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-【事実彼女】- 隣に越してきた1番人気の新入生はただの“後輩”なのに、なぜか俺の『彼女』だと勘違いされている。  作者: ななよ廻る
第12章

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第3話 寂しい思い出の場所を幸せに

「残さ……ないと?」


 煌めく琥珀の瞳が零れ落ちそうなほど、大きく目を見開いている。

 俺がなにを言ったのか、それが理解できないとばかりに同じ言葉を繰り返していた。


 雫後輩が冷静になるのを待っていると、俺に向けて微かに手を伸ばしてきた。けど、すぐにぐっと握りしめて、抱えるように伸ばしていた手を胸に抱く。


「無理……だから。電話があってから何度も考えた。どうにか残せないかって。でも、わたしがこの場所に帰ってこないなら、それは叶わない。わたしが戻る気がないなら、それで終わりなんだ」

「帰ってくればいい、毎週欠かさず」


 ほら、こうすれば守れるだろ?

 そういうように目で語ると、雫後輩は「え、あ、でも」とできない理由を探すように目を泳がせた。


 でも、迷わせない。

 そんな時間は与えない。


「要するに手入れをする人がいなくなった……のが問題なんだろ? 古いって言ってもすぐに倒壊なんてならないだろうし、住んでなくても週1回でも掃除をしにくれば、維持ができる。なにかあっても、対処もできる」

「で、でも遠いから」

「遠いくらいで諦めるならそれでもいい。けど、そんな程度の気持ちじゃないだろ?」


 もごもごと雫後輩の口が動く。

 縋ってもいいのか、いけないのか。判断するように目が泳いで、指を弄んで、座り方を変える。迷いと動揺が彼女の体を動かしていた。


「俺も手伝う。2人でやれば、2週間に1回で済む。労力も半分だ」


 な?

 と、手を広げて笑って見せると、雫後輩の喉が動いた。

 静かな和室で、ごくりと息を呑む音が響く。


「なんで……そこまでしてくれるの? 気軽にできることじゃない。華先輩にとっては関係ないことで、ただ大変なだけ。それなのに――どうして?」


 潤む瞳が見つめてくる。

 雫後輩のなぜなにに、俺ははぁとため息が出た。


「それを雫後輩が言うのか?」

「え?」

「先に俺の夢を手伝うって言い出したのはそっちだろ?」


 あ、と雫後輩の唇が円を描く。

 そうだ。

 最初に言い出したのは彼女からだ。


 俺の夢を手伝うと。

 笑って、なんでもないように言った。


 俺にとってその提案は戸惑いを生むばかりだったけど、雫後輩を説得する理由としてこれ以上ない材料だろう。


「雫後輩の幸せを守るのを俺が手伝う。代わりに、雫後輩は俺の夢を手伝う」


 ほら、公平。

 にっと意識して笑う。


「それにさ、残せるなら残すべきだろ。辛くっても、大切な場所ってのは残っててほしいもんだ」

「………っ、うん」


 1つ嗚咽を零し、それでも気丈に顔を上げて笑った。

 赤い頬を伝う涙の雫は見てないフリをする。


 代わりに、降り出した雨がやむのを部屋の中でただ静かに待ち続けた。


  ◇◇◇


 都心から田舎暮らしに憧れたことはある。

 静かな立地。

 都会のような煩わしさはなく、自然豊かな地で暮らしたいという思いは、都会暮らしが長いほど強く大きくなっていく。


 俺もその1人で。

 老後は……なんて16歳で思うには早いけど、いつかはと夢見ていた――そんなときもあった。田舎で過ごすまでは。


「雫後輩のおばあ様。田舎の虫はデカすぎませんか?」


 すでに心が折れそうです。



 雫後輩の実家に通う――なんて言い出して、次の週の日曜日。

 6月は中旬が近づき、曇りや雨の日が続いていたが、今日は雲1つない晴天となっていた。


 バイトの調整とか、荷物とか。

 今後、通い続けるための準備を進めて、いまに至る。その過程で、『雫後輩の実家に行く』なんてことを教室でぽろっと零してしまったせいで、『ついに結婚の挨拶か!?』なんて一騒動あったのは迂闊な事件だった。


 ついにってなんだ、ついにって。

 さっき、お隣の田所さんに会ったときにも、『結婚したらこっちに越してくるのかぃ?』と言われたし。

 本当になんなのか。そんなに付き合ってるように見えるか、俺と雫後輩は。


 まったく、と小さな憤りと照れを煽られつつ、雫後輩の家の掃除を始めたのだが……虫がデカい。


 花に虫はつきものだ。

 だから、人並み以上に虫は平気なのだが、田舎の肥沃な大地で育った奴らは大きく、そして獰猛だ。


「なんで手のひら以上のデカい虫がいるの? 朝、置きて窓の張り付いているのを見たとき、心臓が止まるかと思ったんだが?」


 そして平然とその虫を外に逃がす雫後輩。

 これまで雫後輩が田舎住みというのが信じられなかったが、その逞しさにもはや疑うことはなくなった。花屋の適正あるな、この子。


「コンビニもない、駅まで30分延々と畦道あぜみちを歩く。ふふふ……ほんと、心折れそう」


 手伝いを申し出た後悔はない。

 ……ないが、それでも都心での暮らしとの差異に挫けそうだ。これでまだ2回目って……ふふふのふ。


「――華せんぱーい! こっちに来てー!」

「呼んでるんで、行きます」


 お祈りを済ませて、仏壇から離れる。

 外から聞こえてきた声に従って庭に降りると、雫後輩がしゃがんで雑草を刈っているところだった。


 麦わら帽子に、ジャージ姿。

 かわいさとは無縁な格好だけれど、汗に濡れて労働に励む姿はいつの時代も尊いものだ。


「呼んだ?」

「呼んだ」

「というか、なんで雑草刈ってるんだ?」


 母屋の手入れも手つかずだ。

 いつかは庭の手入れもしたいが、建物の老朽化を防ぐのが最優先事項。いまやることじゃないだろうと言うと、その返答を待っていたとばかりに雫後輩は朗らかに笑った。


「ここでガーデニングをやろう!」

「え、なんで?」


 突然の提案に目が白黒する。

 脈絡もなく、前後の繋がりもない。困惑している最中も、雫後輩は時間が惜しいとばかりに雑草をぎゅっと握って、ざくっと根本を刈り取る。


「――ガーデニング、したいんでしょ?」

「んぐっ」


 いつか言われたことをもう1度口にされて、小さく呻く。


「……よく覚えてるな」

「記憶力はいいから」


 得意がる雫後輩に、だろうな、と内心同意する。


「ここは昔家庭菜園をしてた畑だから、花も育つと思うんだ」

「俺からすれば嬉しい提案だけど……いいのか?」

「いいよ」


 汗を拭った雫後輩が立ち上がる。

 立っても俺より低い背。麦わら帽子の影から見上げてくる。


「華先輩はおばあちゃんとの思い出だから好き勝手できないとか気にしてそうだけど」

「…………、いや別に」


 凄く気にしてたけど。

 そんなわかりやすいか? と、口元に触れたら「わかりやすいよ」と言われて、手を後ろに隠す。

 自分の素直さが恨めしい。


「いいんだよ、本当に。手伝ってもらうんだから、華先輩にもメリットはあってしかるべきだ。それに――」


 屋敷を仰いで、眩しそうに雫後輩は目を細める。


「思い出をそのまま保つだけじゃなくて、ここもわたしの幸せにしたいから。……過去形にはしたくないんだ、幸せだったって」

「……そっか」


 前を向く。

 それがいいことなのか俺にはわからないが、これでよかったと思ってほしいと願う。そのための手伝いができるなら、虫だろうとなんだろうと克服してみせる……きっと、おそらく、できるといいなぁ。


「――華先輩」


 虚無っていると手を握られる。

 驚いて雫後輩を見ると、これまで見た中で1番の笑顔が輝いていた。



 ――ここで一緒に幸せになろう――



 まるでプロポーズ。

 顔に火がついたんじゃないかってくらい熱くなって、顔を腕で隠す。「華先輩?」と下から覗いてくる雫後輩から背を向ける。


 そういうところが勘違いさせるんだよ。


 罪深い後輩だ。

 不思議がる雫後輩から顔を隠すのに精一杯な俺は「まぁ、うん」と返すのが精一杯。

 これが本当のプロポーズじゃなくてよかった。


 心の底から、そう思う。



  ◆第12章&第1部_fin◆

  __To be continued.


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