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-【事実彼女】- 隣に越してきた1番人気の新入生はただの“後輩”なのに、なぜか俺の『彼女』だと勘違いされている。  作者: ななよ廻る
第11章

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第2話 デートに誘う勇気は取っておいた

 「お疲れ様でしたー」


 挨拶をして店を出ると、雨の残りが漂っているように湿った空気が頬に触れた。見上げた夜空は真っ暗で、重たい雲が一面に広がっていた。

 帰り道を照らす月も星もなく、駅へ向かう人たちとは反対方向に1人帰路につく。


 アスファルトの水たまりを踏むと、水がぴしゃりと跳ねた。

 裾が濡れて、重苦しいため息がこぼれた。


「デートって、デートって……」


 どうやって誘えばいいんだ?

 茶化すように店長から『デートに誘えば?』言われてから、ずっと考えていた。


 様子が変な雫後輩を元気づけるのにデートに誘うのが本当に正しいのか? そもそもデートってなんだ。男と女が2人で遊びに行けばデートなのか、いやでも女2人でもデートって呼ぶし、なんならペットの散歩だってデート。

 つまり……デートとは犬の散歩?


 アホだなと至った結論を投げ捨て、でも、ともう1度拾い直す。そんなことに繰り返し。仕事に集中できるはずもなく、店長からは『ポンコツが伝染した』と言われる始末だ。誰のせいだという文句は頑張って呑み込んだ。


 とはいえ、女性相手のことだ。

 同じ女性として店長の助言が正しい可能性はある。『嫌われた』という耳を塞ぎたくなる指摘についてはもれなく修正テープで塗り潰すが、デートで機嫌を取るという方法は合っている……。


「……かも、しれない」


 ただその場合、デートに誘うのは俺からで、雫後輩からではない。

 前回は店長からチケットを貰って、流れで一緒に植物園に行くことになった。雫後輩はデートと言っていたが、俺はあれをデートとは認めていない。店長から植物園のチケットを貰って、後輩と一緒に行っただけ。

 ただそれだけ。


 でもだ。

 そうなると、俺はこれまでの人生でデートをしたことがなかった。


 幼稚園の頃に刷り込まれた想いは俺を花屋への道に進ませた。

 花屋に通って、勉強して、お金を溜めて。

 その道程は辛くもあったけれど、あのとき感じた“幸せな場所”に近づいていると思えば楽しくもあった。


 けど、その道半ばで捨てたものもある。

 男女交際はその1つで、つまるところ俺にはそうした恋愛経験が皆無だった。青春の使い方は人それぞれだが、寒色の多い学校生活だったんだなと思い返すと、切なくなるものがある。


 それでいいと思ってきた。

 でも、まさかそのせいでこうしてデートに誘えないなんて困難にぶち当たるなんて誰が思うものか。

 女の子と見れば、誰彼構わず声をかけるようなナンパ野郎になりたいわけじゃないが、かといってデートに誘うのに二の足踏みまくってやっぱりやーめたと日和るような情けない男にもなりたくない。


「別に告白するわけじゃないんだから、気軽に行けばいいんだ」


 うん、と頷いて、知らず着いていた玄関の鍵を開ける。

 昨今は小学生どころか幼稚園児だってデートをするという。幼児すらできるのに、高校生にもなって女の子をデートに誘えないなんてそんなことがあるものか。


「行ける、なんか行ける気がしてきた」


 よし行こうと学生鞄をベッドに放り投げて、ポケットからスマホを取り出す。

 通話でデートに誘う。

 ……。


「……いや、メッセージでもいいか」


 デートという表現もなんか違う気がする。

 最近、ぼーっとしていることの多い雫後輩を元気づけたいだけなのだから、遊びに行くくらいでちょうどいいはずだ。そうだそうだと心の中の小さい俺が応援している。小さい俺ってなんだ。


 セルフツッコミしつつ、メッセージアプリを開いて……ぼふり。ベッドに倒れる。


「連絡先、まだ訊いてなかったぁぁぁああっ!」


 ベッドに顔を押し付け慟哭。

 間抜けな俺をあざける店長の声が、頭の中で反響した。


  ◆◆◆


 人を待つ――そんな機会はこれまでほとんどなかった。

 昨日の天気を引き継ぐように、アパートの前から見上げる空は相変わらずの曇り模様。幼子のようにぐずっていて、時折肌の上を雨粒が跳ねる。


 花壇のふちに座って、出勤や登校でアパートから出ていく人を見送る。

 心の焦燥に体が反応するように、足が小刻みにアスファルトを叩く。


 約束したわけじゃないからいつ出てくるかわからなくて、そもそも雫後輩が部屋にいないかもしれない。実はもっと早くにアパートを出ているかもしれなくて、俺は無駄な時間を費やしている。そんな間抜けなのかもしれない。


 無駄を省きたいなら、インターホンを押せばいいだけだ。

 でも、と心の中で抵抗する。


「勇気の使い所はここじゃないだろ……!」

「…………、なにしてるの、華先輩」

「――」


 パンッ、と心臓が破裂する音がした。

 幻聴だ。それがわかっていても、心臓が動いているか触れて確かめたくなる。左胸に当てた手から早鐘する鼓動が伝わってくる。

 破裂していない事実に安堵の吐息をして、目の前の雫後輩に口角が固まる。


「凄い顔してる」

「し、しってる」


 どんな顔かはともかく、自分が酷い顔をしているのは自覚があった。

 動揺を払うように心臓を叩く。深く息を吸って……吐いて。


「げ、元気?」

「それ、いまの華先輩に訊きたいんだけど……どうかした?」

「だよねー」


 俺もそう思う。

 訝しむように目を細める雫後輩に、なにやってるんだと胸中で自問する。


 いろいろと立場が逆だ。

 問うべきは俺であり、気にかけるのも俺がするべきことだ。


「雫後輩を待ってた」

「わたしを?」


 きょとんと自分を指差すので、俺は「そう」と頷いてみせる。


「珍しいね。なんの用?」

「そ、れはー……」


 声を伸ばして、止まる。

 インターホンを押さずに取っておいた勇気はさっきの驚きで弾け飛んでしまった。では、どこから絞り出せばいいのか。詰まる息と回る目に気持ち悪くなってくる。


 トイレ行きたい。吐きたい。

 それでも、こちらを見る無垢な琥珀の瞳を見て、ぐっと決意を固める。


「デートっ! ……に、行かないか、という誘いなんだが」


 どうだろう?

 と、女々しくも言い切らず、反応を窺うと「はぁ?」と気の抜けたような返事(?)をされた。

 これは……どっち?


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