Deviance World Online 間話『ドレイク』
現れたドレイク、彼女を半眼で睨みながらも魔女は口を開く。
左右で警戒心を高めた二人を視線から弾き、悠々とした口調で。
「蛮族に服装の趣味を言われる所以はありません、それよりも品を出しなさい。」
単刀直入、敵でも味方でもない事がありありとわかる会話だった。
実際彼女にとって、ドレイクは敵でないだけの存在にすぎない。
交渉する価値はあれど、交渉を正しく行わないのならばそのまま殺しに掛かりたくなるほどの相手だ。
「全く、ほらよ。これで満足かい? 黒の魔女?」
「贋作、ではないようですね。対価は如何程をお望みでしょう? 交渉次第ではいくらでも吊り上げてもらっても構いません。」
「まさか、定額通り貰えばそれで十分さァ!! アタシらもそんなに暇じゃないんでねェ? ほらほら早く出しな?」
「略奪が海賊の流儀ではないのですか? 案外腰抜けのようで。」
煽るモルガンに、顔では笑いながら冷静な目で呆れたようにそれで結構と言い返すドレイク。
海戦での対人戦は古今無敗を誇るドレイクだが、陸上では流石にそうもいかない。
相手はキャメロットの魔女、その時点で敗北は確実に他ならないものなのだ。
大人しく報酬を受け取り、約束通りアイテムを明け渡す。
そのままおとなしく森の中へと消えていく彼女を見届けた後、モルガンはため息を吐きそして二人に告げた。
「さて、戦闘準備は?」
「応とも。」
「当然、できていますよ。」
瞬間、島を囲っていた船団が一斉砲し三人を狙う。
モルガンは、そもそも海賊を信用しておらず。
ドレイクも、そもそも魔女を信用していなかった。
有名な話として、進めば2つ逃げれば1つ奪えば全部という言葉がある。
ここで強気に交渉すれば二つの金が手に入っていただろう、分を弁えて引けば一つを確実に手に入れられた。
だが彼女らは海賊であり魔女だ、そんな面倒くさいことをせずに実力に訴え勝てばいい。
そうすれば、全てが手に入る。
炎を用いた魔術、島の森林を全て燃やし尽くす勢いで燃え盛る炎と火薬の匂い。
魔女のようにお上品な物ではなく、殺すことを目的としたより実践的な殺戮の力。
血盟『黄金鹿の船団』の、一斉攻撃が始まったのだ。
だが、それはこちらも負けてはいない。
規格外さで言えば、こちらの方が圧倒的に上であるからこそ。
モルガンは事前に描いておいた魔法陣に魔力を流し、地面を蜂起させる。
ゾンビ一号は蜂起する地面や飛んでくる弾丸を足場にして、一気に船まで迫った。
村正はその卓越した技量で、飛んでくる弾丸を切り裂き地面に落とす。
人数差や設備の充実度合いは比較できないほどに大差だが、それでもバランスブレイカーと言っていいほどに個々人の実力がありありと浮き出ていた。
「『騎士の誇り』」
スキル発動、ゾンビ一号が行ったその行動により一瞬にして船団の注意がゾンビ一号に向く。
到来する弾丸の塊、魔術を併用し錬成された現代兵器を遥かに上回る攻撃性を持ったそれらをゾンビ一号は先ほど吸収した血液を展開することで防ぎ切る。
そのまま重力に率いられるまま、ゾンビ一号は船へと飛び乗ろうとし。
「莫迦ども!! 今は全力で逃げるが吉だよ!!」
そしてドレイクの叫びで、我を取り戻す。
船に乗られれば人員というアドバンテージを覆す一強により虐殺される、それに最初の奇襲とでもいうべき砲撃が通用しなかった時点で結果は見え透いていた。
さらに言えば、ゾンビ一号という誤算もある。
ここは従来通りの報酬を得て手早く逃げるほうが何倍も安全だろう、脳内でそろばんを素早く弾いた彼女はそう叫んだ後に緊急離脱ようの魔術を自身の血盟メンバーに使わせた。
効果は一目瞭然、疾風迅雷が如くのスピードで急速に島から遠ざかる船にゾンビ一号は着地する事ができない。
だが、それがどうしたと言わんばかりに彼女は眼球を動かし血液をアンカーのように発射。
船体に穴を開けながら固定し、一気に接近する。
「ふざけんじゃないよ!! それが人間のやることかい!?」
だがそう簡単に近づけはしない、何せ乗られた時点でジ・エンドであり一貫の終わりなのだ。
そんな対象が血液を使いながら3次元立体起動を行い、迫ってくる。
どんな恐怖だと、ドレイクは愚痴をこぼそうとしそしてインベントリの一点に焦点を当ててニヤリと笑う。
勝てる、その確信を得た瞬間に超高速で接近してきたゾンビ一号の剣を自慢のサーベルで打ち据えた。
「ハッハッハ!! 運がないねェ!! 幸運の女神はこちらに微笑んでいるようだ!!」
「そもそも襲わなければ良かった話では……?」
「それを言っちゃ、おしまいさね!!」
連続的に降り注ぐ魔術に剣術、まともに対抗するのは愚の骨頂。
剣を交えたガン・カタを披露しつつ、覚束無い魔力操作でフェイントも入れていく。
流石に船上とはいえ地面の有無は重要だ、常識に考えてアンカーを用いた立体軌道で戦えるはずはない。
いや、戦えてはいるのが異邦人と現地人の差だろうか?
どちらにせよ、双方の戦闘能力の差が明確に表れている。
それでも、と。
ドレイクは脂汗を滲ませながら、ギリギリの剣戟を弾く。
そして、時間はやってきた。
「船員、覚悟はいいねェ!! 跳ぶよ!! 全員、覚悟を決めろぉぉぉぉおおおお!!!!!」
瞬間、船の動力に備え付けられていた魔石の魔力が一瞬で膨れ上がり帆に規格外の量の風が叩きつけられ言葉通り空を飛ぶ。
全ての船が一斉に、だ。
流石のゾンビ一号も唖然とした、理論的に不可能かどうかなどで言えば可能だろう。
風の魔術を、それこそよそ風程度を引き起こす魔術でいい。
その魔術に数億単位の魔力を込めれば、この程度は軽く引き起こせる。
逆を言えば、数億とまではいかないものの相応以上の魔力を用意しなければこの現象を引き起こすのは不可能だということだ。
「仕方ありません、ここは一旦戻りますか。」
さらに長期戦等でゾンビ一号の魔力が大きく減少していることもある、要求される血液とみるみる目減りする魔力でどちらがより効率的かを考えそのまま海に向けて落下してゆく。
そして、海に落ちる直前。
ゾンビ一号は氷属性の魔術を用いて、海を極所的に凍結させた。
「二つ名は『ワイルドハント』、ドレイクという名前ですか。」
なかなかに厄介そうだ、そう言いたげに数キロ先で起こった水飛沫を見ながらゾンビ一号は呟く。
『ワイルドハント』、および彼女が運営する血盟『黄金鹿の船団』。
現在存在する異邦人の血盟の中で、ある意味この世界の摂理に正しく沿った血盟。
彼ら彼女らは、海の上でこそ本領を発揮する最悪にして最強格のクラン。
略奪上等であり、北方の傭兵と違い従うべき誇りもない。
今は島々を占領、拠点化し中庸勢力として存在する。
ただNPC殺しなどの外道行為はPK以外では存在ぜず、基本的に略奪する相手は悪に類する存在であるという如何にもな組織。
巷での噂は悪くなく、ドレイクの衆目が良いのもそれに一躍買っているのだろう。
まぁ、そんな情報を知り得ないゾンビ一号は海を走りながら島を探す。
数秒もすれば島影は見つかり、そのまま走って戻る事ができた。
「……背後で森が焼けている音を肴に魚釣りって……、どうなんですか? 釣れやすい感じなのですか?」
「んぁ? ああ、戻ってきたのか。というか、真っ先に心配するのが魚釣りとかどうなんだ? まぁいい、釣果は完全に坊主ってところだよ。まだまだ始めたばかりなんでねぇ? こういうのは根気が重要っていうのは有名な話だろう?」
「魔力で探知して餌をうまく巻けば比較的簡単に取れると思うんですけど……、まぁいいですか。彼女、モルガンでしたっけ? あの人はどこにいるのですか?」
「木を燃やしてらぁ、なんでも燃え滓は使い道が多いだとさ。」
魔女の軟膏、その定番といえば灰というものは真っ先に候補に上がるだろう。
他にも灰は様々な用途に使える、炭になっているのならペンなども一例に挙げていいかもしれない。
そういうわけで彼女は森林破壊に励んでいるらしい、環境破壊は楽しいぞい。
「魔術的には大した意味はないらしいですけどね、そういうものって。」
「はっ、儂にそんな事情知るか。儂はただの刀鍛冶に過ぎんよ、そういう手前はなんなんだ? あの莫迦との関係性含めで説明願えるか?」
「……、そうですね。」
一旦言葉を区切り、そして横で釣竿を振っている彼を見る。
妖刀工、千子村正。
そこまでは看破できるが、それ以上の情報。
即ち人なりや人脈などは分からない、せいぜいがステータス程度だ。
どこまで話したものか、そう一瞬悩みだが十二の難行の内容なら話しても問題ないとして適当に掻い摘んで話し出す。
それを話半分で聞きながら、海を望む村正。
「話が終わっても魚は釣れねぇなぁ……、儂の腕が悪いのかねぇ?」
「果報は寝て待て、でしたか? 魔力を使えば楽ですよ。」
「儂はなぁ、鍛治以外での魔力操作はからっきしなんだ。そもそもそんな事をしてたら風情が無ぇ、風情が無い釣りなんざ釣りじゃねぇよ。」
「そんなものですか、そういえば釣竿のスペアはありますか? 私もやってみたいと思いまして。」
そう行ったゾンビ一号に、村正は少し待てと返す。
インベントリから金属を出したところを見ると、ここで錬成するつもりらしい。
魔力を金属に浸透させ、錬成開始と呟くと金属が徐々に変形する。
錬金金属ほど早い変化はないものの、錬金術の知識を納めている存在からしては相当以上の速さと言えるだろう。
数分も待てば、そこには立派な釣り竿が完成していた。
それをみて少し不満げな顔をした後、村正は凧糸を巻き付ける。
最後に紐の先頭に針をつけ、蟻を解体した時に出ていた肉を適度に潰したものをつけると村正はゾンビ一号に竿を渡す。
「ほらよ、道具としちゃ不満が出るがな? とはいえ重要なのは釣れるかどうか、そして釣るというのは待ちぼうけるというわけだ。どれほど竿が良くても待てる気概がなくちゃぁ、意味はねぇ。」
「有難うございます、少し離れたほうがいいですね?」
「糸が絡まっちゃぁ、面倒だからな。」
それだけ言うと、村正は再度海を見る。
最初からそもそも釣る事が目的ではないようだ、ただこうして何も考えずにぼーっとしているのがいいのかもしれない。
ゾンビ一号も習うように糸を垂らそうとし、崖壁に糸が当たる。
それを見兼ねた村正が適当に取り出したインゴットで竿を固定すると、ゾンビ一号に一声掛け背後から覆うように腕を重ねる。
「よぉく覚えておけよ、竿の振り方ってのはな。」
そう言って竿で大きく弧を描くように振り、糸を適度なところで離す。
糸が解き放たれたことで錘は遠くへと飛んでゆき、そのまま海へと入っていった。
「……、ご上手ですね!! 有難うございます。」
「はっ!! 柳生のばーさんにつき合わされた結果だ。あのばーさん、忍耐力も一流ながら竿使いも一流でなぁあ。儂は坊主だって言うのに横で山の様に魚を積み上げていたよ。あんときゃぁ、奴の門下生と共に必死で食った記憶がある。」
「釣りが上手い人が身内にいるのですか、さぞ魔力の扱い方が上手いんですね?」
「そんなこたぁねぇと思うぞ、そもそもここでも物理一辺倒だしな。」
片手を振りながら自分の竿の糸を引く村正、その先には肉がもうすでに付いていない。
舌打ちを打ち、手際よく包丁で肉を切ると再度つけて海へと放った。
ポチャン、そんな音は漣に包まれ竿は独特な感触を残すのみ。
ふと、地べたに座るのはいかがなものかと思い直した村正はインベントリに入れていた適当な丸太を椅子がわりに再度ぼんやりと海を見始めた。
「そういや、何故魔力が釣りに関係あるんだ? 儂は魔力の理屈とか分からねぇから掻い摘んで教えてくれるとたすからぁ。」
「簡単な話ですよ、釣り糸を的確に操作できるようになるんです。私……、スクァートはそうやって魔獣を釣ってました。」
「……釣りじゃなくて討伐じゃねぇのか? それ。」
「かもしれま、あ!?」
返事を返す、そうしようとした瞬間ゾンビ一号の竿に明確な手応えが生じる。
海面では浮きが沈み、魚がかかった事を示していた。
ゾンビ一号は慌てふためき、どうしたらいいでしょうと村正に聞いているが村正は何か気に食わないのかニヤニヤしながら横で見ているだけ。
どこか愛いものがある彼女の慌て方は、それはもう良いものだ。
クックック、と忍び笑いをしながら必死に竿を振っている彼女に向けて糸を巻かなきゃ意味ないぞと言いつつ手伝うかどうか悩み出す。
だがその悩みは無意味に終わってしまった、糸を巻けばいいと聞いた瞬間一気に糸を引っ張り付いている魚ごと海面に引っ張り上げたのだ。
飛んできた小さい魚、それを飛びながら両手で掴み慌ただしくも喜んでいるゾンビ一号。
それを見た村正は風情のかけらもねぇ、と独言る。
だが、風情が全てではない。
こう言うのも偶には有りだろう、そんな感想を抱きつつ引っ張り上げた針に肉がついていない事を確認した村正は再度息を吐き天を仰ぐ。
「何をしているのかしら? 村正と……、えっと誰?」
そんな時にやってきたのはロッソだった、横にはネロもおりタックルを仕掛けようとしているのが見える。
面倒くさい、その感情を露わにしながら男女比率が終わっている事を嘆きつつ釣竿をインベントリに仕舞い村正はゾンビ一号の紹介を行った。
「彼女はゾンビ一号、黒狼の連れだ。」
「なるほど? よろしく頼むわね、ゾンビ一号。」
「あ、いえ、こちらこそ。どうぞ、よろしくお願いします。」
女々しく話している二人を横目に、自分にひっついてきたネロを見る。
どこかしら狂気を秘めたような目をしている黄金の童女、だがこうしてみればただのロリにしか見えない。
実年齢は違うのだろうな、そんな考えを適当に巡らせつつ彼女の首根っこを掴んでゾンビ一号に渡すと彼は丸太とゾンビ一号の釣竿を回収した。
そのまま、彼女の魚を包丁で締める。
ビクビクと動く魚であったが、その生命が終わったことは誰の目から見ても明らかだった。
締まった魚は、解体スキルを使われていないためポリゴン片に変化しその手に残ったのはドロップ品である血抜きされた魚のみ。
それをゾンビ一号に渡そうとし、持てないということで断られたため村正はインベントリを開く。
「んで、何のようだ?」
「モルガンが集まれってね? イベント後も行動を共にするのんら何処で落ち合うか考えなきゃいけないでしょ? 一応インベントリで通達していたんだけど、見てないようだったしね。」
「ああ、そういうことか。」
それだけ言うと、そのまま燃えている……。
「ちょっと待て!? 手前ら、どっから出てきた!? 森の方はまだまだ燃えてやがるぞ!?」
「ああ、それは近くに洞窟があったからね。環境破壊に勤しんでいる魔女は放置して私たちはそっちで集まっているわ。」
「それを早く言えや!! 危うく焼死体になるところだったぞ。」
ため息を吐き、そして洞窟に案内してもらうように動く。
ここでようやく、黒狼を除いたメンバーが再集結したのだった。
ドレイクさんは結構強いんですよね、海戦で一回レイドボスと戦ってますし(なお敗走、流石に戦えないよ。)
純粋に軍を相手にする船団であるという性質と単独の強い相手という部分から強みを活かせなかった感じです。
仕方ないよね?




