Deviance World Online ストーリー4『ルビラックス』
最上の魔術師と、最高の魔術師。
モルガン・ル・フェとロッソの二人はそれぞれの杖に魔力を籠めた。
今までの戦いを見ていれば彼女らが常に新しい魔術を展開し、同一の魔術をあまり使わないことはわかる話だろう。
そんな彼女たちの戦いは、敵が君臨するときの戦いではない。
いや、ここでの戦いはもう戦いですらない。
戦場に立った時点で彼女たちの戦いは終了している。
これはエピローグなどの類だ。
なぜ彼女らは同一の魔術を使わないのか、なぜ彼女らは常に新しい魔術を展開するのか?
それは方向性は違えど彼女らは探究者であるがため、探究者であるからこそ彼女らは過去を学び未来に生きる。
「さて、術式開放。」
「ルーンを、ここに。『深淵:ヴァルハラ』、仕込みは十分でしょう?」
ロッソが冷酷に告げると、大きな魔法陣が一つ開く。
詠唱なしで展開される魔術、つまりどこかしらにその術式を仕込んでいたということ。
ではどこに? 答えは杖に。
杖は魔力に方向性を与え向きを統一するために用いられるもの、それ以外にも殴打するための武器として用いることもあるが今は重要ではない。
ではその杖だが、モルガンの場合は杖自体が魔力を生成する機構なのは周知の事実だろう。
ならばロッソが用いる杖は? ロッソがよく用い、現状メイン装備としている『緋紅秘妃の杖』。
そこに仕込まれた特殊能力は? 答えは彼女自身が刻み上げた術式が宿っている。
「ねぇ、知ってるかしら? 私はウィッチクラフト、つまりクリエイターなのよ?」
彼女の杖、曲がりくねった木の先に赤い大きな宝玉が付いているその杖を片手で持ち箒から飛び降りた。
もはや機動力は不要、そのMPは別のところに注ぐべきだ。
トリスタンの拘束、それがある以上眼前のヒュドラは自由には動けない。
ヒュドラの口先に立ったロッソは、目の前で放たんとするブレスを見て笑った。
獣風情が、そう吐き捨てる。
彼女には高尚な思想などない、モルガンみたく何かの敵を欲しているわけではない。
彼女の望みは謎の究明、真実を追い求めるという意思のみ。
五人の中で最も軽い思想にして目的、だがその目的だけで彼女は完成した。
村正は人切りの刀、現実ではなしえない己が満足のいく至高の一品を作る目的のため彼は道徳を捨て去った。
それでも道徳を捨て去る関係で彼は己を悪と断定した、たとえ己の刀が平穏を導くものとなろうが決して己は善ではないと断じるだろう。
だがロッソは違う、彼女は村正と同じ目的を持っていても精神性は恐ろしく終わっている。
彼女にとって結末など興味はないし目的がすべてだ、謎を明かし利用するという意思こそすべてだ。
故に彼女は純粋悪、『純粋さがゆえに断じた悪』でなければ『純粋なまでに無垢な悪』でもなく『純粋に悪』でもなく『純粋な願いを持つゆえに悪』でもない。
『純粋なまでに目的を遂行する悪』、それがロッソという一見すると普通に見える異常者だ。
「さて、いい加減に決めましょうかね? 私、メンドクサイの嫌いだし。」
その言葉とともに魔法陣の展開が完了する、杖からエネルギーが噴き出し彼女を覆いつくす。
展開された魔法陣、炎を象徴する彼女の十八番。
魔女と規定された彼女の象徴は今ここに、花開く。
魔術名『赤く燃える炎』
黒い者を冠するその名前、だが彼女はその巨人の性質のみを抜き取った。
すなわち、世界を焼き尽くすモノ。
彼女の杖にラグナロクの炎が宿り、終幕を告げる。
スルトという魔術は子の杖に仕組まれた魔術の応用に過ぎない、世界を焼く剣を握る巨人の手を降臨させただけに過ぎない。
この魔術の恐ろしいところは、前提として器が要求されることだ。
これだけの魔力を支え切れるだけの、それ以上にこれだけの熱量を支え切れる杖が必須なのだ。
MP総量にして1000と少し、出力で言えば圧縮している分『始まりの黒き太陽』などと比較できない。
そしてそんな話以上に恐ろしいのは、理論上誰でも扱えるという事実だ。
魔力と、そしてこの杖さえあれば理論上は誰でも扱える。
魔術という、魔法という謎を探求し普遍化させるロッソが作成したこの杖は彼女の持ちうる手段の中でも最も兵器として完成された武装なのだ。
熱量が膨大に膨れ上がり彼女のMPは底をつく、魔術特化型ではないからこそこの魔術は完成させられる。
ブレスが放たれようとするがもう遅い、詠唱を行わないからこそ攻撃の速さは驚異的に速くなった。
器からエネルギーが発露し、彼女の攻撃が放たれる。
緋い紅を秘めた妃の杖、これがこの杖の全てだ。
炎が降臨し、ブレスと正面から打ち合う。
熱量が莫大すぎてロッソの髪の毛を焼く、チリチリと響くその熱を感じながら一切の感情の起伏を見せず攻撃を続行し続ける。
素材は早く死ね、そんな気持ちを感じさせつつロッソの攻撃は、ヒュドラの首が一つを炭化させた。
*ーーー*
『黒の魔女』モルガン・ル・フェ
彼女の実力は、単純にも明快であり言葉で例えるとするのなら『温故知新』こそが正確だろう。
故に彼女の魔術は最新でありながら、根本には古めかしく難解なモノが取り入れられていることが多い。
「この程度で良いでしょうか? ねぇ、私。」
彼女がそう呟いた瞬間に、彼女が増殖する。
二人に増えた、言葉通りに彼女は増殖した。
本来、DWOのようなフルダイブ型の世界では増殖は不可能だ。
人間一人が操作可能な人間の数はどう足掻いても、一人でしかないのだから。
だが、そんなこと。
魔女に関係あるはずがない。
『ウィッチクラフト』もそうだ、魔女の諡が贈られると言うのは総じて規格外という事実を抱えている。
ロッソはこの世界に於ける銃の役割を果たし得る武装を作成した、それも規格外の威力を誇るモノで。
レオトールですらロッソが扱う杖と同等以上の出力を保有する魔杖や剣は、数を持ち得ていない。
アレは圧倒的なスペックと、稀な経験による実力で即座に適切な武装に切り替えているだけに過ぎず、結果は大差なくとも根本の部分は大きく違う。
本来は1しか出力されないはずの武装で10を発揮させているようなモノだ、諺にすれば『弘法筆を選ばず』と言うことでしかない。
だが、ロッソの武装は違う。
例え1程度の実力を持つ人間が持とうが10を確実に叩き出すと言う兵器だ。
そんな代物を増産可能と言う能力、その事実こそ彼女が魔女として認められた事実である。
では、モルガンはソレに比類する何かを持ち得ているのか。
当然、持っているに決まっている。
彼女の規格外さはその空間魔術だ、そしてもう一つ。
彼女を魔女たらしめた後に会得した、魔女らしい能力。
ソレは、古代に生きた魔女の能力そのモノ。
少し、メタ的な話をしよう。
この物語、ソレが中編に差し掛かる直前。
間話として一人の女性が湖から引き上げた武装が一つあっただろう、その話を覚えているだろうか。
あの話は何故あのタイミングで挿入されたのか、何故あのタイミングで挿入されなければならないのか。
もっと細かく詰めれば、何故ロッソはモルガンに対して強い嫉妬をしていたのか。
モルガンの杖に人類よりも遥かに高度な能力を保有しているミ=ゴが成せなかった無制限の魔力の生成機構を何故保有しているのか、彼女は何故アルトリウスを嫌うのか。
その答えは全て、決定している。
彼女はこのゲームのベータ版にて、現代史に名を連ねる最古の魔女と邂逅した。
ソレは偶然とも必然とも言える、いや偶然でしかない話だった。
だはどんな偶然が重なったのか? まず第一にベータ版のDWOはこの世界より数百年前の世界を演算していた。
この偶然は1人の魔女の精神を生かせられる限界の時代に、彼女が訪れられたと言う事実に繋がる。
第二として、現在では硬く封印され禁書庫に入れられているこの『グランド・アルビオン』と言う王国。
その建国秘話を早々に見ることができたこと、これが無ければ彼女はこのゲームを続ける理由にならなかっただろう。
そして、第三にして彼女を構成する骨子。
すなわち、彼女の悪性であり彼女の目的でもあるアルトリウスの排除。
その要因とも繋がる彼が聖剣を手にする資格を得たこと、その事実を眼前で知ったと言う事実。
この三つの偶然が重なり合ったことで彼女は最古の魔女と邂逅するに至った。
魔女の名前は『ーーーーーー・ル・フェイ』、アルトリウスが持つ聖剣【Excalibur】と対となる秘宝。
義正の魔杖【Rubilacxe】、ソレこそが彼女の持つ兵装の正体であり。
古代に生きた魔女の能力を奪った結果の産物が一つ。
「では私、時間稼ぎは頼みましたよ?」
「もちろんです私、一体私を何と心得て?」
そして、彼女が増殖するのも彼女が魔女から得た能力に過ぎない。
本来的にVRCでは不可能な人格の分裂、だがDWOと言う世界は不可能を可能にする。
一体いつから、不可能が可能にできないなどと錯覚していた?
モルガンαが空中にルーン文字を作成しながら、モルガンβは様々な術式を天に開く。
神話の如き煌めき、だが真の神話には遥か遠く及ばない。
所詮、模倣だ。
脳を焼かれ目を焼かれ、瞼の裏にまで情景が描かれた神話の。
建国記の模倣だ、だがソレで良い。
「発射、開始。」
ヒュドラのブレスを正面から迎撃する、展開されている術式に描かれた魔法陣は多種多様だ。
ソレら全ては調和され、まるで交響曲が響いているかのように鮮やかな旋律を織り成す。
これまでの時間は僅か二秒、恐ろしく早く展開された術式はヒュドラと正面から打ち合っても問題なく実力を発揮する。
徐々に徐々にではあるがモルガンの魔術が押し勝ってゆく、魔力量という絶対的なアドバンテージがある彼女が敗北を喫するということは現状あり得ない。
多頭で挑んでくるのならばともかく、たかが一つ首程度に彼女が遅れを取るはずがないのだ。
「私、準備は整いましたか?」
「旋律の調整が微妙です、微調整を行いたいのですが。」
「完成しているのであれば問題ないでしょう、展開してください私。」
「仕方ありません、出力を行います。」
その言葉とともにモルガンの分身が消失し、再度一人になる。
目の前にはルーンが刻まれた魔法陣が一つ、この世界の魔術の定石からは大きく外れたそれを彼女は笑いながら用いる。
魔術師とは、過去の歴史の探究者だ。
魔術師は過去を紐解き神秘に願い古きを正しきとする、埃がかぶりカビが生えた懐古主義者である。
さて、そんな懐古主義者の彼女は魔術を扱うために当然この世界の歴史を調べていた。
この世界の歴史、『グランド・アルビオン建国記』の情報を基に推測に推測を重ね憶測を基に成立させた一つの仮説。
その仮説は妄言の類だ、もちろん彼女も半ば信じていない。
だが、もし事実なら。
「対価魔術です、代償は軽く1000MPを。」
モルガンは軽く笑いながらそう告げ、眼前の魔術の起動許可を得る。
ルーン、現実世界においては太古のケルトで扱われた文字。
その文字には一つで複数の意味を込められる、それが可能な文字。
本来的にはこの世界で使うことはできないはずなのに、彼女は特定の手段を用いて成立させる。
代償魔術、もしくは対価魔術。
それは神に供物を提供する代わりに、対価として人ではなしえない奇跡を誘発する。
陽炎などがいい例だろう、彼女は商神『トルクリウス』に金銭を対価にして彼女では成し得ない奇跡を乞う。
モルガンの場合、願い希う神は魔術の神『メルゲシス』。
異世界の理屈を持ち込むための対価を、モルガンは捧げ異世界の理屈を成立させる。
「効果は、通してくれますよね?」
モルガンの脅しのような言葉とともに杖を振り上げ、彼女はそのまま攻撃を放つ。
ルーンにより構成された音符のような術式、奏でられているのは音楽に等しき繊細さと豪胆さを兼ね備えた規格外の術式はヒュドラの首を正面からとらえつぶす。
例えるならばその様はもう一つの極光、輝かしくも怪しく光るそれは例えようもない軌跡を織りなす。
魔術名すらない、成立するそれは名前なき原初の魔術とでもいえようか。
黒の魔女、彼女に与えられた異名は伊達ではなく同時に規格外の称号となる。
空間魔術を展開し、そのまま落ち行くヒュドラの首を手元まで持ち寄る。
そのまま空間ごと圧縮、重量を軽減するためいくつかの魔法陣と魔力を籠めインベントリに収納した。
そのまま、他の首を見る。
暖色にして月光なるあまりにも美しく儚い極光、太陽そのものを示す力強い爆発的な光、湖を凝縮したような濃紺の斬撃。
三種類の聖剣から放たれた三種類の規格外を前にして、自分の魔力を回復しながらモルガンは眉を顰める。
モルガンの素の魔力総量は1500、規格外の魔力量だがそれでも無造作に無遠慮に魔法を放てる量ではない。
それを成立させるためのルビラックスという魔杖、彼女という規格外をもう一段上に押し上げるアイテム。
だがそのアイテムにも限界はある。
「さすがに酷使しすぎました、後は回避に専念するとしましょう。」
はぁ、と息を吐き魔力を短期間で使用しすぎたことで発生した吐き気をこらえた。
杖から生成される魔力は莫大だ、ゆえにモルガンはそれに頼った戦い方をする。
だがそれにも限界は存在した。
杖から魔力を得るという行為は最終的に自分の魔力が薄くなり、消失するという問題が存在する。
わかりやすく言えば自分の血液がほとんどなくなり、輸血で賄っている状況に近い。
とはいえ血液と違い万能なエネルギーである魔力、これが数千単位しか使っていないのならば大きな問題とはならないのだが、彼女の場合この戦闘だけで見ても軽く1万は循環させている。
そんなことをすれば吐き気やめまいなどの症例が発生するのは当たり前だ、むしろ種族的に相当軽減されているといってもいいだろう。
長々と現象について説明をしたが、言いたい事実はただ一つ。
モルガン・ル・フェはここで戦線から退くことが決定した。




