Deviance World Online ストーリー4『遊鳴の騎士』
遊鳴の騎士、トリスタン。
彼はこの戦場に立った瞬間から常に一つ思っていたことがある。
「ーーーー、音を奏でたいですね。」
ポロン、その音と共に糸が伸びヒュドラを拘束し首を締め上げる。
首を絞められ意識が希薄になるヒュドラ、だが鱗を動かし糸を引きちぎることで呼吸を行えるようになり……。
伸びた糸が急速に縮まることで、首が吊り上げられた。
「弱い、いえ弱くはないですが毒を除けば厄介さはほとんどない。」
ポロロン……。
弓を鳴らすとともに糸が蠢き、ヒュドラの首を叩く。
トリスタンの技能、アーツではないもう一つの『空撃ち』。
それはフェイルノートの伸びた糸を切り、矢として番え発射することで発生する見えない空の射撃。
その細さ、その軽さゆえに防ぐのは酷く難易度が高いとされる。
その空撃ちを応用して、トリスタンは大量の糸をまとめ上げ発射したのだ。
その多さ、その量を表現するには蠢くという言葉しか使えない。
音が響くと同時に糸がヒュドラに絡まり、もしくは切りさき、はたまた殴りつけ圧倒する。
キャメロットの十三円卓、その全員が規模の大きい戦いをするがその中でもトリスタンは圧倒的な攻撃範囲を誇る。
その反面火力は低いが、搦手を多用することを考えればそこまで落ちるというわけではないだろう。
「残る首はわずか3……、いえ2ですか。ならば私も決めに入りましょうかね? ……そういえば、ヒュドラの肉って美味しいのでしょうか? 蛇の肉は鶏の味だと噂で聞きますが……。」
その言葉を言いながら、トリスタンは弓を再度鳴らし糸を広範囲に拡大。
そのまま地面に縫い付け、拘束する。
トリスタンも条件は同じ、であれば問題となるのはやはりヒュドラの硬度。
VITの高さはさることながら、やはり鱗の硬さが問題となる。
さらに付け加えれば弓という性質の影響で、単純な火力は他のメンバーよりも劣っている事実もあるのだ。
普通に考えれば他の三人よりも条件は厳しい、だがトリスタンはソレを感じ位させないほど軽やかな指使いで弓を。
魔弓『フェイルノート』を奏でる。
「『音は高鳴り音は響き、悠久なる大地へその存在を知らしめる。』」
魔力で作成された弓が浮かび上がる、魔術が一つとして武装を起点とした魔術が発生した。
同時にエネルギーが滾り、糸で編まれた矢が作成され始めた。
だがソレは未だ骨子しか完成していない。
しかし骨子だけでもわかる、その姿はフェイルノートを模していることを。
フェイルノートには魔力生成機構が存在しない、ソレは他の聖剣。
正しくいうならば、ガラティーンやアロンダイトやエクスカリバーと大きく異なる点だ。
賄う魔力は全てトリスタンが支払うこととなる。
「『風は吹き渡り馬は嘶き、時は静かに過ぎ去って行く。』」
ふっと一陣の風が吹き、気温が数度上がった気がする。
ガラティーンが熱を発し始めた、ソレを感じたトリスタンがその周辺の糸を切って解除する。
そのままならこちらにまで熱が伝わり、糸が燃えかねないだろう。
その判断を下しながらトリスタンはゆっくりと詠唱を続ける。
「『幸せは歩いてこない、だからこそ我々は歩むことにしよう。』」
弓に語りかけるように、弓に囁くように。
トリスタンはそう言葉を紡ぐ、たとえただの詠唱であろうともフェイルノートの怨念が安らぐことを願って。
ただの独善だ、だがソレでいい。
その独善は自己満足でしかない、だがその自己満足が間違っているとはトリスタンは思えない。
無辜の弓にかけられた人々の呪いをほぐすように、優しく語りかける。
たとえ武器でも、己の相棒には少なくとも幸せであってほしいと思うがゆえに。
「『鳴り響け、未来に告げて。【慟哭の狂鳴】』」
ゆみがいつの間にか完成していた、トリスタンは魔力切れを起こし苦しさを感じながら弓を引っ張る。
弓を弓として、この戦いで初めて。
それでいて最後となりながら正しく扱う。
遊鳴の騎士、なり響く音のままに自由で無責任な騎士。
だがその騎士はキャメロットの中で、最強格となった理由はただ一つ。
誰よりも自由で心優しくマイペースにこの世界を楽しんでいるから、だからこそ遊鳴の騎士は最強格になったのだ。
だからこそ、遊鳴の騎士『トリスタン』は誰も扱えなかった魔弓『フェイルノート』を扱えるのだ。
弓が飛び出す、魔力で構成された矢は加速しヒュドラの首に大きな穴を開ける。
その一撃でヒュドラは絶命した、ヒュドラの命は消失し首はそのまま崩れ落ちる。
再生する様子はない、その事実を捉えたトリスタンは力無く地面に膝をつき……。
そのまま落ちてくる首に潰された。
*ーーー*
「儂はただの鍛治士なんだがなぁ?」
愚痴るように告げ、インベントリに仕舞った刀を見る。
刀『 』、名前のない刀ではなく名前すら切り裂く刀。
村正が作成した一つの臨界点、条件さえ揃えば準古代兵器にすら比類する類の規格外だと自負しているその刀。
ソレを見て、村正は息を吐く。
「何故儂がこんなことをしなきゃならん? いやまぁ、しなきゃならん理由は明白なんだが……。」
すっかり賑わいが消え始め、少なくなったプレイヤーを見ながら村正は呆れたように言葉を吐く。
そのまま動くヒュドラの尾を改めて見た。
切り落とす手段はある、ぶっちゃけて言えば複数も。
一つは、自身の強化。
村正が持つ弱い奥の手、弱体が発生するが局所的には十分な強化が得られるだろう。
だが今回は却下、ソレは下手をせずとも最悪手となる。
その奥の手は、想像通りならば……。
(深く掘り下げるのは今じゃねぇ、次だ次!!)
二つ目は無数に生産し続けた刀剣による攻撃、これはこれでアリではあるが被害損額と結果が割りに合わないと断定する。
首を切るのに最低でも100近い刀剣を犠牲にする必要があるのだ、認めるのは流石に難しい。
たとえ、切り伏せても毒に濡れ壊れた刀が量産されるだけ。
処分の手間も含めて碌な結果にならない。
「とすれば、三つ目。最強にて一刀の元に切り伏せる、か。」
刀『 』、コレを以て一刀の下に切り伏せる。
それだけが正しく村正が正面からヒュドラの尾を攻略する手立てだ、だがソレにも幾許かの問題が存在した。
刀の性質その結果として、 刀『 』は切断という概念を帯びた史上にして最上の刀だ。
だが、だからこそこの刀は酷く脆い性質を保有する。
おおよそ奇跡の産物、偶然から生まれた絶刀であるがゆえに再現性のない切断という性質しか持たない刀。
その対価としてこの刀は戦闘では碌に使えなくなった。
どれほど脆いか、ソレは村正がこれしか手段がないと判断した上でソレであっても出し渋るほどには脆い。
ヒュドラの首を切った、あの一回でこの刀の耐久は半分を切った。
あと幾度も振れず、振れても2回が精々だろう。
「いんや、ここで使わなくてどうする? でかい大蛇の尾を切り落とすにゃうってつけだろう?」
己を叱咤する、もしくは奮い立たせるように呟く。
鍛治士として、刀鍛冶として。
何より、1人の職人として作り上げた作品には最上の活躍をさせたい。
そう思うのは当然の話だ、だからこそこの場で活躍させる以外に何をすれば良いだろうか?
空間が切れ、インベントリから一本の白鞘が飛び出し鞘を切り裂き抜き身となる。
全てを切り裂く、ただ切断という概念が顕現したかのような妖刀。
兵ならば手に取り戦にて使ってみたいと思わせる最上の刀、 刀『 』が村正の手に収まる。
握りずらく、戦うにはおおよそ向かないその持ち手を握る。
刀が妖しく光ったように感じた、刀が自分を使えと言うように。
息を吐き、高鳴る鼓動を抑える。
ーーー焔を宿し、我が身を投じ。
下駄で泥濘んだ地面を踏みつける、最後の首が切り裂かれたのを見る。
阻むものはただ一本の尾、そこにあるのは数多の鱗。
だがソレら全てを切り裂ける刀は彼の手の内にある、条件は整っている。
ーーー幾重に鍛えた玉鋼、宿業を以てここに成そう。
村正の目に赤が灯った、激情のような熱が宿った。
たとえ未来を結末を、たとえ結果を過程をも。
ソレら全てを知ったとしても癒せないただの情熱がそこにはあった、だからこそ彼はこの刀を作れた。
万象全てを切り伏せられる、最上にして史上。
この上なく刀の頂に登った、ただ一本の刀を。
ーーー是成るは、古今無双の妖刀也。
二歩目が踏み出され、三歩目で地面を踏み締める。
音が消えた、目に映るのは切り伏せるべき一本の尾だ。
ソレを睨み、嗤い、世界に刻もうとする。
本人の意図はともかく、いや本人の意図も巻き込んで。
千子村正は、刀を振るう。
足を動かす、目の前に到達するためその尾を切り裂くため。
迫り来る尾、必死だからこそ正確無比に叩き潰そうとするその尾を睨む。
この尾を切り落とされればヒュドラに残るのは胴体のみ、命を守る矛などない。
最後の関門にして、最後の武装。
ソレを切り裂くために、村正は走る。
ーーー我が銘を告げるーーー
再度振り下ろされる尾、その衝撃で数メートル吹き飛ばされながら即座に起き上がり数メートル進む。
巨大な体躯は、まるで矮小な人間1人を恐れているかのようだ。
いや恐れている、間違いなく恐れているのだ。
あの巨大な九頭竜は、たった1人の矮小な刀鍛冶を。
ーーー怨嗟と血に濡れ尚輝くーーー
頭の中に一瞬だけ、一つの光景が流れた。
炎に包まれ、灰や燃え残りが広がったかのような世界。
その荒野に無数の刀が突き刺さるだけの無骨な世界、そんな風景が一瞬頭に流れ消えた。
なんだこれは? その疑問符を思い浮かべるよりさきに襲いかかってきた尾の攻撃が襲いかかる。
慌てて避ける、先ほどの風景はもう流れ込まない。
ーーー無数に広がるただ一つ、いざいざ此処にご覧じろーー
もう、目の前だ。
その尾は、切り裂くべき対象は。
スキルをいくつも扱い、進んだこの道の先にあるのは一つの尾だ。
その付け根、接近できる最も近い場所まで進んだ村正は逆袈裟状に剣を振り抜く。
ーーー境界、切断ーー
確信、ソレとともに刀の耐久が一気に減少する。
手応えはない、全てを切断するということは同時に手応えがないことも指し示す。
だが見れば分かる、その結果など。
「これで終いだ、儂の出番はな?」
その言葉とともに、吹き出してくる血液が村正に降りかかろうとし……。
謎の力で村正は大きく引き寄せられた。
驚き、驚愕と同時に慌てて刀を仕舞う。
そのまま持ち続ければ自傷することは確定しているから、だからこそ刀を仕舞いそして引っ張られる方向を見る。
そこには息を切らし脂汗を浮かべながらその美貌を歪ませ、身を潜めるモルガンがいた。
「手前……。」
「危ないところでしたね、千子村正。私だけでは死体の回収が儘成りませんので、貴方がまだ生きていてくれて本当に良かった。」
「儂も死に程だ、碌なことなんざ出来やしねぇ。手前も大差ないだろう? モルガン・ル・フェ。」
「まさか、この肉体が碌に動かずとも魔術師は空をキャンパスに奇跡を描きますよ?」
線一杯強がるモルガンだったが、村正は呆れたようにその姿を見つめると短刀を彼女に突き刺した。
反応できず、身を捩りながらソレを避けようとし失敗する。
そして流れ出ている血を抑えるように体を動かし気付く。
血が溢れていない、それどころか体の倦怠感が収まっていることに。
「何をしました? 妖刀工。」
「そう慌てなさんな、ただの応急手当だ。手前の体内から魔力を吸い出し体力の回復に当てさせている、儂にはそういった治療への知識はないがこいつは違う。儂が作成し上げた武器武装はその概念を羽織っているといっても過言ではない、経過の理屈はわからずとも手前を治すには不足無しって訳よ。」
「……、仮にでも一つの到達点に至っている人間なだけはありますね。」
「そう褒めるな、今は逃げることが先決だ。」
村正の言葉、その直後に再度耳に訪れる爆発音。
また同時に放たれているのは多種多様な攻撃だろう、それらすべてが彼女らにとって即死に値しかねない。
その事実を省いたとしてもこの地点に迫りくる毒も十分警戒に値する。
村正の視線の先を確認し、そして一息ついたモルガンは魔杖『ルビラックス』を支えにして歩き始めた。
「抱えようか? それじゃ遅すぎる。」
「大丈夫です、歩けますので。」
「そうかい、じゃぁ勝手にやらせてもらおう。手前は大丈夫でも儂が嫌なのでな?」
そう言葉を吐くとともに村正はモルガンの足を蹴り体勢を崩させると、お姫様抱っこの体制に移った。
足を蹴る、一見すれば彼女を軽んじた行動だ。
実際彼女を軽んじているのは否定できないだろう、だがそれをする必要があったのも事実だ。
杖を突きながらでしか移動できなくなるほどに弱っている、だがそれを認めようとせず気丈にふるまう彼女を抱いて移動するにはこの方法しかなかった。
モルガンは強情な人間だ、それも相当に。
おそらく餓死寸前まで行ったとしても相手が嫌いならば口をつぐんで一言も発さず死ぬだろう、ゲームにかかわらず現実でも。
その反面愉しければ気が狂ったように楽しむのも彼女の特性だが。
「や、やめなさい!? 何をするのです、私をこのように扱って……!!」
「手前、遅いんだよ。いい加減にしろ、強情を張るのは勝手だがそれを許すのは迷惑をかけない範囲までだ。」
「ならばあなた一人で行ってください、迷惑は掛かりません。」
「手前は仮にでもリーダーだろう? そんな手前が役割を放棄したら儂らが迷惑を被るんだ。いい加減にしやがれ、身勝手は自分の時間でやるのが筋だ。」
村正の言葉、その正論に言い返せずモルガンは押し黙ると少し顔を赤らめる。
そして村正の顎を強くにらむと、そのまま軽く息を吐いた。
ここで何を言おうと、村正は正しくモルガンは間違っている。
確かにいま彼女はリーダーとしての思考ではなく、一人の人間として活動していた。
血盟を結んだ、その盟主としてふさわしくない行動を。
リーダーとしての責任を持たず、咎められる行動をしたのは彼女だ。
その事実を再認識した彼女は、息を吐き再度顔を赤らめた。
しばらく更新遅れます
(以下定型文)
お読みいただきありがとうございます。
コレから黒狼、および『黄金童女』ネロや『妖刀工』村正、『ウィッチクラフト』ロッソ、『◼️◼️◼️◼️』 の先行きが気になる方は是非ブックマークを!!
また、この話が素晴らしい!! と思えば是非イイね
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