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-【事実彼女】- 隣に越してきた1番人気の新入生はただの“後輩”なのに、なぜか俺の『彼女』だと勘違いされている。  作者: ななよ廻る
第11章

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第1話 様子がおかしな後輩

 雫後輩の様子が変だ。

 それが確信に至ったのは週明けの月曜日のことだった。


 玄関の傘立てから適当にビニール傘を取る。

 そのまま外に出るとちょうど雫後輩も登校するところで、隣室の玄関から離れていくところだった。背を向けているからか、俺に気づいてはいない。


 微かな躊躇ためらいを振り払って、朝は調子のよくない喉を震わせる。


「雫後輩」


 呼ぶも、反応はない。

 そのまま歩いて行ってしまいそうで、もう1度呼びかけるとようやく足を止めてくれた。緩慢な動きで振り返ると、「あ、華先輩」といま気づいたように言う。


「おはよう」

「……おはよう」


 遅すぎる挨拶。

 雫後輩の顔はどこか表情が抜け落ち、寝起きのように緩慢だ。ぼーっとしている、という表現が1番しっくりくる。

 制服が大きいのか萌え袖になっていて、ゆるゆる振ってくる手がかわいらしい。成長を見越して大きいのだろうか。それとも、ファッションか。


 これまで気づかなかった新発見に小さくときめきつつも、表情を引き締める。


「一応訊くけど、無視したわけじゃないよな?」

「……? もしかして、呼んでた?」


 頷くと、「ごめん」と謝ってくる。

 その反応からわざとじゃないのはわかるが、実のところこれで6回目だ。名前を呼んでも反応してもらえないというのは、わざとじゃなくてもなかなか心に堪えるものがある。


「いいけど、大丈夫か?」

「なにが?」

「最近、ぼーっとしてるから」

「……そうかな?」


 自覚がないように首を傾げられたが、返答までのがそれを否定する。


「行ってくるよ、華先輩」

「いや一緒に……」


 手を伸ばすが、もともと離れていた距離を埋められない。捕まえることなんてできるわけもなく、雫後輩はあっさり行ってしまう。

 俺は持て余した手を首の後ろに回す。


「……行こうと思ったんだけど」


 誘う相手はもう見えない。

 はぁ、と重苦しいため息が出る。誘おうとして、袖にされるのは寂しさが伴うものだ。


「少し前は違ったのにな」


 俺から誘わなくたって、雫後輩から『一緒に行こう』と笑顔で寄ってきた。その誘いに気恥ずかしさを感じつつも、了承するというのが日常となっていたが……こうしてなくなると恵まれてたんだなと実感する。


 誘うのって、勇気がいる。


 それが異性となればなおさらで、自覚なく雫後輩に甘えていたんだなと反省する。『俺は別に1人でもいいけどぉ?』なんて照れ隠しで斜に構えるつもりはない。

 雫後輩との登校は、通学路が短いと感じるくらいには楽しいものだったから。


 一抹の寂しさと反省が心を重くする。

 でも、それは後回し。


「やっぱり、変だよなぁ」


 些細な変化も、回数を重ねれば大きくなるものだ。


  ◆◆◆


「それは、嫌われたのではありませんか?」


 花の配達が終わって戻ってきた店長に、『雫後輩が変』という話をしたら、日本刀に迫る鋭利な言葉で心臓を刺し貫かれた。

 言葉は刃物。

 見えない血を抑えるように左胸に手を置いて「……店長ぉ」と恨めしく呼ぶ。


「あぁ、ごめんなさい。思春期真っ只中の男子高校生には劇物でしたね。言葉を選ぶべきでした。嫌われてはるんやないの?」

「京言葉をオブラートと勘違いなさってる?」


 ぜんぜん選べてないし、そもそも言葉はなにも変わってない。

 まず『嫌う』って単語を使わないでくれ。京言葉の遠回しな皮肉ってそういうもんじゃないだろうと言ったら、「京美人ではないので」と都会美人とは思っていそうな返しをされた。


 なんで美人を否定しているのに自己肯定マシマシに聞こえるのか。

 京言葉上手(うま)すぎ問題。


「店長が美人かどうかは花の肥やしにでもしてもらって」

「最重要事項なんですけど?」


 知るか。


「雫後輩の話です」

「そう言われても、わりと本心ですよ? 嫌われてるって」


 この人、今日ここで俺を亡き者にしようとしているのだろうか。

 そろそろ見えない血を流しすぎて、出血多量で死にそうなんだけど?


「私も嫌いなお客さんからの誘いを断るときには、基本的にスルーします。下手に『嫌いです』と伝えて、ストーカー化されても迷惑ですからね。好きの反対は無関心と言いますが、本当に嫌っているなら『私は怒っています』なんて態度にはしません。2度と関わらないよう距離を取ります」

「……店長が言うと重みがありますね」

「女の子ですから!」


 エプロンの上からでもわかるくらいにはある胸を反らす。

 女の子という部分はツッコミ待ちか? と受け取るくらいには店では定番化したネタだが、実際にツッコむと長いので今日はスルーしておく。


 それに、“女の子”かはともかく、店長が美人で人気なのは事実。

 俺がここで働くより前に、本当に客からのストーカー被害にあっていたそう。警察のお世話にもなったらしく、それを笑い話に変える胆力は素直に凄いがこっちは笑えない。


「ここ最近、雫さんは話しかけても上の空で返事がなかったり、頼んだ仕事を忘れていたりとどこか意識が散漫です。私から見ても、様子がおかしく見えます」

「……その返答を最初にしてくれればよかったのに、『俺が嫌われてるかも?』という話をあいだに挟む必要ありました?」

「私、幸せそうなカップル見てるとストレス溜まるんですよねー」


 人で発散するな。

 あと、カップルじゃない。


「店長もとなると、俺の思い過ごしじゃないか」

「なにか心当たりでも?」

「……」


 店長の座る椅子の背もたれを掴んで回す。

 ひゃーっと子どもみたいに元気な声を上げる店長の声を背景音にしつつ、記憶から引っ張り出すのは先日聞こえてしまった雫後輩の通話。


『……おばあちゃんの家を、処分する?』


 あの悲しみと痛みを交じる声が耳から離れない。

 内容も気になるが、なによりもその声が気にかかった。


 盗み聞きするわけにもいかないから、すぐにアパートを出たが、脳の裏側に居座るように残っていた。

 雫後輩、おばあちゃん子っぽかったもんなぁ。


 どういう事情で家を処分することなったのかは知らないが、なにかしらショックを受けていてもおかしくはなかった。けど、そうなると俺にはどうすることもできず、頭の中に悩み事が居座り続けることになる。


「私は華さんがなにかしたって線も、消えてはないと思いますけどねー」

「……」


 さー仕事仕事とノートパソコンに向き直る店長を恨めしげに睨む。

 どうしてこうこの店長は、人の心を波立たせるのか。子どもの頃、川に石を投げ入れてきゃっきゃ喜んでたんじゃなかろうか。


 けど、そっちもそっちで心当たりはあるんだよなぁと頭が痛くなる。

 押し倒した。

 事故とはいえ、そのせいで雫後輩から心の距離を取られているというのはなくもない。前者だとは思うんだが……店長のせいで混乱してきた。


「……仕事戻ります」


 休憩で下がっていたが、もう時間だ。

 めぼしい成果もなく、足取り重くバックヤードから出ようとすると「どうあれ」と店長がノートパソコンのモニターを見たまま、これまでの話に繋げるように言う。


「機嫌を取るであれ、慰めるであれ。彼氏が彼女にできることなんて1つしかありませんよ」


 振り返って、にっと店長が嗤 《わら》う。


「デート……してきたらどうですか?」


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