Deviance World Online 間話『盟主たち』
確執が露呈し、仲が決裂したのは黒狼たち異邦人がこの世界にやってくる前日だった。
伯牙、その副団長であるユダがレオトールの食事に『ヒュドラの凝縮毒』を混ぜ込む。
結果は一瞬で現れた、死の概念を濃縮したソレを一欠片でも体内に摂取した彼は即座に死の呪いに苛まれる。
計られた、そう思考した瞬間に彼が水晶大陸を用いて全力で逃れたのは最善の行動でありそのまま黒狼が潜んでいた洞窟まで逃れれたのは奇跡だろう。
そして、その後の展開も同様に。
ソレ以降は語るまでもない、彼は再び最強として現れ今度は完全に追放された。
これがレオトールの人生であり、伯牙が彼を裏切った事の顛末。
合理の塊であり、無駄な自由が入り込む隙間などない完成された人間だったからこそ伯牙の面々は恐れ殺そうとした。
その膨大な力が、人に向けられたという要素も大きい。
最強の力を持つ虐殺者を恐れるのは、決しておかしな話とはいえないだろう。
そして、話は現在に戻る。
*ーーー*
「……死んだと思うか? ユダ。あの、レオトールが。」
「言うな、俺だって……。俺だってそう思い込めたらどれほど楽なものか!!」
殺してくれるのなら良かった、死んでくれるのならば良かった。
裏切り者として処罰されるのなら、命を狙った存在として此処で殺してくれるのならこんな瑣末な罪悪感に苛まれながら傭兵として一度敵に回った存在を必死となって殺す羽目になるはずが無い。
だがこうなってしまったら、一度深く溝ができたのなら。
後は敵対の道しか、存在するはずが無い。
「どうする? ……、谷底まで追いかけるか?」
「行けるわけないだろう!! 見ろ、この深さをッ!? 常識で考えれば、我々でも死ぬぞ!!」
「だが……、いや常識で考えれば確かに死ぬな。」
暗い谷底を見る、確かに常識で考えれば確実に死ぬだろう。
だが何故か、レオトールが此処で死んでいる姿は思い浮かばない。
そう喩えるのなら、ライヘンバッハに落ちたシャーロック・ホームズが生きていたような。
そんな、錯覚を覚える。
「一体どれ程の深さが……、『鷹の目』……。見通せない、か。」
スキル、『鷹の目』。
弓兵には必須と北方で言われているスキル、その目は数キロ先でも見通すだろう。
だが深淵が如き闇に包まれた谷底は見えない、見える筈がない。
ソレで見通せる範囲にいるのなら、先にレオトールが攻撃を仕掛けてくる。
「この谷底も要警戒地帯だったな……、数日前にできたばかりの渓谷と聞いているが……。」
「……噂によれば、此処ら一帯から魔物の反応が消えているらしい。ゴブリンやオークなどという存在も、近づかないとか。」
膝を落とし、何も語らなくなったユダを中心に伯牙の面々が集まってゆく。
そして口々に何かを言い合い、険悪な雰囲気となり同じく悩み出す。
殺した、殺せていないという事実よりも本当の意味で『伯牙』を名乗れるレオトールを裏切ったという事実。
ソレは自分たちの誇りを、自ら殺したことに他ならず精神状態は限界ギリギリでもある。
もしくはそんな状態になって、憧憬という色眼鏡が消えたからこそ無理解が襲い掛かり彼らを恐怖の底へと落としたのだろうか?
まぁ、そんな仮説も意味はない。
『白の盟主』であり『伯牙』レオトールはその座を追放されながらも、誰にも明け渡していないことに変わりなくまたその座を引き受けることができる人間は此処にいないのだから。
そんなふうに、全員が傷を舐め合っていると周囲に霧が漂い始める。
『灰の盟主』ブラスト・ブライダーが、接近してきているのだ。
レオトールと比較的中が良かった、とは言ってもその仲の良いという表現は互いに殺し合っていたという意味でしかないが。
その盟主が訪れたことを察知した全員は、即座に精神性を入れ替え背筋を伸ばす。
「……スュゥゥ…………………………、ハァァァ………。」
濃霧、そこから現れたブラストは何も言わずに崖の近くまで近寄り無言で『伯牙』を一瞥すると黙って森の中へ帰っていく。
ただ見にきただけ、その様相に『伯牙』の面々は一安心し。
そして背を向け、森の中へと戻ろうとするブラストから声を掛けられたことで再度背筋を伸ばす。
「……王が呼んでいる、早急にィ……。戻ってこい、……。」
王、すなわち征服王。
決着がついたことを悟って告げた発言なのか、ソレとも別の思惑があって告げた伝言なのか。
どちらにせよ、逆らうという手段は存在しない。
『伯牙』の面々は、ゆっくりと迅速に森を駆けていく。
『王の街』に辿り着いたのは、わずか3分後だった。
周囲の破壊痕は酷い、直視をできない状態と言い換えてもいいだろう。
だがソレらのほとんどはプトレマイオスによって修復され、数少ない負傷者は傷を癒やされ切っている。
流石、その感想を抱きつつ『伯牙』の面々は顔を俯かせながら王の城へと向かう。
「しかし意外だな、あのレオトールが谷底に突き落とされるなど。カカカ、吾の叡智を持ってしても予想出来なかったぞ?」
そんな伯牙の面々に口出しする輩がいた、語るまでもないだろうが彼こそが『青の盟主』であるプトレマイオスだ。
語る内容はほぼ嫌味、中身がない以上無視するのが得策といったレベルの内容。
盟主の中で、人間らしさはあるものの正体が掴めない道化師のような彼を見てユダは憎々しげに顔を歪める。
殺意が湧いてくる、と言い換えてもいいだろう。
レオトールと違い、明確な嫌なヤツだからこそ直球の感情表現ができる。
「黙ってくれませんか、『青の盟主』。」
「カカカ? ああ黙ろうとも!! 最も其は思い違いをしているぞ? 吾が黙そうとも、いつしか告げられる言葉に過ぎんのでな?」
「ッ、だから!!」
「もういいだろう、プトレマイオス。煽りすぎだ、そこで止めておけ。」
先頭一歩手前、その緊張に割り込んできたのはへファイスティオンだ。
彼女は双方を軽く窘め、諌めるとそのまま『伯牙』の面々に心の整理を先につけろと一言告げる。
このまま王と対面しても碌なことにならない、ソレがありありと手に取れたのだろう。
反抗する気も起きない『伯牙』の面々は、口を噤むとそのまま各々の居住地に向かう。
残ったのは『灰の盟主』『青の盟主』、そして『透の盟主』だ。
彼らはそのまま雁首を揃えると、重々しく口を開く。
「此度の処遇、どうする? 半端なものでは到底、盟主を追放した罪は前代未聞ぞ。」
「かと言っても、そう軽々しく罰することもできん。だからこそあの様に煽ったのだろう? 此処で問題を起こせば其方で処罰できると考えて。」
「……シュゥゥ……、どちらにせよォ……。しばらくは放置こそォ…………、得策だろうゥ……?」
「否定できんな、グランド・アルビオン王国を征服するまでは、一旦放置としかしようがあるまい。」
へファイスティオンがため息を吐き、どうしたモノかと眉を顰める。
切り捨てるのは簡単だ、だがそれは無視できない戦力がフリーとなることを示していた。
流石にそれは不味い、非常に不味い。
また切り捨てるだけの道理もない、今回に関しては特にそうだ。
明確に軍から出て行った人間を殺そうとした、機密情報保持の観点からすれば逆に推奨すべき行為。
信賞必罰とはよく言ったものだ、そこに感情は含まれないのだから。
「しかし、情報を引き出せなかったのは厳しいぞ? 黄金の王、詳細まで聞き出さなかった吾も悪いがその正体が如何程の存在か。聞くところによれば単騎で滅ぼす、笑い話にもなりはしない。」
「とりあえずは絶対回避の魔術を作成したいところだな、非効率的かつ代償魔術でしか成立させられないが……。プトレマイオス、あの魔術を構築できる基本式を作成願おう。」
「大を殺し、小を生かす魔術。吾は気に食わん、アレは不必要な被害を招きかねん。使うとしても、それは全軍が一瞬で滅ぶ時だ。」
「……遥かな伝承に『破壊者』という諱が残されていた、その諱はレオトールが告げていた『英雄の王』が呼称した自らの別名だったらしいな? もしその二つが正しく同一であれば、その伝承が正しければ。」
言葉を区切る、含みを持たせた。
彼女が言い淀むほどの内容、盟主にすら軽々しく言えない内容ということから関連して来るものはただ一つしかない。
それを理解し、二人ともあまり深くまで踏み込まない。
「とりあえず、明後日には全盟主が集結するだろう。それまでに各々準備を整えておいてくれ、この国に眠る三つの準古代兵器の詳細も把握したしな。」
「聖剣エクスカリバーだったか? 言うなれば仮想属性を用いた魔力の砲撃、シンプルであるからこそ対策の仕様はないぞ? やはり冬場に攻め切るべきであったのでは?」
「………音に聞こえるゥ…………ハァ………、音響装置というのも厄介だァ…………。言わばレオトールのォ…………、『絶叫絶技』の強化版といったところだろうゥ………?」
「聖剣はともかく音響装置は未だ封印状態、可能であれば影から奪いにゆきたいが……。あそこの門番となる黒い騎士が厄介となる、アレの感知能力はさることながら地下という場所で戦えば環境で押し負ける。」
その言葉を聞き、全員が眉間に皺を寄せた。
地面をひっくり返す極大魔術は行える、だがそれを行えば一時的に全軍行動不能となるだろう。
また一定以上の地下には干渉不可能な魔法陣が張り巡らされており、流石のプトレマイオスとて干渉すればカウンターを喰らい下手をすれば重症を被る可能性もある。
地下に迷宮が形成されているのも不味い、迷宮の中に存在するモンスターは山の様なアンデッドだ。
苦戦などあり得ないのだが、迷宮のアンデッドは基本的に無限に増える。
最終的に先に死ぬのは、やはり生きている存在だろう。
地形を操作できる魔術や、地形を変えるほどの戦闘を行うと言うのは即ちそれ以上の厄介事を呼び込むことに他ならない。
「異邦人が必死になって削っていた様だが、恐らく殆ど削れていないだろう。夜に影に闇の三属性を混合し、そして高純度で抽出できるレイドボス相手ではな。倒すのならレオトール単騎か、十二人集合した上で戦うのが確実か?」
「無理ぞ、少なくともアレは相性以外では倒せん。深い妄執を持つ存在ゆえに、存在そのものが魔術的記号と変化している。生きている聖遺物、それでいながら性質はアンデッドの中でもリッチやゴーストに近しいモノ。正面から戦うのであれば、魔術的記号の否定が必須となるぞ。」
「勝つだけならば苦労はせんのだが……、全くレイドボスと聞いて呆れる。シンプルな強さの全てを厄介さに全振りした上位の竜レベルではないか。」
上位の竜、それは北方で事実上の最強種を意味する。
ドラゴンという種族は生まれた時点で完成されているというのは有名な話だ、ゆえに傲慢であるというのもまた有名な話でもある。
そんなドラゴンこと竜だが、その中でも人間が勝手に分けたランクというものがあり。
上位の竜というのを、ひどく簡単にいれば一夜で大規模都市を壊滅できるレベルの存在であるということを示す。
ついでに盟主は、相性次第ではあるものの基本的に苦戦し負ける場合が多い。
レオトールみたいな完全環境万能型であれば話は大きく変わるが、この世界の強者は基本的に何かに特化していることが多く竜という存在は等しく規格外なので下手な偏り方では基本的に負ける。
最強種族に言わせてみれば、この世界で最も繁栄した最弱の種族が行う小細工程度は正面から押し潰せるとかなんとか。
まぁ、強者の戯言なので気にする必要などないというのは書くまでもないだろう。
だって、最弱の種族と嗤う相手でも油断すれば普通に殺されるのだから。
「伏兵を忍ばせて勝てるのなら安いのだがな、傲慢すらない人相手では無理ぞ。」
ため息を吐きながら、ゆっくりと背中を向け始めるプトレマイオスに二人は何も言わず肩を竦める。
少なくとも、今は手を出すべきではないというのが結局的な征服王軍全体の結論だ。
竜の尾は無闇に踏まないのが吉、というのはどこの世界でも常識である。
そういう訳で、そのまま自然に解散する形になった盟主たち。
それぞれの思惑はあれど、結局は王のもとで意思は一つだ。
征服王の目的はただ一つ、この遥かな地平の彼方の隅々まで征服することのみ。
あらゆる種族の優劣なく、あらゆる身分に貴賎なく。
特に深い考えがある訳ではない、そうすればより良い明日が訪れるだろうという程度の考え。
もしくは自分が少しはうまい酒が飲めるかもしれない程度の話に過ぎない、圧倒的なまでに理由は浅い。
だが浅い考えでも、彼は稀代の王となった。
ある意味、彼も黒狼と同類の人間だろう。
そんなふうな日々が過ぎ去り、およそ3日後。
全ての盟主が集合し彼らは、グランド・アルビオン王国攻略への会議を進めていく。
白の盟主が抜け、新たに再編された『王の軍』は再度集結しそして進み始める。
未だ誰も知らぬ時にしてあと一ヶ月後の、グランド・アルビオン王国との衝突を見据えて。
次回は征服王軍のメインメンバーの紹介と行きましょう。
暇ならぜひ見ておいてくださいね。
(以下定型文)
お読みいただきありがとうございます。
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また、この話が素晴らしい!! と思えば是非イイね
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