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Deviance World Online 〜最弱種族から成り上がるVRMMO奇譚〜  作者: 黒犬狼藉
一章中編『黒の盟主と白の盟主』

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Deviance World Online 間話『魔女の憂鬱』

 モルガンは憂鬱としていた。

 理由は単純にして明快であり、だからこそ憂鬱としていた。


「さて、黒狼との関係性を教えてくれませんか? 場合によっては……、その命がなくなることを覚悟してください。」


 口調こそ丁寧だが、目からは殺意が迸っている一人の騎士。

 そしてそれを宥めることが可能なほどコミュニケーションが得意な存在がここにいないと言う事で、彼女は憂鬱としていた。


 時は、ヒュドラ討伐直後。

 当初の目的を果たすため、そして黒狼が召喚した人物の正体を看破するために表に出たのは良かった。

 だが幾つか、もしくは無数に問題が発生していたことを彼女は失念していたのだ。

 黒狼とゾンビ一号は当然、既知の仲だ。

 同様に黒狼とモルガンも既知の仲だ、だからと言ってモルガンとゾンビ一号が既知の仲であるわけではない。

 むしろ、状況的には黒狼が欲しいと思うであろう素材を奪おうとする略奪者と認識してもおかしくない。

 また、ゾンビ一号は北方の傭兵たちと対話を行ったり何度か戦闘を行なったりして相当にボロボロだ。

 心理的余裕がない、と言わなければ嘘になるだろう。


「ひとまず、自己紹介といきませんか?」

「断ります、魔術の詠唱でもされては敵いませんので。私が聞いているのは、彼との関係性だけです。」


 嘘を吐く必要はないが……、果たして目の前の彼女は素直に聞き入れてくれるのか? その愚問が漏れ出す。

 感覚的な話だが、だがモルガンの女としての感が囁いていた。

 嘘でも本当でも、碌なことになりそうに無いと。


 実際、モルガンのその予感は正しい。

 今のゾンビ一号はそこそこ精神的に不安定な状態にある、それに至った最大の原因は黒狼だが。

 まず一つ目の問題は、黒狼が彼女を呼んだ瞬間に死んだことだ。

 シンプルに主人が目の前で謎に死んでいくのは訳がわからない、そして死に至った原因は自害っぽいと言うのもまた彼女の精神の困惑に拍車を掛ける。

 次に敵の存在だ。

 今回の敵は毒九頭竜、すなわちヒュドラ。

 まともに倒すのでも相応以上に手間がかかり、並大抵の手段では殺すことなど不可能と言っても過言ではない。

 そんな相手を前に、ゾンビ一号は大きく精神を消耗していた。


 そして最後に、『形なき神』の存在。

 ここでは敢えて過去に存在していた『クトゥルフ神話TRPG』に例えるとする、そのTRPGだがそこに独特なシステムとして正気度を示すパラメーターというものが存在する。

 そのSAN値だが、それが減少するにはいくつかの条件が存在しその最もたる例が超自然的存在との邂逅や理外の理の使用となっていた。

 では何故これをここで出したのかと言えば、この状況はそれを最も端的に話すにはこの比喩が必須であったからとなる。

 この戦いが始まる直前、彼女のSAN値はおおよそ60程度存在していた。

 そしてこの戦いで主人が死に二つの神と邂逅し神の力を使用した、その結果として彼女のSAN値は20程度まで現象している。

 もしこれがクトゥルフならば、長期的発狂と短期的発狂を発生しているところだろう。

 まぁ、現実である以上そこまで明確な発狂は発生しない。

 だがその代わり、水面下で明確に彼女は発狂していた。

 この発狂状態に名前を付けるとしたら、視野狭窄だろうか?

 彼女は彼女が思い描いた真実以外、現在認識できない状態にあった。

 運が良かったのは、彼女はアンデッドであり感情の上下が少なく冷静な思考が保てていたということとモルガンが一応味方である可能性が高いと認識していたことだろうか?


「……、別に難しい話じゃねぇだろう? 儂等と彼奴とは同じ血盟(クラン)に所属している。そしてその血盟の主は、儂の横にいるこの魔女ってわけだ。」

「敵ではない、と言いたいようですがそれを立証できる証拠は?」

「是じゃ駄目か?」


 そう言ってインベントリから村正は、黒狼が過去に使っていた槍剣杖を取り出す。

 厳密に言えば、槍剣杖の素材となっていた錬金金属を。

 これは黒狼が余っていた金属を村正に刀作成の足しにしてくれ、などと言って渡したものだ。

 村正からすれば有難迷惑極まりない、分かりやすく例えると封を開けられたニンニクチューブを渡したようなものだ。

 使えはするが、こんなものを使うぐらいなら他にもっと良い手段が存在する。

 ぶっちゃけ彼からすれば、普通の鉄の方がよほど使いやすい。

 だがそんなゴミも、こういう場面で役立つので案外馬鹿にならない物だ。


「それは……、黒狼の? ……一応ですが、仲間ということを信じてもいいでしょう……か?」

「物凄く躊躇うの辞めて頂けませんか? 此方としても貴方の素性を知りませんので。レイドボスを倒していただいた恩から剣こそ向けませんが、それでも敵と認識できるレベルなのですよ?」

「それは失礼しました、確かに私も自己紹介をしていませんでしたね。私の名前は、ゾンビ一号。黒狼が作り上げた、アンデッドです。」


 自己紹介、簡素にして端的な内容。

 それを聞き、真っ先に思い描いたのは黒狼のネーミングについてだった。

 まぁ、そりゃそうだろう。

 誰がゾンビ一号という名前を名前に正式決定するなどと考えるのか? ここにいない馬鹿以外はありえはしない。

 ただ逆を言えば短い付き合いながら、二人は彼がゾンビ一号という名前を目の前の彼女に付けるかと考えれば付けそうだとも思う。

 結果として、何も言えなくなってしまった。


「何ですか? 私の名前を聞いてそんな不思議そうな顔をするなんて、少しひどいとは思いませんか?」

「いえ、少し。ええ、少し驚愕してしまいました。此方の自己紹介も未だでしたね? 私の名前はモルガン、モルガン・ル・フェと言います。短くはない付き合いになるでしょう、どうぞお見知りおきを。」

「儂の名前は千子村正という、刀工だ。まぁ、宜しく頼む。」


 そう言って握手をすると、ゾンビ一号もようやく警戒を解いたのかため息を吐いた。

 そもそもここは碌な場所ではない、当然状況も最悪に近い。

 近くには毒血を垂らすヒュドラの姿があり、その周辺には複数の頭部が毒沼に転がっている。

 解体スキルを用いて倒したため、死体が残ったままなのがよりこの状況に拍車をかけていた。


「とりあえずは優先して死体を奪いましょう、略奪など魔女に相応しくないとはいえ目的のために手段は選んでられませんので。」

「とりあえず、儂が捌いて行く。おい、手前も協力してくれんだろうな?」

「え? まぁ、いいですか。もちろん手伝います、運ぶのでいいですか?」


 その言葉でテキパキと動いていく三人、流石にヒュドラ素材の全てを押収するつもりはないがかといって多く与えるつもりもない。

 ヒュドラの素材は劇物だ、それも飛び切りの。

 その毒は絶死の概念を孕み、その肉は異常なまでの生を渇望する。

 最悪の生物兵器にも、最上の回復アイテムにも変化する万能素材と言い換えてもいいだろう。

 そんな素材、独占したくなるに決まっている。

 だが悲しい話だが、独占するにはインベントリの容量が不足していた。

 流石に大きな一軒家以上の大きさがあるヒュドラの体躯を全て保管することなど不可能、半分ですら入れることはできない。

 モルガンが扱える空間魔術を駆使し、別の場所に保管するにしても今すぐには不可能でありそうであれば希少部位を保管する以外に手段はない。

 真っ先に取りに行ったのは、ヒュドラの心臓だった。

 大量の毒血、それらをモノともしない所か自己強化のため吸血スキルを用い飲みながらきり捌いて行くゾンビ一号。

 血は錆くさく飲めたモノではないが、これも黒狼のためと思えば値千金とも思える。

 また死者である彼女はどれほど死の概念を浴びようとも死ぬことは決してあり得ない、浴びるほど血液を飲みながら突き進み心臓を取るとそのまま村正のところまで運んできたのだった。


「素晴らしい、魔法生命体とでもいうべき存在は有用なのですか……。私も作成してみた方が良いのでしょうかね? 村正。」

「辞めとけ辞めとけ、手前にゃぁ愛がない。愛がなければ真っ当には育たんさ、その点では黒狼には愛があるんだな?」

「愛というよりは執着心でしょうか? 作った以上は大切にしなければ程度の考えですよ。」

「上等だ、それもまた愛のあり方だとも。」


 モルガンは少し驚きながらも感嘆する、この偏屈な鍛治士から愛などという単語が出るとは思っていなかったが同時に納得できる話であるからだ。

 そして、その顔を見た村正は失礼なと目で軽く睨んで嗜めた。

 村正は色んな意味で愛情深いと言えるだろう、自分の制作物が自分の手から離れないのならばどれほど迄も大切にするが故。


「しかし、この心臓……。使えませんね、絶死の毒が強すぎて薄めることが不可能に等しいです。これ以上ないほどの素材ではあるのですが……、全く勿体無い。」

「なら私がもらってもいいでしょうか? 死の概念は私と相性がいいので。」

「迷いますね、保留でよろしくて?」

「はい、まぁいわば言ってみただけなので。素材としての重要性は重々承知しています、無理して私に渡す必要はないですよ。」


 一見妥協しているようで相当図々しいことを言い身を引いたゾンビ一号、素材として最上級の代物をよこせと言ってくるのは黒狼らしい図々しさが移ってしまったか?

 とまぁ、そんな雑談を行いつつ手早く解体していく三人。

 解体対象は相応の大きさだが、村正の鑑定眼とモルガンの知識があればそこまで時間がかかるモノではない。

 8時間程度で必要な素材を収集し終え、キャメロットに向けた手土産分の解体も終わり。

 そしてモルガンも魔術を再度扱えるようになって毒の解析なども行ったこともあり、欲が出てきたが村正が強靭な精神力で二人を引き留めそのままヒュドラから去って行く。


 ヒュドラの毒が及ばない場所、少なくともその周辺にまで行けば相当数のプレイヤーがいた。

 レイドボスが討伐されたというアナウンスは流れたが、本当に倒されたのかの事実確認はできていないのも大きかった。

 そしてその素材がどうなっているのかというのも、プレイヤーにとって期待の的だったのも大きい。

 そんな中で現れた三人、期待が集うのも仕方のない話だろう。

 一気に群がり、口々に事情を尋ねる人々。

 ここまで持て囃されれば悪い気はしないものの、やはり鬱陶しさの方が強い。

 そんな中、その群衆を押し除けやってきた一人の女傑……? がいた。

 その名は『化け狐』こと陽炎、顔を真っ赤にし上気した頬でモルガンに詰め寄った。


「素材!! 素材を買うでありんし!! こっちに来るでありんす!!」


 もう、何というか……。

 さすが、アバターだけはいい女と言えばいいのか?

 流石の村正もドン引きし、モルガンは呆れゾンビ一号は遠い目をする。

 一言で言おう、面倒くさい。

 それが彼女らの感想だった、中でもモルガンはその意思が強い。

 一瞬、ヒュドラのいた場所と空間を繋げ即死の猛毒が紛れ込んだ空気を循環させようかと思ったほどだ。

 特に売るつもりもないのがその意思に拍車をかける、そもそもこの狐にこんな劇物を与えれば絶対に碌でもないことをしでかすのは目に見えていた。

 彼女にとってグランド・アルビオン王国は最重要な拠点ではない、だからこそ金を巻き上げるため絶死の猛毒を貴族に売り捌く可能性すらある。

 そうなれば大きな混乱が生じ、結果として征服王軍に滅ぼされるだけだろう。

 目の前の女はそれすら喜びそうなのがさらに酷い、そうなった場合は征服王軍に王の首を手向として送り自分の有用性をアピールすると確信できる。

 内心で女狐と吐き捨てながら、曖昧な笑顔をみせそのまま空間転移を行うモルガン。

 相手にするだけ無駄だと分かりきっていた話を再度確認させられた気がする、そしてこんな時ここにいない二人ならどうするかを考えて首を振った。

 ネロは完全に予想できないが、なぜかそのまま血液を出し即死させそうな未来が見える。

 黒狼は散々馬鹿にした後で少しだけ分けそうな感じがした、ロッソは途中まで交渉するが面倒くさくなって最終的に逃げるだろう。


「厄介ですね、ええ。」


 全員、確実に彼女から反感を買う行動しかできないと確信できた。

 だからこそ少し苦笑し、そんな仲間を愛おしく思いながら呟く。

 仲間とはいいものだ、そんな事実を再認識できたような気がするのは彼女の思い違いだろうか?

 そんな風に森を見ていると、村正が肩を叩いてきた。


「手前ぇ……、急に転移するんじゃねぇ!!」

「酔いましたか? それは申し訳ないです、『キュア』。これで治ったでしょう?」

「そうういう問題じゃねぇんだよ!! 馬鹿野郎!! せめて次からは一声かけやがれ!!」


 今回の転移魔術は従来のとは異なり、空間を繋ぐのではなく座標を変更する形式の転移魔術だった。

 だからこそ、空間移動での転移酔いが発生する。

 吐きそうになりながらフラフラしている村正と、横で堂々と吐いている尊厳などないゾンビ一号を横目に軽く息を出す。

 もうそろそろ、と言った時刻だ。

 黒狼やロッソやネロが復活できるまでの時間は、存外解体で時間が掛かり過ぎたと後悔しながらステータスを開く。

 そして椅子や机を出しつつ紅茶を嗜みながら掲示板でレスバに耽りつつ、のんびりすること20分程度。

 血盟のチャットに新着通知が入った、ロッソからの質問だ。


「んぁ? そういや、此処って何処なんだ? 仮工房は潰されてるはずだろうしこんな辺鄙な森じゃねぇ筈だ。」

「イベントマップの端の方、離れの離島です。とある海賊との交渉で使っていた場所の近くですね、海にいたボスを倒せる可能性がある血盟は一つしかないので素材交渉を過去に行っていました。順当に行けばここで受け取れる予定ですが……、来るでしょうか?」

「……ああ!! そういやこのイベントって森林海洋お宝探しだったなぁ!? ずっと平原や森の中にいた影響で全然普通に忘れてやがった!!」

「海の方は倒せないことが前提の話でしたのでそもそも目を向けていませんでしたから、そもそも私は船を保有していないので海に乗り出るのは時期尚早なのです。やはり重要なのは人脈でしょうか?」


 陸地にいた理由を語りつつ、紅茶を啜り片手で迎えに行くからそっちで集合しておくように指示するモルガン。

 黒狼が一向に復活しないのが気になりつつ、もう少しだけ待ってみようかと考えていた彼女にとうとう来客が訪れる。


「相変わらず、シミったれた趣味の服装だねェ!! もう少し上等な服装はないのかい?」


 彼女の名前はドレイク、泣く子も物理的に黙るプレイヤー最大手の海賊クランを率いる船長。

 『ワイルドハント』ドレイク、その人が現れたのだった。

黒狼? ああ、あいつは酒飲んで寝てますよ。

え、彼をクランに誘うって?


やめとけ!やめとけ!

あいつは付き合いが悪いんだ

「どこかに行こうぜ」って誘っても楽しいんだか楽しくないんだか…

『黒前真狼』自称1歳 独身

仕事はまじめでそつなくこなすが今ひとつ情熱のない男……

なんかエリートっぽい気品ただよう顔と物腰をしているため女子社員にはもてるが

会社からは配達とか使いっ走りばかりさせられているんだぜ

悪いやつじゃあないんだが これといって特徴のない……影のうすい男さ


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