第3話 デートの行き先は決めてなかった
「デート」
あれだけ俺が躊躇った単語を雫後輩はこともなげに言ってしまう。
いいけど、いいけどさ。
ため息のような『はぁ?』に続いたのが『デート』という単語。誘った側の俺はどうすればいいのか。待つのか? 待ちの姿勢なのか?
なにもかもが初めてすぎてもはや脳がバグる。
「そう」
「デートなんだ」
「はい」
「そっか、デートか……華先輩が?」
どういう意味だ。
偽物でも見るような目つきだ。どんな目つきかというとジト目というか、もはや長方形。上から下から瞳を狭めて、これでもかってくらい俺を疑っている。
「そんなに俺がデートに誘うのが変か?」
「うん」
これ以上ないあっさりとした返事だった。
そっか、変か……そうだとは思うけどもっと言い方とかなったのかなぁっ?
心の中の純情な俺がしくしく泣いている。
ときに本心だとしても、人を傷つけることはあるんだ。男だって繊細な部分はある。
見えない涙をぐっと堪えて、雫後輩からそっと視線を外す。
「や、なんだ……嫌ならいいです、はい」
「嫌とは言ってない」
言ってないから、と重ねて否定してくる。
でも、喜んでいないような複雑な顔で、唇がきつく結ばれていた。
こちらに気を遣っている……わけでもなさそう、か?
そうなると即答しないのは別件が理由で、思い起こさせるのは先日の電話。元気づけるつもりで困らせる提案をしてしまったかもしれない。
それなら……と提案を取り下げようとしたが、こっちの内心を察したように「いつ?」と短く訊いてきた。
「……いつ?」
「日付と時間」
「あー、まだ決めてない」
「なら、どこに行くかは?」
「…………、まだ」
連なっていく質問。
普通に尋ねられているのに、どうしてか詰問しているように聞こえるのは、準備不足だったのに気づいてきまりが悪いからだ。
雫後輩はただ見ているだけだが、その琥珀の瞳に責められているように感じてしまう。
つい視線を、すすすと横に逃がす。
「すまん、もう少し考えて誘う」
「華先輩。さっきも言ったけど、責めてるわけじゃないんだよ?」
慰めるように言ってくれるが、俺のプランが杜撰だったのは間違いない。プランと呼ぶのも烏滸がましいほどに中身がなかった。
そうだよな。デートに誘うなら、なにか出かける場所の目星を付けておくべきだったよな。映画館とか、遊園地とか……とか? 普段、デートどころか遊びにすらなかなか行かないので、遊ぶ場所の引き出しが貧困だった。
「うん、そう……だね」
現在進行形の灰色高校生活に落ち込んでいると、雫後輩が「なら」と提案してくる。
「行き先と時間はわたしが決めてもいい?」
「いいけ、ど」
落とした肩を持ち上げて、唾を呑み込む。
「それは、あれか。なんだ。デートに行ってくれる、……と?」
「そう、……なるの、かな?」
こわごわ尋ねると、化粧をしたように雫後輩の頬が赤くなる。
人差し指で頬をかいて、ちらりと見てくる。親戚の子どもみたいに接すればいい――なんて思ってはいても、こうして女の子らしい反応に心ときめく。
「決まったら連絡……あ」
なにかに気づいたように、雫後輩は肩にかけている学生鞄を叩く。
「そういえば、交換してなかったか、連絡先。もしかして、アパートの前で待ってたのって、そういうこと?」
「まぁ、そう」
頷いたら、「直接、部屋に来てくれればよかったのに」と苦笑される。
それが手っ取り早いのは確かで、わかってはいたけど『臆しました』なんて言えるわけもなく、口をもごもごさせて誤魔化すしかなかった。誤魔化すというか、まごついただけだが。
「はい」
と、雫後輩がスマホを差し出してくる。
「交換しよ?」
なんの気なしに連絡先の交換を提案されて、体が硬直する。
クラスの女子とかに訊かれたときはさらっと交換できたんだが、この緊張にも似た躊躇いはなんなのか。
デートに誘って、変に意識してるのか?
寝起きの視界のようにぼやけた気持ちに首を捻り、俺もスマホを取り出して……
「「あ」」
落とした。
◆◆◆
6月に入っても、空は相変わらず鉛のような灰色だった。
平年ならまもなく梅雨入りらしいが、まだ本格的な雨は降らないらしい。雲ばかりの天気も重苦しいばかりなので、さっさと梅雨に入ってほしいなという気持ちもある。
窓で切り取った景色が流れていく。
天を突くような建造物を置いていき、遠くに見えていた山々が近づいている。横切っていく民家をただぼーっと見ていると、「華先輩」と隣に座る雫後輩が声をかけてきた。
「なにか見えた?」
「なんで?」
「さっきからずーっと外の景色を見てるから」
「いやー、景色っていうか」
座席の肘置きに手を置いて、背もたれに倒れ込む。
見上げた天井は白く、電灯は視界に収まりきらないくらいどこまでも長い。
「新幹線に乗って、なにしてるのかなーって」
「うーん」
悩むように雫後輩が唸る。
「デート、かな?」
最近のデートは新幹線に乗るのかー。
……いや、乗る? 普通。
旅行とかであるかもしれないが、学生が『デートに行こうぜ!』と誘って新幹線に乗ることある? 俺が知らないだけで、高校生の遊ぶ範囲は日本全域に広がってるの?
行動力ありすぎだろ、高校生。
とりあえず、俺の想像するデートではなくなったなと、新幹線に揺られながら思い耽る。
◆第11章_fin◆
__To be continued.






