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-【事実彼女】- 隣に越してきた1番人気の新入生はただの“後輩”なのに、なぜか俺の『彼女』だと勘違いされている。  作者: ななよ廻る
第12章

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第2話 お隣さんの帰省と祖母への挨拶

 失敗の経験は数え切れないほどある。

 これからもきっと増えていくし、いくつかは忘れられない記憶として傷跡のように残っていく。


 けど、今回の失敗はこれまでで1番で、まだ記憶にもなっていないのに大きな傷跡を残すのがわかった。


「おばあちゃん、ただいま」


 和室にある仏壇の前で、正座をした雫後輩が寂しさを伴う帰宅を告げる。

 小さく丸まった背中の後ろで、俺は胃の汗をかいていた。きっと、その顔は青くなっている。


 ――亡くなってたのか。


 知らなかったこととはいえ、おばあちゃんに挨拶したいなんて無神経にもほどがある。いや、こうして仏壇の前で挨拶はしているので間違いではないが、俺の意図とは違ったわけで、どうあれ失敗だった。


 気まずいどころの空気じゃないが、それでも遺影に目が行く。

 むすっとしていて、写真越しにも気難しい人というのが伝わる。隣の田所さんとは対極的で、この人なら10円だろうと貸し借りを許さないだろう厳しさを感じた。


 足が痺れてきた。

 正座なんて普段しないせいだ。足の親指を動かすが、痺れは取れてくれない。けど、失礼をしたあとで『足を崩していい?』とも訊けず、とにかく耐えるしかなかった。


 ずっと祈っていた雫後輩がそっと息を吐くように言う。


「この家、処分するんだ」


 不意な申告に、そうなんだ以外の言葉が出てこなかった。

 受け止めるのに時間がかかって、次の言葉が上手くまとまらない。


 そもそも、俺の返答なんて待ってなくて、ただ懺悔のように吐き出したかっただけなのか、ぽつぽつと雫後輩は事情を語り零していく。


「誰も住んでないせいで、老朽化が進んでる。隣のおばちゃんがご厚意で手入れをしてくれていたけど……もう歳だから。この前、腰をやって入院してね。そのときに家をどうするか訊かれたんだ」


 アパートの廊下でしていた、雫後輩の電話。

 あれがそうだったのだろう。


「手入れをする人はいない。いつ倒壊するかもわからない。そんな状態で、家を残しておくとは言えないよね」

「……」


 訊こうとした問いかけが喉で詰まる。

 でも、必要なことだから、喉に触れて押し出すように言う。


「…………ぁ、雫後輩が、……ここに住むのは?」

「できないよ」


 引っかかった問いかけは、あっさりと否定された。

 雫後輩がいなくならない。

 そのことに安堵して……安心したことが恥ずかしくなる。照れではない。彼女の気持ちよりも自分のことを優先した浅ましさを恥じた。


「だって、わたしはここじゃあ幸せになれないから」


 後ろを向いたその顔は、苦い微笑みだった。

 

 泣いてはいない。

 でも、泣いている。


 きっと、俺の問いかけは雫後輩がこの家を出るときに何度もしたことで、それでもと離れた。

 固めた覚悟はいまも変わらない。

 それでも、傷つかないわけじゃない。固ければ固いほどひびは入りやすいものだから。


 ――なにか、できないかな。


 思う。

 それが、第3者の同情や哀れみでしかなかったとしても、なにかしたいと思ってしまう。

 あまりにも浅く、見え透いた底。


 でも、とその浅ましさを超えて踏み留まるのは、きっと雫後輩相手だからだ。

 俺の夢を手伝いたいと言ったとき、雫後輩もこんな気持ちだったのだろうか。


 接着剤でくっつけたように開かなかった唇を、無理矢理こじ開ける。


「雫後輩にとって、ここは大事な場所?」

「……そうだよ、大事。だって、ここはわたしとおばあちゃんの家で、わたしの“幸せの形”だから」

「そっか」


 ……そっか。

 それでも、壊さなくちゃいけなくて、雫後輩も決めている。下唇を噛み、滲む血が彼女の葛藤を物語っているように見えた。


 怒るかもな。

 もしかしたら、2度と口を聞いてもらえないかもしれない。


 これから口にしようとしているのは、他人の花畑を土足で踏み荒らす行為に等しい。

 だから、言わないのが正解で、不正解とわかりつつ口にする俺は愚か者だ。


 でも、もしもを繋げられるとしたら、いまここにいる俺だけで。

 嫌われたくなんてないけど、雫後輩のためになるなら、新しく心に傷を作っても後悔はしない。

 ……それくらいには、彼女が好きなんだな、俺は。


 おかしくなって笑って、言う。

 口を突いた声は存外軽かった。


「なら、残さないとな」


 琥珀の瞳がハッキリと大きな円を描いた。


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