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-【事実彼女】- 隣に越してきた1番人気の新入生はただの“後輩”なのに、なぜか俺の『彼女』だと勘違いされている。  作者: ななよ廻る
第3章

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第2話 お隣さんの後輩と過ごす朝

「お邪魔しまーす」


 そう言って、躊躇ためらいなく男の部屋に上がっていく。

 たたたっとまるで幼い子どものような足取り。親戚の家に遊びに来たんじゃないぞ。


 口からこぼれそうになる小言とため息を呑み込んで、大きな幼女の背中を追いかける。


「へー、これが華先輩の部屋かー」

「起きたばっかで片付いてないからな」


 散らかってるのは勘弁してと言い訳をしたら、ほほぅとなぜか雫後輩の目が怪しく光った。


「そういえば、『片付けるから30分待っててー』みたいな、常套句もドタバタもなかったね」

「どこの常套句だよ」


 なんとなくわかるけど。


「つまり、見られて困るようなものはない、と?」

「ないけど……探すなよ?」

「探られて痛いお腹はないのに?」

「嫌だろ」

「そうだね」


 あっさり納得する。


「だいたい、男の部屋に来たらまず真っ先にエロいもの探すって流れなんなんだよ」

「うーん、様式美みたいなものじゃないかな? 歌舞伎とか茶道とかみたいな」

「エロいものと同列に扱うのは失礼すぎる」


 高尚下劣などと分けたくはないが、比較していいものでもない。


「ただ、少し待っててもらえばよかったとは思うよ」


 ベッドの掛け布団はぐしゃぐしゃ。

 カーテンすら開けておらず室内は薄暗いままで、僅かに差し込む陽光でどうにか足元が見える程度。

 ローテーブルには水の入ったままのコップが昨夜から置きっぱなしで、読みかけの本が床に転がっている。


 掃除は休みの日にまとめてやるから、土曜日の今日はまだ手つかず。カーテンの隙間から零れる光で薄っすらと浮き上がる、フローリングの埃がやけに目につく。


 だらしなくしているつもりはないんだけど、人を上げるにはいささかだらしない。


「そうかな? 綺麗にしてるように見えるけど」

「人を部屋に上げるにはって話だ」


 言いつつ、カーテンをシャッと開く。

 飛び込む朝の光が眩しく目を細める。寝起きの目には刺激が強い日差しだが、出かけるにはいい日和だった。


 ベランダの窓から見える雲は少なく、今日1日は晴れるんだろうなぁと思わせた。


「着替えてもないしな」

「よれよれだね」

「部屋着だからいいんだよ」


 自分から指摘される流れにしておいてなんだが、改めて言われると恥ずかしくなる。

 ローテーブルの前にある、人が埋もれるくらいでかいクッションを叩く。


「着替えてくるから、大人しく待ってなさい」

「手伝おうか?」

「……なにをだよ」


 にこっと返事の代わりに笑顔が返ってくる。

 しっしと払って脱衣所に向かおうとしたところで、「あ、そうだ」となにかを思いついたような声に足を止められた。


「なに?」

「掃除機ある?」

「……まだ朝早くて、周囲の迷惑になるからダメ」

「隣はわたしだけど?」

「ダメ」


 なにをしたいのかはわかったが、迷惑以前に曲がりなりにも客人にやらせることじゃない。じっとしていなさい、と子どもを嗜めるように言うが、雫後輩は棚の前にあった掃除用のコロコロを見つけて持ち上げる。


「これならいい?」

「…………好きにして」


 諦めて、リビングと廊下を繋ぐドアをそっと閉める。


「まーじでなにしに来たんだ、あいつ」


 掃除大好き、というわけでもあるまいに。


  ◆◆◆


 着替え終えて部屋に戻ると、大人しくクッションに座っている――なんてこともちろんなく、四つん這いになってちまちまとコロコロを転がしていた。


「シワになるぞ」

「わ」


 雫後輩が膝で踏んでいたスカートの裾を直す。

 埃もつくからそろそろやめとけと言うと、彼女は名残惜しそうにしつつもコロコロをもとあった場所に戻した。


「掃除好きなの?」

「おばあちゃんとこでよくやってたから」

「ん……なるほど」


 実家、とは言わずおばあちゃんとこというのが少し気になるが、詳しく訊くほど興味があるわけでもない。


「なにか飲む?」

「華先輩はなに飲むの?」

「気を遣ってる?」

「遣ってる」


 いたずらっぽく笑うので、「文句言うなよ」とだけ言ってキッチンにある電気ケトルでお湯を沸かす。

 マグカップにインスタントコーヒーを入れて、お湯を注ぐ。また、部屋に戻ると、香りでわかったのか、「あ」と雫後輩が声を上げる。


「砂糖と、牛乳ある?」

「苦いの嫌なら先言ってね?」

「苦手じゃないから。ちょっと飲むのに時間がかかるだけで」

「じゃあ頑張れ」


 と、そのままローテーブルに置いたら、マグカップの中を覗いて目が泳ぐ。恐る恐るマグカップのふちに口をつけて、それはそれは苦そうにうぇっとちっちゃく舌を出した。


 その仕草をかわいいと思ってしまい、なんだか負けた気分になる。

 勝ち負けなんてないのだけど、なんとなく。


 絆されたわけではなく、最初からそうするつもりだったのだけど。

 冷蔵庫から牛乳を持ってきて入れてやると、雫後輩は「ありがと」とちょっと恥ずかしそうに肩を寄せた。


「まさかコーヒーが出てくるとは思わなくて、逆に気を遣わせちゃったね」

「なにが出ると思ってたんだよ」


 むしろ、朝だろうと昼だろうと、そこそこ出る確率高いだろ。


「うーん」


 膝を抱えて、雫後輩は天井を仰ぐ。

 ピンッと人差し指を立てた。


「フルーツスムージーとか?」

「そんなお洒落なの1人暮らしの男が出すわけないだろ」


 なに言ってるんだか。

 コーヒーを持ったまま雫後輩の後ろ、ベッドに腰掛ける。


 雫後輩が来てからそこそこ経っている気がしたのだが、スマホの時刻は8時にすらなっていなかった。

 約束の相手がいるのだから、もう出かけてもいい気もするが、そもそも植物園はまだ開園前だ。着いて待つくらいなら、部屋でのんびりしていた方がいい。


 そののんびりする部屋に、落ち着かなくさせる後輩がいるわけだけど。

 どうしたものかなーと、コーヒーを飲みながら考えていると、代わりにお腹がぐーっと鳴った。


「……お腹減った?」

「………………まぁ」


 静かだったからやけに響いた。

 はずかし。

 誤魔化すように音を立ててコーヒーを飲む。と、雫後輩がクッションで弾みを付けてぴょんっと立ち上がる。


「なら、作ろっか」

「なにを?」


 訊いて、流れでわかるなと口を閉じる。

 でも、音にした言葉は言わなかったことにはならない。振り向いた雫後輩が、得意げな笑みを浮かべて言う。


「朝ご飯」


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