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-【事実彼女】- 隣に越してきた1番人気の新入生はただの“後輩”なのに、なぜか俺の『彼女』だと勘違いされている。  作者: ななよ廻る
第10章

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第1話 これからは親戚の子どもみたいに接しよう

 5月だというのに今日は朝から暑く、陽を隠すように雲の傘が広がっているせいか空気がしっとりしている。

 肌に張り付いたぬるい空気を感じながら、見知らぬ教員が中間テスト開始の合図を告げた。


 カンニング対策に机の中だけでなく、周囲も含めてなにもなくなった机の上にはテスト用紙が1枚あるだけだ。シャーペンを緩く握って、名前を書いて……手が止まる。


 現代文の問題。

 日本語が読めないわけでも、1問目から躓いたわけでもない。ただ、昨夜のことが尾を引いて、どうにも意識がテストに向けられないだけだ。


 今はテストをと思えば思うほど、雫後輩の顔が強く鮮明に浮かんでしまう。


『おばぁ……ちゃん?』


 羞恥なんてなく、ただただ驚愕の表情でこぼれでた呟きに見えた。

 偶然で意図したことじゃない。

 とはいえ、故意じゃなかったとはいえ男が女を押し倒して出てきた言葉が『おばあちゃん』ってなんだ。どんな風に思考回路が繋がったら、そんな答えが導かれるのか。子どもが適当に回路を繋いだんじゃないかと疑いたくなる。


 でも、実際に回路をいじれるのは雫後輩だけだ。

 表情を見るにどちらかといえば誤作動という印象だったが、それでも理由なく行き着くとも思えない答えだった。


 おばあちゃんに似ている、のか?

 性別も違う。年齢も違う。なのに、似ていると判断するところがどこにあるのか。まったく意味がわからない。そもそも、あの場面で口に出るのがもはや摩訶不思議だ。人間が生まれたときから持っているバグとしか思えない。


 でも、もしだ。

 もしも俺をおばあちゃんに似ていると思って接していたなら、あのとき感じたようにやたら俺に好意的なのもわかる。異性としての意識が薄いのも、おばあちゃん相手ならそうもなる。

 いやなるか? 例え似ていると思ったからって。


 悶々。

 なんだか『男として見られてない』と微妙な気持ちになっていたときよりも抱えるモヤモヤが大きくなっている気がする。雫後輩はどこまで俺を悩ませるのが得意なのか。

 困った隣人だった。


 けどまぁ、いいのか。

 雫後輩が俺をおばあちゃんに似ているから警戒心が薄いというのなら、それはそれで。男として見られないのはどうかと思うが、納得はできる。


 本当のおばあちゃんではないので、踏み込みすぎないようこちらで線引する必要はあるが、過剰に雫後輩を意識する必要はないはずだ。


 ――なら、いいか。


 身内の気安さ。

 しっくりきて、喉でつかえていたものがすっと抜けた気分だった。

 俺も相手が後輩の女の子だなんだと気負わず、親戚の女の子くらいの気持ちで接すればいいんだ。


 あー、スッキリした。

 そう肩の力を抜いた瞬間、試験担当の教員が「あと20分」と無慈悲な宣告をする。


 は? あと20分?

 俺はテスト時間の半分以上を雫後輩のことで費やしてしまったの? 大好きなのかな?


 なんてバカなことを考えている間にも、時計の針がまた動く。

 机の上には名前以外真っ白なテスト用紙。漂白剤につけたのかってくらい白い。


 あーあ……。

 絶望のふちに立たされた。そんな気分。

 せめて補習だけは回避しようと必死になって手を動かす。


 雨が降り出し、窓を叩く。

 それが当てつけに思えるくらいには、やさぐれていた。


  ◆◆◆


 ――あぁ、わたしはバカだ。

 そんなことを昨夜から何度思ったことか。ベッドの上で枕を抱いて寝返りを打っては落ち着かず、また寝返りを打つ。


 テーブルに置いてある丸っこい針時計が9時を指していた。遅刻どころか、もう授業が始まっている。そもそも、今日はテストで、間違いなく赤点と補習が決定してしまった事実にまた気分が下がった。

 休んだ場合、なにか学校側は対策してくれるのか。別日に再テストをしてくれるのか。


 高校に入学をしてから最初のテストで、どうなるのかがわからない。このままだと不良まっしぐらだと頭が重くなるが、いまのわたしにはより重くのしかかる華先輩の問題があった。

 頭はベッドに沈むばかりで、そのうちめり込んでしまいそうだ。


「うぅっ」


 口からこぼれるのは呻きばかりだ。

 羞恥で頭から燃えて溶けている気がする。実際には悶えて泥みたいに寝ているだけなんだけど、わたしにとっては似たようなものだった。


 おばあちゃんに似ていると思った。

 ……そう思っていた、昨夜までは。



 ――わたしの最初の記憶は、両親の葬式から始まる。


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