Deviance World Online ストーリー3『特殊進化』
黒狼は焦っていた。
ただ一点の事実、勝ち目がないという真実を目の前にして焦っていた。
「まずッ!!」
放たれた拳をギリギリで回避する、そのまま背後に飛び退き錬金金属の剣とインベントリに仕舞っていた刀を取り出した。
蟻刀『顎蟻』、村正が試し打ちで作成した刀。
村正曰く、特殊アーツを保有しているらしいが今の黒狼ではソレを引き出す事ができるはずがない。
ただのダメージソースとして取り出したその武装、だがソレを用いて攻め入る事ができない。
(不味いマズイ拙い!! 何が不味いって『復讐法典:悪』を使えば俺が負ける!! そのくせ近接お化けだし!! マジで巫山戯んな!!)
基本的に黒狼は弱者だ、故に今までの戦いその殆どが弱者対強者の戦いだった。
だが、コレは違う。
地力はさして変わらない、大きく変わるのはここまで至った経験のみ。
強者にはめっぽう強い黒狼だが、対等な存在には酷く弱い。
その性質が今明確に露見した。
「詠唱する暇もないのかよ!! クソッタレ!!」
「『パイパルンガー』、『神拳制裁』。」
至っても冷静に、着実に追い詰めてくる神父から逃げながら黒狼は頭を必死に回す。
手段は、ある。
方法は、ある。
計略は、ある。
だがそれら全ての、成功率が著しく低い。
一か八かの賭けなど、この局面で打てる手ではないのだ。
「(だが他に手段がねぇ!! 確率1%以下の賭け、成功させるしかねぇのか?)クソが!! 強いんだよ、神父のくせに!!」
「古今東西神父は強い物でしょう?」
「その通りだよ、あんちくしょう!!」
選択しなければならない、たとえソレが敗北につながるかもしれずとも。
ここで怯えれば敗北は、必至だ。
やってやる、そう口を結び黒狼はインベントリを開く。
背後ではネロが詠唱を始めている、だが黄金の劇場が開かれるには時間がかかるだろう。
特にアレは詠唱が主体ではなく、ネロが唱える詠唱が重要とされる以上は。
取り出したのは錬金金属、同時に錬金術を用いてそこに全ての錬金金属を合成させる。
コレに意味があるのかすら分からない、だがソレは黒狼の人生の常だった。
黒狼としてこの大地に立った瞬間から、全ては無意味だった。
だがその無意味に意味を与え、最善から外れてでもその瞬間の最高を追い求めたのが黒狼の人生だ。
嗤いが溢れる、笑みが溢れる。
嘲笑う、嘲笑する。
だってそうだろう? どこまで行っても、コレは日常なのだ。
その日常から二つの色彩が消え、五つの一等星が加わっただけの日常なのだ。
思考が研ぎ澄まされる、運命の女神を味方に命令する。
勝利の女神は黒狼に微笑まない、彼女は黒狼を嫌悪する。
だが、運命の女神は別だ。
運命の女神は、黒狼に魅了されている。
特に、彼が全力の姿に。
「ああ、掛けてやるよ。」
指を突き出す、もう一つ現れる金属板。
『始まりの黒き太陽』、その原型となる魔法陣を刻み込んだ板。
そして、村正の刀。
他に掛けられるものがない、故にチップはコレだけだ。
深淵の呪いが、神の真技が刻み込まれた魔法陣と。
黒狼が戦ってきた全ての存在の血脈が刻み込まれた、変質する金属と。
そして、最強の鍛治士が作成した刀と。
どう変化、変質するかは分からない。
だが、用いれるアイテムはただコレだけだ。
「(ギリギリ、進化できるレベルまで上げられた。あとはこのアイテムで化学反応を起こすだけ!! どうなるかは分からねぇ、もしかしたら無駄かもしれない。だが、ソレでも!!)勝つためには必要経費ってわけだよなぁ!!」
叫ぶように黒狼が嗤い、剣すら金属に変換する。
初戦闘で合成素材となる刀があまりに不憫で仕方ないが、ソレはソレだ。
ここでの起死回生の一手は進化、本来黒狼としてはもう少しレベルを上げてから進化したいところだがそうも言ってられない。
この短時間でもう3度死んだ。
その全てが打撃判定だったため、ギリギリで復活できたがもし他の判定となればどうなる? 結果は目に見えている。
ただでさえ脆いのだ、勝ち目を拾うためには全てを犠牲にする覚悟が必要となる。
神父の拳が到来する、進化を行おうとするその行動を防ぐために。
黒狼は死ぬ前に進化するため、必死となる。
ステータスは開き続けている、そこに表示されている進化のボタンを押すように念じた。
だが、思考と行動のラグがどうしても存在する。
考えた瞬間に全てができるわけではない、ソレを示すようにどれだけ願ってもその一瞬は必ず発生してしまう。
となれば必定、神父の拳が。
ソレも、スキルを用いて属性が変えられた拳が黒狼へと当たる方が先なのは明々白々だ。
死、そのイメージが濃厚になる。
敗北の二文字が脳内でパラダイスを起こす、カレーに混ぜられた七味のように独特な主張を繰り返す。
絶死、ソレは間違いなく真実であった。
*ーーー*
「では何故? 生きているのです?」
「何でか? 何でかなぁ!? 何でだろうなぁ!!」
だからこそ、神父は驚愕し瞠目する。
世界は喝采をする。
変質する肉体は、黒狼を進化へと導く。
光に包まれながら、骨ながらに黒狼は嗤う。
ソレは、間違いなく奇跡だった。
偶然の産物だった。
普通では出来ない話だった。
だが、黒狼は成功させた。
その、2度目を。
覚えているだろうか? ヘラクレス戦で彼の大英雄に仕向けたあの仕様を。
アンデットの特徴、不死者ならではの強み。
HPが耐久値であるが故に、死亡するのとプレイヤー的な意味での死亡に若干の差異がある事を。
黒狼は光に包まれ、未だ空中に浮いている三つのアイテムが黒狼と一体化する。
死んでいるはずなのに、進化を遂げているその奇跡。
あまりに数奇な事実が、さらに黒狼を変質させる。
新たで未知の領域に押し込まれた。
全てが光に包まれ、神父は目を見開く。
戦いの中で進化するというだけでも驚愕の話だ、だかそれ以上に神父が驚愕したのはソレを祝福している自分がいるという事。
ガスコンロ神父、彼のプレイスタイルは拳やメイスによる打撃の連打。
聖職者とはおおよそ思えない戦い方、だが彼は間違いなく神父なのだ。
神父とは苦悩を癒し、神の御心のままに己を律し、そして生まれるものを祝福する存在。
ガスコンロ神父もその例に漏れない。
彼もまた、神父なのだ。
黒狼を倒しに来たのはただ、己のエゴが黒狼を認めなかったから。
筋肉こそが至上であるのにその筋肉が一切ない存在を認められるはずがない。
そんなエゴで神父は黒狼を殺そうとした、だがその意識は彼に対して。
そして、己に対してへの侮辱であると気づく。
「そうですか、貴方もまた同胞。筋肉が無いとはいえ、己の信念を掲げ、己の理念を貫き通す存在。なれば……、コレは侮辱となる。」
神父が常に身につけていた大きな目深帽を外す。
モノクルが着いている、端正な顔が現れる。
だがその目に宿るのは明確な狂気だ、戦いの中で尖れた『狂える戦士』の眼差しだ。
肩から常に掛けているストラを外し、腕に巻く。
赤と黒で作成されたそのストラ、ソレを右腕に巻き固く縛り上げると神父はインベントリを開く。
この神父は脳筋だ、その戦闘スタイルからも分かる通りの脳筋だ。
だが、彼の二つ名である『脳筋神父』の由来はそのプレイスタイルからではない。
インベントリが開かれ、一つの武装が取り出される。
彼が何故脳筋神父と言われるのか? その答えはひどく単純だ。
メイスが現れる、十字架と4枚の板を編み合わせたような頂点に着いている長い持ち手。
彼が持つメイス、ソレは神父のインベントリ全てを圧迫するほどに重く重厚なものであるから。
メイスを軽々と持ち上げ、神父は軽く振るう。
その固く重厚で冒涜的なまでに信仰を感じさせる無骨なメイスを持った神父は歯を剥き出して笑う。
対する黒狼は、その進化を終えようとしていた。
進化が終わる、ソレはつまり戦いが再開されるという事。
その緊張を感じながら、ソレでも黒狼は心地よさを感じていた。
進化というものはその種族の在り方が変化するモノである、勿論例外もあるが基本的にはそう言われている。
そんな中でアンデットであるはずの黒狼は、そのアンデットとしての在り方が大きく変質しようとしているのがわかった。
アンデットとは生を超えた存在、死に漂う現世への亡霊。
所詮は過去の残影、人類の上位に立ちながら人類への未練を持つ中途半端な非現実。
だがその死すら超越しようとしている、その事実を感じて黒狼は高揚する。
興奮してしまう、まだまだ自分に限界が訪れないと理解し楽しむ。
全てが楽しい、全てに満足だと。
だからこそ、黒狼は自然と口から一言零れ落ちていた。
自分に問いかけるように、神父に問いただすように。
黒狼は口から一言、いつもの言葉をこぼしていた。
「Are you ready?」
そう問いかける、ただの確認作業のように。
だがただの確認作業でないことを示すように、莫大な熱量を込めて。
黒狼は、神父と己に問いかけた。
「ーーーいえ、言葉など不要ですね。」
ああ、その通りだと。
黒狼も思う、その通りだと。
出来ているのかいないのか、そんなものは戦えば分かることだ。
互いの得手物を交差し、己が信念で叩き伏せれば自ずと知れる事だと。
もはや既に、言葉など意味をなさない。
進化を終える。
黒狼は新生する、新たに生まれ変わった。
まるで和甲冑のような己が骨と金属で構成された鎧を着て、腰には蟻刀『顎蟻』を差している。
如何にも和を感じさせるその威容、ステータスに記載されている種族は『アーマード・スケルトン』。
奇怪な文字が消え、ただシンプルな種族名となった黒狼。
だが、そこに存在する本来の『アーマード・スケルトン』と違い明確に奇怪な進化を彼は遂げている。
刀を引き抜き、聞こえてくるスキル獲得音を楽しむ。
進化によって、黒狼は邪道から王道へと舞い戻った。
ただ、その王道すら己が色で染め上げながら。
進化によって、獲得したスキルのうち幾つかが失われた。
『強靭な骨』、『筋力強化(幽)』、『屍従属』が失われた。
だが、反対に手に入れたスキルも多い。
『刀術』、『ヨワリ・エエカトル』、『骨子芯固』、『外骨甲冑』、『死生流転』、『第一の太陽』、『蟻刀:顎蟻』。
ソレら全てを使い熟せるわけではない。
寧ろ、使えなくて当然だ。
だが、ソレでも黒狼は。
「短期決戦、といこうか。」
そう呟くと同時に、ネロの黄金の劇場が開かれる。
ちょうど、村正も戦いが終わり駆けつけているところだ。
そして、同時に地震も発生する。
ロッソとモルガン、あの二人が最後の封印を解除したのだ。
エンディングが違い、そのことを悟った黒狼はそう呟きそのまま静寂が訪れる。
何となく分かる、目の前の存在は。
ガスコンロ神父というプレイヤーは、黒狼という存在を認められない。
ただそのためだけにここに来て、叩き伏せようとしたのだ。
ソレも大仰な理由をつけてまで、黒狼のためだけに。
二つ名持ちが集ったエキドナ戦、アソコで黒狼は碌に見られてなかった。
精々がロッソの付き人、金魚の糞程度にしか思われていなかった。
だが、今は違う。
目の前の神父は正しく、正面から黒狼を見て粉砕しようとしてきているのだ。
ならば黒狼は、自分の持ちうる全てでソレを返さなければならない。
どちらにも正しさなどない、どちらにも正義などない。
如何にも、プレイヤーらしい理由である『戦いたいから』戦う。
現実じゃあり得ない、だがここでならあり得る。
始まりのゴングは、静寂だった。
互いに一歩目を踏み出し、其々の得手物を全力で振るう。
黒狼は刀、神父はメイス。
メイスが黒狼の頭上を通り抜け、黒狼の刀は神父の筋肉に阻まれる。
解っているのだ、スキルもアーツも用いられない技では通用しないと。
例え、黄金の劇場が開かれていても。
黒狼のSTRの問題で、通用させるのは酷く難しいと。
だから黒狼もその慢心を笑わない、神父を殺すには全てを複合させた最大の一撃を見舞う他にないと分かっているからこそ。
「『死生流転』」
新たなスキルを発動する。
スキル『死生流転』、その効果は黒狼のHPをHPとするモノ。
ただそれだけの効果しかない、だがソレは絶大な効果を発揮する。
神父のメイスが翻し、黒狼の腹を狙う。
一気にその外骨格どころか肋骨まで粉砕し、今までの黒狼ならば死んでいた攻撃を見舞う。
だが、今回の黒狼は死んでいなかった。
「なッ!?」
「ようやく、見せたくれたなァ!! その隙を!! 『復讐法典:悪』!!」
生命力と耐久力、それは酷く違うモノなのは明らかだ。
だが、具体的にどう違うというのかは理解していない人も多いだろう。
当の黒狼ですら、正しくは理解していない。
だが、ソレでも何故この窮地を挽回する一手として放ったか。
ソレは明確に分かりきっていた事実があったからだ。
(生命力はその存在が生きる力!! 耐久力は肉体の耐久度!! 詳しくは分からねぇけど、一つわかることがある。耐久力でHPを算出する場合……、俺の肉体の損壊度合いが重視される!!)
つまりは、そういうことなのだ。
損壊度合いが重視されていたからこそ、黒狼は少しの攻撃でも死亡しやすかった。
だが、今回は違う。
耐久力ではなく生命力で換算される場合、その判定は生命が生きているために必要な力に変換される。
そしてアンデットは生きていくのに力を必要としない。
強いていうならば動いていくための肉体こそがその力とも言えるだろう。
であるからこそ、例えそのスキルのデメリットとして十分程度で切れてしまうとしても。
その間で肉体全てを喪わない限り、黒狼は最強となる。
「どうだ? 自分の攻撃の感触は。」
「……いやはや、筋肉を捨てた神敵かと思いましたが。認識を改めましょう、貴方は間違いなく新たな道を模索する神敵です。その強さへの渇望が、我らの腹方であればどれほど良かったことか。」
言葉は要らず、その意思は伝えた。
その確認作業のために、交わす言葉に二人とも笑みを浮かべる。
そして再度、互いの武器が交差した。
脳筋です、脳まで筋肉です。
つまり脳筋です、さぁ皆様筋肉を讃えなさい。
あと、カクヨムにも載せることにしました。
毎時間更新してるので読み返すなら今のうちダゾ?
(以下定型文)
お読みいただきありがとうございます。
コレから黒狼、および『黄金童女』ネロや『妖刀工』村正、『ウィッチクラフト』ロッソ、『◼️◼️◼️◼️』 の先行きが気になる方は是非ブックマークを!!
また、この話が素晴らしい!! と思えば是非イイね
「この点が気になる」や「こんなことを聞きたい」、他にも「こういうところが良かった」などの感想があれば是非感想をください!! よろしくお願いします!!




