を描く。
これこそが、魔術の極み。
そう言わんばかりの傲岸不遜、だが確かにそれは極限が一つだった。
「『偉大なる天雷よ、ここに堕ちろ 【ライトニング・ボルト】』」
瞬間、地面から湧き上がるように極雷が湧き上がり立ち並ぶモンスターの体躯を蝕む。
正しく、これこそが魔女としてのモルガンの本領。
黒の魔女、そう言われるべき女の技。
「さて、紅茶を取りに行きましょうか」
最大の問題、それはただ一つ。
異様に、紅茶が好きなことだけだ。




